「プレゼントは従者?」のヒロインが別作品の(森の中、死にたがり)
立場などはセリーに依る
*「森の中の魔女のはなし」カティヤ
こんなやつは望んでいない、とカティヤは思った。たしかに目を引く整った容姿なので自分も目を向けたかもしれないが、欲しがったなんてことは一切なかった。この少年の瞳は宝石のように美しいけれど、それがあったからといってどうということもない。
急な来客で席を外した父に、すぐさま戻しに行ってもらおう。処分と言っていたが、悪くてせいぜい放逐する程度のこと。優秀な家令たちはそんなに無情なことはさせないだろう。
父親に向けられた恨みは、この家、ひいては自分にもかかってくる。そんな面倒なことはやめてほしい、思いながらカティヤはため息を吐いた。紅茶がぬるくなっている。棒立ちの少年の名前を父は告げなかったが、貴族らしい紹介の作法に則るのでなければ名乗りなどは必要ない。
震える黄金の睫毛は細い。彼がどんな事情を抱えていて、どうして連れてこられてしまったのか、興味はない。砂糖を足しても、冷めた紅茶に溶けきらない。カティヤは口を開いた。
「荷物はどこかに?」
少年がうつむきがちな顔を勢いよくあげた。手に鞄は見当たらない。もう一度「荷物はどこかの部屋に置いてきたのかしら?」と聞くと、彼は首を横に振る。
身一つで連れてこられたのかと思うとほんのわずか同情心が湧いたが、湧いただけで流れ去る。カティヤは口唇を緩めた。12を迎えたばかりとは到底思えない、ふっくらとした唇が弧を描く。酷薄な笑みだった。
「安心して頂戴。貴方の家がこの王都内にあるのなら、日が沈む前には帰り着くわぁ」
酸味の強い葉だった。溶け残った砂糖をそのままに、テーブルからベルを持ち上げる。淹れられてしばらく飲まないことを知っているのだから紅茶にこだわらずともいいのにと思う。ちりん、と高い音が消えないうちに、少年が震えるように声を出した。
「それは、僕では貴女の持ち物に相応しくないということなのでしょうか」
は、と思った。実際に口にもした。眉を寄せた彼女に構わず少年は続ける。
「貴女の、カティヤ様のお傍に侍るべく反対する家族を振り切り参上いたしました。貴女が僕を望んでいると聞いてどれだけ歓喜したことか……!」
白い頬を赤らめて、二人の距離が一歩詰まる。伸ばされた手を、紫水晶が冷やかに見下ろした。これはまた、面倒くさい感情を向けられたものだ。触れてくる直前ではっきりと溜息を見せつけると、年の割には硬そうな掌がよく見えるように静止した。
これは、どんな手を使ってでも元の場所に戻してきてもらおう。
捨て犬を拾ってきてしまった子供に言う文言と似たことを思うと、鳴らしたベルの効果が表れてドアが開いた。近づきすぎている彼と視線を合わせれば、まだ薄い肩をぴくりと揺らした。
*「死にたがりヒーローとその銀の弾丸」芽依子
父がその美少年を連れてきたとき、芽依子はたしかにあっけにとられた。天の使いかと見まごうような整った顔立ちをしていたのだ。こんな美少年なら忘れるはずがないが、記憶にないのでおそらく自分が物欲しそうな顔をしていたというのは間違いだろうと思う。
そして鑑賞にはいいが、芽依子は彼と仲良くなれると思えなかった。無理やり連れてきておいてすぐに帰すというのもおかしいので、早急に彼の家にお詫びの品を送ってもらって、そして彼を歓待しなくては。
そう思って席を勧めたのだが、なんだかよくわからないことになってしまった。頬を紅潮させ、目が潤み、熱に浮かされたように彼が喋りだしたのだ。
「芽依子様を初めて見たとき僕は正に雷に撃たれたような衝撃を受け、」
息が荒い。
じりじりと近づいてくる少年に、芽依子は咄嗟に後退する。ドアは彼の向こう、こちらには窓しかない。露台から飛び降りれば逃げられるだろうか、いやここで大人しくしている方が?
目頭が熱い。吸い込んだ空気が肺まで向かってくれない。室内用の靴は踵が低いが、毛足の長いじゅうたんにひっかかる。窓から差し込むおかげで、目の前の彼はきらきらと光を纏っていた。体勢を崩しかけて花瓶台に手を付く。舞台俳優のようによく通る声を聞きたくない。少年は微笑んだ。あどけなく、無邪気で、嬉しそうな笑みだった。
体勢を崩したせいで近くなった距離は、子どもの腕とすこし。捕まってしまう。ぎゅっと目を瞑り身体を強張らせた。
そのとき。
どぉんっ、と勢いの良い音がして、芽依子は目を開く。机をなぎ倒しているこの部屋の扉だったもの。南向きの部屋は明るく、闖入者の顔もよく見えた。鬼のような男だった。
それでも芽依子にとっては目の前の天使よりずっと快い存在で、ふにゃりと視界をゆがませる。
「ほ、本条さぁん……」
といっても、その声に応えて向けられた鋭い視線に再度身を竦ませることにはなったのだが。
ストーカーこわい