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 私は山村くんという兄弟でも恋人でもない男と二人暮らしをしているのだが、ある日古本屋のバイトが終わってアパートに帰ってみるとその山村くんが居なかった。こういうことはごくたまにあり、そういう時彼はだいたい実家に戻っているので、今日もその日か、と思ったくらいで他に心配したりだとか不安になったりだとかはしなかった。何せ私と彼は兄弟でも恋人でもないのだ。当たり前の程度である。

 しかし、こういうときに一人で自分の為だけにご飯を作り、向かいに誰もいない机の上に皿を広げ、黙々と食事をするというのはなんとも気が滅入る作業だった。生きるためにする正常な動作なのだけれど、私には億劫だった。こうなってくると物を口に運ぶのさえ面倒くさいから、困ったものだ。

 猫のサトウにもご飯をあげて、コーヒーで一服すると眠った。

 浅い眠りでいくつか夢を見た気がするが、内容はぼやけていた。なんとなく覚えている限りだと、とにかく私は走っていた。何かから逃げていたような気もするし、あるいは追いかけていたかもしれない。夢とは不思議なものよのう。

 今日はバイトもなければ、亜紀やその他友人らとの約束も特になかった。暇な日。予定のない日。一人は退屈だけれど、誰かを誘うほどの元気はない。

 思い立って山村くんにメールをしてみる。今日は帰るの? いじめる相手がいないとお姉さんは退屈です。

 しばらく待ったが、返信はない。


 翌朝も、その翌朝も、起きても一人だった。こうやって何日も戻ってこないのは初めてのことだった。普段こそどうでもいいと思っている存在だが、いざ居なくなってみると動揺している自分が居て、なんだか落ち着かなかった。彼のことを恋愛的にどうこう、という感覚こそ芽生えないが、三日四日経てばさすがに心配もしてくる。何より、連絡が一切付かない、という事態が私をもぞもぞとさせる。

 陽が陰ってきたころに、ようやくというか、電話を掛けてみた。なんだか不安になっているみたいで嫌だな、それを悟りそうで嫌だな、と考えながら長い呼び出し音を聞いている。

「もしもし」

 あっけらかんとした山村くんの声が耳に入ってきて、私は安堵したというより、少し苛立った。

「なんで返信しないの、なんで帰ってこないの、遊んでんの? 長く留守になるなら書き置きくらいしといてよ」ダム決壊。思わず早口に言ってしまう。「今どこ居るの」

「あれ、もしかして美也さん心配してくれてるの? いやあ、嬉しいなあ」

「質問に答えろ」

 困ったなあ、とため息みたいに言った後、少し沈黙があって、言う。「いやあ実は、祖母が死んで、実家に帰ってる」

 思いがけない返答で、言葉に詰まる。祖母が死んだ。祖母がシンダ。ソボガシンダー。と、何回か繰り返しているうちにロボットアニメを想像してしまい、私は困り果てた。ソボガシンダーって何だよ、と。

「そうなのか」結局言えたのはそれくらい。

 それから、もうしばらくそっちの家には帰れないなあ、と笑いながら言う山村くんに心がウズウズしながら、二言三言会話して通話を切った。

 困った、と思っていた。


 山村くんという男は、私の兄弟でも恋人でもないわけだが、それでも五カ月ちょっと一緒に暮らしている、暮らせているくらいの仲ではあった。そういえば先月には恋煩いで空元気だったし、山村くんは辛い時こそへらへらする人間だ、というのはよく知っているつもりだった。当人がそれを自覚しているのかまでは知らないが。そういうときに、彼を傍に置いておけない、というのは、つまり、私は無力だ、と言われているも同義で、結局私は山村くんの帰りをこの家でずっと待っているほかない。山村くんがどう、というより、私は私が無力であるという事実を思い知りたくないだけで、それに対して困っていた。これは落ち込むパターンだ! と思っていた。

 しかし実際は落ち込む暇なんてないくらいに毎日バイトに遊びの日々で、時々、一人の寝室で「もう山村くんは寝ただろうか、少しでも多く休んでほしい」などと恋する乙女みたいな心配をしているくらいだった。思ったより落ち込まず、それよりも自分の中で何か心情の変化が起きてしまったのではないかと困惑している時間の方が多く、それはそれで、困ったものだった。これは、この感情は、と考えれば考えるほど、恋に恋する乙女になり下がっていくようで嫌だった。


 山村くんは結局、二週間後に帰ってきた。というより、私がバイトから帰ってくるとアパートに山村くんがすでに居た。だから、お帰り、という感じは一切なく、山村くんも山村くんで、むしろ「お帰り」と言ってきた。

 それからまたいつものように私がご飯を作り、二人で食べ、同じ部屋で眠った。

 帰ってきたらきたで、だらしない部分の方が多く見えて、一瞬芽生えた火は呆気なく鎮静化された。よかったよかった。しかしいつか「そういう事態」に陥って、この生活が不安定になるのだろうか、と隣で眠りながら尻を掻いている山村くんを眺めながら、思ったり、思わなかったり。

2011年4月にmixiに載せたものを加筆・修正せずそのまま。

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