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「あー、違う違う、そこじゃないって。あー、それも違う。こっちの方がいいって。あ、あとこれ動かせるよ。あーもう、そうじゃないって」

「うるさいな。なんなんだ、もう山村くんがやりなよ。私もういい」

「あれ? 怒っちゃったの? 一緒にやろうって話だったじゃない」

「一緒にって言うか、これじゃ山村くんが頭脳で私が胴体みたいな感じじゃん。私的には、自分でやれよって話じゃん。使われてるだけみたいで嫌」

「わがままだなあ美也さん」

「いやいや」

 食後にコーヒーを飲みながらパソコンでフリーセルをやっていた。山村くんが最近暇さえあればやっているゲームで、私が気まぐれに、やってみようかな、最初だから一緒にやろうよ、と言ったらこうなった。これじゃあ私はつまらん。

 ごろんと床に寝転ぶと、サトウが近寄ってきて「我ここに在り」といった様子で御満悦の表情を浮かべながらお腹に乗ってきた。重いが、暖かい。悪くはないが、良いわけでもない。言葉通り尻に敷かれているわけだから。

 そういえば、山村くんと一緒に暮らそうと思う、という相談をした時、亜紀は驚くと同時に面白そうに、

「美也って結婚とかしたら男の人尻に敷きそうだよね」と笑っていた。

 実際彼と二人で暮らしていると、年齢的に私の方が上であることもあり、私が何かと指示をする、山村くんの行動を把握している、ということが多い。それを「尻に敷く」と言うのかはよく分からないが、少なからず私が敷かれているということはなさそうだ。

 コーヒーのおかわりをさりげなく持ってきてくれる山村くんは確かに、尻に敷かれるタイプだろうな、とも思うし。

 パソコンの電源を落として、ウォークマンをスピーカーにつなげて音楽を流す。なんだかありふれた、好きでも嫌いでもない歌手の愛の歌だった。愛しているよー、なんて歌えばいいと思いやがって。こういう人はチャラチャラしていそうで嫌だ。毎回の新曲にそんな甘ったるい歌詞を乗っけて、会いたくなっては震えて、私も悪寒で震える。

「いやあ、素敵な音楽だね」

「え、どこがよ」

「うーん、ドラム?」

 山村くんの、こういう変わった観点をナチュラルに表現できるスキルは羨ましい。人に合わせてしまいがちで、窮屈な性格をした私には、これを本心から「素敵な音楽」とは言えそうにない。

 適当なタイミングで、どちらからともなく寝ようかという話になり、私がベッドの上に、彼がソファの上に寝転んだ。


 翌朝になって、亜紀から急に「遊ぼう」という誘いがきたので私は寝ぼけ眼の山村くんに「出かけるときは鍵忘れずにね」と言い残して家を出た。

 待ち合わせのミスタードーナツに着くと、亜紀はすでにいくつかドーナツを食べ終えた痕跡を机の上に包み隠さず広げた状態でケータイをいじって退屈そうにカフェオレを飲んでいた。私は外からそれを確認できたので、店内に入るときは少し慌てた様子を演じる。ごめん待たせた、なんて、あわよくば「!?」なんかを付けた調子で謝る。いまさらそういう配慮なんか必要ないのだけれど、一応、申し訳なさそうに。

「全然、急に誘ったの私だし」そうだよね、あなたが待ってるのは当たり前だよね、なんて思う。「むしろ慌てさせてごめんね」

「全然良いよ、時間かかってごめんね」

 女子はこういうのが面倒くさい。男なんて待ち合わせに遅れようがなんだろうが「よう」「おう」で済む。ツーとカーだ。「あ」と「うん」だ。羨ましい。と思いながら席に座る。

「ドーナツ、奢るよ?」

「え、いいよいいよ、なに、どうしたの」

「いや実は相談事が」

「相談? また男の話?」

「またって何よー。まあ、そうなんだけどさ」

 亜紀は二一に相応しい雰囲気の女子だ。好きや嫌いに忙しない世代というのか、生活の中心は恋愛というのか。世界の中心で愛も叫んじゃう世代。相手の都合も考えず、いま、会いに行っちゃう世代。

 結局奢ってもらったドーナツを頬張りながら聞いていた亜紀の相談っていうのを要約すると、「年下の男の子が気になるの」ということだった。どうやら私も知っている人らしいが、何度聞いても名前は言わない。と、そういう不自然さのせいで私にも思い当たる節の一つや二つ、というか一つなんだけれど、出てくるわけだが、あえて私も名前は言わない。いやあ、気まずくなりそうだ、と思っただけで、それよりドーナツおいしいな、と意識の方向を変える。

 亜紀は困ったように私の方を見ながら、カフェオレ飲む? とか、ドーナツまだ食べる? だとか言っている。言っておくが私は「彼」と兄弟でも恋人でもない。好きに恋愛すればいいじゃない、と思うのだが、まあ奢ってくれるというのを拒むのも失礼だ。むしゃむしゃ。

「どうしたらいいのかなあ」

「どうするもこうするも、亜紀ってそういうのガツガツ行く人じゃん。今回もガツガツ行けばよいんでないかい?」

「えー、でもー」

 うじうじうじうじ。女はこういうのも面倒だ。

 結局結論は出ないまま解散。私は一人帰り道を歩いていた。煙草が欲しい、と思ってコンビニに寄る。「あー、身分証とかありますか?」と三十代くらいの男の店員が面倒くさそうに聞いてくるので、私も面倒くさそうに保険証を出す。「あー、写真ついてないと駄目なんすよね」駄目なのは三十代でコンビニアルバイトなんかしてるお前の方だ、と思いながら何も買わずそそくさと店を後にする。

