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ドールマスターヒロシ  作者: 我島甲太郎
2.World’s Last Glass Ceiling

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第32話 二つの贈り物

 今は亡きマサ爺の家で出会った(よわい)108歳の老婆、宮本都子(みやこ)が師匠から弟子への贈り物と告げた細長い化粧箱の中から出てきたもの、それは紅い金属製の指揮棒のような見た目をした10cmほどの長さがある小さな杖だった。


「これが、マサ爺の遺産……」


 一流の【精霊使い】が愛用した杖は一体、どのような性能をしているのだろう。

 杖を手に取った俺は、表面に薄く刻まれた細かい装飾をしげしげと眺めた。


「業火のタクトは【火属性強化】の二つ付与された神器。私達が90年前に160層で手に入れた、この世に二つとない魔法の杖よ」

「ひゃ、ひゃくろくじゅっそう……」


 なんて事のないような感じで放たれた都子(みやこ)の爆弾発言に、萌は愕然としたような表情を浮かべた。


「おいおい、日本の公式記録は100層までじゃなかったのか?」

「当時はそれほど諜報網が発達していなかったもの、言わなければ誰にも分からないわ。だから現在これを知っているのは千葉にいる宗盛(むねもり)くん、後は極一部の皇室関係者と村正一族の人間くらいね」


 生ける伝説の【剣聖】と彼の妖刀、恋墨桜を鍛えた村正士郎の末裔かよ。

 これはとんだ厄ネタを掴んじまったな。

 下手に口を滑らせたらムラマサ=ニンジャにお仕置きされちゃうかもしれない。


「壱号、弐号、参号、主人として命令する。この場で得た情報は一切の口外禁止だ」


「「「イエス、マイマスター」」」


 定型文で命令が確実に入ったことを確認した俺は、都子(みやこ)に話の続きを求めた。


「80年前の敗戦はこの国に大きな爪痕を残したわ。陛下が努力されたおかげで私達の命だけは助かったけれど、その為にいくつかの密約を結ばざるを得なかった。そのうちの一つが、54年前の東西冷戦終結と同時期に行われた沖縄の本土返還に合わせて敷かれた100層の壁――」


 そうして都子(みやこ)の口から語られたのは、兼ねてより一部のインターネット上で陰謀論として囁かれていたこの世界の暗部だった。


 米国のCIAとソ連のKGBによって秘密裏に暗殺される攻略クランの【精霊使い】。

 第二(・・)覚醒スキルを持った【賢者】による守秘義務契約の強制。

 その末に、未来を求めた優秀な若者達が無謀にも命を散らし続ける現実。


「そんなことって……」


 先ほどまで西洋侍女人形のフラワーちゃんに目が釘付けだった萌も、立て続けに暗い話を聞いたせいかしょぼくれている。


「フラワー、またお茶のお代わり貰える? ……サンキュー」


 割と耐性のあった俺はスパイ映画でも見るような気分で呑気に話を聞きながら、高そうな茶菓子をパクパク食べてティーカップを片手にハーブティーを(すす)っていた。


 いやー、それにしてもいい話を聞いたわ。

 やっぱり安心安全なダンジョン攻略の為には先達から教えを授かるに限るぜ。


「これは私達の欲が生んだ罪よ。100層を攻略したことをずっと黙っていなければ、こうなることなど決してなかった……」


 晩年になるまで抱え続けていた苦しみを吐き出すかのようにそう語った都子(みやこ)は、悲しそうに目を伏せて長い昔話を終えた。


 俺は湯気の立つ熱々のハーブティーを一口飲んで喉を潤し、彼女の顔を見つめた。

 最期くらい、もっと晴れ晴れとした気持ちで死んで貰いたいものだ。

 自己中ジジイのマサ爺は絶対、一分たりとも後悔なんてしていなかったぞ。


「そうは言うが、これが陸軍に知られていたら日本の帝国主義は更に広がっていたはずだ。満州と東南アジアだけではなく、世界の覇権まで目指していたんじゃないか。その末にあるのは米国との総力戦と、核による破滅だけだ。なら、その選択は間違いじゃなかったと俺は思うぞ」


