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ドールマスターヒロシ  作者: 我島甲太郎
2.World’s Last Glass Ceiling

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第36話 最凶の使徒使い

 沖縄行きの「フェリーひめゆり」のインフォメーションカウンターに呼び出された俺と壱号が目にしたもの、それは海水の滴るゴスロリ服を着てわんわんと泣き(わめ)いているロリロリドラ娘と、それを困った顔で見つめている金髪碧眼女騎士人形だった。


「小さな子供が海に落ちたと通報があって慌てて助け出してみれば、ただの人形じゃないですか! もしもこれが原因で運行の予定がズレていたら、他のお客様にどれだけの迷惑が掛かると思っているんです!?」


 俺は見るからに怒り心頭の【海女】らしきウェットスーツ姿のおばさん乗組員に土下座をして詫びるしかなかった。


「完全に俺の管理不行き届きです。ほんっとーに申し訳ございません!」


 船室のベッドで気絶している間に、なんてことをしてくれたんだ。


「次に同じようなことがあれば、すぐにでも海上保安庁に通報しますからね!」

「二度と目を離しませんから、どうかそれだけはお許しを……」

「まったく、近頃の若い男ときたら……ブツブツ……」


 母に対して何度も行っているおかげか堂の入った土下座戦法でどうにかその場を切り抜けた俺は、壱号と弐号にあやされている幼女人形を連れて船室へと戻った。


 参号は狭いシャワールームで裸にひん剥いてから送還し、普段使いのカバンに突っ込んであった洗浄スプレーを使って海水でびちゃびちゃに濡れたゴスロリ服と靴を洗濯する。


「乾燥機を使えるタイプの服でもないし、乾くまで丸一日は掛かるだろうな。壱号、適当な場所に干しておいてくれ」

「はい、マスター」


 後始末も一通り済んだところで、追加の魔力消費でピカピカの新品状態に戻してから再召喚した参号と、保護者役の弐号に事情聴取を行う。


「んで、どうしてこんなことになったんだ」

「でっかいくじらがみえたから、ついついみをのりだしたらおっこちちゃったのだ」

「……そんだけ?」

「サンはえらいどらごんだから、ちゃんといいつけをまもってじばくしなかったぞ」


 腰に手を当てた参号はえっへん、と黒いワニ革ビキニで覆われた無い胸を張った。


「うん、それは偉いね。それで弐号は?」

「その時の私は他の乗客と話をしていて……目を離したのは悪かったと思っている」

「ナンパでもされていたのですか?」

「それは違うぞ! 相手はふくよかな女性の凄腕探索者でな、同じ盾役として戦い方のレクチャーを受けていたんだ!」


 どうやら弐号の着ている仁王の鎧に興味を持って話し掛けてきたらしい。

 伝説の【鍛冶師】村正士郎が鍛えた逸品なんだから、見る人が見たら分かるよな。

 これはきちんと注意しておかなかった俺の方が迂闊(うかつ)だったか。


「仁王の鎧は失ったら買い戻せるような代物じゃないんだから、今後は何があろうと俺から離れて単独行動をしないように。弐号、分かったか?」

「了解だ、マスター。深く考えが及んでいなかったことを猛省するしかあるまい」

「装備のことは口外していないみたいだし、反省したならそれでいいさ。そんで参号、お前は向こうに着くまで送還するからそのつもりでいてくれ」

「やだやだ、サンはこれからみたいてれびばんぐみがあるのだ」

「……」


 問答無用で送還すると、部屋の中は静かになった。


「なんかさ、お前らのせいで船に対する恐怖心がどっかにすっ飛んじまったよ」

「船舶恐怖症が治って良かったですね」

「うん。それで不要になったこのゴムボート、どうしようかな……」


 俺はキャリーケースの隣に置かれたでかいプラスチックケースを見た。

 これから沖縄を旅行するに当たって、明らかに邪魔な大荷物である。


「買ったばかりなのに一度も使わずダンジョンに捨てるのも勿体ない。現地に着いたら欲しい人を探して譲ればいいのではないか?」

「ジモトゥーを使うのはどうでしょう。マスターは以前、古い家具の処分で何度か利用しましたよね?」

「そうしようか。タダで出品しておけば地元民が食いつくだろうし」


 型番を検索して写真を撮り、不用品取引サイトのジモトゥーに出品しておく。

 数分で相手が見つかったので、チャットを使って簡単に事情を説明する。

 よし、これで後は現地に着いてから待ち合わせ場所で引き渡すだけで済むだろう。


「さてと、腹が減ったし昼飯でも食いに行こう。弐号、船内を案内してくれ」

