7.彼の選択を待とう
「ロリスの言っているフェンリル王国はこの世界じゃ存在しないだって?」
音丸は聞き返した。ベアロンに長々とロリスの世界について聞かされ、たどり着いた結論はそこだった。
「んー、そだな。地図見てみな。ないから。それとも…」
「それとも…?」
ベアロンが言葉を言いかけて切り、音丸をじっと見た。
「ロリスが頭のいかれた可哀想な娘なだけかもしれない」
「そんな馬鹿な」
まともな顔立ち、人の話も理解し、自分のことを主張することもできる。そこらを考えると、とても頭がおかしいとは思えない。
「わからない。彼女の言っていること考えてみな?」
世の中にはピーターパンシンドロームやファンタジー依存症という病気が存在している。昔、莫大なヒットを生んだファンタジー作品に影響され、「自分は魔法使いだ」や「遠い国のお姫さまなの」と言う少年少女が現れた。しかも彼らは真剣そのもので、異常を感じた学校側が精神鑑定の調査を行ったところ脳に異状が見つかったそうだ。しばらくアニメや販売物に大きな規制がかかった事件があった。
「フェンリル王国の兵隊さん?」
「姫様のお側付きな上に5歳から入団だ」
つまり、話が上手すぎると…。弓とも話したように好き好んで兵士になるやつなんてそうざらにいない。そして何よりも幼い女の子が兵士になれるなんて…。
「じゃあ、ロリスは嘘をついていると…」
「それを嘘だと言い切るならね」
「どういう意味?」
ベアロンが意味深に言う。それに音丸が反応しないわけがなかった。
「両親が亡くなったのは本当だろうし、思い込めばそれが事実となりうることもある。ということだよ」
「…ふぅ。まぁ僕もそれにかかってる可能性はあるな。クマ喋ってるし」
音丸は額に手を当ててベアロンの鼻を指で弾いた。
「わふっ、オレっちのことかい?」
ぬいぐるみが喋るなんて聞いたことがない。某有名な電機会社がロボペットを作ったことぐらいだろうか。ならばこいつは精密に作られた最新型のロボペットということだろうか。
「まぁいいや、お腹空いた」
音丸は立ち上がり、台所に向かう。ベアロンはそんな音丸に驚き声をかける。
「功治はオレっちに興味ないのかい」
「んー?別に。興味はないよ、ロリスも君も」
音丸の気の抜けた返事が台所から聞こえる。ベアロンは一瞬顔をしかめた。
「今でもボールは友達かい?」
ベアロンは意地悪な声を出す。ガサゴソと台所でしていた音丸はガシャンと何かを割る音と共に静まり返った。ベアロンは椅子から飛び降り、とてとてと台所に向かった。
「ベアロン、言っていいことと悪いことあるよね?」
「そうなのか?『ボールは友達』のどこが悪いかなんて分からなかったよ」
静かに淡々と喋る音丸に対し、ベアロンはおどけてみせた。
「あまり酷いこと言っていると、捨てるからね」
「…オレっちに少しは興味持ったか?何で知っているのかってね」
ベアロンがクスッと笑ったように見えた。ただの喋るぬいぐるみじゃない。嫌な性格をした爆弾だ…。音丸はキッとベアロンを睨みつけた。
「よお、音丸。ロリスは結局どーなったんだ?」
教室に入るなり、弓が音丸に向かって言った。音丸は弓に警告しようとしたが遅かった。
「お?ロリスさんとなんかあったのか?」
クラスにいた男子が弓の大きな声を聞き、反応してきた。弓はあぁというようにポンと手を打つように手を動かすとパンと手を合わせ、バツの悪そうな顔をして頭を下げた。
「なれない人で疲れたってよ。だから今日はお休みだ」
弓はフォローに入るべく近づく男子たちと音丸の間に割って入った。自分でまいた種を自分で回収するくらいなら最初からまかなければよいものの…。
「えぇ!休みなの?」
「残念だなぁ」
