15話 お掃除
異世界生活10日目。
結局昨日は借金生活開始のショックから、ほとんど何もせずにブラブラしていた。やった事といえば、家の間取りを改めて確認したぐらいか。
この白レンガ造りの小さな家は、中に入ってみると意外と広い。
1階にはまず玄関から繋がるリビングがあって、ダイニングルームには簡単な調理場が付いている。そして例のトイレがあって、なんと隣には浴室らしきものも発見できた。ただ蜘蛛の巣が張っており、暫く使用されていないらしい。綺麗にしないと使えないな。後は物置部屋があった。
2階には今ファラが使っている部屋と隣に洋室が1つ。廊下の反対側には大きめの寝室と納戸があった。
まめに破壊されている2階は新築同様だったけど、やっぱり1階は掃除しないとな。
例の謎スキルの研究もやらなきゃいけないんだけど、ルーシーに聞いたところ、特殊なプロテクトがかかっていて、詳しく調べられないみたいだ。かなり胡散臭い。にしても主人公補正って名前がメタ過ぎるだろう。もうちょっと何とかなんなかったのか。
現在の時刻は午前6時15分。めっさ早起きだ。健康的だ。社畜時代には残業でしか拝まなかった日の出が、ここにある! 森の空気もうまい! ビバ異世界!
朝からテンションを上げていこう。でないと、地味に辛い。
というのも前世の金融システム宜しく、徳分ポイントのマイナス分には利息が付いてくるのだ。
正確な数値は教えてもらえなかったけど、マイナスになっている分は随時劫に変換され、災いとなって後々降り注ぐ。
「463ポイントか、やっぱ徐々に劫が増えてるなぁ。はぁ」
劫を減らす良い方法はないの?って聞いたら、ルーシーには専門外の知識らしく分からないとの事だった。その代わり、論語のスキル先生に聞く事を進めてくれたので、後でご教授願おう。
「じゃあお掃除するよ、手伝ってくれるかな?」
「おー!」
僕は魔法の掃除セットを納戸から取り出して、バケツに浸した雑巾をファラに手渡した。元気よく返事をしてそれを受け取った彼女だったけど、どうしたら良いのか分からないようなので、実演してみる。
「いいかい? よく見ててよ。まず雑巾を絞って、水気を切ります。こうだよ」
両手をクロスして雑巾を絞る手からしたたり落ちる滴を、ファラはじっと見つめていた。
「やってみな」
「んっ!」
ブチッという勢いの良い音がした。見事にファラが手にした雑巾がねじ切れて、2つになっている。本人は何が悪かったのか分からない様で、憮然とそれを見ていた。
「何で?」
「ははは、は。そういや、そうだった。まだちょっとファラには難しかったかな?」
そう言うと、怪力幼女さんはむくれた。桃色の唇を尖らせて抗議してくる。
「難しくない。ファラ、子供じゃない」
雑巾をもう一枚くれと、手を出してくる。う~む、どしたもんか。魔法の雑巾はあと2枚あるけど、これを今渡してしまえば、さっきと同じ様になるだろう。ふむ。
この子と暮らすようになって、初めて分かった事がある。それが、ファラは普段から力のコントロールがうまくいっていないという点だ。
再生能力のあるこの家ならば、今までは問題にならなかったのかも知れないけれど、これからは違う。正式にファラの保護者として承認された僕は、彼女の行為の責任を取る必要があるって訳。
つまり、ファラが物を壊せば壊す分だけ、僕の徳分がマイナスになるって素敵仕様だ。雑巾1つも馬鹿にはできない。
因みにルパートさん曰く、実は報奨で徳分ポイントが貰えていたらしい。ファラと同居する、たったそれだけで。10万という破格のポイントが与えられていた。
でもそこから家の修繕費や、治療費を差っ引いての-6842ポイント。これぐらいで済んで、良かったと思うべきか、どうなのか。
兎に角、これからの目標は節約だ。
現状、ファラと暮らす事によって、1日で300~500ぐらいポイントが貰える。そこに自分の勉強や努力も換算されるので、僕の分が100~200の閒と言った所だ。
日に最低400は稼げるとして、18日もあれば利息分含めて何とか返済可能なんだけど、問題は他にもある。
ここで暮らして行くには、さらなる物資が必要だって事だ。
流石に自分の服もボロボロだし、ファラの服も同じ白のワンピースだけだ。靴もない。ポイントで購入出来なくもないんだけど、ちょっと割高だ。ルーシーが言うにはスキルなんかと違って、物質を取り寄せるのはポイントを食うらしい。
