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ドールマスターヒロシ  作者: 我島甲太郎
1.Pygmalion Complex

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第3話 悠長な探索行

 そんなこんなで暇を潰している間に、目的地の大黒埠頭(ふとう)駅に着いたので降車した。

 人の往来が激しい駅前に立つと、そこには見渡す限りのビル、ビル、ビル。


 ここは元の世界でも存在した人工島のはずだが、敷地面積は記憶よりも数倍広い。

 流石は西東京と呼ばれるだけのことはある。


 いずれは実家を出てこの島のタワマンでリッチに暮らせるようになりたいものだ。

 そんな大層な夢を胸に抱えながら、俺は人工島の中心地に高くそびえ立つ漆黒の四角柱に向かって流れる人の波の一つとなった。


 ダンジョンはマンパワーの許す限り無限にたんぱく源とエネルギー資源を採掘できる理想の鉱山であると同時に、国の目玉とも言える観光名所でもあった。

 だから大抵の場合、ダンジョンモノリスの周囲は巨大な複合施設となっている。


 ここ横浜海上ダンジョンもその例に漏れず、多大な国家予算と最新鋭の建築技術をつぎ込んで建てられた雨天開閉式のドーム状の屋根に覆われていた。


 今日は天気に恵まれた好天だから問題ないけど、雨の日はドームに黒くて長い棒がぶっ刺さっているように見えてちょっと不格好かもしれない。

 まぁ、ダンジョンから出入りする時に雨でビショ濡れになるよりは全然マシだ。


 そんな感想を胸に抱きながら、俺はドームの正面入り口から建物内部に入った。

 端が見えないほどに広大なロビーの中は、色とりどりの髪色をしている武装したコスプレ集団……もとい探索者で溢れかえっている。


 ロビーの一角には命懸けのダンジョン探索に赴く人々に探索用のグッズや一時の食事を提供する無数の商店が軒を連ねていた。

 少し訂正しよう、ぶっちゃけ財閥企業直営のフランチャイズ店しかない。


 流石にこんな場所で割高なポーションを買い込むほど愚かではないので、俺は適当に空いていたベンチに腰掛けてメニュー画面を開いた。


「メニュー、メニューっと」


 目の前に浮かんだ乳白色のプレートではダンジョンの階層選択、ドロップアイテムを売買するバザー、ストレージに入っている所有魔結晶や所有アイテムの管理、Dカードを触れ合わせて44桁の固有識別IDを交換したフレンドとの交流などが行える。


 どう見てもゲームのシステムメニューにしか見えないけど、便利なのでヨシ!


 メニュー機能は基本的にダンジョンモノリスの付近でしか使えないが、職業由来のスキルやスキル付きの装備でいくつか抜け道があったりする。

 【商人】の【商取引】とか【観測士】の【情報共有】とか【通信士】の【通信】とかが代表的かな。


 ダンジョン内部では外部との電波通信ができないから間に人を挟むという手間は掛かるものの、みんな大好きダンジョン配信も余裕でできる。


 その為だけに貴重な装備スキル枠をーつ消費するのは決して効率的とは言えないものの、人は本能的に承認欲求には勝てないのだから好きにさせてやるのが情けというものだろう。


 ま、直接戦闘をする必要がない支援職ならよそ見をする余裕はそこそこあるしな。

 腕のいい【吟遊詩人】や【楽師】の配信者はレパートリー豊富な戦闘用BGMを延々と垂れ流してくれるから、俺も結構な頻度でお世話になっていたりする。


 ちなみに米国大手IT企業が運営するDTubeと、北海道に本社を置く財閥企業の鳳凰院グループが運営するDチャームが日本では特にユーザーの多い【情報共有】サービス付きの動画配信サイトだ。


