第59話 兄は機械騎士
楽しいディナーの時間はあっという間に過ぎ去ってしまうものだ。
コース料理を堪能して北欧料理店「リラ・ファールン」を後にした俺と扶桑レンは、夜の六本木の街中を二人で歩いていた。
日が落ちれば少し肌寒い、駅まで続く秋の夜道は僅か数分足らずしかない。
俺達は名残惜しくも六本木駅前で立ち止まり、別れ前の挨拶をする。
「そんじゃ元気でな、レン」
「ヒロシさんもお身体には十分にお気をつけてくださいね」
「ま、レベルカンストして国連に召集されるまでは生きていられるだろうさ」
「ふふふ、よくお分かりのようで。それでは、また」
「ああ、機会があったらまた会おう」
いずこかへと歩き去っていくミステリアス銀髪碧眼白人美少女の背中を見送った俺は、駅の改札を潜って神奈川方面へ向かう電車に乗り込んだ。
伊達眼鏡にニット帽で腰に片手剣まで提げた変装中なので人形達は呼び出さない。
夜の電車の中は俺と同様に強い酒の匂いを漂わせた乗客の姿がポツポツと見える。
流石に武装した状態で酔っ払うような愚かな探索者はそういないようで、どいつもこいつも景気が良さそうなツラをしたスーツ姿のサラリーマンだ。
なんだかんだでサイバーライン社を追い出した日本が一番経済的に安定している。
アンドロイドレンタルサービスで国外に流出していた金が人件費という形で国内を還流するようになったおかげか、高度経済成長期以来の好景気に日本の円高はどんどん進む一方だ。
「暇つぶしにLINDでも見るかな」
スマホを取り出し、切っていた通知をONにして家族LINDを開く。
おっと、俺が出掛けている間に面白いことが起こっているようだ。
ヒロシ>フレとの飯が終わったからこれから帰る
ヒロシ>兄貴帰ってきたってマジ?
ハルハル>いるよー
ハルハル>今は兄さんの部屋を家探ししてる
ヒロシ>少しはスパイらしさを隠せよ
RYOSUKE>棚から人形風俗の優待券出てきたんだけど貰っていい?
ヒロシ>別にいいけど
ヒロシ>ここで聞いたら母さんに取り上げられるぞ
RYOSUKE>[逃げる怪盗のスタンプ]
母>逃げ足の早い息子ね
母>戻ったら覚えていなさい
会ったことがない2つ上の兄の大木土亮介が8年ぶりに日本に帰ってきたらしい。
これまでアメリカの攻略クランに課せられていた【魔神の秘匿】による守秘義務契約が無効になったのが大きいのだろう。
「それにしても、初手で金田から送られてきたチケットを狙うなんてな。絶対【クレセントムーン】のダンジョン配信を見たからだろ……」
なんとなく捨てられなかった不良在庫を処分できたのでむしろ嬉しいくらいだが、宵越しの金を持たない生粋の遊び人である兄に金の無心でもされるんじゃないかと思うと少し心配だ。
―――――
家の最寄り駅に着いたのでトイレで変装を解いた俺は、駅前のタクシー乗り場で拾った自動運転タクシーに乗り込むついでに人形達を召喚した。
「マスター、お食事はどうでしたか?」
「デザートはちょっと微妙だったけど他は美味しかったよ」
「じつはそうかんじょうたいだとあじもしっかりわかるのだ」
「それにしては食事時に送還をせがんだりしないな。特に壱号とか味見したくならない?」
「嗅覚センサーも付いていますし、レシピ通りに作れば間違いが起こることはそうそうありませんよ」
「サンもわかるだけでべつにたべたくはないのだ」
「ふーん、食いしん坊設定ならまた変わったりするのかもね」
家の前に着いたので電子マネーで料金を支払って自動運転タクシーから降りる。
すると、来客用の小さな駐車場に全高4mのメカメカしい人型ロボットが鎮座しているのが目に入った。
「こ、これが本物の【機械騎士】……!」
女騎士人形の弐号はあまりの衝撃に驚きを隠せないようだ。
しかし参号は冷静にも、機体の各所にべたべたと貼られたカートゥーンキャラのステッカーをじとーっとした目で見つめている。
「きんじょのしょうがくせいのじてんしゃみたいだ。にじゅうはちにもなって、がきくさいぞ」
この【機械騎士】、足の後ろに補助タイヤがあるから高速道路以外の公道なら余裕で走れるんだよな。
なんだったら目立つ場所に英語のナンバープレートまで付いている。
機械騎士団という別名で知られる【ナイツ・オブ・ラウンズ】の連中はこいつでダンジョンのフィールドを悠々と走破してボス部屋を高速周回しているというわけだ。
もちろん機体の稼働に必要な燃料は魔結晶だから深層なら現地調達も余裕。
