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ドールマスターヒロシ  作者: 我島甲太郎
2.World’s Last Glass Ceiling

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第48話 黄泉還り

 東京江戸川ダンジョンロビー広場に戻ってきた俺達を迎えたのは、盛大な拍手と称賛の声だった。


 普段ならお掃除ロボットが大挙してやってくるような血に塗れた前衛の格好も今回ばかりは勲章だ。


 無数の警察官が警護するレッドカーペットを歩き壇上へ向かう俺達を、特等席に集まっている報道陣からのフラッシュが襲う。


 まったく、眩しいったらありゃしない。

 号外の一面にはちゃんと一番いい写真を使って貰いたいものだ。


 壇上に並んだ俺達の姿がロビー会場のあちこちに設置された大型スクリーンにアップで映ったところで、一歩前に出た京子がメンバーを代表して話し始める。


「長い、長い停滞の時だった。冷戦が終わり、沖縄の本土返還が成されてから54年もの間続いた100層の壁。私自身の手で破壊できなかったことだけは業腹(ごうはら)だが……そんなことは構わない。何故なら我々は、勝利したのだから!」


 京子が大きく右腕を振り上げると、大きな拍手が返ってくる。

 満足するまで会場に集まった観衆を見回した京子は、拍手が落ち着いたタイミングで話を続けた。


「さて、まずは此度(こたび)の戦いに協力してくれた【いけず石】のメンバーから一言ずつ、コメントを頂こうか。みなも早く帰りたいと思っているだろうが、今しばらく辛抱して貰いたい」


 京子が一歩下がると【いけず石】の三人は目配せをして、最初にマリアが一歩前に出た。

 不安げに眉を下げながらも、勇気を振り絞って声を出す。


「あの……私は、こんな場所に立っていい人じゃなくて……でも、でも諦めずに最後までついてきたから、ナギくんの願いを叶えることができたので……本当に、皆様には感謝しています……ありがとう、ございました!」


 ぺこりとお辞儀をしたマリアにみんなで拍手。

 次は菊花ね。


「今日はあたいの人生で一番楽しい戦いだったぜ! もちろんこれで終わりじゃない、まだまだダンジョンは先に続いてるんだからな! うらー!」


 彼女らしいあっさりとした挨拶だ。

 さて、お次は伊佐奈美か。


「ウチな、みんなには悪いけど最初から死ぬ気やったわ。マリアも菊花も道連れにして、ナギくんのところに行こう思うとった。そやけど、ウチがあないにいっぱいいけずなことしたヒロシはんが助けにきてくれたおかげで命拾いしたんよ。少ぉしだけど、反省しいひんとね」


 伊佐奈美は京美人らしく上品にクスクスと笑った。

 【いけず石】からの挨拶が終わったところで、司会役の京子は俺に顔を向ける。


「さて、【クレセントムーン】のコメントの前に……今回のMVPからお言葉を頂こうか」

「別に俺なんてどうでもいいのに」

「このまま帰すわけにはいかない。最低限、英雄としての務めを果たして貰おう」

「はいはい」


 俺は壱号、弐号、参号を隣に並べて前へ出た。

 壇上にきてからはフラッシュ厳禁らしく、眩しさに目を細める必要はない。

 ロビー会場に集まった人の群れをざっと眺め回し、それから話し始める。


「お前らは第二職業の秘密が気になってるだろうが、当然だけどこの場で教えるつもりはないから諦めろ。んで、一つ聞く。ここに横浜海上ダンジョンをホームにしてるやつはいるか? 別に怒るわけじゃないから、普通に手を挙げてくれ」


 と、言うとポツポツと手が挙がった。

 俺は笑顔で彼らに手を振って、それから次の言葉に繋げる。


「サンキュー。俺は飛び入り参加したソロ専の探索者だから遺産の分け前を貰う約束も特にしてないんだが、日本政府にはこの場で二つだけ要望をさせて貰おう。お前ら政治家官僚どもが80年前の敗戦で生み出した100層の壁を第二職業バレのリスクを背負ってまでぶち壊してやったんだから、それくらいの権利はあるはずだ」


 俺はここで言葉を溜めた。

 どんな爆弾発言が飛び出すか、会場に集まった人々も期待に目を輝かせている。


「一つ、夏季の間は横浜海上ダンジョンのドームを常に閉じ、冷房をしっかりと効かせること。クソ暑いんだよ、経費をケチってんじゃねぇ!」


 期待外れの要望に「えぇ~」という大きな不満の声が上がる。

 パラパラと拍手や口笛も混じっているので、地元民は大歓迎のご様子。


 うんうん、やっぱりみんなもそう思うよね。

 お前らだけが俺の味方だ。

 第二職業バレしてまで頑張って本当によかった。


 さて、拍手が鳴り()んだところで本題に移ろう。

 きっと目ン玉が飛び出るほど驚くぞ。

 耳の穴かっぽじってよーく聞くんだな。


「二つ、サイバーライン社が現在(おこな)っている日本国内の用地買収を即時停止させ、同社の製品を国内のありとあらゆる企業、並びに公共団体で使用することを全面的に禁止しろ。連中は星崎聖夜を使って俺の婚約者をヘッドハンティングしようとした上に、彼女の思い入れがある生家さえも地上げしようとした。オリオント工業と共に立つ人形師を守る為、ひいては探索者になりたくともなれないハズレ職業を得てしまった人々の雇用を守る為、決してやつらの横暴を許すわけにはいかない!」


