第76話 獄外一時面会
観光船に乗って知床観光に向かった家族と別れた俺が人形達だけを連れて、伊佐那美の用意した黒塗りのリムジンで網走監獄博物館へ向かう道中。
静かにこちらを見ている伊佐那美と話せる話題も特になく、俺はただただ気まずい思いをしていた。
人の目がなくなった途端、急にしおらしくなりやがったんだよな。
このメンヘラ女は一体、何を考えているのか。
「……本当は、ウチも分かっておるんよ。悪いことしたって。でもな、認められへんやろう。ナギくんがウチやのうて、マリアを選ぶなんて……」
伊佐那美はそう、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。
「なんだ、今度は俺にカウンセラー役をやらせるつもりか? どんだけ懺悔しようと理解ある彼くんにはなってやれんぞ」
「こないな、ただの独り言やん。好きに言わしてくれーな」
「はいはい、好きに続けな」
「せやったら、そうさせて貰います。……ウチな、本当は小さい頃から痛いことが大嫌いやったんや。そやけどナギくんもマリアも菊花も盾役には向いてへんかったさかい、ウチが仕方なしに前衛を張っておったんよ」
彼女がそう言って右手で掻き上げた長い黒髪の下から現れた耳たぶには、かつて舌先に刺さっていた【治癒魔法】付きのピアスが装着されていた。
「常識人の兄貴にしこたま説教でもされたか」
「もう二度と自分を傷付けるような真似はしいひん。けどな、他人は別や。この世界にはどうしようもない人間がぎょうさんおる。憂さ晴らしにヒロシはんの家族に手ぇ出そうとするような連中、死んで当然。そうは思わへんか?」
憂さ晴らしに俺の家族に手ぇ出そうとした女が言っていい言葉ではない。
いや、盗人の番には盗人を使えってことわざもあるにはあるけどね。
元犯罪者のホワイトハッカー的な何か。
「殺害予告なんてよくあることだろう。行動に移すやつはそういないぞ」
やるやつはネットに書き込んだりせず黙ってやるからな。
遊び人の兄を刺している女なんてその筆頭だ。
「運命は残酷や、ありえへん確率を乗り越えて不幸を運んでくる。やからヒロシはんもいつか辛い目に遭うこともあるやろう。どうしてもお嫁はんに相談できないことが見つかったら、その時はウチを頼っておくれやす。ぎょうさん、優しい言葉で慰めたるさかいな」
「ケッ、誰がメンヘラ女なんかに頼るか。俺が頼るのは最初から壱号に決まってる」
「ナギくんみたいに死んで、その職業を失っても同じことが言えるか見ものやわぁ」
どいつもこいつも、俺が暗黒邪竜に負けて死ぬと思ってやがる。
随分と見くびられたものだ。
「マスター、どうやら到着したようです」
壱号に太ももをトントンと軽く叩かれたので窓の外に目を向けると、そこには大きな赤レンガの門が見えていた。
網走監獄博物館の正門を通った黒塗りのリムジンは、近くにあった駐車場で停車する。
「ほな、行きまひょか。星崎はんもきっとヒロシはんのことをお待ちかねや」
「それはいいんだけどさ、【情報共有】で囚人に面会するのにどうしてわざわざこんな僻地の観光地まで足を運ばなきゃいけないんだ?」
リムジンから降りてチケット売り場まで向かう道中で尋ねると、伊佐那美は意地の悪さが薄っすらと滲み出るような笑みを浮かべて答えた。
「そんなん、人様に見せられないことをする為に決まっとる。最悪の監獄の跡地から最悪の監獄を眺めるなんて、皮肉なものやろう?」
展示物の見学もそこそこに博物館の館長の案内を受けて通されたのは、かつてこの監獄を管理していた職員が詰めていた庁舎、その地下に秘密裏に建造された上級国民しか入れないVIPルーム。
革張りのソファ、床に敷かれたウェンカムイの毛皮、テーブルには高級な酒……。
部屋の壁には巨大なモニターが設置されており、そこには網走近郊の海上に造られた人工島の各所に設置された監視カメラの映像が映し出されている。
参号がテーブルの上に転がっていたリモコンを手に取って適当にチャンネルを変えると、娯楽室で魔結晶チンチロに励む人相の悪い囚人、中庭の木陰で他の囚人から私刑を受ける囚人、懲罰房で看守の【調教師】から鞭打ちされる囚人……といった刑務所の日常風景が垣間見えた。