 特に国内でしか運営されていない後者は規制が緩いので、諸般の事情でDTubeをBANされた悲しい人やスケベ好きの紳士淑女に愛されている。


 ダンジョンの中では特殊ルールで交尾できない――オーラルならアリだけどダンジョン内の禁則事項に抵触して警察に職質された時に大変なことになる――からアレだけどね。


 それはさておき、自分しかメニュー画面が見えないプライベート設定になっていることをきちんと確認した俺は、指先をスワイプさせて階層選択画面に移行した。

 おっとここでアクシデント、選択可能なのが1層しかない。


 どうやら以前の俺が中学生時代に踏破した分の階層は、入れ替わりを切っ掛けに丸ごとリセットされてしまっているようだ。

 レベルの平均的に最低でも5層は越えていないと絶対におかしいからな。


 大体、探索者のレベル±5階層が到達階層の目安となる。

 それ以上でもそれ以下でも取得経験値に著しい減衰が入るのも実にゲームチックと言えよう。


 そういうわけで個別にレベル設定がある召喚モンスターの数を増やした時は、一々低層からレベリングをしないといけない面倒臭さがある。


 とは言ったものの、何事にも例外はあるけどね。

 初期レベルキャップのレベル49までは経験値の減衰が一切起こらない50層名物の骨工船とか、50層先の雑魚モンスターが強化状態で出現する10層ごとのボスモンスターとか。


 【人形召喚】のレベルを上げて新しい人形を増やしたら、いずれはそういうやり方も積極的に採用していきたいところだ。

 まぁ、たったレベル10の現状では全てが絵に描いた餅である。


「今回は最初から潜るつもりだったから特に問題はないな」


 プライベートマップの1層を指先でポチると、ふわりとした浮かぶような感覚とともに一瞬で視界が切り替わった。

 肉体が魔素データに量子変換され、ダンジョンモノリスの中へと転送されたのだ。


「リンクスタート! なーんちゃって」


 オタクらしく堂々とVRものの小説を原題にした名作アニメの台詞を口走りつつ、俺はダンジョン唯一の出入口である床に大きな魔法陣の敷かれた石室から人工的な日の差す外へと踊り出た。


