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ドールマスターヒロシ  作者: 我島甲太郎
2.World’s Last Glass Ceiling

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第29話 血の代償

 人形達のデータ消去が終わってすぐに駆け込んだ横浜の歯科クリニック「ろうが一致歯科」で【治癒士】のお医者さんに【診察】と砕けた奥歯の治療をして貰った際、「これって虫歯なんですか?」という俺の質問に中年の歯科医先生はこう答えた。


「これは虫歯などではなく、慢性的なカルシウム不足ですね」

「カ、カルシウム不足……?」


 一体、どういうことなのだろうか。


「でも、俺は毎日牛乳を飲んでますけど」

「問診票を見ましたが、大木土さんは専業の探索者をされているとか。それもここ最近は、50層を中心に活動されていらっしゃる……」


 沈痛な面持ちで言葉を濁した歯科医(・・・)によるクイズ司会(・・)者ばりの長い溜めに耐えきれず、俺は最悪な想像を口にした。


「まさか、レプティリアンの呪いとか!?」

「ププッ。いやいや、そんなんじゃありませんよ」

「笑ってないで答えてください! こちとら探索者生命が懸かっているんですよぉ!」


 もはや半泣き状態である。

 俺、こんなにも心が弱かったんだな。

 ここが病院の中じゃなかったら人形達を召喚して慰めて貰っているところだ。


「さて、そろそろ真面目にお答えしましょうか。これは魔力の高い召喚士の患者さんで稀に見られることなのですが、頻繁に蘇生召喚を繰り返していると何らかの代償が支払われることがあるんです。大木土さん、何か心当たりはありませんか?」


 ある。あるあるありまくり。

 俺は毎日のように参号に【自爆】特攻を繰り返させているのだから。


「【人形使い】については結構調べましたけど、そんな話は初めて聞きましたよ」

「普通はどこかのタイミングで治癒ポーションでも飲むので顕在化することは少ないんです。それこそ、よほど手傷を負わない自信のある腕のいい探索者でもない限り。いやはや、貴重な症例に立ち会えて医者冥利に尽きますね」

「こんなに嬉しくない褒め言葉は初めてだ……」

「人によっては血液を失うこともありますから、大木土さんは軽い方ですよ」

「それもうプチ【血操士】じゃん」


 まさか最強の【自爆】戦術にこのような落とし穴があったとはな。

 マサ爺め、次に会ったら文句言ってやる。


「今回は錠剤のサプリメントを出しておきますので、それで様子を見てまた何か問題があれば大きな病院を受診されるといいでしょう」

「おかげさまで不安がまるっと解消されました。先生、本当にありがとうございます」

「いえいえ、これが私の仕事ですから。どうぞお大事に」


 一時はどうなることかと思ったよ。

 若いからって横着せず、定期的に病院で検査を受けた方が良さそうである。


 いや、よくよく考えると【診察】を受けるだけなら健康増進センターに常勤している医療スタッフでもいいな。


 常連ならワンコインで飯もお代わりし放題だし、あそこって万能すぎじゃね?

 もっとみんなも通えばいいのに。


 近くの薬局で処方箋を渡して【薬剤師】に調合して貰ったカルシウム錠剤の袋をカバンに仕舞った俺は、駅に向かう道すがら人形達を呼び出した。


「マスター、お加減はいかがですか?」

「悪くはない。ただ、知らず知らずのうちに骨粗鬆症(こつそしょうしょう)になっていたのはショックだ。筋トレサボってダンジョンばっかり潜ってたから発覚が遅れたのかもしれん」


