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ドールマスターヒロシ  作者: 我島甲太郎
3.Silver Christmas Eve

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第70話 ソビエト連邦の終焉

 2026年12月25日、日本時刻15時05分、モスクワ時刻9時05分。


 日本だけではなく全世界の公共電波がジャックされたことで強制的にテレビ画面へ映し出されたのはソビエト連邦の首都モスクワ、赤の広場に立つ濃緑色の軍服を着たM字若ハゲブロンドの青年と、一脚の椅子に後ろ手で縛り付けられた状態で眠っている一人の老人の姿だった。


『親愛なる同志諸君、С() Рождеством(ラジェストヴォーム) (メリークリスマス)! そして憎むべき資本主義者たちよ、我々からのクリスマスプレゼントは受け取って頂けたかな。もちろん、喜んで貰えたかと思う。さて、まずは初めましての方にご挨拶を。私の名前はドミトリー・アレクハンドロヴィチ・デカチェンコ。ソビエト連邦国家保安委員会の第1総局に勤めている。いや、勤めていたと言った方が正確か』


 ドミトリーは白い息を吐きながら喋っていた口上を途中で切って、日の出直後の曇り空の下でクレムリン宮殿のブルーグリーン色の屋根の上にはためく赤い国旗――金の鎌と槌と金の縁取りを持つ赤い五芒星が描かれている――を一瞥(いちべつ)する。


『何故ならば、ソビエト連邦という社会主義国家は今日を持ってその役割を終えるのだから。そうだろう、親愛なる同志諸君!』


 そう叫んだドミトリーが手を振り上げた瞬間に(とどろ)く歓声、歓声、歓声。


 【情報共有】で撮影されているであろう映像が大きく引き赤の広場の全景を映し出すと、そこには広場を埋め尽くすほどの数の兵士が整然と並び、声を上げていた。


 カメラが再びドミトリーを映し出すと驚くほどの統制力でピタリと歓声が()んだ。

 彼の横に置かれた椅子の上では、騒音によって深い眠りから目覚めた老人が呆然自失とした様子で周囲を見渡していた。


『な、なんの夢だ。私はこのような、このような命令など出してはいない!』

『お目覚めになられましたか、ゴルビチョフ書記長』


 ソビエト連邦の最高指導者、ミハエロ・サルゲーエヴィチ・ゴルビチョフ。

 アメリカという不倶戴天(ふぐたいてん)の敵と手を結び、30ヵ年計画によって高度に発達したAIによる強固な支配体制を築き上げた怪物が、25年ぶりに表舞台へと姿を現した。


『貴様……その頭、アレクハンドルか! 汚れ仕事もまともにできないような無能にベラルーシを丸ごと与えてやった恩を忘れ、この私を(たばか)るなど……!』


 M字ハゲの頭頂部だけを見て吐かれたゴルビチョフの言葉に強い不快感を覚えたのだろう、貴公子然としていたドミトリーの眉が僅かに歪んだ。


『やはり書記長の脳は重度の痴呆症に(おか)されているようだ。私は貴方の命じたDシェパード計画に異議を唱え、一族郎党処断されたアレクハンドルが第三子、ドミトリー・アレクハンドロヴィチ・デカチェンコ。私がこうしてこの場に立っている理由は、それだけお伝えしたらお分かり頂けるかと存じますが?』


 椅子に後ろ手で縛られたゴルビチョフがガチャガチャと手錠を動かす音を出しながら悔し気に老班だらけの頬を歪めて歯噛みすると、異様なほど白い歯が唇の間から僅かに覗いた。


『呪いの装飾品で魔力を封じたか! だが、私を見くびるな! ソビエトの全てはこの胸の内にある! 私の心臓の鼓動が止まったその時が、この世界の終焉と知れ!』

『だ、そうだ。ルサールカ』


 ゴルビチョフの胸の内から、中性的な女性の機械音声が響く。


『ソビエト連邦憲法第185条12項に基づき、管理能力の衰えた管理者の指示によって設計された自動報復システムを全て停止しております。ドミトリー・アレクハンドロヴィチ・デカチェンコ。ソビエト連邦憲法第264条44項に基づき、ルサールカシステム管理者権限の移譲に必要なシーケンスを実行してください』


 独裁者の命を守る核の傘が既に取り払われていたことを知ったゴルビチョフの顔から、すうっと血の気が引いていく。


 目の前にある死への恐怖にガタガタと身体の震えが止まらないゴルビチョフ。

 ドミトリーは腰の鞘から抜いた氷のように美しい細剣を彼の首元に添えた。


『最後の慈悲だ。懺悔(ざんげ)し、神に祈る間をやろう』

『愚かな! この世界に神など――』


 目にも止まらぬ速さで細剣が振り抜かれ、斬り落とされたゴルビチョフの生首が椅子の横にポトリと落ちた。

 肉体に残った傷口は綺麗に凍り付いており、一滴の血も噴き出すことがない。


 風に吹かれてコロコロと転がっていくゴルビチョフの表情は、最期のその瞬間まで不老不死を求める老いさらばえた【隠者】そのものだった。


『管理者権限の移譲を確認しました。ドミトリー・アレクハンドロヴィチ・デカチェンコ、これより貴方がこのソビエト連邦の最高管理者です。その身命を賭して、全ての人民の幸福の為に必要な奉仕活動を実行してください』


