ようこそ、戦略ゲームへ
はじめまして。
この作品を開いてくださってありがとうございます。
ずっとこういう、少し狂った世界観のデスゲームやサスペンスが好きで、自分でも書いてみたいと思ってこの作品を書き始めました。
近未来、心理戦、チーム戦、裏切り――そんな要素が好きな方に楽しんでもらえたら嬉しいです。
まだまだ未熟ですが、最後まで頑張って書いていきます。
よろしくお願いします。
朝は嫌いだ。
正確に言えば、朝だけじゃない。昼も夜も、学校も家も、全部。
目が覚めて、制服に着替えて、学校へ行く。
授業を受けて、適当に相槌を打って、部活に出る。
走って、汗をかいて、帰って、寝る。
それだけ。
毎日、同じことの繰り返し。
何かを楽しいと思ったことなんて、いつからなくなったのかも覚えていない。
窓の外をぼんやり眺めながら、私は頬杖をついた。
「前橋ー、聞いてるー?」
前の席から振り返った高橋りくとが、にやにやしながら手を振る。
「聞いてない」
「即答!? ひどくない?」
「ひどくない」
「いや、ひどいって。今、先生めっちゃ大事なこと言ってたのに」
「どうせ明日の提出物でしょ」
「……なんでわかったの?」
「いつもそうだから」
りくとは大げさに肩を落とした。
うるさい。明るい。落ち着きがない。
でも、クラスの空気を軽くするのは、たいていこういうやつだ。
先生が黒板を叩いて注意すると、りくとは「すみませーん」と笑いながら前を向いた。
その隣の席では、佐藤あいが教科書を開いたまま、まるで別の世界を見ているみたいに無言で座っている。
あいは変わっている。
休み時間も、昼休みも、誰かと話しているところをあまり見ない。
たまに話したと思えば、事件や未解決の謎や、誰も知らないような古いニュースの話ばかりだ。
前に一度、りくとが「好きな芸能人とかいないの?」と聞いたとき、あいは真顔でこう返した。
『興味ない。人間の行動原理のほうが面白い』
りくとが三秒黙ったのを覚えている。
そして、教室の後ろからは今日も騒がしい声が聞こえる。
「だから俺は悪くねぇって!」
「悪いに決まってんでしょ、朝倉!」
「廊下走るなって言ったよね!?」
「だってチャイム鳴ってたし!」
「それで二人巻き込んで転ぶやつがある!?」
朝倉かんた。
体格が大きくて、声もでかくて、考える前に動く。
さっきも遅刻ギリギリだったらしく、廊下を全力疾走してクラスメイトを二人まとめて巻き込んだらしい。
本人は悪気ゼロ。むしろ、助け起こして「セーフだな!」とか言っていた。何がセーフなのかはわからない。
私は小さく息を吐いて、視線を窓の外へ戻した。
平和だ。
つまらないくらいに。
でも、たぶん。
そのときはまだ、本当にそう思っていた。
放課後。
グラウンドに乾いた土の匂いが広がる。
「前橋、ラスト一本!」
顧問の声に、私は短くうなずいた。
スタートラインに立ち、呼吸を整える。
足の裏に力を込めた瞬間、余計なことは消える。
走ることだけは、嫌いじゃない。
好きかと聞かれれば、たぶん違う。
でも、走っている間だけは、頭が空っぽになれる。
「よーい――」
合図と同時に地面を蹴った。
風が耳元を抜ける。
景色が流れる。
心臓の音だけが、やけに鮮明だった。
ゴールを切ると、後ろから声が飛ぶ。
「はっや……。前橋、マジで速いな」
フェンスの向こうから、りくとが感心したように言った。
サッカーボールを片手に持って、なぜか陸上部の練習を見学している。
「なんでいるの」
「部活終わったから迎えに来た」
「来なくていい」
「冷たっ」
その隣には、あい。
そして、なぜかかんたまでいた。
「前橋ー! すげぇな! 今のめっちゃ速かった!」