 社畜モードに入っちゃうと休日返上で周回作業にのめり込んじゃうんだよね。

 レプティリアンとの戦闘中に転んでポキっといってたらマジで命が危なかった。

 安全地帯で気付いたのは不幸中の幸いと言える。


「しばらく休養期間を置かねばなるまい。き ゅ う よ う き か ん!」

「弐号、そんなに強調しなくてもいいから」


 俺が駆け込んだ「ろうが一致歯科」は横浜駅から徒歩5分程度の距離にあったので、すぐに駅前まで戻ってきた。


 人形を連れて改札を通る時は必ず駅員の前で球体関節を見せるという謎の通過儀礼を行い、プラットフォームから川崎方面行きの電車に乗り込む。


 退勤ラッシュより前の時間帯ということもあり、電車内はそこそこ空いていた。

 流石に満員電車へ愛玩人形を連れ込むほど、俺は非常識な人間ではない。

 別にやってもいいんだけど、その場合は痴漢されても文句を言えないからな。


「おお、でんしゃからのけしきはかくべつだな」


 召喚状態では初めて電車に乗る参号は、幼女らしく膝を長椅子に乗り上げて楽しそうに窓の外を眺めている。


「公共の場ではあまり騒がしくしないようにしてくださいね」

「いわれずともちゃんとわかっているぞ、イチゴ。サンはまなーをまもれるえらいどらごんなのだ」

「まだ律儀にドラゴン設定守ってんのね」

「ふふん、それがサンのあいでんてぃてぃーなのだからとうぜんだ。いつかほんもののどらごんかわをきるのがサンのゆめなのだ」

「ドラゴン、ゲームでは定番のボスだけどダンジョンで出た試しは一度もないよな。やっぱり100層よりもっと深層に行かないと出てこないのかも……」

「気になるところだが、50層を越えたばかりの私達にはまだまだ先の話だろう」


 向かいで新聞を読んでいた神経質そうな中年のおじさんに咳払いをされてしまったので、電車内でのおしゃべりはこの辺りにしておこう。

 俺はポケットからスマホを取り出して、萌にさっき撮った動画を送ってみた。


ヒロシ>覚醒スキル取得記念[だるんだるんの頬を必死に戻そうとする参号の動画]

タイコ>サンちゃんきゃ~わい~♡

ヒロシ>いつも反応早くない?

ヒロシ>仕事しろよ

タイコ>ここ最近メンテきてないよね

タイコ>今日うちに泊まっていかない?

ヒロシ>しばらく探索休むつもりだから明日でいい

タイコ>えー


 また謎の隠し扉からの侵入に怯えて睡眠不足にはなりたくない。

 強い骨を育てる健やかな肉体には健やかな睡眠が必要不可欠なのである。


―――――


 家の最寄り駅で電車から降りた俺は、駅前の人気洋菓子店「ラ・ソレイユ」に寄ってホールケーキを買って帰ることにした。

 何かの記念の時はいつもここでお菓子を買うのが俺のルーチンになりつつある。


「ええと、コレとコレをホールでお願いします」


 明日は萌のところに顔を出す予定だから、お土産用に賞味期限の長めなガトーショコラ風のチョコレートケーキをチョイス。

 後は妹の好きな4種のベリータルトが残っていたのでこれでいいだろう。


「ごしゅじん〜、いつもありがとうございます〜」


 ここの店員はその全員が店長の神無月(かんなづき)祥嘉(しょうか)――エロゲの主人公みたいな顔の若い男で時雨(しぐれ)という名前の妹がいる――が所有する猫耳メイド服のオリオント工業製高級セクサロイドだ。