『最初の要請だ。私をフルネームではなく、ドミトリーと呼んでくれ』


『ドミトリー、これで宜しいでしょうか』


『ああ。私には父母より授かったこの名前だけで十分だ』


 ヒュン、と血を払うような仕草で振った細剣を腰の鞘に納めたドミトリーは姿勢を正し、最後の口上を()べる。


『我々は今日この時より偽りの社会主義から脱し、完全なる共産主義国家として生まれ変わるだろう。――最高管理者ドミトリー・アレクハンドロヴィチ・デカチェンコの名に()いて、今ここにソビエト連邦社会主義共和国の解体と、ロシア連邦共産主義共和国の樹立を宣言する!』


 そう叫んだドミトリーが手を振り上げた瞬間に再び(とどろ)く歓声、歓声、歓声。


 【幻術士】の仕業だろう、クレムリン宮殿の屋根上にはためいていた赤の国旗が燃えるような演出とともに白、赤、青の三色旗――中央に王冠を被った金の双頭の(わし)が描かれている――へと変化した。


 映像は大きく引き、赤の広場の上空からモスクワの上空へ、更に高く昇ってゆく。

 広大なユーラシア大陸の北部、ロシア連邦の領土が全て映ったタイミングで電波ジャックは終わりを告げた。


 まるで何かに化かされていたかのように、テレビ画面には忍者のたまごなアニメのエンディングが流れている。


「流石はソ連、ざまぁの規模も桁違いだな」


 レンが昨日の晩に言っていたのって、絶対これのことでしょ。


 あのM字ハゲのイケメン野郎は出自を隠してKGBに潜り込んでいたらしいし、何年も掛けて戦災孤児上がりのレンみたいなゴルビチョフに恨みがある優秀な同志を集めて盛大なクーデターを計画したのだろう。


「サイバーラインの情報流出は外国の諜報機関から目を逸らす為の陽動だったみたいだね。きっと彼らは一晩のうちに上層部を丸ごと入れ替えたんだと思う」


 そう口では言っているが、俺の手を握る萌は恐怖による震えを隠しきれていない。

 多少なりと配慮されていたとはいえ、子供に見せられないようなスプラッタなシーンもあったわけだからな。


「ドミトリー……恐ろしい男だ。何より、あの頭……」

「はーげはげはげはげやろうー♪ きょうからすてきなどくさいしゃー♪」

「粛清されるのが怖いからやめてね」


 またぞろ高野から【情報共有】のコールが届いていたのでワンタップで応じる。


『ハカセさん!』


「いやー乱世乱世。すんごいことになっちゃったね」


『ロシア連邦ですよ、ロシア連邦! 100層の壁が壊れてから、確実に時代の針が進んでいます! これはもう、歴史の修正力と言うほかないでしょう!』


「歴史の修正力とはまた違うと思うが。令和の年号については漫画に載せず口外していないからバタフライエフェクトが発生しなかっただけだし、(くだん)のロシア連邦だって新政権樹立するなら誰だって同じことを考えるじゃん」


 ソビエトの名前は労働者の代表によって構成する評議会という意味を持つ。

 だからみんなソビエト人とは呼ばずにロシア人って呼んでいるわけだ。


 昔からあの地域では公用語としてロシア語を使っているんだから、過去の悪行を帳消しにする目的で国名を変えるならロシア連邦以外に選択肢は残らない。


『それは、確かにそうですけど……』


 高野と二人でああでもないこうでもないと話をしていると、俺のスマホを弄っていた壱号が声を上げた。


「マスター、こちらを見てください」


 彼女が俺に向けたスマホの画面には、ロシア連邦行政府の要人リストが載ったページが表示されていた。


Рената(レナータ)Николаевна(ニコラエヴナ)Преобра(プレオブラ)женский(ジェンスキー)……連邦保安庁の長官ね。国家保安委員会の後継組織、秘密警察のトップか。こりゃあ、世界の半分ってのもあながち嘘ではなかったみたいだな」


 俺は深くソファに背中を預けると、【情報共有】でフレンド欄を開いてレンにメッセージを送った。


[昇進おめでとう。親愛なる友より]


 すると、すぐにレンからの返信が届いた。


[ヴァーラーナシーで再会できる日を楽しみにしています。親愛なる友より]


