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2.たとえ忘れられていても

「あぁ、もおっ!いい加減にしてくれっ」


音丸たちが教室に入ると同時にロリスが立ち上がって怒鳴った。

あまりにも多くの質問と多くの人に囲まれたため、我慢の限界に達したロリスが怒ったのだ。好奇心を露にしていた野次馬共はそんなロリスの一言にハッとしたように静まり返った。弓は「あちゃーやっちゃったなぁー」という風に頭をかきながら苦笑して見ていた。


「なんだよっ。ちょっと聞こうとしただけじゃん」


ぼそりと男子の一人が呟いたのでやっぱりと思いながら弓はロリスに近寄ろうとした。こう囲まれている時に冷たく突き放してしまえば、さっと周りは引いてしまい、悲惨な状況になるのだ。囲んでいる人間は大体興味本位だけで動いている人間たちなので興味を失えば勝手なことを言い始める迷惑な連中なのだ。


「ごめんねー私ロリスちゃんの気持ちも考えないで…」


「悪かった今度教えてな?」


「シャロレイドさんごめんなさーい」


離れていくと思った人々は離れることはなく、次々と謝り、少し距離を置いての傍観となったようだ。ロリスも苦笑しながら受け答えをしている。


「意外だな音丸。ありゃフツー嫌われるぜ?」


弓は囲まれているロリスを横目で見ながら音丸に言った。音丸はそんな話も聞いていなく、ロリスの横顔を見ながら記憶を探っていた。


「おいっ!いつまで群がってるんだ?」


苛立った声を光線銃のように放ちながら数学教師が現われた。気分屋なので機嫌悪い時は洒落にならないほど危険だ。はれもののように扱わないといけない。集まっていた生徒たちはクモの子を散らすようにワッと自分の席へと戻っていった。


「あのさ、ロリス」


音丸は小声でロリスに声をかけた。ロリスは首を傾げて音丸の方を向く。


「何だ?こーじ殿」


雰囲気で普通の声で喋ってはいけないことに気付いたらしく、ロリスも小声で音丸に聞き返す。


「何処で会ったのかな?」


音丸が申し訳なさそうに言うとロリスは目を丸くしたが、すぐに哀愁漂う表情、物悲しい色に瞳を染めた。


「覚えていないなら仕方ない…」


ロリスはそれっきり黙り込み、黒板に書き込まれていく文字を目で追っていた。音丸は肩を落としため息をついた。どこかの恋愛シュミレーションゲームのような展開だな…と苦笑したのだった。




授業が終わると懲りずにクラスメイトがロリスの周り集まり、質問をした。


「音丸とどういう関係なの?」


音丸もそのことにはかなり興味を持っていたので耳を傾け、ロリスの答えを待った。


「それは…ちょっと話せない…」 ロリスは俯いて小さく呟いた。その解答に思わず音丸はロリスの顔を見た。何か考えているのか思い詰めた表情だ。それを見た男子は音丸の肩を小突いて


「何やったんだ?」


「まさか、あんなことやったような仲とか…」


盛んなお年頃だ。音丸は苦笑しながら黙っていた。マスコミのように下手に話すとグニャグニャに曲げられて噂としてながされるだろうから黙っていた方が得策なのだ。


「もうっ!男子はどうして変態なの?」


「そんなのあなたたちだけじゃない?ロマンのかけらもないわ」


そんな男子たちに集中砲火するのは女子陣で、音丸を擁護するというよりは、ロマンを追い求めた先に目的が同じで意気投合したというような感じだった。


「親たちの許婚とか?きゃー、素敵」


何が素敵なんだろうか。音丸は馬鹿馬鹿しくなり、耳を塞いだ。音丸の両親は7年前、海難事故で二人とも亡くなっている。そして姉であった音丸おとまる 加奈かなも未だ行方不明で音丸は家族に関係する言葉を嫌った。

親が許婚を決めたとは到底思えない。もし親が決めたことだったならば、今では遺言になるのだから考えてみる余地もある。


「両親は死んでいる」


音丸は最初自分の話かと思い、顔を上げたが、それを話しているのはロリスだった。


「5年前の大きな戦争で亡くなった」


一言一言噛み締めるその言葉は周囲の人間の心をえぐる鋭利のナイフのようだった。


「5年前って何かあったっけ…」


「目立った報道は…」


生徒たちは重い空気ながらも潰されまいと、会話をする。戦争というキーワードから報道という情報でロリスの地域を割り出せると考え、情報提供、情報共有を要請したのだ。生憎有力な情報提供者は現われなかった。


