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11話 覚悟



 僕は叫んだ。絶叫と言ってもいい。


「では申し上げます。しかし答えは明確です。例の薬を今、ちゃんと飲ませれば済むのですから」


「本当かそれは!」


「はい。つきましては特別に生成するに当たって、ポイントを――」


「いいから早くしてくれ!」


 慌ただしく何度も画面を叩いて承認する。


「薬剤を作成します。暫くお待ち下さい」


 心臓の音が早鐘の様になってうるさい。ルパートさんが心配そうにこちらを見た。


「善宏様、宜しいんですか?」


「いいんだよこれで。絶対失敗するなんて決まった訳じゃないんだしさ。こう、もっとポジティブに考えようよ!」


 強がって笑って見せたけど、虚勢もいいとこだ。拭っても拭っても汗と涙が出てくるので、邪魔になったメガネを棚の上に投げた。


「出来ました、特製抗魔鎮静剤の丸薬です。お受け取り下さい」


 具現化して現れたルーシーの手から、深緑色のビー玉大丸薬を3つ、しゃがんで受け取る。


「それをファーラに飲ませて下さい。一つでも効果はありますが、残りは予備です」


「わ、分かった、ありがとう」


 震える手でパーカーの右ポケットに丸薬を突っ込む。


「ぐっ!」


 バリンと大きな音がして、障壁にヒビが入る。ルパートさんの息が荒い。限界が近いんだろう。


「ごめん、ルパートさん。一瞬だけでもいいから、あの子の動きを止められないかな?」


「ほんの数秒程度ですが可能かと。しかしそれが最後の抵抗です。恐らく私は力を使い切るでしょうから」


「……いいよ、大丈夫。見習いだけど僕、勇者らしいから」


 場を明るくしようと思って力なく笑ってみるも、うまくいかない。勇者云々は気休めなんだけど、スマホのステータス画面には称号の覧にちゃんとそう表示されていた。


「でも始まってそうそう魔王の娘と戦うなんて、ムリゲーも良いとこだな。バランスが悪すぎる。デザイナー出て来い」


 自嘲気味な渇いた笑いを浮かべると、ルーシーが語りかけてきた。


「善宏様。これより状況を開始するにあたり、重要な事項のみテレパシーで記録をお送りします。宜しいですか?」


「RPGのログみたいなのか、じゃあ頼むよ」


「かしこまりました」


「1分後に作戦開始って事で。ルーシー、カウントして」


「了解。60、59、58……」


 ルーシーが淡々と数え上げる閒に、僕は覚え立てのスキルを使った。


「『十人力 『頑強』」


 十人力は一時的に筋力を増加させるスキルで、頑強は防御力を増加させるスキルだ。持続効果は10分で正直今のファーラには通用するとは思えないけど、すがれるもんなら、何にでもすがりたい気分なんだ。


「35、36、34」


 二回左手の平に、拳を打ち付ける。震えが止まらない。


 少しだけ強くなった今なら余計分かる、彼女とのレベル差は歴然だ。象と蟻、皇帝と奴隷、魔王と村人並みの途方もない隔たり。


 圧倒的! 圧倒的格差! 一撃一瞬で、こんなちっぽけな命は吹き飛んでしまうだろう!


 でも何で自分は逃げないんだ、自分でも不思議に思う。小さな女の子を見捨てる事に罪悪感を感じているのか? 大した力もないくせに。


 そもそもは関係のない事なんだ。あの子がどうなろうと、知ったこっちゃないじゃないか。ほっとけばいい。


 ……頭では分かってる。そんなことは当然ね。


 でも決めたんだ。僕はファーラを助けるって。


「3、2、1、状況開始!」


『魔法障壁の消失を確認。ルパートが拘束魔法を使用しました』


 ログが頭の中に飛び込んできた瞬間、ファーラの足下に金色の魔法陣が描かれ、電撃の様な激しい光が多数瞬いて目が眩む。


「ガアァァ!」


 あれだけ激しく動いていたファーラが、ピタリと動きを止めた。だけど憎しみに満ちた表情は一層濃くなり、目の光りも消えていない。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ともすれば怖じ気づきそうな自分を励ますために、声の出る限り叫んで足に力をこめる。1歩、2歩でもう彼女の前だ。僕は右手に1つ丸薬を取って、左手で小さな顎を掴んだ。ちょうど大きく牙をむきだして唸っていた所だったので、一気に薬を放り込んでやった。


「やった!」


 どうだ! これでどうだ! なんだ簡単じゃないか!