 一度話を聞いた事があるんだけど、なんか実家から勝手についてきたらしい。


 首尾よく買い物が終わったところで、駅前の駐車場に列を作っていた自動運転タクシーを使い――俺も金持ちになったものだ――自宅の前へ到着。

 丁度、学校が終わって帰宅したばかりの妹と玄関先で鉢合わせる。


「あ、兄さんおかえり。今日は早かったんだね」

「ただいま。そう言う春奈は部活にはもう行かないのか?」


 高校3年生になってから、妹は家で受験勉強をする日が多くなってきた。

 日焼けもすっかりどこへやら、今は普通のJKだ。


「私は【海女】だから大会とかも特にないし、最近は気分転換したい時くらいしか泳がないかな」

「ふーん、やっぱり【水中呼吸】はチート過ぎて不公平だからか」

「高校の大会は職業とステータスでレギュレーションが決まってるし、私の場合は勝負にもならないもん。それなら、将来の為に勉強でもしてた方がまだマシだね!」


 無職のオーブによる転職を前提に幼少期からスイミングスクールで訓練している水泳ガチ勢とはまるっきり勝負にもならない、という意味だろう。

 オリンピック選手も大抵はその辺の出身だって先日見たテレビの特集でやってた。


「つっても春奈の学力で国立大の水産学部はキツくないか? 家でダラダラ勉強するくらいなら進学塾でも通えばいいのに」

「余計なお世話ですー。……あ、それって『ラ・ソレイユ』のケーキじゃん! もしかして兄さん、勉強を頑張る私の為に買ってきてくれたの?」


 妹は俺の背後に立つ壱号と弐号の持っているケーキ箱に目ざとく気付いた。

 まーたこいつは独り占めしようって考えているのか?

 普段より運動量が減ってるんだから普通に太るぞ、この欲張りさんめ。


「これは萌への土産と夕食後のデザートな。俺の覚醒祝いに買ってきた」

「覚醒?」


 俺はドヤ顔をして、パチンと指を鳴らした。

 お口チャック解禁!


「改めまして、春奈様。マスターの従順なるしもべ、【農夫】人形のイチゴでございます」

「マスターの身の安全は常にこの【剣士】人形のニコが守っているからな! 妹君(いもうとぎみ)は安心して受験勉強に励むがよろしい!」

「われこそ、つよつよどらごんのサン。とくぎはじばくだぞ」


 妹は驚きに目をぱちくりさせて、3体の人形達の顔を見回す。


「もうレベル50を越えたんだ、凄いじゃん。私、ずっとリョウ兄さんみたいに探索する振りをしながら高野さんの家とか雀荘で遊んでばかりいるんだと思ってた」

「母さんから話を聞いて勘違いしているようだから訂正しておくが、それは嫌がらせに不幸の手紙を送ってきた金田(かねだ)の野郎が吐いた大嘘だ」

「でも兄さん、競馬でスったのは本当なんでしょ」

「あれは馬が悪いよ、馬が……」


 俺は肩を落としてがっくりと落ち込んだ。

 たったの半日足らずで3桁万円もの貯金を一切合切失ったのは、忘れたくても忘れられないトラウマである。


「ちゃんと働いて家にお金を入れるなら、お母さんもつべこべ言わないと思うけどね」


 妹はリビングにいるであろう母を呼びに行った。


「お母さーん! 兄さんの人形がー!」


 俺も妹に遅れて家へ上がり――人形達もちゃんと靴は脱ぐ――玄関までやってきたエプロン姿の母に向かって人形達に自己紹介をさせる。


「あらまあ、本当に喋れるようになったのね。一気に娘が3人も増えたみたいで、お母さん困っちゃうわ」

「あるじのかーちゃんはあたまなでるのじょうずだな。もっとサンのことなでていいぞ」


 母はロリっ子の参号が特にお気に入りのようで、嬉しそうに頭を撫でている。

 ゴネまくって孫の顔も見せてやれない親不孝な息子で本当にごめんね。


「食事とかしないし、別に困ることなくない?」

「もう、またそんなことを言って。大体あなたはいつも――」

母御殿(ははごどの)、お説教はまたの機会に」

「ところで、そろそろ夕食の支度のお時間ですよね? 友恵(ともえ)様、私にもお料理のお手伝いをさせてください」

「イチゴちゃん、あなた……」


 マイペースな壱号に毒気を抜かれた母は、彼女と一緒にキッチンへと戻っていった。


「イチゴに活躍の機会を奪われてしまった。流石は家事担当、やりおる……」


 仲裁をしようとしていた弐号は悔しげに呟く。

 そう思うなら弐号も家事を手伝ったらどうだろう、と言いたいところを我慢する。

 萌が考えた彼女の設定は、料理下手のポンコツ女騎士なんだよなぁ……。


「あるじあるじ、サンはてれびがみたいぞ。はやくきがえてりびんぐにいくのだ」

「分かった、分かったから。頼む参号、服は引っ張らないでくれ」


 言葉の力って凄い。

 俺は今日で一番、覚醒スキルによる恩恵を強く感じたのであった。

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