前世庶民の私に悪徳令嬢は期待しないでください2
思いの外反響が良かったので、ブックマーク200を越えた記念に、調子に乗って続きを書きました。
ただ、本編のノリが前のものとは違うものになった気がします。
ご了承ください。
短編にしては長いのでご注意下さい。
キースのスパルタレッスンをなんとか乗り越え、とうとう学校入学の日になった。
私は馬車から先に降りたキースの手につかまり、大人しく上品に、ドレスの裾をどこにも引っかからないように降りた。
本当なら私は馬車ぐらい1人で降りれるよ!
身軽な格好で勢いよく降りたかったよ!
と言いたいところだが、立派な令嬢はそんなことしないと、キースにすぐに却下された。
学校に来た時から周りから見られているのだから、令嬢らしく振る舞えということらしい。
「ごきげんよう」
私は見ていた周りに極めて上品に挨拶した。
私のことを見たことない貴族の人達は穏やかに挨拶を返してくれたが、一度でも見たことがある貴族の人達は、驚いたように私をジロジロと眺めた。
まあ、散々令嬢らしくない行動をしていた女がいきなり令嬢らしくなるのを見たら驚くだろう。
私をエスコートしながらキースはその様子を見て、自慢げに私を見て微笑んだ。
まるで、ほら、僕の言った通りでしょと言わんばかりだ。
確かに、毎日毎日、付きっきりでキースに口うるさく厳しくしつけられれば、令嬢らしくならなきゃおかしいというものだ。
途中から逃げ出したくなったけど。
物凄く面倒くさかったけど。
それもこれもサシャ達に会って、遊ぶためだ。
それを励みに今までやってきた。
そんな私の努力も、もうすぐ報われる!
それから、学長への挨拶も終え、入学式も無事終えた。
この学校の学長はもちろん貴族で、私に近寄ってくる貴族の方々の相手もしなければいけなかったので、気は抜けなかった。
貴族の相手は面倒くさい!
とにかく早くサシャ達に会いたい!
あんたら邪魔だよ!
と、どれだけ口に出したかったか分からない。
いや、キースが目を光らせていたし、私も流石に言わなかった。
荒れ放題の内心を押し隠して、私は笑顔で対応しきった。
頑張った私! お疲れ様!
誰も誉めてくれないから、自分で言っておこう。
入学初日なので、貴族と庶民になんとなく分かれていた。
その庶民のグループをかき分けて、私はサシャ、アナ、リースの三人を探していた。
「キース。サシャ達見つかったー?」
貴族の群れを抜け出した私は言葉を崩してキースに呼びかけた。
貴族らしい人は私達以外一人も見えないので、私が令嬢らしくなかろうと目を尖らせる人はいないだろう。
「アイリン。もう少し、言葉使いを丁寧にしてください。貴族がいなくてもまだ人がいます」
前言撤回。
誰よりも厳しい人が隣にいた。
「良いじゃない、別に。貴族がいなければ、文句言う奴はいないでしょ」
「アイリン。奴はダメだよ。令嬢はそんなこと言わないから」
どんどんキースの言葉も砕けていく。私に呆れて注意することに頭がいっぱいみたい。
「いいから。キースもサシャ達を探してよ。人がいっぱいすぎて見つからないんだって」
私がそう言うとさあっと人の群れが私達を避けていった。
周りの人達の目は怯えと不安でいっぱいだ。
庶民の人達にしてみれば貴族なんて逆らえない偉い人で、機嫌を損ねれば何されるか分からない恐ろしい存在なのかもしれない。
触らぬ神に祟りなし、みたいな。
あー、初めてサシャ達に会った時のことを思い出した。
最初は普通に一緒に遊んでいたんだけど、私が貴族の令嬢だと分かると途端に三人とも怯えたように恐縮しちゃって、必死に謝ってきたんだよね。
その様子に寂しくなった私は気にしないでって言って、必死に彼らがさっきまでのように普通に接してくれるように頼み込んだ。
私を令嬢と明かしたキースも一緒になって頼んでくれたおかげで、今は普通に接してくれている。
「あー、すいません。そんなに怯えなくても私達何もしませんよー」
「アイリン。それはなんか信用性ないよ」
「ちょっと! キース、ひどい!」
私達が言い争いしていると、人混みの中から見覚えのある人達が出てきた。
「あ、やっぱりアイリンちゃんとキース様だ!」
ほわほわとした口調と可愛いこの声は私の友達の一人、リースだ。