「……なんで全員いるの」
「俺が誘った!」
りくとが親指を立てる。
「余計なことしないで」
「いや、ほら。せっかくだし、帰りどっか寄ろうかなって」
「帰る」
「えー」
りくとがぶーぶー文句を言う横で、かんたがフェンスに腕を乗せながら笑う。
「たまにはいいじゃん! コンビニでなんか買って、公園で食おうぜ!」
「朝倉、たぶん前橋はそういう気分じゃない」
あいが淡々と言う。
「え、なんでわかるんだよ」
「顔」
「顔でわかるの!? こわ!」
かんたが大げさに後ずさる。
りくとが吹き出し、私は思わずため息をついた。
……うるさい。
でも、不思議と嫌ではない。
たぶんこの三人は、勝手に私の近くにいる。
深い理由なんてないんだと思う。
りくとは人懐っこいし、かんたは誰にでも距離が近い。
あいは無口だけど、なぜかこのメンバーのときだけは完全には離れない。
ただ、それだけのことだ。
私はタオルで汗を拭きながら、空を見上げた。
薄い雲の向こうで、夕日がにじんでいる。
何も変わらない一日。
そう思っていた。
そのはずだった。
帰り道。
結局、三人に流されてコンビニに寄ることになった。
「前橋、何飲む?」
「いらない」
「えー、なんか買えよ。人生損してるって」
「飲み物買わないだけで人生語らないで」
「ははっ、言われてる」
りくとが笑いながら棚を覗く。
かんたはおにぎりを四つもカゴに入れていて、あいは雑誌コーナーで立ち止まっていた。
「……何見てるの」
私が声をかけると、あいは雑誌ではなく、その横の小さなモニターを見ていた。
店内に設置されたニュース画面。
音は小さいけれど、字幕が流れている。
【世界的な食料不足、深刻化】
【政府は“新たな対策”を検討か】
「最近、こればっかだな」
りくとがジュースを持って近づいてくる。
「人口増えすぎてヤバいんだっけ?」
「らしい」
私は適当に答えた。
ニュースなんて、遠い話だ。
私たちには関係ない。
そう思っていたのに。
あいは画面を見つめたまま、ぽつりと言った。
「関係ないように見せるのが、一番うまい」
「え?」
「大きいものほど、気づいたときには逃げられない」
りくとが苦笑する。
「また難しいこと言ってる」
「事実」
あいはそれだけ言って、棚からペットボトルの水を一本取った。
そのときだった。
――ブブッ。
スマホが震えた。
私だけじゃない。
りくとも、かんたも、あいも。
ほぼ同時に、四人のスマホが同じタイミングで鳴った。
「……え?」
りくとが目を丸くする。
「なんだ、グループ通知か?」
「そんなの作ってない」
私はポケットからスマホを取り出した。
画面には、見たことのない通知。
【おめでとうございます。あなたは《戦略ゲーム》の参加者に選ばれました】
意味がわからなかった。
差出人不明。
開いた覚えのないアプリのアイコン。
黒い背景に、赤い文字。
「は?」
思わず声が漏れる。
「俺も来たんだけど!? なにこれ!?」
「私も」
「お、おい、見ろよ! 俺もだって!」
三人も同じだった。
私は通知をタップする。
画面が暗転し、ゆっくりと文字が浮かび上がる。
《戦略ゲーム 参加確定》
参加者:前橋あかり
チーム候補者が選定されました。
詳細は明日、午前八時に通知されます。
※拒否権はありません。
背筋が、ぞくりとした。
「……は?」
もう一度、同じ言葉を読む。
拒否権はありません。
ふざけている。
そう思うのが普通だ。
「なんだこれ、ドッキリ?」
りくとが笑おうとして、うまく笑えずにいる。
「誰かのいたずらだろ」
かんたもそう言った。
でも、その声は少しだけ硬い。
あいだけが、無言で画面を見つめていた。
「佐藤?」
「……変」
