後日談 二
私は山村くんという兄弟でも恋人でもない男と一緒に暮らしているのだが、その彼が珍しく私にプレゼントを買ってくれるという。一体何事でござるか、と聞くと、特に理由はないよ、と笑っていた。男の子が特に理由もなく女に貢ぐもんかい、と考えてみたは良いけれど、それってなんだか良くないところに到着しそうじゃあねえかい、と思い直して、考えるのを止める。彼は同居人であって、恋人ではないし、今後もそういった相手になる予定はない。要らないですよと大人な対応をしてあげてもいいのだけれど、貰えるものは貰う主義なので、考えるのはやめて、素直に喜んでおいた。
二人で出掛けると言うのは、彼が小説家としてデビューしてからはほとんどなかった。小説家というと基本的には表舞台には出て来ないものなのだが、こと彼に関しては、デビュー作から全作映像化という華々しい経歴と、みんなどこか不自然に写る宣材写真からでも伝わるくらいルックスが良かった。そして彼のキャラクタというのが昨今においては希少なタイプであったから、面白がられているのか、彼の小説が原作となっている映画の宣伝には必ずと言っていいほど彼が登場する。それは雑誌でも、テレビでも。だから彼は、特に若者の間で認知度が高い。つまり二人でショッピングに行くなんて、普通に考えれば田舎のスーパーでしか叶わないわけだけど、彼は張り切って「都内のショッピングモールに行きます」と言っている。阿呆か。
「君に女の同居人が居るの、若者ならみんな知ってんだぜ?」
「別にいいじゃあないか。僕がそこに行きたいから行く、それだけだよ。それとも何、覆面男が隣にいた方が良い? 豚? 牛? それともジェイソンのが良い?」
「山村くんで良いです。っていうかそんなのいつ買ったの、いつ使うの」
言いながら、家の鍵を閉める。「本日都合により閉店」の、使い古された紙を貼っておく。一応これでも私は古本屋の店主だ。どうだ、参ったか。
肩を並べて歩いているのを見られるのはさすがにまずいだろうと思って、彼を先に歩かせる。もちろん彼は嫌そうにしていたが、彼の無邪気さによってテレビで名前をさらされている私にとっては、彼の隣を歩くなんてハードルが高すぎる。ネット上で「宮下哲也の恋人顔面爆発してた」とか「言葉のセンスは良いけど女のセンスなさすぎ」とか書かれちゃったりなんかしたら私は本当に爆発してしまう。化粧の練習とかしてないし。っていうかそもそも恋人じゃないし。誰だそんなこと言ったのは。まったく。
後ろから見ていると、彼はとても小説家としてお金を稼いでいる人間には見えない。だらしなく伸びた髪と、手が隠れるくらいまで大きい白いロングシャツ、裾を引き摺っているズボン。この後ろ姿は完全に、あれだ。ニートだ。これが若い女の子にキャッキャされているなんて。と、まあ、後ろ姿だけで判断するのも問題だけれど。
不意に彼が立ち止まるので、私も思わず立ち止まる。
「ねえ美也さん、遠い」
「話しかけるんじゃあないよ、名前を呼ぶんじゃない」
「別に良いじゃないか。さっき美也さんが言ったよ、僕は山村くん。宮下哲也のことは気にしなくて良いんだよ。今日は休みなんだから」
「いやいや」
「仮に誰かが、あれ宮下哲也じゃね? って思っても、美也さんが山村くん山村くん呼んでれば、ああ別人かあ、って思い直してくれるよ」
「君は多分若者を馬鹿にし過ぎだとお姉さんは思いますよ」
「まあ良いからこっちおいでよ」
掠れた声でそんな台詞を言われたので、仕方なく、私は彼の隣に行く。仕方なく、である。仕方なく。
結局、ショッピングモールで誰かに話しかけられることはなかった。さらに言えば、私の欲しいものも特になかった。
何も買わずに家に戻ってきて、疲れたー、と倒れ込む彼にコーヒーを淹れてあげる。
「ありがとう」
「結局、何でプレゼント買おうとしてくれたの?」
「意味なんてないんだよ。思いつき」
「うっそだあ」
「金が有り余っていてね」
「止めた方が良いよ、そういうの似合わない」
「美也さんひどいな、今日は再び一緒に暮らし始めて三カ月の記念じゃないか」
「それ、こないだ過ぎた」
「ふふ、本当に意味なんてないんだよ」山村くんは言いながら、ごろんごろんと転がった。「意味を求めるのは悪いことじゃないけど疲れるよ。そういうの疲れたから、たまには昔みたいに美也さんと出掛けたいなあって思っただけ。出掛ける口実だよプレゼントなんて」
そっかー、としか相槌が打てなかった。
それから少し考えて、言おうか迷ってから、
「久しぶりに遊べただけで、私にはご褒美ですよ」
と言ってあげると、彼が馬鹿みたいに勢いよく起き上がって喜ぶので、私はそっぽを向いて誤魔化した。
2011年10月にmixiに載せたものを加筆・修正せずそのまま。
随分間が空いたらしい。