癖っ毛の茶髪を肩までおろし、ニコニコとした彼女はちょっと空気が読めない天然だが、それを許してしまうのは彼女の人柄だろうか。
「ちょっと、リース! アイリン様と呼ぶことにしたのを、もう忘れたの?」
リースを叱るように言うのは、長い黒髪をポニーテールにまとめた女の子で、彼女も私の友達の一人、アナだ。
彼女は服屋を営んでいる家を手助けしているせいかしっかり者で、たくさんの兄弟の一番上でもあり、お姉さん気質だ。
よくリースを注意しているのを見た。
「そうそう。アイリン様、キース様、お久しぶりです」
最後に出てきた短い茶髪でそばかすのある男の子が私と一番仲が良いサシャだ。
彼は宿屋の息子で旅人から聞かされる話にワクワクして過ごしたからか、勇気があって明るくて、礼儀正しい優しい男の子だ。
英雄譚が好きな私と一番話が合う相手でもある。
「久しぶりー! サシャ! アナ! リース!」
色々感極まった私が彼らに抱きつこうとした時、キースに止められた。
しかも、襟首掴まれて止められた。
ぐへって変な声が出たよ。
「ちょっと、キース!! 何するの!? 何で止めるのよ!? しかも、私は犬か猫か!? 襟首掴まないでよ!!」
早速私はキースに文句を言った。
「いや、だって、人に抱きつくのは令嬢らしくないから。凄い勢いだったからこうしか止めようがなくて」
しかし、キースは平然と答えた。
私の襟首から手を離したキースの隙をついてサシャ達に抱きつこうとしたが、今度は腕を掴まれていつの間にやらキースの腕の中にいた。
「あー、キース? 離してくれない?」
私はキースの顔を見上げて言った。
いつの間にかキースは私より遥かに大きくなって、私にすっぽりと覆い被さっている。
「アイリンがサシャ達に抱きつくのをやめるならいいよ」
「キースが抱きつくのはいいんだ?」
「僕は君の婚約者だからね」
「え、そういう問題?」
「そういう問題」
キースに言い切られて、私は仕方なくサシャ達に抱きつくのはあきらめることにした。
なんか釈然としないけど。
というかね、キース。君は少しは自分がモテることを自覚した方が良いと思うんだ。
顔は美形でゲームよりもなんか色気ただよってるし、お嬢様方の注目の的だったよ。
私を抱きしめたりするから、そのお嬢様方から声なき悲鳴が上がったよ。
可哀想に。
「キース、もうサシャ達に抱きつかないから離して」
「もうしたらダメだからね。今度は簡単に離してあげないから」
「はいはい」
そんなやり取りのあと、キースは大人しく私を解放してくれた。
キースの声が近くで降ってくるのは地味に心臓に悪い。
それもこれもどこで手に入れたか分からないキースの色気のせいだ。
「相変わらず、仲が良いんだね! アイリンちゃんとキース様って」
「ちょっと、リース! だから、アイリン様だって!」
「あ、ごめん。アナ」
「リース、これは仲が良いと言えるの? というか、アイリン様じゃなくてもいいのに」
結局またアナに叱られたリースを見て変わらないなぁと思いつつ、私は言った。
「むしろ、寂しいからアイリンちゃんのままの方がいいよ」
「いや、流石にそれはダメかなって思って。この学校は貴族と庶民が一緒に通う学校だから、それくらいは区別つけておいた方がいいと思うから」
私の言葉に答えたのはサシャだった。
礼儀正しい彼らしい答えだと思うけど、やっぱりちょっと寂しい。
「まあ、彼らが変ないじめに遭わないためにもその方がいいんじゃない?」
キースにもそう言われて、私はあきらめるしかなかった。
「そうね。残念」
確かに、庶民のくせに令嬢をちゃん呼ばわりするとは、とか変な言いがかりつけられても困るもんね。
「それでね、アイリンちゃん、じゃなくてアイリン様に紹介したい女の子がいるの!」
リースはなかなか呼称が直りそうにないけど。
私はあえて突っ込まず、先を促した。
「え、誰?」
アナとサシャがリースの様子に苦笑しつつ、後ろにいた女の子を前に押し出した。
その子は長い金髪を腰まで流し、丸く大きな緑色の瞳で私をしっかりと見つめていた。
どこか見覚えのある綺麗な顔立ちを見て、私は久しぶりに衝撃を受けた。
この子、このゲームの主人公だ!!