 疑似的に再現された1層のフィールドマップは見渡す限りの草原と林。


 モンスターに攻撃されても一切ダメージを受けないくらいガチガチに耐久を固めれば、長期間のキャンプやピクニックも可能な初心者用のフィールドだ。

 実際、犯罪者がダンジョンの中に集団で住み着いて社会問題になっていたりする。


 定期的なマップ更新でダンジョンから追い出された小汚いホームレスが出待ちしていたダンジョン庁職員に捕まっている姿をよくテレビのニュースで見るからな。

 国民の義務も果たさずに文明の恩恵を享受させるほど、国と言うのは甘くない。


「時間は有限だ。早速、探索に出掛けるとしよう。【人形召喚】壱号、弐号」


 俺は慣れた所作で内包魔力を消費し、2体の木人形を召喚した。


木人形壱号Lv10

装備:鋼の草刈り鎌+ 園芸用シャベル 麦わら帽子 牙獣革の鎧 牙獣革の脛当て


木人形弐号Lv1

装備:牙獣骨の剣 牙獣革の盾 牙獣革の鎧 牙獣革の腰当て 牙獣革の脛当て


 牙獣シリーズは10層までのドロップ装備で一番安く出回っているやつ。

 ドロップ装備は見た目と匂いがちょっとアレだから【鍛冶師】に代金を支払って合成加工して貰うのが原則なのだが、資金に余裕がないので今回はそのまま使う。


 誰かに見せるわけでもないし、ダンジョンで使い潰すならこんなもんだろう。

 それと、人形は装飾品を装備できない仕様になっているので装飾品はなし。


 ちなみに【妖精使い】の召喚する妖精は装飾品だけを装備でき、【偶像使い】の召喚するゴーレムは武器のみを装備可能だ。

 前者が魔力敏捷特化、後者が筋力耐久特化という理想のステ振りをしている。


 バランスという名の無駄振りをしている人形はどっちつかずな性能なせいで弱さに拍車が掛かっているのがとても悲しい。

 ところで、壱号の装備がおかしいのはなんでだろうね。


 いやまあ、それはこいつが手放してくれなかったからなのだが。

 ほんのり賢くなったレベル10のAIが長期間に及ぶ農作業で無駄な学習をしてしまったせいで、自分を【農夫】だと勘違いしてしまっているのかもしれない。


「当たればダメージは出るらしいし何とかなるだろう。お前ら行くぞー」


 球体関節の擦り合うかすかな音を立てて歩く2体の木人形を両脇に(はべ)らせながら、俺は目の前の林に突っ込んだ。


 木の根が張った不整地歩きもなんのその、日々の健康的な運動で鍛えられた強靭な足腰はビクともしない。

 俺もこの半年間、遊んでばかりいたわけではないのである。


 それから1分も歩かないうちに、がさりと音を立てて草むらの奥からグロテスクな見た目をした巨大な芋虫が顔を出した。

 サイズは子牛と同じくらいで、その動きはスライム枠らしく非常にスロゥリィ。


「おらおら、激安肉のお出ましだ!」


 俺が指示するまでもなく、前に飛び出した壱号の振るった草刈り鎌の一撃で致命傷を受けた大芋虫はぷしゃっと音を立てて魔素の藻屑となり消滅した。

 流石にレベル1の弐号がでしゃばるような場面ではないか。


 人形達に周囲を警戒するよう命令しつつメニュー画面を開くと、右上の所持魔結晶の欄にはしっかり2MCと表示されている。

 MCはMagicCrystal――マジッククリスタル――の略で、現実で換金可能なゲーム内通貨と思ってくれたらそれでいい。


 この辺の表示もおおよそゲーム脳な俺の知識に合わせているので、人によっては魔結晶だの凸だのに変わったりする。

 あ、変なこと考えたからMCの文字が凸に変わっちゃった。

 どうも安定しないなぁ。


「よっしゃ、2円ゲットだぜ!」


 魔結晶相場の変動と売却時の課税により、正確に言うと現在の日本円に換算して1.76円相当である。

 レベル1でも倒せる雑魚スライム枠とはいえ流石にしょっぺぇー。


 こんな奴らを延々とシバいていてもラチが明かないので、俺はあらかじめスマホアプリにダウンロードしておいた1層のマップを片手に林の先を目指す。


 壱号の活躍を弐号と一緒に安全地帯から眺めていると、20体くらい倒したところで大芋虫の消滅光に金色が混じった。

 レアドロップの証だ。


 ワクワクしながらメニュー画面を開いて所持アイテム欄をチェックすると、そこには大芋虫の肉という文字。


「1/44の方を引いたか。流石に装備ドロップ枠1/444は早々には出ないわな」


 せっかくなので初ドロップアイテムをストレージから出してみる。

 見た目はこぶし大の透明な結晶の中に、1kgほどの薄緑色をした肉の塊の画像が閉じ込められているような感じ。


 これを現実化(リアライズ)して食べやすいサイズにカットすると、スーパーでよく見かけるパック入りの芋虫肉になる。

 消費期限が無限のアイテム結晶の状態じゃないとお店で買い取って貰えないので、俺は持っていたアイテム結晶をそのままストレージの中に戻した。


――――—


 それからまたしばらく林の中を歩いていると、ようやく視界が開けた。

