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8.厨房

 ロリスは牢獄の階段を駆け上がり、廊下に飛び出した。どこを目指そうか…とりあえずこの城にナロミーネ姫はいないか、ナロミーネ姫はどこに行ったのかを誰でもいいから聞かねばならない。

今度は脱獄したので兵士たちに捕まれば命はないだろう。

巡回していた兵士二人組みを見てロリスは飛び出し、出会い頭に片方に飛び蹴りした。


「うぐぁっ」


不意をつかれた兵士は腹部を蹴られ、腹から体を折るように倒れる。もう一人の方は何が起きたのか分かっていない。倒れた相棒の方をボサッと見ている。そんな彼にロリスは容赦しなかった。


ヒュオッ


鋭く放たれた蹴りが宙を切り、兵士の首に鎌をかけるように襲う。


「首刈蹴!」


足先が相手の首の方に出、足の甲が首を包むように、足首から力をくわえ、ねじ伏せる。大きな力が加わって相手は顔から床に叩きつけられる。

ズドンと音がして相手は動かなくなった。最初からこの二人は敵意がなく、突然襲われた被害者だった。


「く…」


ロリスは体勢を立て直し、倒れている二人を飛び越えると再び走りだした。




 ロリスのことはすぐに城中に広まり、追っ手が現れた。ロリスは中庭を展望できる二階のテラスから隠れ見ていると中庭にポツンと光が浮かび上がった。そうすると反対側からもポツンと松明の明かりが近付いてきた。


「門を閉じろ。城から出すな」


「そっちはいたか?」


「いや、いない」


「どこに行った?」


兵士たちの声がロリスの耳にも届く。ちなまこになって探している。いずれここにいることもバレるだろう。ならば逃げ続けるしかないだろう。


「…お腹空いたな」


ロリスはお腹を押さえ、空腹感を感じることに気付いた。よくよく考えてみると昼飯以来何も食べていない。ロリスは他に隠れるあてもないので腹を満たすため、厨房へと足を運んだ。


「ここに兵士たちが住んでいるなら機能しているはずだ」


ロリスは厨房の扉を開け、中へと入る。皿や材料など置きっ放しにされていて、いまだここは使用されていることがわかる。ならばつまみ食いできるものも何かあるだろう。厨房の扉を閉め、真っ暗になり、目がなれるまで少し待つ。だんだんぼんやりと厨房全体が見えてくる。

「さてと…何を拝借しようか…」


ロリスはこそこそと奥へと入って行く。その日の残飯なのか中途半端に残った料理が調理台の上に上げられている。

奥に見えていたフルーツの塊を取ろうとしてロリスは何かを蹴飛ばした。


「痛っ」


何かの塊はそう発声してもぞもぞ動いた。ロリスはそれを見て声をあげそうになったが、手で押さえ、我慢した。


「ご、ごめんなさいっ~~~」


相手はロリスが動かないので、相手が怒りに来た人で盗み食い犯が誰なのか探っているのかと思い、勝手に大声で謝り、逃げ出した。その途中何につまずいたのかガラガラガシャンと凄い音をたてながら厨房を出て行った。


「ここで争って援軍がこられては事だったな…さて戴くとするか」


そっとバナナの房に手を伸ばし、ちぎり取る。丁寧に皮を剥き、果肉をしゃぶる。じっくりと表面の味を楽しんだところで果肉に歯を立てる。簡単にもきりと折れ、甘みが口中に広がる。


「こちらも戴くか…」


ご丁寧に味付けされた肉料理の皿を見て、ロリスは手掴みで肉をつかみ、口の中に放りこんだ。


「ん、美味しい…」


味付けは濃すぎず、薄すぎず、適度なもので、それでいて中にしっかりと味がついている。肉も結構良いものを使っているようで、脂が適度に乗ったやみつきになりそうな味だった。


「お、このフルーツは♪」


ロリスが目につけたのはカヌスフルーツ。味は酸味と甘味がともに強く、食感は桃などに似ている、果肉がルビーのように真っ赤である。なので激しく熟したカヌスフルーツはルビーカヌスと呼ばれる。ロリスの好物の一つである。