「私達の友達なんだよー。とても優しくて明るくて良い子なんだー。アイリンちゃ、アイリン様にぜひ紹介したくて」
私の様子に気づかないリースがつらつらと述べる言葉に、私はまた小さな衝撃を受けた。
そういえば、ゲームの主人公の友達が三人ほどいた!
名前もサシャ、アナ、リースだった!
うわー、私、気づかない内に主人公の近くにいたんだー。
いやー、すっかり忘れてたわ。
「えっと、アイリン様? どうしたの?」
愕然とした私の様子に気づいたアナが心配そうに問いかけてきた。
「あ、何でもない。大丈夫」
「そう?」
「うん。ごめんね」
心配そうなアナには悪いが、事情は言えない。
転生者とか言える訳がないし。
ふと、気づいた。
先程からじっと私を見つめている主人公は何も言わないが、彼女も転生者の可能性があるのではないか、と。
「あ、名前はね」
「それは私から言います」
リースの言葉を遮って、ゲームの主人公は一歩前に出た。
私は緊張して、喉を鳴らした。
「私はミリアといいます。よろしくお願いします。アイリン様」
彼女は礼儀正しく頭を下げた。
どうやら彼女は転生者ではないらしい。
良かった。
これなら私が彼女と良い関係を築ければ何も問題はないはずだ。
「私はアイリン・フォン・グラディウスです。こちらこそ、よろしくお願いします。ミリアさん」
私は安堵の息をつき、同じく自己紹介を終えた。
「アイリンちゃんはね、貴族の令嬢なのに、私達にも優しい子なんだよ!で、隣にいるのが貴族でアイリンちゃんの婚約者のキース様」
もう呼称を直すのをあきらめたリースがミリアに私とキースをそう紹介してくれた。
「キース・ウィルヘルムです。よろしくお願いしますね。ミリア嬢」
キースが笑顔で自己紹介を終えた時、大人しく私達を見ていたミリアの様子が一変した。
「アイリン様、どうしてですか!?」
「は?」
唐突な叫びに私は固まった。
いや、叫んだ本人以外皆も驚いて固まっている。
「別に悪徳令嬢として身を滅ぼせとか、私の恋を盛り上げるためにライバルになれとか、貴女の婚約者をよこせとか、わがまま言いません!」
ミリアは勢いのまますごいことを口悪く言っている。
おかげで、更に周りの注目の的だ。
呆然としていたキースが言葉を聞いて顔をしかめた。
ああ。これは怒ってる。
ちょっとミリアさん? キースを怒らせると大変で怖いから、それくらいにしておいた方が良いと思うな。
しかし、彼女はもう止まらない。
「私は、ただ! ただ! 愛しのロイター様に会いたかっただけなんです! 何で彼を教育係にしてくれなかったんですか! 彼に会えなくなったじゃないですか!」
最後は私の胸ぐらを掴んでまでミリアは訴えた。
間違いなく彼女も転生者のようだ。
じゃなきゃ、悪徳令嬢で身を滅ぼすとか、ライバルとか、教育係にロイターがなるとか、という言葉が出てくるはずない。
今の私は悪徳令嬢でもなければ、少し前まで令嬢らしくなかったし、教育係にロイターがなることはなかったからだ。
そして、彼女もこの乙女ゲームをしていたのだ。
そんなことを考えていた私より先にキースが動いた。
ミリアを私から引き剥がし、面と向かって苦情を浴びせかけたのだ。
「さっきから大人しく聞いていれば、アイリンのことを悪徳令嬢とか、婚約者を奪うとか、身を滅ぼせとか散々なことを言ってくれるね? アイリンが許しても僕は許さないよ? 婚約者を馬鹿にされて黙ってないからね?」
