淡い香りとわだかまり
『お前と野球がしたい。』
俺と野球?やめてよ、バカですか?俺、野球は中学までって決めてたんだ。最後の大会、表彰台の真ん中で言ったはず。中学で野球やってりゃ知ってるはずなんだけどな。全国の野球関係者は驚いた。新聞にも載ったぜ?
『天才中学生投手、斎藤刻也(15)引退か。表彰台の真ん中で宣言。』
ってな。その記事見てさ、腹抱えて笑ったのは俺だけだと思うよ。
まぁ、爆笑はすぐ嘲笑に変わったのだけど。そして嘲笑は怒りへと変化して。
何が天才だ。何が引退だ。ふざけるな。俺は普通の男子高校生になりたかっただけさ。毎日毎日家の周りにゃ記者がいっぱいいてすこぶる邪魔だった。ただ三年連続で弱小中を優勝に導いただけ、いや、みんなで勝ち取っただけだ。そりゃぁ相手の打席を押さえたのは俺だけどさ。俺はただの男だ。なんにも特別じゃないんだ。だから辞めた。
「―――と、言うわけで野球の件はお断わりだ。別に俺を愛してくれるのはいいぜ。じゃぁね。同じクラスじゃないことを祈ってる。」
言いおわったときの俺の表情、般若みたいだったろうな。心の中で笑いながら背を向けた。
「お前は絶対帰ってくる。」
は?まだ言うか?…いい加減にしてくれ。それに帰るってどこへ。
「お前は絶対もう一度野球をする。球界に、マウンドに帰ってくる。…待ってるからな。」
「なっ!?あ、ちょ、おい!」
振り向いたときにはもう誰もおらず、桃色の花弁が舞うだけで。桜の淡いにおいを残してあいつは去っていった。
トキヤは性格悪し★
あ、トキヤは刻也のことっす。読めなくてすんません。