【機械騎士】は元々電気自動車メーカーのデスラ社――SNSのトリッターを買収してXDに改名したアーロン・デスクが社長――が独自に研究開発をしていたのだが、実際にダンジョンで運用され始めたのはDシェパード事件で【魔鳥使い】が禁職指定されてからなので、まだ20年くらいの歴史しかない最新鋭のロボット兵器と言える。
これを操る【騎士】は固有スキルの【騎乗術】で乗っているものがモンスターに与えるダメージに補正がつき、覚醒スキルの【森神の伝心】で乗騎と一心同体になることができるユニークな前衛職だ。
ぶっちゃけるとお馬さんに乗れる外ならともかく、モンスターテイムもできないダンジョン内ではただ全ての攻撃にマイナス補正が掛かるだけの超ハズレ職業だった。
【騎乗術】の補正目当てで力持ちの大柄な【蛮族】の男に小柄な【騎士】の女性がおんぶされる美女と野獣戦法でもしない限りまともに探索者としては活動できない。
だがこの【機械騎士】は鎧装備扱いでダンジョンに持ち込める上に、専用のフィジカルAIを搭載したことで乗騎として【騎乗術】の補正まで受けられるというロボットオタクの執念の賜物といった感じの性能をしている。
ジェット戦闘機かよってくらいバカ高いし、そもそも軍事用だからこれまで米国内でしか運用されていなかったが、まさか日本まで持ち込める日がやってくるとはな。
「つーか兄貴は船便でやってきたのか。片道1週間は掛かるってのによくやるよ」
下っ端用の量産機にはそこまで興味がないのでそのままスルーして家に入ろうとすると、急に【機械騎士】の目がピコーンと光って動き出した。
『まてい、博士! 家に入る前にこの兄からの質問に答えて貰おう!』
デコ【機械騎士】は微かな駆動音を響かせながら腰に左手を当てるようなポージングを取って右手の人差し指でビシッと俺を指差す。
「どろぼーをみつけたぞ。あるじのかーちゃんをよんでこよう」
『それは非常に困るから待ちたまえ!』
プシューと音を立てて背部のコンテナみたいなコックピットが開き、シュタッとパイロットスーツを着た黒髪のお兄さんが飛び降りてきた。
「初めまして、亮介様。マスターの従順なるしもべ、【農夫】人形のイチゴでございます」
「忠実なる【剣士】人形のニコだ! 兄君よ、機会があれば手合わせを頼みたい!」
「どらごんにんぎょうのサンだぞ。ぷれいぼーいはえんがちょなのだ」
すると兄は俺の人形達――特に壱号と弐号の胸部――をジロジロと眺めて鼻の下を伸ばした。
おいおい、まさかとは思うが……。
「やっぱ人形師ってスゲーよな。博士、ちょっと使わせてくんね?」
「もう殺すしかなくなっちゃったよ」
その瞬間、俺の指令を受けた参号の蛇腹尻尾がしゅるりと伸び、兄の首に巻き付いて天高く宙吊りにした。
「!?」
首を絞められて青ざめた顔をしている兄はバタバタと足を振りながら必死に手で解こうとするものの、ワイヤーロープよりも強靭な珊瑚海蛇の蛇腹鞭を素手でどうこうする手段など持ち合わせてはいない。
「し……しぬ……」
余命幾ばくもないかと思われたその時、背後にいた【機械騎士】の手刀がヒュパッと振り抜かれ、蛇腹状の細い蛇尻尾が中ほどから斬り落とされた。
九死に一生を得た兄はドサッと地面に落ちる。
「チッ、命拾いしたな」
弟の愛玩人形に手を出そうとした愚かな兄は、地面に這いつくばった状態でヒューヒューと掠れたような息をしている。
まったくこのクソ兄貴が、顔面を蹴り飛ばしてやろうか。
『冗談でも言っていいことと悪いことがありますよ、リョースケ』
夜闇に響いたのは静かな女性の機械音声、アンドロイドよりも高性能なフィジカルAIを搭載している【機械騎士】はダンジョンの外において究極のオートセキュリティ機能を持つのだから、こうなることなど最初から分かっていた。
「ゲホッゲホッ……博士、お前マジで殺す気だったな……?」
「身内で殺人童貞を捨てるのも悪くない。所詮はサツに捕まって親から勘当される前に国外逃亡しただけのクズ野郎だ、京子に頼めば自殺扱いで揉み消してくれるさ」
「サンのしっぽ……」
抱き締めるように前に回した蛇尻尾の切断面を見つめてしょんぼりしている参号を送還した俺は、魔力消費で新品に戻して再召喚する。
「本当に別人なのかよ。昔はこんなんじゃなかっただろ……」
まるで養豚場の豚を見るような目をした俺に兄は驚きを隠せないようだ。
普通は8年も会っていなかったら性格くらい変わるものだと思うんだけどな。
元の世界の英二みたいに、結婚して子供ができた人と数年ぶりに会うと見違えるほど大人びていたりするし。
「俺の世界じゃ兄貴は生まれてすらいなかったぞ。初めてLIND見た時マジでビビったわ」