口調は穏やか――でもないな、いつもより悪いね、口も笑っているけど、目だけは怒ってる。
いつもよりつり上がった目はしてないけどそれが更に怖い。
これはヤバい。
キースの腹黒スイッチが入っちゃった。
どす黒いオーラを出しているキースを、ミリアは驚いたように彼を見つめた。
まあ、ゲームでは彼は腹黒さを全然出してなかったもんね。
出していたとしても悪徳令嬢を没落させた最後の時ぐらいだもんね。
そりゃ、驚くよね。
「申し訳ありません! アイリン様、キース様」
他人事のように思いながら現実逃避してる私をよそに、焦ったようにアナが割り込んできた。
自分の友達がいくら知り合いとはいえ貴族を怒らせたことに焦っているのも当たり前か。
「申し訳ありません! アイリン様、キース様。ミリアは時々おかしなことを言いますが本当は優しい子なんです!」
サシャも焦ったように割り込んできたが、普段礼儀正しい彼は時々抜けていいたり毒舌だったりする。
「ごめんなさい! アイリンちゃん、キース様! ミリアちゃんは時々神様が降りてくるの!」
流石に空気を読んだリースも謝ってくるけど、サシャ以上におかしなことを言ってる。
神様が降りてくる、はやめた方が良いよ、リース。
ミリアさんが危ない人みたいだから。
「アナやサシャやリースは悪くないのは分かってるから。彼女が悪いんだよね。覚悟してね?」
三人組の必死の訴えもキースには効かなかった。
このままだと色々ヤバいから、私は慌てて止めた。
「ちょっ、ちょっと待って! キース! 落ち着いて! 本当に待って!」
「アイリン、止めないで。彼女は言ってはいけないことを言った」
「いやいや、だから、落ち着いて! 彼女も言ってたでしょ。そんなわがままは言わないって! 話を最後まで聞いて!」
「教育係が云々なら聞いたよ。自分勝手だよね。自分が会いたければ会いに行けばいいじゃない。何でアイリンを責めるのか分からない」
キースは私の制止に反論し、憤慨した。
まあ、キースには分からない話だろうけど、私には分かる。
ミリアが転生者とするならば、私だって話したいことがいっぱいあるのだ。
このままだと彼女と話せなくなってしまう。
「分かった。キース、ちょっと待ってて。私が彼女と二人で話してくる。そこで和解してくるから。キースはそこで待ってて!」
私はキースにそう言い残すと、彼の答えを聞かぬままミリアの手を掴んで走り出した。
「アイリン! 何処行くの!?」
キースの制止も無視して、私は誰もいない所を目指した。
私がミリアを連れ込んだのはまだ誰もいない教室だ。
扉を閉め、誰もいないことを確認し、窓からも誰も見てないことを確認したあと、思いきって私は尋ねた。
「貴方も転生者でしょ? この乙女ゲームのこと知ってるのね?」
「貴方もってことは、アイリンさん、貴方も転生者なんだ?」
「ええ。もちろん」
「やっぱりねー」
私がうなずくとミリアは納得したように首を縦に振った。
「なんかおかしいと思ったんだ。サシャ達と仲良くなってるし。令嬢らしくないという噂だったし。教育係がいないし」
「で、私の質問に答えてくれる?」
「もちろん、私も転生者です。このゲームもやったことがあるから知ってる。サシャ達には秘密にしてるけど」
自分の世界に入ってるミリアに、再度問いかけると、素直に答えてくれた。
というか、そっちにまで私が令嬢らしくないという噂になってるのか。
あれ? 貴族の中にも穏やかに挨拶してくれた人もいたけど、あれは何?
