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ドールマスターヒロシ  作者: 我島甲太郎
1.Pygmalion Complex

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第12話 金田勇という男

 さて、1週間ぶりの金曜日。


 謹慎が明けてからというもの毎日欠かさずダンジョンに通い詰めていたが、今日は久しぶりに完全な休日である。


 終電を逃すのが当たり前の社畜的には夕方退勤の8時間労働なんて30連勤だろうと余裕のよっちゃんなのだが、流石にそれはちょっとアレだからな。

 今後はしっかり人生を楽しむと心に決めたので、ちゃんと休みは取るつもりだ。


 ということで、今日は朝から川崎区健康増進センターに行って筋トレ。

 マサ爺はいなかったのでゼロストレスで楽しく筋肉をイジメ抜いた。


 そこで昼飯を食った後、萌のところに寄って装備のメンテナンスをお願いし、人形の改造案についての打ち合わせをして家に帰る。

 邪魔な荷物を部屋に置いたら、おやつでも食べてから高野の家に遊びに行こう。


 そんなつもりだったのだけれど、冷蔵庫に入っていた高そうなプリン――黒いペンで春奈専用と書かれている―—を勝手に食べながら裏庭で雑草取りに精を出す壱号を眺めていたところ、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。


 どうやら来客がきたらしい。

 セールスは絶対にお断りだぞ、と息を巻く25歳の自宅警備員はリビングの壁にあるインターホンのモニター画面を覗き込む。


「どちらさんですか?」


 インターホンの通話ボタンを押した俺は、玄関前に立つ派手なスーツを着ているおかっぱの金髪をした糸目の怪しげな男に問いかけた。

 来客用の狭い駐車場には黒塗りの高級車がこれ見よがしに止まっているのが見える。


「よかったよかった、また留守やと思うて引き返すところやったわ。あ、挨拶が遅れました。ワイはニコニコ消費者金融の社長をしている金田(かねだ)(いさむ)と申します。この度はご親族の大木土泰三(たいぞう)さんが遺した借金についてお話ししたいことがあって参上したんや。ほな、はよ開けて貰えます?」


