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初恋8

私の家の近くのコンビニに着いたときには、私は心の揺れに疲れ、足元も危うかった。


そんな私の腕をとり、迷いもなくコンビニに入る翔平君は何故か楽しげだ。


タクシーの中でも私を抱き寄せたまま離すことはなかった。


バックミラー越しに運転手さんと目が合う度恥ずかしくて仕方がなくて。


顔を隠すように翔平君の胸に顔を埋めると、頭上から聞こえたのは満足そうな笑い声。


そして私を抱く手にも力が入り、さらに私は翔平君から離れられなくなっていた。


その余韻は私の中に熱となって残り、体中がうずくように感じる。


必要なものを次々とかごに放り込む翔平君は「とりあえず今日の分だけでいいか」とつぶやいている。


本当に私の家に泊まるつもりなんだろうかという疑問は、かごの中身をみれば明らかだ。


缶ビールを手にした翔平君は、「萌は何本?」と視線を向けて聞いてきた。


家でアルコールを飲む習慣がない私は何度か首を横に振り断った。


すると、翔平君は迷うことなく近くの棚から私の好きなグレープフルーツジュースを手に取った。


それも、いくつかある中でも私が一番気に入っている銘柄だ。


そのことに驚く私を見て意味ありげに笑うと、「小さい頃から変わってないな」と言ってお菓子売り場に移動した。


そして、驚く私を無視したまま次々とチョコレートを手に取り、かごに入れていく。


「こないだ会ったときにもこのあたりの新商品全部を買っていたよな。うまかったか?」


「あ……まだ、食べてない」


「へえ。あれだけ買っていたからよっぽどチョコレートを食べたいんだろうって思ってたんだけどな」


「あ……あれは」


たしかにこの冬の新製品ばかりを一気に買い込んだけれど、それは全部翔平君がパッケージのデザインをしたものだからだ。


「リボン」


「あ?」


ぽつりとつぶやいた私に、翔平君が首をかしげる。


「あのチョコのパッケージに描かれているリボンって、私が気に入って……」


「あ、気づいたか? そうだ、俺が昔萌にプレゼントしたリボンを思い出しながら描いたんだ」


「やっぱり。一目で気づいたよ」


「だろうな。萌はあのリボンをかなり気に入ってたもんな」


「うん。今もちゃんと大切にしてるし、引っ越しのときにも持ってきた」


これもまた翔平君からプレゼントしてもらった、綺麗なビーズがちりばめられたキラキラとした宝石箱にしまってある。


そういえば、あの宝石箱の中身って翔平君からプレゼントされたものばかりだ。


中学に入学するときに「ちょっと贅沢仕様だけど」ともったいぶりながらプレゼントしてくれた腕時計は、茶色い皮ベルトが擦り切れても電池切れで動かなくなってもそのたび時計屋さんで復活させてもらった大切なもの。


中学高校六年間の私の時間は、すべてあの腕時計とともにあった。


大学に入って、翔平君が新しい時計をプレゼントしてくれたと同時にあの宝石箱にしまったけれど、今でも時々取り出してはちゃんと手入れをしている。


もちろん今も針は動いている。


「ふーん。じゃ、あとで見せてよ。俺の中で萌の小学校の頃の記憶にはいつもあのリボンがあるんだよな」


「うん。いつもつけてたね。でも……」


嫌な記憶がよみがえって、思わず俯いた。


あのリボンは大切にしまってあるとはいっても、今ではその色は元の色を思い出せないほど変わっている。


「習字の時間に、いたずらされたんだっけ?」


「あ、うん。よく覚えてるね」


「当然だろ? 樹から電話がかかってきて『萌をどうにかしてくれ』って叫ばれたし」


翔平君は、当時のことを思いだしたのか、くつくつと笑うと私の頭を乱暴に撫でた。


「クラスの男の子にリボンをすずりの中に入れられて墨汁まみれにされたんだよな? そんなことで俺が萌のことを嫌うわけないのに、大泣きでさ。萌の泣き声が電話越しでもうるさくて笑ったよ。樹の焦りようもすごかったよな」


「だって、あのときは本当にショックだったんだもん。リボンは真っ黒になっちゃうしいたずらした男の子を殴って親は学校に呼び出されるし。翔平君に嫌われるかもしれないって思うと涙は止まらなくてどうしようもなかった」


相変わらず私の頭に手を置いたままの翔平くんの手を掴み、拗ねてみる。


こうして私の頭をくしゃくしゃとするのは昔から変わらない。


男性にしては細い指先の温かさに触れるたび、どきどきし続けてきた。


翔平君が今もこうして私を子ども扱いすることは切ないけれど、この温かさは絶品で、逃げようとも思わない。


翔平君の動きに逆らうことなくその熱を味わっていると、さらに何かを思い出したのか、翔平君が楽しげな声をあげた。


「おとなしいと思っていた萌が男の子とけんかしたって言って、おじさんおばさんは何故か嬉しそうだったな。相手の男の子も自分が悪いって言って謝ってくれたんだろ?」


「そう。それがきっかけで仲良くなったんだけど。びっくりするような縁があって今では付き合いも深いしご飯食べに行ったりもしてる。だけどさ、あのときは翔平君からもらったリボンがあんなことになって、本当にショックで」


「は? ちょっと待て。今でもご飯ってどういうことだ?」


「え?」


「そいつ、男だよな?今でも会ってるって聞いてないぞ?」


翔平君は、一旦は私の頭から離した手で私の肩を掴むと、辺りを気にすることなく大きな声をあげた。


「そいつと会ってるってどういうことだ? 樹からも聞いてないし、いつ会ってるんだ?」


「ちょっと翔平くん、どうしたのよ」


ぐっと近づいた翔平君の顔に驚き、その強い口調に気圧されそうになる。


私の生活すべてに神経質になっている翔平君の強気な言葉には慣れているけれど、どうしてここまで大きく反応するのかわからない。







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