噂を聞いてなかっただけ?
それとも頑張って令嬢らしくなったんだなって生暖かい応援?
すぐ戻るだろうから、貴族らしいところを見せつけてやろうという見下した感じ?
うわあ、どっちも嫌だ。
馬鹿にされるのはもちろん、応援されるのも恥ずかしいから嫌だ。
「で、どうして、ロイター様を教育係にしてくれなかったんですか? やっぱり悪徳令嬢として家没落は回避したいんですか?」
今度は私が自分の世界に入って勝手にショックを受けていると、ミリアが再度訴えてきた。
「違うよ。確かに、没落を避けようとしたこともあったけど、色々面倒くさくてやめた。教育係は雇おうとしたけど、キースが止めたの。自分がアイリンを立派な令嬢にするからって」
「は? 面倒くさい?」
ミリアはそう言って、固まった。
あれ? 気になるところはそこ?
「うん。貴方は普通の家だろうけど、私は貴族だから、マナーとか貴族の相手とかうるさくて、面倒くさくて。立派な令嬢になるまで教育係になったキースに毎日毎日付きっきりでスパルタレッスンをされたんだから。大変だったんだよ」
私は言ってる内にその頃のことを思い出して、うんざりしてきた。
本当に大変だった。キースは簡単に許してくれないし。
「ああ。よくあるパターンね」
「は?」
「それで、ロイター様が教育係にならなかったのね」
ミリアは、だからあの時キースさんはあんなに怒ったんだ、とか独り言をつぶやき始めた。
なんか一人で納得してるけど、私にはさっぱり訳分かんない。
よくあるパターンって?
私は悪役を回避してないし、逆ハーも狙ってないんですけど。
というか、キース以外会ってないし。
「ちょっと、私にも分かるように説明してよ!」
「いや、私が説明するのはキースさんに怒られるし。怖いし」
私はミリアに説明を求めたがきっぱりと断られた。
キースの怖さがあの時だけで分かるとは、それだけキースが怖かったのね。
すっごい怒ってたもんね。
「じゃあ、説明はいいから。キースに怒られないために、ロイターと会ったら私が仲介するから和解したってことにしておいて。本当のことはキースにも話せないし」
「それはちょっと……」
私もキースに怒られたくないのでそう言うと、ミリアは言葉を濁らせた。
「え、何で?」
「キースさんには私達が転生者だということは黙ってます。私も誰にも言うつもりなかったから。ただ、ロイター様はもう遅いんです」
「遅いって何が? もしかして、彼に婚約者でも?」
貴族だからといって必ずしも婚約者がいる訳ではない。
しかし、家柄的に低い彼の家は名家との婚約で家を保つことは重要視されるだろう。
ゲームではアイリン嬢のわがままに振り回されるのが精一杯で婚約者を見つける余裕がなかったみたいだけど。
今は私の教育係でもないし、婚約者がいてもおかしくない。
「婚約者はいないんですけど。そういうものを飛び越えて、色々もう遅いというかあきらめざるを得ないというか」
意外と情報通なミリアは残念そうにため息をついた。
いかにもロイター大好きオーラを出している彼女がここまで言うとは、彼に何があったのか。
私が更に聞き出そうとする前に、教室の扉が勢いよく開いた。
キース達が入ってきたのかと振り返るが、別の人だった。
茶髪を後ろにくくり、たれ目で美形ではあるが、いかにも大人しそうな、頼りなさそうな顔をした青年で、体もひょろっとしていた。
噂をすれば、ロイター・ヴァレンタン本人の登場だ。
何で彼がこんな教室にやって来たのかは謎だが。
「探しましたよ!」
ロイターは教室に入ってきて早々、開口一番にそう言った。
なんだかデシャヴュを感じる。
「えっと、誰を探していたのかしら?」
一応令嬢らしく問いかけてみた。
ミリアを見ると、またため息をついたまま首を横に振っていた。
見た目にはそんな変わった感じには見えないけど、何があったかな。
――確かにロイターは私の想像を越えて変わった人物だった。