 歴史の異なる日本からやってきた俺だけが、広島と長崎に落とされた二つの原子爆弾の存在を実感として知っている。

 この世界では未だ、人に対して核が行使されたことは一度もないのだから。


「貴方はそう言ってくれるのね。優しい子……」

「優しくなんてないさ。なにせ、初めて会った老い先短い老人から冥途の土産を根こそぎかっぱらって行くんだからな」

「あらあら、それは大変」


 ニヤリと笑った俺が再び化粧箱から手に取った業火のタクトの先を都子(みやこ)に向けると、彼女は可笑しそうに皺だらけの頬を歪ませて鶏ガラのような細い両腕を上に挙げた。


「あの、フラワーさん。ただの冗談なんでそのベルトポーチに入ってる人形爆弾のストックに手をかけるのやめて貰っていいですか」

「やっぱりそうなんだ……」

「だって【ボマー】だぞ、それ以外ありえんだろ」


 すぐに疲れたのか、都子(みやこ)は挙げていた手を下ろして上品に笑った。


「ふふっ、脅されたなら仕方ないわね」

「えっ、マジでくれんの?」


 本気にされちゃうと、冗談で脅した俺の方が逆に困惑してしまう。


「貴方は私と同じ【人形使い】ですからね。あの人が遺したその杖よりもよほど使い勝手のいいものがありますし、私からはそちらを授けるとしましょう。【人形召喚】シャドウ……」


 都子(みやこ)が【人形召喚】を発動すると、彼女の座る安楽椅子の隣に与謝乃晶子みたいな髪型をした黒髪の青銅(・・)人形が召喚された。

 気の強そうな美人の女性だが、その顔はどことなくひ孫の宮本謙史(けんし)に似ている。


「まさか、影武者か?」


 かつては全身鎧で第二進化(・・・・)の存在を隠していたのだろうが、現在は指先まで覆う上半身だけのプレートメイルと薄着の鎧下しか身に着けていないようだ。


「昔は盗みに入る人が多くて多くて、本当に大変でしたね。ですが、こうして隠しておけば何人(なんびと)たりとも見つけることはできません。ふふっ、ふふふふふ……」


 盗人の末路はこの洋館の各所に残された無数の爆発の痕跡が全てを物語っている。

 怖いな、この人……。


「おお〜、本物のシャドウだ! 凄い、凄いよヒロくん、こんなの初めて見た! へぇ~、ここってこうなってるんだ……」


 これも村正士郎が鍛えた逸品なのだろう、鍛冶工房の娘として一家言ある【鍛冶師】の萌は鼻の下を伸ばしてペタペタと白銀色の鎧を触っている。

 人の目がなかったら実際に舐め回していてもおかしくはない興奮具合だ。


「この仁王の鎧は盾役に必須級のスキルと名高い【金剛力】と【仁王立ち】が付与されたまごうことなき神器ね。これだけはどうしても手放せなくって、ずっと抱えていたのだけど……貴方になら託してもいいわ」

「いやいやいや、流石にこんなのまで貰えないぞ。大切な家族にくれてやれよ」

「あげられるような装備はとうの昔に全部あげちゃったもの。他の神器は探索者を引退する時に皇室へ献上しちゃったし……。だから本当に、この仁王の鎧だけを冥途の土産にするつもりだったのよ」