 コテコテの関西弁を操る胡散臭い糸目の男は、10年ほど前に亡くなった父方の祖父の名前を堂々と口に出して玄関扉をコンコンとノックした。


「はあ、借金ですか。そんな話は聞いたこともありませんが」

「ご家族の方が知らんのも無理はないで。あの人は20年も前にとある人の連帯保証人になっておるからな。そいつが飛んだんで、代わりに回収しにきたってわけや」


 この男は明らかにヤの付く自由業に就かれている方だろう。

 流石にこれを無視するのは不味いだろうな。

 家を守る自宅警備員として、不審者はしっかり追い返してやらなければならない。


「すぐに出るから、詳しい話を聞かせて貰えるか?」

「もちろんや。兄さんがその気になるまで懇切丁寧(こんせつていねい)に説明してやるで!」


 見たところ線が細かったから前衛職ではないだろうが、保険は必要だろう。

 俺はチラっと裏庭の壱号に視線を向け、念を飛ばしてとある指示を出した。

 そのまま玄関に向かい、耐久の上がる登山靴を履いて外に出る。


「で、どういうことだ」

「お孫さんの大木土博士(ひろし)さんですな? それが偉いことになってるんですわ――」


 ざっと目の前の男の口上を聞いたところ、どうやら借金の話は嘘ではない模様。

 とはいえ、この手の借金相続は公的手続きで放棄できるのもまた事実だ。

 それでもわざわざ時効直前にやってきたのは相応の理由があるのだろう。


「お前の言いたいことは十分に理解した。警察に通報するのだけは勘弁してやるから、うちは諦めてこのまま帰りな」

「そうはいかんねん。ワイらも商売なんでな、兄さんには来月までに耳を揃えて5000万払って貰うでぇ!」

「ふん、そこまで言うなら証拠でも見せてみろよ」

「言ったな、ほな見せてやろうやないか――」


 俺の強気な態度を見て不敵な笑みを浮かべた金田は懐にスッと右手を差し入れた。

 その時、音もなく背後から忍び寄った壱号が草刈り鎌を金田の首元に添える。


「そこを動くな。てめぇがその懐のブツを抜くよりも先に、俺の人形がてめぇの頸動脈(けいどうみゃく)を掻っ切る方が早いぜ」

「……一体、何のつもりや」


 金縛りでも受けたかのように一切の身動きを止めた金田は、ヤクザらしいドスの効いた低い声を出しながらじろりと俺を睨み付けた。


「ただの交渉だよ。お前の命と5000万、どっちが大事かくらい素人にでも分かるだろう?」


 俺だって馬鹿じゃない、もしどこかに隠れている護衛が襲ってきたら速攻で目の前の糸目野郎をぶっ殺す覚悟をしてこの交渉の場に立っている。

 最初からそういう風に、壱号には命令してあるのさ。


 例え俺が日和(ひよ)ったところで、主人に忠実な【農夫】人形は俺の命を守る為に全力を尽くしてくれるだろう。

 死なばもろとも、やれるもんならやってみろってんだ。


「ここには若い娘と穀潰しの息子しかおらんっちゅー話やったがな。何で急にこんなことしよるん?」

「ニートではない。自宅警備員と言いたまえ」


 俺の冗談めかした物言いに、金田は深い溜め息を吐いた。


「はぁ~……。考えがちと甘かったな、護衛もおらんとお手上げや。ワイは切った張ったがほんっとーに苦手やねん。そういうのはぜーんぶ、下っ端の仕事やさかいな」


 金田はゆっくりと懐から手を抜いて両手を上げる。

 その右手の指の間には、凸状をした黒い魔結晶が挟まれていた。


「そっちが非合法なのは見りゃわかる。おおかた、レベル50越えの【贋作師】ってところか」

「察しがええな。ほな、ワイが何をしようとしていたかぐらい分かっているようなもんやないか?」

「じゃ、やって見せろ」

「ええで、【暗神の手癖】」


 金田の持つ魔結晶が光を放って一枚の書類に変化した。

 俺も動画以外で【贋作師】の覚醒スキルが行使される瞬間を見るのは初めてだが、実際に目の当たりにするとその能力の異常性がよく分かる。


「ほれ、これがその書類の写しや。兄さんの爺さんの直筆のサインが入ったモノホンやで? 警察に持ち込んでもぜーったいに問題あらへん。ワイらは表向き清廉潔白な消費者金融やさかいな」

「禁職就いてるくせによく言うぜ」


 この日本では就いているだけで逮捕されるような危ない職業がいくつか存在する。

 ダンジョン内の無差別プレイヤーキルが可能な【狂戦士】、アイコラが作り放題の【幻術士】、通貨の偽造が可能な【贋作師】などが代表的だ。

 要するに、就いた時点で無職のオーブが国から貰える逆当たり職業である。


「蛇の道は蛇や。政治家や財閥にえろう友達がぎょーさんおってな。昔っからそれはもう仲良くしててんよ」


 暴対法の成立していないこの世界のヤクザどもはかなり活発に活動している。

 認知の衰えた高齢者相手に口八丁で連帯保証人の契約書にサインさせ、本人が死ぬまで何年も寝かせてから親族相手に揺すりをかけるってのが定番だ。


 俺が週2で通っている川崎区健康増進センターでも頻繁に注意喚起の講習が開かれていたから、その手口はよくよく心得ている。


 だから、こいつの言っていることは十中八九本当だ。

 もちろん、後で裏は取るつもりだが……。


「で、返済期限はいつだ」

「ほう、乗り気やな。兄さんはこの場でワイのことをサツに垂れ込むのかと思うとったわ」


 「殺しもしたことのない兄さんにワイのことなど絶対に殺せるわけがない」とばかりに余裕しゃくしゃくなツラをしている金田の態度が白々しくて腹が立つ。


「それで警察が動くなら社長自ら動かんだろう。違うか?」


 5000万円は高額に見えて、そこまででもない。

 こういうインテリヤクザは揺すりをかける前にあらかた家の事情は調べてあるのだろう――俺が探索者を始めたことは知らなかったみたいだが――し、伊古田製作所の萌に俺を売れば一般家庭でもそれくらい用立てるのは可能だと見ているに違いない。


「ほな、ワイ的にはできれば来月くらいがええな。でないと、もっとヤバいところに借用書を売り払わなアカン。この意味、賢い兄さんならよく分かるやろ?」


 要は素行不良でダンジョンを出禁になった探索者崩れを抱えた別の組に債権を売るって脅しだ。

 そうなれば借金抱えた鉄砲玉が飛んできて我が家は大変な目に遭うことだろう。


「他に借金はないな?」

「ない。ワイらも信用で食っておるんや。嘘はぜーったいにつかんことにしとる」

「命だけは見逃してやるから、それと名刺だけ置いて帰れ。壱号、もういいぞ」


 壱号は俺の命令通り、金田の首に添えていた草刈り鎌を下ろして帰り道を開けた。


「へいへい、恐ろしい自宅警備員の兄さんや。ワイがチビりそうになるなんて久しぶりやでほんまに……」


 グチグチと文句を言いながら、彼は借用書の写しと名刺を俺に渡して背を向ける。

 どうやら本当に護衛などはいなかったようで、金田は自分で黒塗りの高級車を運転してどこかへと去っていった。


「はぁ、また面倒なことになったな……」


 ただでさえ萌にツケで借金しているのに、その借金がさらに膨れ上がるとは。

 もしこれが家族に知られたら俺は問答無用で人形狂いの変態女に売り払われてしまうだろう。

 こうなったら、バレない様にこっそりと動かなければならない。

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