にしても、一体どこから取り寄せるのか謎だ。ルーシーに聞いても、さぁ、と可愛らしく小首を傾げるだけで終わってしまった。よく分からん。
まぁそれはともかく、今は目先の問題を解決しよう。せっかくファラがやる気になっとるっつーのに、どうするかって事だ。
いやいや、君にそのまま貸したって、またすぐに駄目にするに決まってる。なんて事は言いたくない。何故ならそれは子供の頃、いつも学校とかで自分が言われていた事だから。
田舎で育ってきた僕は、養護施設暮らしという事もあり、いじめられたし、無視された。格差社会なんかが叫ばれ出してはいたものの、田んぼ広がる僻地は一億総中流化時代の面影を色濃く残していて、異質な物には冷たい。
それでも何人かは普通の友達も出来たが、あの頃の事を思い出して良い気持ちはしない。兎に角、目立たないようにしようがモットーだった。
ファラには、そんな灰色の時代をもって欲しくないと考えている。
ろくに女の子と付き合った事もない童貞社畜だったから、何ほどの事が出来るのか分かんないけど、理想論かも知れないけど、この子には明るく楽しい子供時代を送って欲しいんだ。
そのために、何が出来るのか。この子のやる気を削がずに、物を壊させないにはどうすべきか。
「う~んそうだね。じゃあ僕が雑巾を絞るから、ファラはそれで汚れている所を拭いてくれるかな?」
「ん、わかった」
こくこくと頷いて、らんらんと瞳を輝かせる、うちの子。拭くくらいなら問題なかろうと思うが、平気だろうか。不安になる。
「や、優しく拭くんだよ」
「だいじょうぶ!」
ファラは意気揚々と1階の床や壁なんかを拭きだした。主に砂埃なんかが溜まってるので、適当にそれを綺麗にしてくれるだけでありがたいんだが。意気込んでやってくれる分、おっかなくてハラハラする。
でもこうしている分には、頭に角が生えていたり、背中に羽が生えていたり、猫の尻尾があったりしているけど、小さい女の子が一生懸命お掃除している風に見えて、微笑ましいな。
「あっ、もうこんなに黒くなっちゃった」
「じゃあ、さっき教えた様にやってごらん」
「うん……綺麗にな~れ! わぁ!」
「ふふ」
汚れた雑巾を3回叩いて、台詞を言うと。あら不思議。あっという間に新品同然、真っ白に。
「もっと拭く!」
「いいよ、でも破らない様に気を付けてね」
「ん!」
意気揚々と床に這いつくばり、大きく右腕をワイパーの様に動かして布拭きしていくファラ。その姿はあどけなく可愛らしいんだけど、どうしても気になる事が1つ。
「あの~っ、ファラさん?」
「ん、何? お兄ちゃん」
「その……何で、履いてないのかなって」
「履くって何を?」
這いつくばった姿勢のまま、こてりと首を傾ける幼女さん。ふわりと一度、尻尾が宙を舞った。
「何をって、パンツだよ。君のお尻が丸見えじゃないか」
僕は頭を抱えた。何を隠そう……いや、隠してないか。より正確には、隠しきれていないと言った方が正しいな。ファラの着ている白い膝丈のワンピースがめくれ上がっており、ピンと立った尻尾から先の下半身が丸見えだ。
「あんなにお尻見たって、怒ってたじゃないか」
「今は家族だから別に恥ずかしくない」
「うお~そうじゃなくてだね!」
「ふ? そもそもパンツって何?」
おう。パンツそのものを知らんのかい。まずい事に、立ち上がったとしても尻尾に力が入っている状態だと、お尻が隠れていないぞ。諸々どうしたもんか。
「こりゃあ、外に連れ出す以前の問題だな」
マイナス分のポイント返済。生活物資の購入。スキルの習得に、近隣の探索。ファラのしつけ等々。
色々懸案事項はあるけれど、まぁゆっくり解決していこう。
不思議そうな顔をしたファラの頭をくしくしと撫でで、そう思った。
ちょっとお知らせです。
ストックがなくなりますた。最悪でも週一くらいで投稿したいと思ってますが、気長にお待ち頂けると幸いです。
ニコニコ動画の『小説家にあすなろさん 』コミュで生放送してまして、そこでサブタイトル工夫した方が良いのでは?とのご意見があったので、コロコロ変わるかも知れませんが、ご了承下さい。本題は変わりませんので。
なお、宜しければ評価や感想など頂けると、励みになりますです。