 歩道の狭い一本道を、車に避けられながら歩く。なんだか余分に間隔を空けて通過されると、痩せろよな、と無言で言われているような被害妄想に襲われて、そこから走ってアパートを目指した。


「あ、お帰りなさい」

「あれ、料理……」

「リベンジです。今日はもうちょっと簡単に、オムライスを作っているよ」

「良いにおいはする、良いにおいは」

「むう」

「まあ期待しているよ」

 言いながら居間の方に行って着ていた上着をハンガーに掛ける。机の上に置きっぱなしになっていた山村くんの煙草を一本取って料理中の山村くんの隣で吸い始める。窓を開けるにはまだ寒い時期で、換気扇の下でにおいを逃したかったのだ。

 横に現れた私のくわえているものを、山村くんは二度見した。一緒に暮らして五カ月くらいだが、山村くんの前で煙草を吸うのは初めてだった。

「あれ、美也さん、それ僕の?」

 二度見した割に、許容は早かった。それよりも自分の煙草を吸われているのかどうかを気にしている辺りが山村くんらしい。

「一本いただいた」

「えー」

「一本くらいで騒ぐでない」

「煙草一本っていうのは、僕の人生の内の五分だよ? 僕の人生の五分を、見返りもなしに奪っちゃう?」

「時間そのものが無くなるわけではなかろう。それにむしろ、この煙草が普段腐るほどしている山村くんへのあれこれへの見返りじゃない?」

「まあそうなんだけれど。別に良いんだけれど。良いんだけれどさー」

「それより手を動かせ若者よ」

 へいへい、なんて言いつつフライパンの上に卵を落とす。

 リベンジは成功、オムライスは悔しくもおいしかった。いや、悔しいというのも変な話だ。これで私ばかりが料理しなくて済むではないか。むしゃむしゃ。

 向かい合ってオムライスを食べながら、山村くんは少しニヤニヤしていた。

「なに?」

「いや、知り合って一年弱、一緒に暮らして五カ月くらい、まさか美也さんの新しい面を見れるとは、と思って」

「いやいや、私山村くんに隠してることいっぱいあるよ」

「え、たとえば?」

「隠してるんだから言うわけないじゃん。君は私のただのルームメイト。ルームメイトにはルームメイトに相応しい程度の情報しか与えないよ」

「えー、なんだよそれー」

 そんなことを言い合いながら笑って、私はなんだか、なんでもいいや! と清々しい心で思った。


 一週間経って、亜紀から連絡があった。

「こないだ話した気になる子に、告白っぽいことしたのよ、そしたら振られちゃった」

「気になる子って、山村くんでしょ?」振られたならいっか、と思って私は名前を出した。

「え、山村くんに聞いた?」

「いやいや、わかりますよお嬢さん。私とお嬢さんの付き合いじゃないですか」

「今後相談しにくくなるなあ」笑いながら言う。

「なんて告白したの? なんて振られたの?」

「聞くねえ」

「まあ、一応ルームメイトと親友の間に起きた出来事なので、気になるではないですか」

「メールをね、何通かしてたの」そういえば最近山村くん、よくケータイいじっていたな。「それで、私と一緒に暮らしてみない? って」

「ほほう、それは面白い誘い文句ですな」

「そしたらあの子、いや、今の家が心地いいので大丈夫です、って。私なんだか悔しくなっちゃったけど、考えてみれば、山村くんって美也のこと好きでもおかしくないよなあって。知り合って半年くらいで一緒に暮らそうって、暮らしたいって思っちゃえる人なわけだし、お祖母さん亡くなった後のケアをしてたのも家族より美也なんじゃない? そうやって考えたら、私は身を引こうって。応援しようって」

 話がおかしい方向に行っているぞ。と思いながら、私は笑って「ないよー」と否定した。

「だって彼と私が一緒に暮らす上での大前提として、そういう事態にならないようにって、暗黙の了解ではあるけど、念頭に置いているんだよ。少なからず私はね。だからセフレにも恋人にもならない、ただのルームメイトなんだよ。一緒に暮らしているだけ。兄弟でも夫婦でもない、特殊な家族というか。だから私も彼も、お互いにそういう感情はないよ」

「なんだかそれって、自分で自分の気持ちをセーブしてるだけなんじゃない? そうなっちゃいけない! って」

 いやいや、と笑いながら言って、そろそろバイトの時間だから、と通話を切った。嘘だけど。

 ごろんと寝転ぶとやはりサトウがお腹の上に乗ってくる。天井を見ながら、そういうことなのか? と亜紀の言葉を反芻する。目を瞑って、暗闇の中で自分に問いかける。私は、本当は、山村くんのことが?

「ただいまー」

 その声に少しドキッとする。

「お帰り」

「ただいまただいま。いやあ、腹減ったー。美也さん、腹減ったよ」

「はいはい」

 返事をしながら立ちあがって、いや、やっぱり亜紀の気のせいだ、と思った。こいつは私のことを母親みたいにしか思ってないし、私もこいつを、ペットくらいにしか思ってない。母親に向ける愛情も、ペットに向ける愛情も、恋愛にはならない。

 そうしてご飯を作って、向かい合って「いただきます」をする。嬉しいことに美味しそうに食べてくれるので、私も元気にサラダを頬張る。

 むしゃむしゃ。

2011年4月にmixiに載せたものを加筆・修正せずそのまま。

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