「もちろん、アイリン嬢です!」
「私を探していたの?」
「もちろんです! 俺は貴女の教育係として立派な執事に成長しました! どうして俺を教育係にしてくれなかったんですか!」
色々突っ込みどころ満載のことをロイターは自信満々に言った。
しかも何故かミリアと同じことを攻められた。
とりあえず、教育係は執事じゃないよ。
ゲームでもアイリン嬢にはちゃんと執事やメイドがいて彼らの仕事を教育係がやってた訳じゃないよ。執事の仕事は執事がちゃんとやってたよ。
いくらロイターが教育係兼雑用係とはいえ、そこまでしてなかったよ。
あ、ダメだ。
こんなことを考えるなんて私、結構混乱してる。
私はミリアに助けを求めるように見た。
「ね? 言った通り、色々もう遅いでしょ?」
彼女はそれだけ言って助けてくれなかった。
その間もロイターは止まらない。
「俺は妹のゲームで貴女を見た時一目惚れしました。その美貌を持ちながら周りを振り回すわがままさのギャップに更に惚れました。この世界に転生して、俺は決めたんです! 貴女の教育係になって、ベタベタに甘やかしてやろうって! 例え家が没落しようと俺だけは付いていてあげようって! むしろ貴女の魅力が分からない奴は放っておけばいいんです! だから、俺は教育係になるために、武道も教養もマナーも完璧に学んだのに。それからずっとずっと待ってたのに。どうして俺を教育係にしてくれなかったんですか!!」
つらつらと一気にロイターは言い切った。
よくもまあ、叫びながらそこまで息が持つものだ。
しかも、興奮して息が荒くなってるけど、息が切れた様子はない。
まあ、その叫びの中には色々情報が混じっていた。
彼も転生者なんだ、とか、アイリン嬢の教育係になるために努力したのね、とか、熱烈な彼の悪徳アイリン嬢の想いとか。
ただし、私は彼の想いには応えられない。
だって、私はもう彼の想ってるアイリン嬢じゃないし。
あと、目をらんらんと輝かせて私を見る彼がキースとは別の意味で怖い。
「そうなのね。えーと、その、私はもう悪徳令嬢じゃないの。私も転生者だから、わがままも言わないし、どっちかというと面倒くさがりだし。えーと、だから、ごめんね?」
何と言っていいか分からず、思い付く言葉でロイターに断りを入れた。
「あれ。あんたも転生者だったか。じゃあ、お願いがあるんだけど」
「えっと、何を?」
途端に言葉がくだけたロイターに驚きながらもとりあえず彼の望みを聞くだけ聞くことにした。
「俺をこき使ってください! 馬鹿にしたり罵倒してくれてもいいので!」
「はあ?」
ロイターは勢いよく頭を下げたが、私は聞き入れられない。
「え、何? 貴方、そういう性癖があるの? いじめられて喜ぶタイプ?」
「アイリンさん、断った方が良いよ。こんな変態」
とうとうミリアが割り入ってきた。
「馬鹿。俺はゲームの主人公のあんたに罵倒されても何も思わないから黙ってろ」
しかし、ロイターにすかさず却下された。
「ということは、私だけ?」
「もちろんです!」
思わず口を出た言葉に、勢いよく賛同された。
「えーと、ミリアさん? 愛しのロイターさんは貴女に差し上げるわ」
私は逃げることにした。
だって、私には荷が重いよ。
「嫌です! こんな変態! 私が大好きなのは優しくて、悪徳令嬢にこき使われる大人しい人だけど、いざという時は悪徳令嬢と縁を切って家を盛り上げる芯の強い人なんです! こんな変態じゃありません! アイリン様が教育係にしてくれなかったせいですよ!」
ミリアはきっぱりと断った上、私に攻撃の矛先を向けてきた。
「えー、私が彼を教育係にしても変わらなかったと思うな。むしろ、悪化してたかもよ?」
「そんなことありません!」
「アイリン様! 俺を教育係にしてください!」
私は二人に迫られて、困ってしまった。
私にどうしろと言うのよ。
キース、助けて!