「じゃあ…」


「親はいない」


「え、えとさ、どこに住んでいるの」


慌てて雰囲気を変えようと男子生徒の一人が先走って質問した。


「フェンリル王国だ」


どこにあるんだろうそれは。その場にいた大部分がそう思ったのではないだろうか。自分の席に戻って地図帳を広げる者もいた。音丸はロリスの顔立ちを眺め、西洋辺りではないかと想像した。


「今は?そっから引っ越して来たんだよね?」


「ここらのことはよくわからない…」


「じゃ、じゃあさ一緒に帰ろうぜ?」


男子はここぞとばかりしゃしゃり出てくる。女子たちも手伝ってあげると言わんばかりの表情だ。


「あぁ…」


ロリスは乗り気ではないような声を出したが誰も気付いてはいなかった。




「こーじ殿、この施設についての説明を頼みたいのだが…」


ロリスは授業中にコソコソと小声で言った。休み時間中ではとても話しかける暇がなかったのだ。ゆっくり落ち着いて話せるのはこういう風な授業中となる。


「施設…?校舎の案内ならできるかも」


音丸の方も聞きたいことが沢山あったので快くではなかったが引き受けた。校舎のことならば来賓用玄関のところに地図が掲載されているから大丈夫だろう。


「それよりお弁当持ってる?」


「お弁当?」


「昼ごはんは?」


「ない」


音丸は目を数秒閉じ、再び目を開くと勇気を出して聞いてみた。


「お金、持っている?」


「持っていない」


玉砕した。覚悟はしていたのだが、やはりそうだった。どうやってここまできたのだろうか…。昼飯はない。金も無い。結構ひどい状況だ。


「あたしが奢ってやるよ」


今まで黙って聞いていた弓が口を開いた。確かに金銭面で全く困らない弓に任せた方がここはいい。自分の生活を危うくしてまでも女の子に奢ってるほど人間できていない。


「厨房があるのか」


ロリスはふとそんなことを口にした。どっかのホテルやレストランに住んでいたのだろうか。普通厨房などとは言わないだろう。大体の人は食堂という言葉を知っている。ただ単に無学の人なのか、育ちがよかったのかはよくはわからなかった。


「ロリス、学食って知ってるか?」


ニッと笑いながら弓は身を乗り出した。既に授業なんて聞いていない様子だ。授業よりロリスと話していた方が楽しそうだ。


「ガクショク?」


「学校食堂。飯を作っているところだ」


「食堂か」


何やら食堂は知っているようだ。静か系かよ、と忌み嫌っていた弓だったが、音丸関与より興味を持ったらしく楽しそうに話している。四時間の授業が終わり、昼休みとなった。


「おーし、ロリス行くぞ」


弓はロリスの手を取り、駆け出した。昼飯を一緒に食べようと迫りくる者たちを回避するためだった。先々行く二人を追うように音丸はあとを追い、食堂へ入った。


「ここで食べたい料理の券を買うんだ」


弓はロリスに一生懸命説明している。知らない料理ばかりで困惑しているようだったが弓は一つ一つ説明しているようだった。入る間もなく、音丸は後ろで傍観していると、ロリスの後ろ姿に何か感じるものがあった。


「あれ…あの娘、どこかで…」


――シャキンッ


眼球ギリギリに剣先を突きつけられた。青髪の少女、服は真っ赤に染まって濡れている。鉄のような匂いを含んだ嫌な血の匂い。

あの赤い服はすべて血を吸って色づいたものだろうか。


「――まる、音丸!」


少女の口が動いていたが、聞こえてきたのは自分の名前だった。明らかに口元とセリフがあっていない。そして頭に響いていた自分を呼ぶ声は右耳にキーンと響いた。


「音丸ッ!」


幻想が消え、不思議そうに音丸を覗き込むロリスと、呆れた眼差しを投げかける弓が側に立っていた。


「なにボサッとしてんの?さっさと食券買ってこい」


音丸は弓に背中をドンッと押され、つんのめりながら食券機の前へ行った。今見ていた幻想がやけに気になった。いつの日にか夢にでも出てきたのだろうか?そんな血まみれの少女に剣を突きつけられるなんてそんな現実離れしたようなことが起きるわけがない。

そう考えると狐につままれたような気持ちになった――…

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