「もちろんだとも、このニコに任せてくれ!」


 腹がペコちゃんの俺は汚名返上の機会を得て嬉しそうな弐号と物静かな壱号を連れて、フェリーの船内にあるレストランへと向かう。


 ただの定期運航フェリーだから世界中を巡る豪華客船ほど派手ではないが、就航して数年しか経っていないこともあって内装は綺麗なものだった。


「ここがこの船のレストランだ、マスター」


 お昼頃だけあってレストランの席は乗客で一杯だ。

 レジ前に行って店員の人から話を聞いたものの、30分くらいは待たなければならないという。


「参号がやらかさなければすぐに食えていたのに、さっきからツイてないなぁ……」

「ちょっとちょっとニコちゃん、そっちの人が貴女のご主人様? あらぁ~、よく見るといい男じゃなぁ~い」


 聞く者に強烈な不快感を及ぼす野太いドブ声にいやーな予感を覚えながら恐る恐る顔を向けると、そこではピンクカラーのまん丸な鎧姿でレインボーヘアのデブス女が四人用のテーブル席を一人で占拠しているのが見えてしまった。


「うわっ、あいつ卑弥呼(ひみこ)じゃん……」

「マスターは既に卑弥呼殿のことをご存じだったか」

「そりゃ知ってるよ。だって迷惑探索者晒しスレで殿堂入りになってるネームドモンスターだもん」


 花沢(はなざわ)卑弥呼(ひみこ)はあちこちのダンジョンモノリスを転々とし、キスした相手に幸運バフを付与する【天神の接吻】が使える高レベルの女性【使徒使い】とマッチングしようと目論む下心満載な探索者を毒牙にかけて回っているヤバいやつである。


 この女の恐ろしいところは、あえて自身の探索者スコアを落とすことによって探索者資格停止ギリギリの不良探索者を狙い撃ちにして、ダンジョン庁公式アプリでマッチングした者を決して逃れられないようにすることだ。


 アタシは潜らなくても別にいいけどぉ~、高評価が欲しければ分かるわよねぇ~?

 って具合にな。


 不運にも卑弥呼と出会ってしまった彼らは探索者活動を続ける為、ひいてはボス周回で得られるレア装備の為に目の前にいるデブス・ドブ声・レインボーヘアのポリコレ三点セットと同じ顔をした使徒とディープキスを繰り返さなければならない……。


「聞いたわよぉ~、お腹がペコペコなのに30分も待たないといけないなんて可哀想じゃなぁ~い。ニコちゃんと同じタンクのよしみで同席させてア・ゲ・ル♡」

「そいつはどうも……」


 ポンコツ女騎士人形の自由行動を許したことが原因で不良探索者の蟻地獄に捕まってしまった俺は、致し方なく彼女と同席することを選んだ。

 適当にローカルっぽい黒豚とんかつ定食とドリンクのシークヮーサージュースを注文して、それから自己紹介をする。


「俺は大木土博士(ひろし)、【人形使い】だ。拠点は横浜海上ダンジョン。今回はダンジョン庁オークションで落札した装備結晶を読谷ダンジョンまで引き取りにきている」

「アタシは旅行が大好きな【使徒使い】の花沢卑弥呼よぉ~。ヒロシくぅん、今後ともヨ・ロ・シ・ク♡」

「今日この時ばかりはソロ専でよかったと本気で思うよ」

「レアな装備が欲しかったらぁ~、いつでもアタシを頼ってちょうだぁ~い」

「おう、死んでも頼らんわ」


 先ほど注文したシークヮーサージュースを持ってきたウェイターがついでに卑弥呼の分のお代わりもテーブルに置き、食べ終えた食器を片付けて下がっていった。

 見た目通り、よく食べる人だね。


「詳しくは聞かないけどぉ~、ニコちゃんのそれってアレよねぇ~? もしかしてヒロシくぅんは【ボマー】の関係者のヒトだったりするのかなぁ~?」

「まあな。おかげさまで楽をさせて貰ってるよ」

「ところで卑弥呼殿、先ほどの話の続きだが……」

「もちろんいいわよぉ~。なんでも聞いてちょうだぁ~い」


 弐号が卑弥呼から盾役の動き方を学ぶ様子を、俺は飯を食いながら観察していた。

 なるほどどうして、彼女の語る薀蓄(うんちく)は為になるものばかりだ。

 ま、人形と強化影分身の使徒は同じ召喚士系統だから運用法もかなり近いしな。


 ついでに言えばこの人、普通にレベル99の【使徒使い】なんだよね。

 どうしようもないゴミと野良で組んで生き残っている時点で相当な上澄みだ。


 短時間であっても一流のタンクから教えを受けたことで弐号も多少はパワーアップ……していたらいいなぁ。

 とはいえ、変なことも教わらないようにしっかりと監視はしなければならない。


―――――


 食後の腹ごなしにフェリーの甲板で行われた、卑弥呼の召喚した使徒と弐号による模擬戦―—進化済みの使徒は背中に天使の翼が生えている――を眺めたりなんかしていたら日が暮れたので、また一緒に夕食を取ってその日は就寝。