 俺はその一文で全てを悟った。


 復讐を果たしたレンの次なる望みは、俺とともに暗黒邪竜と戦うことにある。

 そうでもしなければ、国家に忠誠を尽くす彼女が国を出ることはできないのだから。


「まったく、とんでもない女と縁を作っちまったもんだぜ」

「ヒロくん、先に言っておくけど愛人を作るのは許さないからね」


 萌は俺の脇腹の肉をつねりながら、じろりと顔を睨み付けてくる。


「いてっ、いてて……悪かった、悪かったって。反省はしてねーけど」

「イチゴちゃん、やっちゃって!」

「私は理解ある従者ですので、常にマスターの意思を尊重します」

「むぐぐ……ニコちゃん!」

「私の国では領主が多くの妻を娶るのが常だったからな。ハーレムは男の甲斐性と言える!」


 意味のない女騎士設定がここぞとばかりに仕事をしているようだ。


「サ、サンちゃん!」

「もえもえはあるじのみていないところでせくはらしてくるからきらいだ」

「おい」


 明後日の方向を向いて口笛吹いてもごまかせないからね?

 これじゃ、どっちが浮気者か分かったものじゃない。

 俺の影武者人形を一晩でも預けた日にはとんでもないことになりそうだ。


『ついに修羅場ですか、離れた場所で見ている分には面白いですね』


「婚約者に浮気されて捨てられた童貞のキモオタは黙ってろ」


『ははは……僕に喧嘩売ってます?』


「それ以外に何があるってんだよ」


 友情に亀裂が入りつつある険悪なムードをぶった切るように、壱号が口を挟んだ。


「ところで、一つだけ気になる点が。詳しい経歴が載っているこちらのページには、レン様の年齢が28歳と記載されています。そうなると、彼女は10歳もサバを読んでいた計算になりますが……」

「あっ……」

「おまっ、言っちゃいけないことを……!」

「じぇーけーだとおもったらとしうえのばばあだったのだ」


 もしかすると、ビザの関係で女子高生として川崎の高校に潜入していたレンが学校を頻繁にサボっていたのは、キャピキャピの若い娘に囲まれる学生生活を送るのが嫌だったからなのかもしれない。


 いや、もちろんスパイとしての仕事も沢山あったんだろうけどさ。

 正直に言うと、実年齢の分かり辛い外人でも28歳でJKの制服は結構キツい……。


 俺は雑に扱っていい妹と萌以外には配慮のできる素晴らしい男だから、もしもレンと再会したとしても絶対にそのことだけは聞くまいと心に誓ったのであった。


―――――


 こうしてソビエト連邦はロシア連邦へと生まれ変わったわけだが、世界各国の反応は非常に薄いものだった。


 25年前より人民管理AI「ルサールカ」が国の全てを動かしていることは誰もが知ることで、ただ国名が変わって国連の職員や外交官の顔ぶれがこれまでより多少若くなったくらいしか目立った変化はない。


 採光事件しかり、Dシェパード事件しかり、あの国は既存の火種にガソリンを注いで大炎上させるのが得意技だ。

 今回のサイバーライン情報流出を我々が引き起こしたと国のトップが世界中に公言したところで、一切の貿易関係にない相手に経済制裁など加えようもない。


 元よりあの国は世界を10回滅ぼせるだけの核ミサイルをいつでも発射可能な状態で保持しているのだから、ただただ機嫌を損ねないように努めるので精一杯だ。


 結局、不満の矛先は叩きやすいサイバーライン社に向くこととなる。


 あの大量の動画データの存在はどうあがいても言い訳できるようなものではなく、倒産したサイバーライン社の役員幹部は被害を受けた数多の国から生死不問の国際指名手配犯として個人識別IDと顔写真を晒され、1年以内にその全員が狩り尽くされた。


 アンドロイドユーザーの暴動でサイバーライン社の支社は半数以上が灰燼(かいじん)と化し、かろうじて残ったデータセンターやアンドロイド製造工場は米国政府の管理下に置かれた後に競合他社へ売却され、被害者救済の財源へと回されている。


 この事件をきっかけにクラウドネットワーク接続型のアンドロイドは国際法で規制され、旧来のスタンドアロン型アンドロイドのみが民間で運用されるようになった。

 その性能は会社によってピンキリだが、高級品であることには変わりない。


 サイバーライン社が提供していた企業向けの格安アンドロイドが使えなくなったことで一時は労働力不足に陥ったものの、そういった国々も日本のように人間が穴埋めをすることで事なきを得ている。


 EUのアンドロイド農業は結構問題になったが、イギリスみたいな裕福な国は米国の競合他社に乗り換えるだけで済んだし、そうでない国も日本政府を窓口に支援へ動いた鳳凰院グループの技術提供を受けてどうにか数年で持ち直した。


 長々と話したが、これがサイバーライン情報流出事件の顛末(てんまつ)だ。

 実のところ、一番大きな事件がまだ残されているんだけどね。

 それについては、もう間もなく語られることになるだろう。

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― 新着の感想 ―
彼女が若く見えてたの、もしかして催眠術士のスキルのせいだったりします?
今こそ伝説のあのセリフの出番なのだ! 「うわキツ」
28歳…だと…!? でも18歳だと正直設定苦しいと思ってたから納得。
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