クラスの人たちは明らかに沈んだ声をあげた。確かにロリスと話すことを楽しみにしていた者にとっては大変不満であろう。前日だけでも人気だったのだ、今日も昨日のように質問攻めになっていただろう。
「で、ロリスはどうなったんだ?国に帰るとかどうとか…」
「行っちゃったみたいだよ」
音丸は昨日ベアロンに教えてもらったロリスの情報を弓に話した。
「弓はロリスが嘘ついていると思う?」
「いや、どう見ても嘘ついている顔ではなかっただろ」
「成程…」
昨日ベアロンが言っていた意味がようやく理解できた。嘘ついている顔、顔や話し方で人を判断している。本人が思い込んで話を話せば嘘を言っている自覚などない。どちらにせよ本人関係者以外が知ることはできない。
「なーにが『成程』だよっ。んで、決めたのか?ロリスとの同居について」
「ど、同居!?」
驚きのあまり音丸は思わず大きな声を上げる。慌てて音丸は口を押さえ、弓は戒めるようにしーっと口元で人差し指をたてた。顔を寄せてひそひそ話を始める。
「ロリスを受け入れるかどうかだ」
「いや、どう考えても相手は女の子だし無理だよ」
「じゃあ、あたしもそこで暮らすとしたら?」
弓はいたずらっぽい笑みを浮かべ、音丸を見る。音丸は前髪をかきあげながらため息をついた。
「冗談だろ?」
「そ、冗談。…でも、何でそんなに嫌がるんだ?」
弓は白い歯を見せながら笑った。こんなあっけらかんとした様子が音丸も嫌いではなかった。
「第一何言われるかわからないし、女の子が暮らす場所じゃない」
「女の子の住む場所じゃないって…エロ本でも隠されてんのか?」
弓は軽蔑するというよりは好奇心の眼差しで見ていた。今時の子は男子だけではなく、女子も興味があるのだろうか。それともそのようなものに興味を持つ者に興味を持っているのか。
「いや、そんなものはないっ」
「へぇ。じゃあ今日確認させてもらうか」
弓は腰に手を当て、ニヤニヤ笑った。疑っているというか楽しんでいるというか、とにかく意地悪な弓だった。授業がはじまり、会話は終了するかと思いきやふと思い出したように弓が話しかけてきた。
「そういやさ、音丸、テレビとか出たことある?」
「は?突然何?」
音丸は黒板の文字を写していた手を止めた。
「いや、どっかで見たことあるなぁって…」
「どこの芸能人と勘違いしてるんだよ」
音丸は苦笑して再び黒板の文字を写し始めた。その手がわずかに震えていたのに弓は気付いていた。
「そっか…お前に似た芸能人もいるんだな」
「似ている人が犯罪者じゃないことを祈るよ…」
「しっかし、芸能人も大変だよな?週刊誌とか見るとすぐにスキャンダルだ」
新聞の広告に書かれている誰が誰と付き合っていた。や誰々は昔何をしていた。など色々過去まで調べられて曝されるという。面白いことを追求するためだけにあることないこと適当にぐでぐでっと書かれることも多い。不特定多数が見るのでどこに伝わるか分からないという恐怖がある。
「マスコミと同じだよ。注目を集めようと必死で適当なことを並べ立てる。金目当てにね」
憎々しげに音丸は呟いた。
「随分知ったような口きくねぇ」
「…ちょっとね」
それ以降音丸は沈黙し、何を話しかけてもシャープペンを動かし、目は黒板以外どこも見ていなかった。
「あたしはさ、ロリスがこの学校にいるのもいいと思うんだよね」
「他人事だから言えるんだよ…」
「だーかーらー、あたしのとこ、こさせればいいだろ?」
弓はため息をつき、自分の旨を指さした。前回も説明したように弓は屋敷に住んでいる。空き部屋はいくらでもあるのだ。人間の一人や二人、全然気にならない。
「ロリスが嫌がっていただろ」
「お前が拒否すればロリスと会えなくなるだろ?」
「だけど…」
弓は音丸の肩を叩いた。
「何を心配しているのか知らないけど。あたしに任せとけ」
音丸の心配をよそに弓は笑いながら音丸の肩をもんだ。




