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まだ乙女には:4月1日




「実は、最近なんだか気になってて」


 ちらり、と少し恥じらう遼平が目をやったのは、階下で戯れる例の転入生と生徒会。

 生徒会がいくら美形でも、たぶん遼平は女の子が好きだろう。つまり、気になってるというのは転入生のことだ。そう考えて、なんだか息が詰まるような気がしたけれど、未晴はただ「そっか」と答えた。ゴンドラが転覆した。外では曇り空の下で桜がほころんでいて、今日みんなで準備している入学式のころに咲くらしい。花の時期は近くても、未晴の春はまだ先だったか。

ひとの気持ちなんてどうすることもできないしね。心の中で頷いて、新入生配布資料をまた数える。このクラスは30人……じゃない、29人だった。

 遼平が無言なので、もう少し聞いて欲しいのかと未晴は首を傾げた。


「ええと、次のクラスは一緒だといいね、あの転入生さん……名前なんだっけ?」

「そうだね、僕も名前覚えてないよ。」

「えっ」

「わざと誤解を招く言い方をしたのは確かだけど、僕が同じクラスになりたいのは飯塚さんだから」

「えっ」


 はふ、とため息が降ってくる。下を向いて紙を数えているうちに、遼平は未晴の目の前にやってきていた。


「ゆっくりでいい、とは言ったけど。時間をかけてるうちに、タカに油揚げ取られちゃかなわないからね」

「油揚げ盗るのはトンビじゃないの?」

「気になってるのは、黄崎だよ。飯塚さん、よく見てるよね? 特に転入生と居るとき、なにか我慢してるみたいな顔で」


 見上げると、教室の蛍光灯が逆光を作っていた。けれどなんだか悲しそうなのは未晴にもわかって、ええと、と口ごもる。

 たいしたことじゃないのだ、ただ。

 言おうか言うまいか迷って、すぐに結論が出る。遼平を悲しませるのは、いやだった。


「あの、……笑うのを、我慢してて」

「えっ」


 先ほどと逆の反応だ。未晴は少し照れながら笑った。


「黄崎遊真ってわたしのいとこなの。で、遊真は幼稚園から小学生じゅう、ずっとうちのお姉ちゃんのこと好きでさ。中学上がるころには言わなくなったんだけど、わたしの中ではいまだに『お姉ちゃんだいすきな遊真』なんだよね。だから他の女の子を追いかけ回してるの見ると、なんだろ、『お姉ちゃんに言ってやろ〜』みたいな気持ちが」


 きれいな花をあげたい気持ちが大きすぎて、母親に渡すようもらった母の日のカーネーションをお姉ちゃんにあげたとか。

 ケーキのチョコプレートはいつもお姉ちゃんと半分こしてたとか。

 夏休みにお姉ちゃんに褒めてもらうべく大量のセミを捕って叫ばれたとか。

 そういう、からかうような気持ちでつい見てしまうところはあった。特に花を渡しているのなんて見たときは、カーネーション事件を思い出して必死に笑いを堪えていたのだ。

 まさかそれを、遼平に見られていたとは思わなかったけれど。


「よく気付いたね」


 知らないうちに見られてるって、ちょっと怖い。自分もやってるくせに、されるとなんだか困ってしまう。怖いって、恥ずかしいってことなんだろうか。

 眉を下げた未晴の正面に、椅子をガタリ動かして遼平が座る。


「つい、見ちゃうんだよ。ごめんね。飯塚さんはなにを見てるのかなとか、なにが好きでなにが嫌いなのかなとか、そういうのが知りたくなるんだ。困ってたら助けたいし、喜ばせたくなる」


 揃えていた配布資料がとられ、机に置かれる。自分の手が冷えていたことを、未晴は暖かい手に包まれて気付いた。春だからとインナーを減らしてきたからだろうか。細身の遼平なのに、その手は未晴の手を軽く覆った。


「指、動きにくくなってたでしょう。温まるまでこのまま、ね。」


 慣れない体温に、あっという間に血の巡りがよくなるのを感じながら、はくはくと口を開閉させる。委員長の髪は蛍光灯でも茶色く光るのだ、なんて、どうでもいいことだけが頭の中に浮かんでいた。






20170401

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