「いいぞいいぞ、もっといためつけてまぞどれいにかえてやるのだー!」
【調教師】から【森神の激励】の治癒攻撃を受け続けるとガチで脳みその報酬系がイカれて痛みが快楽に変わってしまうので、割とシャレにならない懲罰である。
まぁ、網走の骨工船に収容されるような重犯罪者は死ぬまで外に出られないのがほぼほぼ確定しているんだけどな。
自由に出入りしていたサイガとか1日外出が許されている班長は例外中の例外だ。
「今は真っ昼間やから小さい子供の教育に悪いものは見られんさかい、安心しておくれやす」
「やっぱりあるんだ、そういうの」
「そやなぁ、ウチもこういう場所は初めてなんやけど……下世話な話が好きな人が旅行ついでに観にくる言うとったわ」
伊佐那美がここに通い詰めるような人間だったらもう一度フレンドIDをブロックしてやろうかなと考えていたのだが、流石にそこまで暇ではないらしい。
「星崎聖夜を面会室に呼び出しておりますが、探索作業の最中のようで……もう少しばかり時間が掛かりそうです。申し訳ございません」
俺達をこの場所に案内した中年の館長は額の汗をハンカチで拭いながらそう話す。
「適当に魔結晶チンチロでも見ながら待つとするか。そうそう、昼飯まだだから何か持ってきてくれない?」
「こちらにメニュー表がありますので、お好きな物をどうぞ」
「サンキュー」
酒のアテになりそうな上級国民用のメニューもあったが、せっかくなので一般の観光客に提供されている監獄食堂の体験食を持ってきて貰った。
麦飯にホッケ、蕗の煮物と短冊状の山芋、そして味噌汁。
【調理師】の栄養士が作っているだけあって……。
「うまいうまい。毎食これなら骨工船も悪くないな」
「これは実際に運営されていた1800年代の再現メニューですから、ダンジョンモノリスのある今はまた違ったものが提供されているのではないでしょうか?」
壱号がそう指摘すると、伊佐那美はサンマの塩焼きを箸でちまちま解体しながら補足する。
「囚人が自分で手に入れたドロップ肉を使うのが基本どすなぁ。そないな環境やから、骨工船では逆に新鮮な野菜が好まれておるで」
「ところ変われば価値も変わるってわけか」
俺は飯を食いながら、大きなモニター画面に目を向けた。
新入りだろう、顎の尖った若い男が太っちょの席主にチンチロリンでいいようにカモにされている姿が映っている。
「あれ、シゴロ賽じゃね?」
ざわ……ざわ……。
「あないなイカサマに気付かれへんなんて、可哀想なお人やわぁ」
新入りの番が回ってきたところで、弐号が異変に気付いて声を上げる。
「あれはまさか、爬虫人骨の生体装備を削って作ったピンゾロ賽……!」
顎の尖った若い男にイカサマを返された班長の顔がぐにゃあ~っと歪んでいく。
しかしこの小説は福木漫画ではないので、イカサマをした新入りは班長の取り巻きに寄って集ってボコボコにされていた。
―――――
昼食の少し後、ようやく星崎聖夜との面会の時間がやってきた。
館長とはまた別の職員が【情報共有】で向こうの面会室にいる看守に連絡を取る。
すると空中に浮かんだ乳白色のプレートにやつれた顔をした黒髪の優男が映った。
「よう、星崎聖夜。半年見ないうちにすっかりみすぼらしい姿になったじゃないか」
「誰かと思えば大木土博士、君か……」
囚人服を着てパイプ椅子に座る聖夜の両腕には漆黒の手錠が掛けられている。
ソ連の電波ジャックで見た、装着した者のステータスを低下させる呪いの装飾品。
【細工師】の第二覚醒スキル【創神の改良】を用いてLv25の呪い装飾品を二つ合成することでー50、2枠分で合計100まで任意のステータスを封じることができる。
今はコスパの関係でLv20前後を使っているだろうから、もうちょい落ちるか。
【創神の改良】は通常の装飾品を2つ合成することだけはできないのがネック。
もしもそれが可能なら、補正値+50の装飾品を作れるはずなんだけどな。
変なところでゲームバランス考えているんじゃないよ、ダンジョンの製作者め。