ロリスはひょいっとカヌスフルーツを取ると齧りついた。しゃがみこんでいると疲労による眠気に襲われ、ロリスはかくかくとふねをこぎはじめた。かくんとなる度に頭を振って眠気を覚まそうと努力している。が、やはり勝てず、カヌスフルーツを口から落とし、眠りについた。






「―い、起きな。おい、起きろってば…」


ロリスの肩をつかみ揺する者がいる。静かに眠りこける少女を見つめ、頭をかく男。ふと少女が手錠をつけていることに気付く。


「囚人か?ほら、起きろって」


「んぅぅ~…」


肩を強く揺するとロリスは低く呻き、寝返りをうった。細く目を開け、何度か瞬きをする。うっすらと目の前に人の気配を感じて身じろぎする。


「もう朝…か…」


「おい…」


男が再び声をかけるとロリスは飛びのき、調理台の上に乗っていたナイフを取り、男の鼻先につきつけた。

男はコック帽を片手に持ち、白い調理服に身を包んでいるところから、ここのコックだと分かる。


「な…」


「命が惜しければ動くな」


「ちょっと待て…」


じりじりと迫り、コックを壁に押し付ける。コックは両手を挙げ、顔を引きつらせる。


「…あんた、守護兵だよな?」


コックのセリフにロリスは眉を寄せた。


「どうしてそれを…?」


「ナロニカ戦役のとき、この厨房から逃がしてくれただろ?」


コックはナイフの先からなんとか遠ざかろうと努力していた。

ナロニカ戦役開戦時にロリスがあちこちに伝令として避難勧告を伝え、促したのだ。この厨房のコックたちも確か避難させたはずだ。最後までコック長と数人の料理人が残っていたが、このコックは避難していたのだろう。


「なら、そなたは…」


「フェンリルの人間だ」


ロリスは目を丸くし、刃先を下げた。コックは刃先が目の前からなくなったので安心して胸に手を当て、息を大きく吐き出した。


「な、ここはナロニカに占領されたのだろう?」


「あ、守護兵は知らないんだな?」


コックが言いかけたところ外の方から多くの兵士たちの話し声が聞こえた。


「―か?あっちか」


「―だろ。厨房にいるかもしれないぞ」


「追われているのか?」


コックはそば耳をたてているロリスに声をかけた。ロリスはナイフを持ち直し、しゃがむ。


「侵入者だと…」


「なら逃げないと…」


「その前に一つ、質問いいか?」


腰を浮かせたロリスは振り返ってコックを見た。


「あなたはここにいて幸せか?」


ロリスの口から放たれたこの言葉には様々な思惑が含まれていた。ナロニカ戦役の被害を遭ったことや、それにもしここで働いている真意がナロニカによる強制労働ならば、「不幸だ」と答えるだろう。逆に働いているのが自発的なもので、それが生き甲斐ならば「幸せだ」と答えるだろう。

そして彼の口から放たれたセリフは…


「あぁ、幸せだ」


コックの顔から見えたのは隠れもしない幸福な笑みだった。彼は心の底からここの生活を楽しんでいる。そう考えるならば、ここはそこまで酷い生活をしているわけではないだろう。ロリスはそのセリフを聞いて少し安心した。


「あ、守護兵。これ!」


コックは厨房の入り口まで行ってしまったロリスに向かってレモンを投げつけた。


「またあげるから来いよな」


と笑いながら言った。ロリスが守護兵をしていたころ厨房に忍び込んではコック長から好物であるレモンを貰っていたのだ。そのことをこのコックは覚えていたのだ。

ロリスは嬉しそうに黄色いレモンを見てはにかんだ。


「ありがとう…」


「おうよ、さっさと行けよ」


コックは腕を組み、ニッと笑う。ロリスはレモンをくわえるとナイフを片手に握り、厨房を飛び出していった。


「あの守護兵が生きていたのか…見た目は随分大人っぽかったが、中身はまだまだ子供だなぁ」


コックは飛び出していったロリスの方を見ながらニヤニヤと笑った。あのレモンを貰った時のはにかみ笑顔と小さいころの喜ぶロリスの顔を脳裏に浮かべ、他のコックが来るまでいつまでも微笑していた。

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