 翌日も朝から弐号の特訓に付き合っているうちに時間は過ぎ去っていき、「フェリーひめゆり」は今回の目的地である読谷ダンジョン近くの都屋港に一時停泊した。

 下船する直前、IDを交換してフレンドになった卑弥呼と別れ際の挨拶をする。


「卑弥呼、うちの弐号が世話になったな」

「頭を下げなくてもいいのよぉ~。タンクは助け合わないといけないからねぇ~」


 彼女はフェリーの終点、沖縄経済の中心地である糸満ダンジョンへと向かう。

 そこでまた、卑弥呼の存在を知らない地元の不良探索者を食い荒らすつもりのようだ。


「この日のことは決して忘れません、師匠……!」

「ニコちゃんもぉ~、アタシが教えたスペシャルなテクニックでご主人様にたっぷりご奉仕するのよぉ~。うっふん♡」

「はい……!」


 朝起きた時に気付いたんだけど、どうしてディープキステクニックを教わっているんですかね。

 訓練はずっと見ていたし、そんな素振りなんて一切感じなかったぞ。

 もしかして、最初に会った時にそれを教わっていたから参号から目を離した感じ?


「そんなことはどうだっていいか。行くぞお前ら」

「やっとじゆうになれたのだー」


 約束通り下船直前に再召喚した参号は、乾燥してヨレヨレになったゴスロリ服の代わりに船内の売店で買った子供用の半袖ワンピースを着ている。

 今日のホテルに泊まる前、ゴスロリ服はちゃんとしたクリーニングに出そう。


 さて、日本一人口の多い村で知られる読谷村は20年前にアメリカからダンジョンモノリスを返還されてからというもの、沖縄で最も再開発が盛んな場所と言われている。


 対共産圏の最前線として米軍基地の最大拠点が造られた辺野古ダンジョンモノリス周辺と一緒で最初は返すつもりなどなかったらしいが、Dシェパード事件の影響で飛行場として使い辛くなったので農作物の関税交渉ついでに手放したそうな。


 そういうわけで棚からぼた餅的にダンジョンモノリスが返ってきたここ読谷村には国や県からじゃぶじゃぶ予算が注ぎ込まれ、漁船しか利用できないくらいに小さかった漁港もこうして大型フェリーが停泊できるほどに拡張されているというわけだ。


 中高の修学旅行先が長崎広島で初めて沖縄までやってくる俺としては県庁所在地の那覇に近い糸満ダンジョンとか、ちゅら海水族館に近い伊江島ダンジョンの方に行きたかったのだが、ダンジョン庁オークションで落札した装備結晶の引き渡し場所がここだという理由でわざわざこの辺鄙(へんぴ)な場所にある村までやってきたのである。


「あー……暑い……。お前らはいいよな、体温とか感じないし」


 クーラーのガンガンに効いた船内から出て潮の香りが強い港に降り立った俺は、照り付ける初夏の日差しに噴き出した額の汗を拭った。

 日焼け止めを塗っておかないと、以前の妹みたいにがっつり日焼けしちまうぜ。


「温湿度計くらいは付いていますよ、マスター」

「どこに?」

「ここ、はなのあたりなのだ」


 反省の色がまるで見えない参号は、小さな指先で自分の鼻を指差した。


「あっ、そうなの。普通にスマホでいい機能だし、つける意味とか絶対ないだろ」

「じつはサンもそうおもう。もえもえはたまにへんなことをするのだ」

「普段から変なことしかしていない印象しかない」

「現在の気温は29℃、湿度は70%ですね。日差しが強く熱中症になりやすいので、水分補給はこまめに行いましょう」

「お天気お姉さんかな?」

「引き渡しの時間までそう長くない。マスター、まずはタクシーを手配しよう」


 弐号の言うことはもっともなので、俺達は漁港の広い駐車場で暇そうに待機していた個人タクシーに声を掛けた。

 自動運転じゃない有人タクシーを使うのはこっちの世界では初めての経験だ。


「ハイサイ、沖縄へようこそ! お客さん、どちらまで向かいます?」

「読谷飛行場跡のダンジョンモノリス前まで頼む」


 運転手は【話術士】のようで、【通訳】スキルの影響か(なま)りは少なく感じる。

 まずは後ろのトランクに邪魔な荷物を積み込み、それから助手席に弐号、運転席の後ろに俺……の膝の上に参号、その隣に壱号が乗り込んだ。


「シートベルトありがとうね。おじさん、いつもお客さんにお願いするの忘れて上の人に怒られちゃうからさー」


 ダンジョンのない並行世界からやってきた俺は、その辺りの習慣が身体に染みついてしまっている。

 家族と自動運転タクシーに乗る時とか、いつも変な目で見られるのが困りものだ。

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