「俺はずっとお前が復讐しにやってくるのを待ってたんだが……外資の犬にそんな度胸はなかったみたいで、すこぶる残念だぜ」
「フン、度胸だと。私は常に合理的な判断を下しているに過ぎない。復讐など、この世界で最も非効率かつ非生産的な行いだ」
まるで自分がサイガの代わりに網走海上ダンジョンの牢名主にでもなったかのように偉そうな態度をしている聖夜が足を組み替えると、錆の浮いたボロっちいパイプ椅子がぎしりと音を立てた。
「そう思うんは星崎はんの勝手やけどな、女の恨みは怖いで? あんさんはここ1ヵ月、まともな睡眠も取れておらんやろう」
聖夜はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、右手首に巻いているアンティークの腕時計を見せつけてくる。
「資産、部下、貞操……全てを失おうと、私には陛下より下賜された神器がある。これがある限り、私は探索者として戦えるだろう」
いくら破産した高額債務者といえど、皇室から下賜された神器を官公庁オークションで競売に掛けられるような不敬な役人はこの国には誰一人としていない。
つまり今の聖夜にとって、この神器だけが唯一の拠り所と言える。
「自慢するのはいいけどさ、付与されているスキルのことを教えてくれないと価値が一切伝わらんぞ」
「この『ハードワーカー』には【反動軽減】が二つ付与されている。これによって【時空魔法】の副作用である老化促進を通常の4分の1まで抑えることが可能だ」
参号の【範囲縮小】や肆号の【消費軽減】と似たようなタイプの装備スキルか。
戦闘に【時空魔法】を多用する【時空術士】とは確かに相性がいい。
聖夜はパーティーメンバーにヘ〇スト魔法をばら撒く【天神の伝播】が使えるし、レプティリアン相手に苦戦する弱い囚人を戦力に変えられるのは大きいだろう。
「ふーん、そりゃよかったな。せいぜい長生きしてお国に貢献してくれよ」
かつては日本有数の攻略クラン【グローリーハンド】のリーダーとして成人したばかりの新人【貴族】を何十人も一端の探索者に育てていた男だ。
なるほどどうして、殺すには惜しいだけの能力を持っている。
「大木土博士、君は今年の夏に暗黒邪竜へ挑むと聞いた。勝算はあるのか?」
「それを知ってどうする。お前が暗黒邪竜に挑む日は未来永劫訪れないぞ」
「柳生才牙がそうであるように、何事にも例外はある。私が価値を示し続ける限り、国は必ず私を求めるだろう」
どうやら聖夜は俺達が暗黒邪竜の攻略法を編み出した後に、日本政府と契約した国家直属の探索者として200層以降の探索に駆り出されることを想定しているらしい。
「星崎はんにはえらい自信があるようやけど、100層も越えてへん雑魚に言われとうないわぁ」
「いつ、誰が100層を越えていないと言った?」
聖夜が手の甲から取り出して俺達に見せつけたDカード、そこには間違いなく「時空術士Lv199」と表示されていた。
その意味を理解した伊佐那美は、憎しみを込めた表情で聖夜を怒鳴りつける。
「ありえへん! そないな、最初から全部知ってウチらの邪魔を……!」
「これがサイバーライン社との契約料だ。【魔神の秘匿】と【情報隠蔽】装備を用いれば司法の目など容易に掻い潜れる。もっとも、君の存在によってディープステートが目的としていたアンドロイドによる日本経済の支配計画は全てご破算になってしまったが……」
道理で【時空術士】の癖に筋力ステータスが異様に高いはずだ。
レンがソ連のスパイだったように、こいつもアメリカの犬だったってわけか。
公開裁判や一般メディアではレベル99の【時空術士】として扱われていたところを見るに、きっと裏で司法取引でもしていたのだろう。
あーやだやだ、これだからコウモリ野郎は嫌われるんだよ。
「お前が口を滑らせたのが悪い。ちゃんと細かい部分まで守秘義務契約しておけよ」
「知られたところで何ができる、そう高を括った結果がこの様だ。まさしく痛恨の極み、あの日のことを思い返すだけで後悔が沸き上がるとも」