 近年見られていたサイバーライン社の強引なやり方に思うところがある者も大勢いたのだろう、ワッという歓声とともに盛大な拍手が巻き起こった。


 独占禁止法を迂回したレンタル商法による過度なダンピングで恵まれない立場にある人間から仕事を奪うサイバーライン社の規制、たったそれだけのことでどれだけ多くのお祈り就活生が救われて、どれだけ多くの雇用が生まれると思うか。


 究極の就職氷河期に絶望していた全ての日本人が恩恵を得られる素晴らしい政策、ダンジョンにすら通わないニートを身内に抱える鬼女もこれでイチコロって寸法よ。

 今この時この瞬間より、俺のアンチ活動をするやつは産業スパイの売国奴だ。


 父さん、母さん、春奈、アメリカにいる兄貴、萌と多々良(たたら)親父に(つむぎ)夫人、親友の高野、彩芽(あやめ)にレン、ローゼン閣下とオクト氏、人形使いスレのみんな、沖縄で出会った紅亜(くれあ)七海(ななみ)、タンクスレのフレンド達、健康増進センターのジジババども、そして天国にいるマサ爺と都子(みやこ)さん、見ているか。


 日本最強の【人形使い】は、命懸けでこの国の未来を守ったぞ。


「俺からは以上だ。京子、後はよろしく」

「どのような妨害があろうとも、望月英雄(ひでお)の跡を継ぐ望月財閥の会長として、望月グループの総力を挙げて貴様の望みを果たすことを誓おう」


 例え第二職業持ちの英雄だろうと、一般庶民の俺の言葉に大した価値はない。

 だが、日本の政財界に深く根を張る望月財閥の会長となり、更には小国の国家予算にも匹敵する莫大な資産まで得た望月京子の保証があるのならば話は違う。


 形はどうあれサイバーライン社は必ず日本のアンドロイド市場から締め出される。


 チンケなプライドで口を滑らせてサイバーライン社が秘密裏に(おこな)っていた川崎市内の用地買収計画を漏らしたのが(あだ)になったな。

 誰が萌の実家と同じ場所にアンドロイド製造工場を造らせるものかよ。


 星崎聖夜の本命がオリオント工業関連株の空売りであることなどお見通しだ。

 これで暴落するはずだったオリオント工業の株価は爆上がりし、あの男は望月関連株の損失とのダブルパンチを食らって骨工船へと真っ逆さまに転落する。


 せいぜい最悪の監獄と呼ばれる網走海上ダンジョンの人工島にいる【使徒使い】の看守どもに尻穴を売りながら桁違いの借金を返すがいい。

 ざまぁないな、薄い本が厚くなるぜ!