「それで人形の格好もそんな感じなのか」

「ふふっ、そんな感じね」


 お茶目にウィンクまでしなくていいから。

 マサ爺といい、年甲斐もなくはしゃぐ元気な婆さんだ。

 影武者人形と同じ姿をしていた若い頃は、相当派手に暴れ散らかしたに違いない。


「ヒロくん、貰ってあげようよ。これさえあればニコちゃんは最強のタンクになれるはずだよ!」

「マスター、奥方様の言う通りだ。仁王の鎧はこのニコがありがたく頂戴しよう。これで私もイチゴ越え間違いなしだ!」

「欲の皮が突っ張った娘どもめ……。分かった、貰えるもんは貰っておく。なにしろ、俺はマサ爺に気に入られるほど性格の悪い【人形使い】だからな」

「そうして貰えると、私もあの世であの人に自慢ができるから嬉しいわ」


 ちゃっちゃと鎧をバラして弐号に着せ替えると、なんともまあ似合うものだ。

 上半身装備のプレートメイルには籠手もセットで揃っているから、伊古田製作所に帰ったら多々良(たたら)親父にデザインを合わせた脛当てでも新しく作って貰うとしよう。


 古い装備を下取りに出せば合成費用も足りるだろうし、何も問題はないはず。

 おっと、念の為に所有権が移っているかどうかをしっかりと確認しておかなければなるまい。


 乳白色のDカードを右の手の甲から取り出して業火のタクトと仁王の鎧に当ててみると、どちらも一切の干渉をせずスッと素通りした。


 所有権がない場合はDカードが触れた時点でパリンと割れるからすぐに分かる。

 これなら警察官に職質されたとしても、問題なくやり過ごせることだろう。


「確かに両方とも受け取った。これで後は、萌の用事を済ませるくらいか」

「お楽しみターイム! ぐへへ……脱がせる前に動画撮影からしなくちゃね……」

「頼むから、人様の人形に変なことだけはしないでくれよ」

「多分大丈夫、きっと大丈夫、恐らく大丈夫だから……」

「怒ったフラワーに爆殺されても知らんぞ」


 問題が起こらないよう都子(みやこ)さんがきちんと見守ってくれるそうなので、特にやることもなく暇になった俺は庭が見たいという壱号の要望に応える為、人形達だけを連れて屋敷の外まで足を運んだ。


 6月の下旬、初夏の花が咲き誇る広々とした庭園を適当に見て回っていると、屋敷の裏手から聞こえてきたオシャンティーな音色に誘われる。


 参号の面倒を弐号に任せて一人で裏庭の方まで(おもむ)くと、大きな木の陰にある古い木製のベンチに腰掛けていたオクト氏はギターを弾く手を止めて顔を上げた。


「話し合いは終わりましたか?」

「ああ、見ての通りだ。ただ、萌のやつがなぁ……」


 それだけで理由を察したのか、オクト氏は苦笑いを浮かべた。


「車内でお聞きしましたが、萌さんは人形師をされているとか。それはそれは、長い時間が掛かりそうですね」

「まったく本当に、いい趣味してるぜ。隣、失礼するよ」


 ギターの演奏を再開したオクト氏の隣に腰を下ろした俺は、庭木の花を摘んで弐号に怒られているいたずらっ子の幼女人形を遠目からぼんやりと眺めた。


「なあ、オクト氏」

「なんですか?」

「あんたはどうしてこの家を継ぐことにしたんだ? 完全に事故物件だろ、ここ」


 生前にちょろっとマサ爺から聞いたことがあるんだけど、【ボマー】夫妻には10人もの子供がいたらしい。

 少子化とは無縁のこの日本なら、相当な数の親戚がいるのは確実だろう。


 それなのに、この洋館には他の住人の姿がまるで見えない。

 神器目当ての盗人が頻繁にやってくるって話は何十年も昔のことで、治安の回復した現代ならそう滅多なことは起こらないはずだ。


「正直な話、僕も東京に家があるので嫌だったんですけどね。どうしても国が引き取ってくれなかったので、独り身の僕が貧乏くじを引かされたんです」

「……もしかして、そんなにヤバいの?」

「そこら辺の庭木を掘り返したら人骨がボロボロ出てくるくらいには……」

「ヒエッ……」


 鮮やかな紫陽花(あじさい)の下には死体が埋まっているという怪談はかなり有名だが、それをリアルにされるのは恐ろしすぎる。

 下手に潰して更地にしたら、周辺の農家が風評被害を受けるかもしれない。


「どわーっ!?」


 そんな話をしている時に参号が上げた悲鳴を聞いて、俺はいやーな予感を覚える。

 恐る恐る見てみると、なんとそこではほじくり返した土の中から出てきたしゃれこうべに腰を抜かした幼女人形がプルプルと震える指先を向けているではないか。


「あらら、見つかっちゃいましたね」

「どんなお化け屋敷だ。冗談じゃねぇぞ」


 誰が死体を埋めたのって、庭を管理しているフラワーさんしかいないよね。

 べそをかいたロリロリドラ娘は、叫び声を聞いて駆け付けた壱号と弐号に両手を繋いで貰いながら俺の方にやってきた。


「あるじ、このいえこわいよ……」

「そんなに怖いなら事務所に帰るまで送還するか?」

「やだ、だっこしてなぐさめて……」

「はいはい。怖くない、怖くないからねー」


 俺は膝の上に乗って胸板に頭を預けるべそかき幼女人形の背中を優しく撫でてあやしながら、マサ爺の通夜で行われた親戚一同の多数決によって貧乏くじを引かされた不運な作曲家の奏でる穏やかなギター音楽に耳を傾けたのであった。

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