Dカードを握り潰して魔素に変えた聖夜は肩を落として大きな溜め息を吐いた。
ケケケ、いい気味だぜ。
日本政府に価値を示す為には誰よりも多くの無職のオーブを集めて納品し続ける必要がある。
最高効率を目指して【使徒使い】のホモ看守をプライベートマップに呼び出す対価は、チンケなプライドをへし折るには十分過ぎるほどのハードワークに違いない。
ハードワーカーだけに。ガハハ。
座布団全部持っていって。
『ピピピ、萌様より【情報共有】のコールが届いております。応答いたしますか?』
おっと、家族からお電話がきている。
そろそろ聖夜との面会も終わりにしないといけないかな。
「肆号、後にしてくれ。――悪いが、面会の時間はここまでのようだ。せいぜいその檻の中で俺達が暗黒邪竜を倒す日を心待ちにしているがいいさ」
「再び君と出会う日が無いことを心より祈っている、大木土博士」
職員が【情報共有】を打ち切ると、VIPルームの中は静寂に包まれた。
「伊佐那美、お前はあいつと話してどう思った? 今の気分を教えてくれ」
「そないな、最悪な気分に決まっとるやん。むかっ腹が立ってしゃあないから、夜に星崎はんのスケベ動画撮って琵琶湖の住民に流したろ思うわ」
こいつマジか……。
「りべんじぽるのをねっとにばらまくさいていのめんへらおんななのだ」
「火遊びは大切な兄貴が心労で倒れない程度に留めておけよ。んじゃ、俺は家族が呼んでるんで先に帰るわ」
「お元気でな、ヒロシはん。メッセージの返事もよろしゅうおたのもうします」
「怪文書以外ならちゃんと返すつもりさ」
スマホを弄り出した伊佐那美を残して、俺達は地下のVIPルームを後にした。
庁舎を出たところで萌に【情報共有】を繋ぐと、空中に浮かんだ乳白色のプレートに船上から知床観光を楽しむ家族の姿が映る。
『あ、やっと繋がった。ヒロくん、そっちはどうしてる?』
「暇だったから隣町まで行って網走監獄見学してるよ。さっき昼飯に監獄食も食ったぜ」
萌を後ろからぎゅっと抱き締めた妹が、肩から身を乗り出すようにして話す。
『いいないいなー、これが終わったら私達もそっちに行こうかな?』
『春奈、もう旅行のスケジュールはギリギリでしょう。これ以上の寄り道はできませんよ』
妹を嗜める母の背後には、船尾で釣り竿を垂らしている父の姿が見える。
しかも父の足元に置かれたバケツからは魚が泳ぐ水音まで聞こえていた。
この釣りバカ剛三、知床観光をほっぽり出して自分だけ釣りをしてやがる……。
『えー、残念……』
『ヒロくん、わたしの代わりに写真とか動画撮っておいてー』
「そうするよ。夕方にはホテルに戻るから、そっちも存分に楽しんでくれ」
『もっちろん、ヒロくんの分までいっぱい楽しむからね。バイナラー!』
「バイナラー」
別れの挨拶と同時に、プツンと【情報共有】画面が切れた。
父の様子が気になって伊佐那美のことを話すのをすっかり忘れていたが、まぁいい。
レンの時と違って、別に浮気したわけじゃないもんね。
「さっきは伊佐那美と一緒にスルーしちゃってたからな、色々見て回ろうぜ」
「そうですね、マスター」
「うむ、それがいいだろう!」
「サンはもうちょっとちかのかんしかめらであそびたいきもちがつよい。あるじ、もどろうよ」
「囚人の生活を覗き見したところで面白いことなんて何もないだろ」
「おかねをはらえばすきなひとをちょーばつできるってかみにかいてあったぞ」
まったく、華族ってやつは悪趣味にもほどがある。
ただでさえダンジョンの中でかんちょーぼんばーを繰り返しているんだぞ。
うちの幼女人形にこれ以上変な遊びを覚えさせるわけにはいかない。
「そんなもん却下だ、却下」
「ちぇー」
それから一般の観光客に混じって網走監獄博物館を一通り巡った俺達は、自動運転タクシーを拾って斜里町に戻った。
ホテルで家族と写真や動画を見せ合いながら旅の思い出を話し、早めに就寝。
その翌日より南回りのルートで帰路についた俺達は、立ち寄った港町で思う存分北海道の海の幸を満喫し、苫小牧からリニア新幹線に乗って青函トンネルを抜け、地元の神奈川へと帰ったのであった。