 どうやら大芋虫の林を抜けたらしい。


「これで半分ってところか。後はここから北に行けば石室に2層への転移魔法陣が――」


 ブツブツと独り言を喋りながらダンジョン庁の公式スマホアプリでマップを見ていると、言葉の途中でドンと強く背中を押され目前の草むらに倒れ込んだ。

 警戒心がすっかり抜け落ちていたことに気付いた俺は、ハッとして身体を起こす。


「やべっ、敵か!?」


 慌てて振り返ると、子牛サイズのウサギによる頭突き攻撃を弐号が構えた盾で防いでいるところだった。

 すぐに壱号が駆け付けて、バッサリと毛皮を切り裂く。


 怯んだ大兎に弐号の骨剣による追撃が入り、それがトドメになったのか大兎は奇怪な鳴き声を上げて消滅した。


「いくらなんでも舐めプし過ぎだろ、俺……」


 もしも耐久を上げて防御を固めていなかったら、レベルが足りていなかったら。

 人形が武装していなかったら、それだけで俺は死んでいたかもしれない。


「これは慣れるまでが大変そうだ。気合入れろ、気合」


 両手でパン、パンと頬を叩いて気合を入れ直した俺は、腰のベルトから火精の短杖を抜いて【火精霊召喚】と唱えた。

 僅かな魔力消費とともに、赤い人魂のような球体が空中に浮かぶ。


「フレア、射程範囲内に侵入した敵を1体につき一度だけ攻撃しろ。複数体いる場合は俺に近い方を優先」


 【精霊使い】の呼び出す精霊は口頭ないしイメージで設定した通りの動きをするいわば外付けのファンネル的な存在だ。

 名前は特に決まっていないので、俺は火精霊のことをフレアと呼ぶことにした。


 流石に火精霊のままじゃ命令する時に味気ないからな。

 これからずっと一緒にダンジョン探索をするお供にはきちんとした名前を付けてあげないと可愛そうだ。


 心なしか羨ましそうにこちらを見ている気がする壱号と弐号をスルーして道中のルートをサッと確認した俺は、スマホをポケットに仕舞って広大な草原へと足を踏み出した。


 少し歩くと、唐突にフレアが左前方に向けて火の矢を撃ち放った。

 早速、オート射撃による索敵に成功したようだ。

 俺は人形達に向かって矢継ぎ早に指示を出す。


「弐号、左方防御態勢!」


 続けて右方にも連続で2発の火の矢が飛ぶ。

 うげえ、3体リンクしてるぅ。


「片方を俺がやる! 壱号は傷ついていない方を迎撃しろ!」


 弐号が左の大兎を盾で抑えている間に、右方向から草むらを掻き分けてこちらに迫ってくる2匹の大兎のうち1匹に火の槍で攻撃するようイメージする。

 多めの魔力消費とともに、フレアから放たれた火槍が大兎を焼き貫いた。


「ヒューッ、いい火力だ!」


 俺を庇うように前方に立った壱号が左手に握った園芸用シャベルを前に突き出すと、シャベルの先が大兎の頭蓋骨に当たりガキンと音を立てた。

 力負けした大兎がヒットストップしている間に、壱号は右手の草刈り鎌で首筋を掻っ切って止めを刺す。


 よし、上手いこと2体処理できたな。

 残りは弐号が抑えている大兎だけ。

 こちらも問題なく倒せたので、俺は緊張を解いてふうと一息ついた。


「お前ら、よくやった。偉いぞー」


 弐号の掲げた骨盾にコツンとグータッチをして、次は壱号……と思ったら彼は何故か草むらにしゃがみ込んでいた。


「どうした、壱号」


 気になったので後ろから覗き込んで見ると、そこにはぐんにゃりと折れ曲がった園芸用シャベルの変わり果てた姿があった。


「あらー。まぁ、百均で売ってたやつだししょうがないか」


 少し心配になって草刈り鎌の方を見てみたが、こちらは大兎の骨を断っても刃こぼれ一つしていない新品同様の状態だ。

 父の釣り友達が経営している鍛冶工房で買ったものらしいからそれも当然か。


「そう落ち込むなって、後で新しいの買ってやるからさ」


 しょんぼりした様子の壱号の肩をポンポンと叩いて宥めつつ、メニューを開く。

 先ほど火槍で大兎を倒した時にチラっとレアドロップの演出が見えたのだ。


 やっぱり大兎の肉かなーと思いつつアイテム欄に目を通すと、なんとそこには大兎骨の匙なる文字が。

 抽選時にはモンスターを倒した時に装備している種類の骨武器が落ちやすいとはいえ、5種類くらいある中から引き当てるのは運がいいというかなんというか。


 ストレージから引き出したアイテム結晶を手に持ち現実化(リアライズ)してみる。

 うーん、脛骨(けいこつ)の持ち手と頭蓋骨の匙で構成されたハンドシャベルは率直に言って悪趣味過ぎるぜ。


「喜んでいるみたいだし別にいいか。この写真は昼飯を食う時にでも家族に送ろう」


 大兎骨の匙を受け取ってボディーランゲージ全開で喜んでいる壱号の姿をスマホのカメラでパシャリと撮影した俺は、次の層に続く転移魔法陣の設置された石室を目指して探索を再開した。

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