すると、私の願いが届いたのか、キースがサシャ達を連れてやって来た。
「なんか叫び声が聞こえたけど、大丈夫? 遅いから見に来たよ」
キースは気を使ってかそろそろと顔を出した。
後ろからサシャ達もそうっと顔を出している。
「大丈夫じゃないから、助けて!」
私が助けを求めると、キースは驚いた顔をしたが、私がロイターに迫られているのを見て、思いっきり顔をしかめた。
キースを怒らせてしまったが、矛先は私ではなくロイターなので、まあいいかと思った私は悪くないと思いたい。
キースはロイターを私から引き剥がし、間に立ち塞がった。
「何処の誰かは存じ上げませんが、僕の大事な婚約者に手を出さないでいただけますか? 彼女が困ってます」
私を背中にかばいながらきっぱりと言ったキースが、これほどまでに頼りになると思ったことはなかった。
今までなんだかんだとキースに頼ってきたけど。
「何処の誰かは存じ上げないとは、ご挨拶ですね。前にお会いして自己紹介もしたと思いますが? キース・ウィルヘルム殿」
皮肉たっぷりにロイターはキースを見返した。
あれ? 二人とも知り合いなの?
「ああ。申し訳ない。まさか、我が婚約者を困らせているのがヴァレンタン家の嫡男とは思いもしませんでした。失礼しました、ロイター・ヴァレンタン殿?」
キースも負けじと皮肉たっぷりに睨み返した。
うわあ、二人ともなんとも貴族らしい皮肉の言い合いしてるよ。
さりげなく火花が散って争ってる。
キースに助けを求めたのは間違いだったかも?
「婚約者といえど、家同士が勝手に決めた婚約でしょう? 私はアイリン嬢に話があるんです。婚約者の貴方は引っ込んでもらえますか」
「家同士だろうと、彼女は僕の大事な婚約者です。それに、話を聞いてましたか? 貴方が彼女を困らせているんですよ?」
「貴方が割り込むためにそう言っているだけでしょう。私はアイリン嬢と直接話がしたいんです」
「何をおっしゃっているのやら。私はアイリンから直接助けを求められたんですよ。貴方が困らせているのは明白です」
私はキースの背中に隠れながら、二人のやり取りを聞いていたが、困る一方だ。
口を挟めないし、逃げれないし、何もできないから。
二人の静かな口論は、意外な人物によって矛先が私に向いた。
「えーと、じゃあ、アイリン嬢に決めてもらったらどうですか?」
ミリアだった。
私の隣で大人しく状況を見ていた彼女は静かに激化する二人の口論に嫌気が差したようだ。
ミリアの顔をじっと見つめていたキースとロイターはお互いに顔を見合わせて、確かに、とうなずいた。
「アイリン、ロイターに迫られて困っていたよね?」
「アイリン嬢、家同士に勝手に決められた婚約者は本当は好きではないのでしょう? 私なら貴女を幸せにできますよ?」
私は二人に迫られる結果になった。
どっちの味方といえばもちろんいきなり現れたロイターではなく、幼い頃から一緒にいたキースだ。
「もちろん、ロイターにはいきなり迫られて困ってたし、なんか怖かったよ。変態っぽかったし。キースは家同士が勝手に決めた婚約者だけど、私はキースのことを、大事な、友達だと思ってるから!」
『大事な』と言ったところまではキースは勝ち誇ったように瞳を輝かせて、笑みを浮かべていたが、『友達』と聞いた瞬間、彼はガックリと肩を落とした。
隣にいたミリアも、中に入ってきていたサシャとアナも何故か、ああーあ、と肩を落とした。
リースだけはニコニコしていたけど。
え、何? 何か間違ったことを言った?
「ふふふ。良かったですね? 大事なお友達、だそうですよ?」
ロイターは肩を震わせながら、面白そうに『友達』を強調して言った。
え、何がそんなに面白かった訳?