「プッ!」


 ファーラの口から何かが高速で飛び出して、僕の後ろでレンガが砕ける音がした。もう少し正面に立っていたら、顔面に穴が開いていただろう。


「は?」


「失敗です善宏様! 逃げて!」




 ルパートさんの叫び声が聞こえてはいたけれど、身体が反応しない。そして気が付くと左肩に異常な熱さを感じた。


「いってぇぇぇぇぇぇ! くそ痛ぇぇ! あああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ファーラが鋭い牙を僕の身体に突き立てていたんだ。一撃で首をはね飛ばされなかったのは幸いだったけど、耐えがたい痛みが脳天から足の爪先まで駆け巡り、悲鳴が漏れ出た。


 血が! 血がこんなに出てる! 服も手もまっ赤だ!


 初めての経験で気が動転した、こんなに血を流した経験もないし、何よりこの焼かれる様な激痛に耐えられそうにない。


 もう駄目だ、僕は今、あっけなくここで死ぬんだ。


「ガァ!」


 その時ふと肩の痛みが和らいだと思ったら、ルーシーがファーラの左足に噛みついていた。


「今のうちに早く! きゃ!」


 僕を逃がそうとした決死の攻撃も虚しく、軽くファーラが足を振るっただけでその小さな身体は壁まで吹き飛んで、激しい音を立て、動かなくなった。


「ルーシー!」


「グルゥアア!」


 獣声を上げて、なおもファーラは倒れたルーシーに追いすがった。その瞳に映るのは狂気。彼女は食事を邪魔されて怒っている獣と同じだ。このままではルーシーが危ない!


 それは分かっている。分かっているんだけど、足が震えて動かない! ガクガクと顎も勝手に動く! くそ、なんだよ! ルーシーを助けに行かなきゃいけないのに、全然身体が言う事を聞いてくれない! 動け! 動けよ!


 僕がモタモタとしている隙に、ゆっくりとファーラはぐったりと動かなくなったルーーシーに近づいた。そして静かに右手が上がる。


「止めろ! 止めてくれ!」


 蒙速で振り下ろされる拳! 本当ならば胴体を貫き、家ごと破壊するだろうその一撃は、しかし見えざる壁によって阻まれた。


「私を忘れてもらっては困るね」


 ルパートさんだった。両手を前に出して、魔法で攻撃を凌いだんだ。それでも全ての力を使い果たした彼女はもう、限界のはず。


「ガアァ!」


 錯乱したファーラが何度も鉄拳を叩き付ける! 嫌な亀裂音が聞こえだすと、徐々に障壁はヒビが入り崩れてきた。


 一際大きく振りかぶった後、凄まじい轟音が鳴り響いた。脆いガラスが割れた様な音がしたかと思ったら、次の瞬間、その手にルパートさんの首を捉えていた。


「ぐっ! うぁっ!」


 口から血を吐き、拷問に耐えるルパートさん。ひと思いに殺さない所を見ると、楽しんでいるんだろう。


 僕も覚えがある。都会や裕福な家庭の子なら分からないけれど、田舎の養護施設暮らしの僕は、トンボやバッタ、コオロギなんかを取っては羽をむしったり、足をもぎ取っていた。


 今思い出すと残酷な行為だけど、当時の僕達はそんな事思いもしなかった。ただ無邪気に遊び回ってただけだ。これはきっと、それと同じなんだろう。


「止めろよ」


「……」


 ルパートさんを締め上げながら、ファーラは振り向いた。赤い目がさらに赤くなり、口角が不気味に上がっている。


「止めろって言ってるんだ。ルパートさんは、君のために今まで頑張ってきたじゃないか」


「……」


 反応はない。にたりと笑った後、腕を振るってルパートさんを床に叩き付けた。


「がはぁ!」


 鮮血を吐き、全身が床にめり込んだ。骨が軋む音が微かに聞こえた。


 僕は立ち上がってそれを見ていた。


「ルーシーもそうだ、コビットさん達だって……みんな君の事を思ってるんだぞ」


「よし……ま、にげ……」


 ルパートさんが微かに力なく呻く。ルーシーはさっきからピクリとも動かない。


「それを」


 ファーラは僕の方を見て牙を剥き出して笑った。



「お前は何も感じないのか!」



 あらん限りの声で叫んだ。遠く離れた彼女の心に届くように。


 そう言えばすっかり逃げ遅れてしまった。でも構うもんか。この後どうなろうと、不良娘に一発キツいのをお見舞いしなきゃあ気が済まない。僕は急速に接近するファーラの姿を捉えながら、拳を硬く握った。




『隠し特殊スキル、主人公補正が緊急強制発動しました』




活動報告更新しました。

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