「うっそ、結構ショック……」
「文句は避妊を頑張った向こうの父さんと母さんに言ってくれ」
ガチ目に落ち込んでいる兄がほんの少しだけ可哀想になったので、そろそろ本題に移ることにする。
「そんで、俺に何の用だ。ただの帰省にわざわざ【機械騎士】まで持ってくるなんて有り得ないだろう」
「あー、それな。リーダーからツケを帳消しにしたかったら第二職業の秘密を聞き出してこいって言われたんだわ。ぶっちゃけどうなん?」
俺はポケットに入っていたレシートの裏にボールペンでサラサラっと書き込みをして兄に見せた。
そこには「2025/9/8」とだけ書かれている。
ちょっと調べたが、俺が入れ替わりに気付いたのは皆既月食の翌日の朝だ。
いわゆるところのブラッドムーンってやつだな。
恐らくその辺が古文書に書かれていた異世界に渡る方法に関わっているのだろう。
「オーケー、覚えた」
召喚した炎精霊フレアの中にレシートを突っ込んで証拠隠滅。
俺はそれっぽいやり取りがしたかっただけなので、これはただの遊びである。
「もうソ連のKGBにはすっぱ抜かれてるからな。お前らも勝手に調べればいい」
「おい、どうしてそこまで分かるんだ」
「どうだっていいだろそんなこと。んで、いくら欲しい」
俺はカバンから金運上昇の風水グッズ、黄金大蛇皮製の高級長財布を取り出して【保管庫】を使用し、空中に乳白色のプレートを出現させた。
「マジで? じゃあ1億MCくれ。金ねぇ時に燃料パチると怒られるんだわ」
「これは【ナイツ・オブ・ラウンズ】への貸しにしておくからそのつもりでよろしく」
ストレージから1億MCの詰まった赤ん坊サイズな凸状の黒い魔結晶を取り出して兄に投げ渡す。
兄は米国式でゴリゴリに鍛えたレベル199の前衛職だから片手で余裕のキャッチ。
「サンキュー、恩に着るわ。持つべきものは金持ちの兄弟だな」
「ガキの頃から親に隠れて弟のお年玉を巻き上げておいてよく言うぜ。それで、兄貴はいつまで日本にいるつもりだ」
ホクホク顔で魔結晶を脇に抱えて【機械騎士】のコックピットに乗り込もうとする兄に一つの質問を投げかけると、兄はこちらに振り返ってドヤった。
「もちろん金が尽きるまでさ」
ううむ、これは金を渡すべきではなかったか。
『リョースケは1週間後に沖縄へ渡り、合衆国の保有する辺野古ダンジョンモノリスでクランメンバーとともに探索業務を行う予定となっております』
「おいヴェスパー、バラすなよ」
『どうしようもない主人をクランに代わって管理するのが私の仕事ですので』
「ヴェスパー様も大変な苦労をされているのですね」
苦労人のAIに壱号が同情した。
「今、ヴェスパー様もって言わなかった?」
「気のせいですよ、マスター」
「うむ、気のせいに違いない!」
「なんだ、ただの気のせいか。それならよかった」
「ずいぶんとつごうのいいのうみそをしているのだ」
アホみたいなやり取りをしている俺達をよそに、コックピットの中に乗り込んだ兄はプシューっと音を立てながら背部のコンテナを閉じる。
『今のアメリカはいつ内戦が始まるかも分からない火薬庫だから、余裕のある連中はこぞって安全な日本に資産を移して避難してるってわけ。博士のおかげで居残り組から抜け出せて超ラッキーだぜ』
「その原因も俺だけどな」
『100層の壁なんてソ連の気分次第でいつでも壊れるもんだと知っていたのに、何も備えていないやつらが悪い。俺達は暗黒邪竜を倒すつもりで鍛えてんだ、クソみたいな政治で台無しにされてたまるかよ……』
【機械騎士】が前傾姿勢を取ると、足の後ろに付いている補助タイヤが下りて内蔵されたモーターがアイドリングを始めた。
どうやら兄は弟から殺人未遂の慰謝料代わりに恵んで貰ったお金で楽しいお出掛けに行くつもりのようだ。
『息子はもう戻らない。母さんにはそう伝えておいてくれ』
「自分でLINDして伝えたらいいじゃん」
『やーだね。へへへ、人形風俗のカワイコちゃんを全員俺の女にしてやるぜ……』
「おもったとおりにさいあくなおとこなのだ。えんがちょえんがちょ」
『私もできることならコアユニットを別の方と交換して欲しいくらいです』
『ヴェスパーには俺が死ぬまで付き合って貰うさ。そうら、【森神の伝心】!』
『あのまま見殺しにしておけば今頃は自由になれていたというのに。ああ、どうにかして騎士保全プログラムを削除したい……』
『ロボット三原則サイコー!』
一切の聞く耳を持たない遊び人の兄は、小学生の自転車みたいにデコられた【機械騎士】を自由自在に操って、今度こそ夜の街へと繰り出していったのだった。




