20.女の子に奢られる男って…
「で、何でも奢ってやると言った結果…このチョイスか」
既に入店前からも店の前に立った時から同じやり取りの一悶着があったが、扉を潜った後も全く同じ台詞を呟く。
「そうだね。何でもだよね」
臆することなく、さらりと流し、案内係の店員が来るのを待つ音丸に弓は呆れた顔を向けた。
「ファーストフード店に行かなかっただけまだマシだとは思うけど…」
結局二人が訪れた店は薄暗い大人の雰囲気が漂う超高級レストランでもなければ、外国人シェフが挨拶してくれる洋食屋でもなく大手チェーンの低価格ファミレス店だった。
「いらっしゃいませー。2名様でしょうか?お煙草はお吸いになりますか?」
フリフリのエプロンだがそれほど制服は可愛くない店員が営業スマイルでやって来る。
当然未成年なので禁煙席一択なのだが、弓がどうするよと言わんばかりにニヤつきながら左手で煙草をくわえるジェスチャーをする。
既に弓は法律を超えて煙草の味を知っていそうだ。
「禁煙で」
店員は音丸の受け答えに間髪入れず、こちらへどうぞと禁煙マークのついたテーブルへと案内する。
二人が向かい合って着席すると、期間限定メニューだの、お得なセットだの、メニュー表をテーブル一杯に広げていく。
「ただいまの期間、こちらが大変お安くなってます。よろしければご覧下さい」
「ご一緒にポテトはいかがでしょうかー」
会釈して去っていった店員の後、音丸に向かってファーストフード店のもはや鉄板ワードを営業スマイルで言った弓に音丸は噴いた。
「いらんオススメの台詞はどこも同じだなって」
目の前に広げられた限定メニュー表を押し退け、脇に差さっていたグランドメニューを開き、美味しそうに撮られた料理の写真を眺める。
「その一言で注文するかしないか変わるんだろうし、飲食店なんかはそれで売上とか変わってくるんだろうからね」
音丸は弓の押し退けた限定メニュー表を手に取り、にらめっこをする。
「でもマッケの高いバーガーを売り付けようとしてくるあの一言はいらないわ。もう『以上です』って2回も言った後訊いてくるからな」
「それは御愁傷様」
弓と目をあわさず、今度はメニュー表の端から端まで何にしようかと悩む音丸。
弓は決まったのか、メニュー表を元の位置に戻す。
「決まった?」
呼び出しボタンに手を伸ばしつつ、弓は訊く。音丸は短く返事をし、頷く。
ピンポーンというお馴染みの呼び出し音に店員が飛んできて注文を取ろうとハンディーを開く。
「カットステーキ180gにライス付けて、スープバーも」
「ミートドリアで。…以上」
弓の後に続けた音丸はメニュー表を指差し、早々に切り上げた。
「いや、サラダバーとか他つけないの!?」
「いや、別に」
遠慮するなだの、とりあえず何かつけろよと押し問答を店員の前で繰り返した後、ドリンクバーを付けることで落としどころとなった。
「私がスープバーでお代わりしてるのに早々に食べ終わって見られてるとかあり得ないでしょ」
「別に待つのは平気だけど?」
「待つ待たないの問題じゃなくて待ち方の問題。いや、それ以前かも。空気を読むことを覚えなさい」
学校の先生かのように締め括ると、ここぞとばかり店員は注文を繰り返す。
誰が真に空気を読まなければいけなかったのかは謎だが、店員はハンディーをパタンと閉じ、イソイソと去っていった。
「一番空気読むことに疎そうな弓には言われたくないけどね」
「読めないのと、敢えて読まないのでは違うのだよ」
弓はニッと笑い、店員が運んできたスープバーカップを手に立ち上がる。ついでに音丸の前に置かれたグラスも手に取り、取ってきてやるよとグラスをヒラヒラ振る。
「あ、コーラで…」
「あいよ」
弓が戻ってきた時、音丸は自分で行けば良かったと後悔する。
スープカップにはコーンスープが入っていたのだが、音丸のグラスにはどう見てもコーラの色をしていない、灰色の液体が波打っていた。
「弓、僕コーラって言ったよね…」
「ん?コーラメインの、コーラ…のような物だけど?」
「コーラ100%にしてよ…」
今は果汁100%のジュースだってドリンクバーじゃあり得ないさと理由にならない理由を言って音丸に渡す。
額に手を当て、頭を抱えている音丸のもとに店員が注文の品を運んでくる。
「それじゃ、戴きます」
「戴きます」
それぞれが食べ始め、平らげるにはそう時間はかからなかった。
「ロリスの面倒を見るってどこまで見るつもりなの?」
罰ゲームに近かったコーラのようなものを飲み干し、紅茶を持ってきて音丸は弓に訊く。
「どこぞの音丸さんが世話を焼かせてくれないからその代わり的な」
ナプキンで口許をぬぐい、ナイフとフォークを揃えながら言う。
「どこぞってここにしかいない音丸さんでしょ。自分のことは自分でできるのに世話やかれると迷惑だからね」
「お姉さん優しいから構いたくなっちゃうのよ。ツンデレも嫌いじゃないしね」
ハハッと笑うとカップに残ったスープを一気に飲み干す。
「ロリスってあまりにも正体が不明すぎるでしょ?不法滞在の外国人とかだって可能性もあるわけだし」
「別にロリスの正体が何だって構わないさ。頼ってくるなら助けるし、助けて欲しがるなら助けるまでよ」
「もう慈善事業団体でも立ち上げればいいんじゃない?」
感心すると共に呆れる音丸にヘッと笑い、「趣味じゃないね」と言い切った。
「けど、正直今の状況は面白くないのは確か」
何故か小皿に大量のミニトマトだけこんもり盛り、フォークで突き刺しながら弓が言う。
「別に恩に着ろとか恩着せがましいことは言うつもりはないけど、あたしは母親じゃないんだから、何から何まで任せるのはどうなのよ」
「ロリスにはホテルのような感じで利用してもらう為に全身全霊のスタッフサービスをするんじゃないの?」
本気とも冗談とも取れる言い方をした。
「それは過保護と言うやつ。あの子の母親になる気はないし、母親って性分じゃないからね」
弓は腰に手を当て、左手でヒラヒラと振りながら否定した。
その仕草といい、十分面倒見のいいおばちゃんといった体裁なのだが…これを言ったら目の前でドリンクにスープをミックスされそうだったので止めておいた。
「とまぁ取り巻きも然りだし、一度ガツンと言わないとダメかもね」
弓は小皿に盛った大量のミニトマトを口に頬張り、器用にヘタのみを取り除いて平らげた。
「てなわけで、もう飲物とかいい?大丈夫?」
伝票をつかみ、立ち上がりながら弓は訊く。私帰りたいんです。私帰りますアピール中にそれを遮ることができるような猛者ではない。
音丸は頷き、立ち上がり弓とレジへと向かう。
店員が会計を読み上げ、財布から紙幣を出そうとしたところ弓に手で制される。
「飯奢るって言ったよね?女の子に恥をかかせる気?」
言葉だけ聞くとあら不思議。飯奢ってやるって言ってくれたのに奢ってくれないの?店員の目の前で恥かかせるの?と責められているように取れる。
が、実際は弓が奢らせろと言っているのだ。
音丸の財布からお金を出そうとするのをやめさせ、会計を済ませてしまう。
苦笑する店員に見られながら二人退店した。