「何が?」
「このアプリ」
あいは自分のスマホをこちらに向けた。
「インストール履歴にない」
「え?」
「なのに起動してる。通知権限も許可してない。普通じゃありえない」
りくとの顔から、笑みが消えた。
「ちょ、やめろよ。そういうの」
「それに」
あいは店の外へ視線を向ける。
「さっきから、あの車。三十分くらい動いてない」
私たちは反射的に振り返った。
コンビニの駐車場の端。
黒いワゴン車が一台、エンジンをかけたまま停まっている。
中は見えない。
スモークガラスで、何も。
「……気のせいじゃね?」
りくとの声が小さくなる。
「かもしれない」
あいはそう言った。
でも、その目はまったく気のせいだと思っていない目だった。
かんたが眉をひそめる。
「おい、ちょっと見てくる」
「待って、朝倉」
止めるより先に、かんたは自動ドアを抜けて外へ出た。
「ちょっ、かんた!」
りくとも慌てて追いかける。
私は舌打ちしそうになるのをこらえて、その後ろに続いた。
あいも無言でついてくる。
夕方の空気が、急に冷たく感じた。
かんたはずんずん駐車場を進み、黒いワゴン車の前まで行く。
そして、運転席の窓を覗き込んだ。
「……あれ?」
足が止まる。
「どうした!?」
りくとが叫ぶ。
次の瞬間。
――ウィン。
車の窓が、ゆっくりと下がった。
中にいたのは、黒いスーツを着た男だった。
無表情。
サングラス。
年齢もわからない。
男はかんたを見上げ、感情のない声で言った。
「参加者の皆様。明日、午前八時までにご自宅で待機してください」
かんたが固まる。
「……は?」
「詳細は端末に送信済みです」
「ちょ、なんなんだよ、お前――」
「遅刻は推奨しません」
その言葉だけを残して、男は窓を閉めた。
「おい! 待て!」
かんたがドアに手をかけようとした瞬間、車が急発進した。
「うわっ!?」
私は反射的にかんたの腕を引いた。
タイヤがアスファルトを擦る音を立てて、黒いワゴン車はあっという間に道路へ出る。
「っ、危な……!」
「え、今の何!? 本物!?」
りくとの声が裏返る。
かんたは車の消えた方向を見たまま、呆然としていた。
「……いたずら、じゃねぇのかよ」
誰も、すぐには答えられなかった。
コンビニの自動ドアの音だけが、やけに大きく響く。
私は、まだスマホを握ったままだった。
画面には、あの赤い文字。
【拒否権はありません】
嫌な汗が、背中を伝う。
ふと、画面がまた切り替わった。
《チーム候補者、仮登録完了》
前橋あかり
高橋りくと
佐藤あい
朝倉かんた
明日、午前八時。
最初の案内を開始します。
息が止まった。
「……なんで」
声が、かすれる。
四人とも、同じ画面を見ていた。
りくとが、ゆっくりと首を振る。
「これ……偶然、じゃないよな」
「そんなわけない」
あいが即答する。
「最初から、私たちは“組まれてた”」
かんたがごくりと唾を飲み込んだ。
「……なぁ、前橋」
「何」
「これ、行かなきゃダメなのか?」
その問いに、私は答えられなかった。
行きたくない。
関わりたくない。
こんな気味の悪いもの、無視したい。
なのに。
なぜか、心の奥が、かすかにざわついていた。
怖いはずなのに。
嫌なはずなのに。
ほんの少しだけ。
今までずっと止まっていた何かが、動き出した気がした。
つまらないだけだった世界に、
初めて、得体の知れない色が差し込んでくる。
それが地獄の入り口だなんて、
このときの私は、まだ知らない。
第1話を読んでくださってありがとうございます。
ここから4人は、《戦略ゲーム》の本当の異様さに少しずつ触れていきます。
よければ、次の話も読んでいただけたら嬉しいです。