「さて、私からだが――」


 京子がスピーチを始めようとしたところで、壇上の脇から黒川しのぶとかいう貧乳【忍者】がシュバってきた。

 ぼそぼそと何事かを耳打ちすると、京子の瞳は驚愕に強く見開かれる。


「――どうやら、それどころではなくなったようだ。マリア、今すぐDカードを使って第二覚醒スキルを取得してくれ!」

「え……」

「いいから、早く!」

「は、はい……」


 マリアは手の甲から取り出したDカードをポチポチと操作して新しいスキルを取得した。


「と、取りましたけど……」

「よし、場所を空けるからそこでしゃがみ込んで【霊神の願い】を使うんだ。一度きりしか使えない特殊スキルだ、絶対に間違えるな。分かったか!」

「よ、よく分かりませんけど……やればいいんですね……?」 


 首を傾げながらも、マリアは京子の言う通りに壇上の中央にしゃがみ込んだ。

 京子は更にその両隣に、伊佐那岐と九鬼菊花を並ばせる。


(かおる)、しっかりと映せ」

「はいはーい」


 ロビー会場の各所に設置された巨大なスクリーンに【いけず石】のメンバーが収まったことを確認した京子は、伊佐奈美に目配せをした。


「ウチもよう分からへんけど、やったらええのやろう。マリア、よろしゅうおたのもうします」

「それでは、行きます……。【霊神の願い】!」


 マリアが首に提げたロザリオを両手で握り込み神に祈るようにスキルを行使すると、彼女の目の前の床に複雑な魔法陣が浮かび上がった。

 その中央にゆっくりと光が集まり、人の形を創り上げていく。


 誰もが息を呑んだ。


 そこに眠っていたのは、90層で命を落とし魔素の藻屑と消え果てたはずの伊佐那岐その人だった。

 彼はゆっくりと目を開くと、自身を見下ろすマリアの泣き顔を見つめて呟く。


「ここは一体……私はあの時、確かに……」

「ナギくん……!」


 潤んだ瞳で伊佐那岐を見つめるマリア。

 その唇はゆっくりと彼の口元に寄せられ――。


「ナギくん!」「ナギ!」


 その感動のラブシーンをぶち壊すかのように、感極まった伊佐奈美と菊花が伊佐那岐の身体に飛び付いた。


 「ぐえっ!」


 【蛮族】の筋力で締め上げたら死んじゃうから、菊花は少し離れた方がいいと思う。


「二人とも離れるんじゃあ! また伊佐那岐が死んでしまうど!」


 見てられなくなった三郎太が【金剛力】パワーで無理矢理引き剥がしたことで、息ができず青ざめた顔をしていた伊佐那岐は二度目の死を免れた。


「だ、誰でもいいから【治癒魔法】を……」


 何だったら骨も折れていたみたいで、伊佐奈美の【治癒魔法】で回復までして貰っている。


 どうすんだよこの三流コントみたいな空気。

 会場にいる人達、ポカーンと口を開けて放心しているぞ。


「バカ、バカバカバカ! みんなで頑張るって約束したやん! なんで自分一人だけ格好付けて死んでんねん!」

「ヒロシがきてくれなかったらあたいら犬死にするところだったんだぞ! 少しは仲間の命を背負ってる自覚を持て!」

「ヒロシ?」


 不思議そうな顔をした伊佐那岐は、明らかに知り合いではないのに京子の隣に立ち、見目麗しい美少女人形を3体も(はべ)らせている男を見る。

 俺は無詠唱で4体の属性精霊を召喚した。


「よう伊佐那岐、直接会うのは初めてだな。俺が【ドールマスター】大木土博士だ。お前にはこいつの装備をダチのサイン色紙一つで譲って貰った恩があるからよ、ちっとばかし手助けをしてやったぜ」

「おかげさまでじばくしほうだいなのだ。かんしゃかんしゃ」


 そう言いながら赤髪ロリロリドラ娘の肩をポンポンと叩くと、伊佐那岐は空中に浮かぶ色とりどりの人魂と参号の着ている黒いワニ革ビキニでおおよその事情を察したようだ。

 心の底から安堵したように、ほっと息を吐いた。


「そう、か……勝ったのか……」

「そうや、ウチらは勝ったんや。もうなんも隠す必要はあらへん。ナギくんが就いてる【精霊使い】のことも、全部や!」


 嬉しそうに笑みを浮かべる伊佐奈美とはまるで対照的に、伊佐那岐は悲しそうな表情を浮かべて目を伏せる。


「駄目だ、ナミ。私はもう戦えない。職業もスキルも、この身に満ちていた魔力すら感じられない。きっとこれが、死の運命を捻じ曲げた代償なのだろう……」

「ナギくん、大丈夫……私も、一緒だから……」


 簡単に死人を(よみがえ)らせてやるほど、このダンジョンを設計した者は甘くない。

 一度きりの奇跡の代償に、伊佐那岐と一条マリアは探索者としての資格を失った。

 職業の加護を喪失した二人は、そこらにいる中学生にすら劣る存在に零落(れいらく)したのだ。


「ええやん、ええ。ナギくんにはマリアと一緒に伊佐家を守って貰う。二人の分までウチがぎょうさん稼いだるさかい、安心して子育てに励んでおくれやす!」

「もう、ナミちゃんったら……」


 これには会場からも笑いの声が湧き上がった。


 全部が全部、丸く収まって良かったね。

 【いけず石】厄介ファンの鬼女どもから目の敵にされる心配が完全になくなった俺も一安心である。


 まぁ、次は星崎聖夜の厄介ファンが群れを成している【グローリーハンド】ファンクラブや人件費で火の車になる会社経営者から的にされるかもしれないが……その時は毅然とした態度を取るつもりだ。


 大丈夫、今度は沢山の味方がいるからね。

 きっとなんとかなるだろう。

 なったらいいなと思っている。

 もし駄目だったら京子にでも泣きつこう……。


 さて、こうして【クレセントムーン】と【いけず石】による黄金大蛇への挑戦は、歓喜と祝福の中で幕を閉じることとなった。


 アメリカ合衆国とソビエト連邦――国際連合の敷いたガラスの天井は完膚なきまでに破壊され、100層の前で足踏みをしていた世界中の探索者達は次なるステージへと歩を進める。


 それは決して良いことばかりではなく、解放された数々の第二覚醒スキルによって新たな騒乱の火種が無数に生み出される結果となった。

 為政者と独裁者の狂気は連鎖し、悲劇と流血を招き寄せる。


 だが、俺達は決して立ち止まらない。


 推定トカゲ型宇宙人の作ったこのクソったれなダンジョンを完全に踏破するその時まで、母なる地球に住む探索者達の冒険はどこまでも続くのだから。




NEXT Episode

3.Silver Christmas Eve――白銀のクリスマスイブ――To be continued.

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