「ええ。貴方は友達ですらない自分を困らせている変態のようですが」
なかばやけくそのようにキースは反論した。
先ほどまでの勢いはどこに消えたの?キース。
「変態とは失礼な! 私はアイリン嬢の世話をする目標に修行し、教育係にしてくださいとお願いしたまでです」
「教育係は令嬢の世話をしません。お引き取りください。アイリンも困っているとはっきりと申し上げたでしょう!」
「婚約者ではなく、ただの友達にそんなこと言われる筋合いはありません!」
「僕がアイリンの婚約者であることは事実です! 勝手に友達にしないでください!」
今度は確実に口論が激化した。
叫びながら彼らは喧嘩している。
サシャとアナはハラハラと二人を見守ったが、リースはキースを応援した。
「キース様、頑張ってー!」
それを聞いたアナに、リースは慌てて口を塞がれ、不満そうに唸り声をあげた。
アナとリースはほのぼのしているが、その近くで止めようもない口喧嘩しているのを見ると、現実逃避したくなるのも仕方ない。
元々こうなった原因はロイターと会ったからだよね?
いや、このゲームの主人公のミリアに会って、この教室に二人でこもらなければここまでややこしいことにならなかったかも?
というか、何故、こんなにゲーム関係者に学校に来てから会うようになったんだか。
まだ入学初日だよ?
どういうことだ。
そこまで考えて私は、はたと気づいた。
――学校?
確か、『秘密の花園をかき分けて』のゲームの舞台は学校で、そこで庶民だった主人公ミリアは、アイリン嬢や他の攻略対象キャラの貴族達と会っていたはずだ。
まさか、まさかまさか!
この学校がその舞台だったりして!
嫌な予感が満載のこの考えを確かめるべく私は隣のミリアに話しかけた。
「あのー、ミリアさん? もしかして、この学校ってこのゲームの舞台になるところだったりする?」
「もちろん、そうだよ。あれ? 知っててこの学校に来たんじゃないの?」
ミリアは、何を今更当たり前のことを聞くのかと言わんばかりに答えた。
「し、しまったー! すっかり忘れてたー!」
「ええ!?」
私が叫び声を上げながら頭を抱えると、ミリアが驚きの声を上げた。
「どうしたの? アイリン」
「アイリン嬢、何かありましたか?」
騒ぎを聞いたキースとロイターも心配そうに駆け寄って来たが、私は彼らの相手をする余裕はなかった。
この学校がゲームの舞台だとしたら、他にも攻略対象キャラに会うよね?
もう一人残ってるもんね?
アイリン嬢、つまり私の従兄のオリバー・ランディードが。
もし、彼も転生者で、変な人だったらどうしよう?
ああ! どうしよう? 本当にどうしよう!?
それは困る! 物凄い困る!
というか、何でこんな大事なことを忘れてたのよ、私!
分かってればなんとか避けようがあったのに!
――今更だけど!
私はただただこの後の生活が不安すぎて、前途多難さが容易に想像できて頭を抱えてしまったのだった。
終わり
たぶん続きます。
本当は攻略対象キャラ全員出すつもりだったのですが、思いの外長くなりすぎたので、従兄のオリバー登場シーンをバッサリカットしました。
前回は名前すら出てこなかった彼が可哀想なので、次回、オリバー登場させようと思います。
さて、今回このような話になったのは、悪徳令嬢になるはずだったアイリンに面倒くさがりの25歳女性が転生した結果、一番影響があったのは、教育係になるはずだったロイターだよね、と思った結果です。
あと、ゲーム主人公にも影響があるとしたら、どうなるかと考えて、このような話になりました。
なんだかロイターが飛び抜けて変な人になりましたがどうしましょう。
乙女ゲームにこんな人がいたら嫌じゃないですか?
大丈夫ですか?
しかし、次回もロイターは変わらず登場すると思います。
えーと、比較的性格が良いキースに頑張ってもらおうと思います。
……彼も腹黒ですけど。
前回の『前世庶民の私に悪徳令嬢を期待しないでください』を評価、ブックマークしてくださった方、読んでくださった方、ありがとうございました。
今回の作品も楽しんでいただけたら幸いです。
ありがとうございました!