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19.引っ越しの片付けを

「よぅ、昨日は人肌恋しくなかったか?」


音丸の姿を見つけると真っ先に弓は絡んできた。チラチラと覗き込んで来る弓を払いのけながらクラスの隅にできた音丸は人だかりを指差す。


「んぁ?誰かの縦笛でも舐められたか?」


「今時縦笛舐められるって…ロリスだよ、ロリス」


肩をすくめ、呆れた眼差しを人だかりに向けながら言う。


「何かしたの?」


「さぁ?自分で確かめてきたら?」


「ひゃー冷たいなぁ、音丸。ツンケンしっ放しだぞ」


口を尖らせながら弓はガッタガッタと音丸の椅子を揺らしながら不満げに言う。


「別に。前からこんなんだけど」


「音丸がツンデレになったって嬉しくないぞ」


「別にツンデレじゃないし」


音丸はそっぽを向く。


「ロリスが来てから変だぞ?」


「弓の勘違いだって。僕は普通だし…変わったのわ弓の方だよ」


椅子ガタガタから髪の毛をワシワシ始めた弓の手を振り払い、音丸は少し苛立った声をあげる。


「なに?構ってもらえなくて寂しくなった?」


「その逆。妙に近付き過ぎ。よくからかうようになったし」


「…そうか?まぁ、からかいたいお年頃なんだよ、いいじゃんか」


キョトンとした後、ニッと笑いながら腕を組み始める。


「大体どこの誰かも分からない子のために家借りて、生活させてあげるなんてどうかしてる」


「どうかしてるか?」


「理解ができない」


確かに言われてみれば音丸の言っていることは正論ではある。そこら辺に捨てられていた犬や猫とは訳が違う。


「面倒見のいいお姉さんで通ってたと思うんだけどなー」


「面倒見がいいとは訳が違うよ」


後頭部をかきながら茶化すように笑う弓に対してムキになって声を荒げる。

近くにいた生徒達が二人に視線をやり、再び元に戻る。当の弓も後頭部を掻く手を止め、目を丸くする。


「何ムキになってんだよ?」


「…なんか嫌な予感がしたから」


弓の言葉にハッとしたように息を呑み、バツが悪そうに呟く。弓はそれを聞くとプッと吹き出し、笑った。


「女の勘ッってなら言っていいけど、根拠のないなんとなくは予言者並みに当たらないからな」


弓の様子を見て音丸は大きくため息をつきながら言った。


「悪かった。…ただそう感じただけだから」


「考え過ぎ。音丸はそこが悪いとこだよな。杞憂って言葉を知らんのかねー」


「弓の楽天家思想を分けて欲しいよ…」


大きくため息をつきながら弓を見、机に突っ伏す。


「今度爪の垢入れてあげよっか」


「やめてくれ…」


別にロリスが全く気にならなかったわけではないが、ロリスがチヤホヤされて皆が皆、好奇の眼差しを向けている空気がどこか居心地悪かった。

いつもと違った雰囲気というのはなかなか馴れないものである。

人込みから解放されロリスが席に着いたのは授業開始してから五分後のことであった。






「ロリスー、帰っぞー」


薄っぺらい鞄にわずかばかりの教科書を押し込み、弓はロリスへと声かける。

ロリスを取り巻いていた生徒達が一瞬弓を見るが、すぐに話に戻りロリスを引っ張り合っている。


「何してんだ?お前ら」


怪訝な顔で覗き込むと皆の動きが止まった。


「すまない…弓殿。彼らが用事があると離れないのだ…」


「んなもんほっとっけよー今日は荷物入れたりするんだからさ」


周りで囲んでいる人達を追い払うように手でしぐさをするが周りの人達は嫌な顔をしただけで動く気配が無い。


「あんな、ロリスと帰るからどけてくれないか?」


大きくため息をつき、腰に手を当て眺めていると小柄な少女が前に出て来て弓に向かって言った。


「ロリスさんに部活動を紹介するの。すぐ終わるから。いいでしょ?」


少女の言葉に同調するように周囲も各々うなずく。これではまるで悪者は弓だけのようだ。群衆に恐れをなしたか、すっかりたじろぎ了承してしまう。


「あ…まぁすぐならいいんだ。終わるまで待ってたいのは山々なんだけど、荷物きちまうからさ、先に帰るわ」


申し訳なさそうにするロリスに背を向け、踵を返し、帰り支度をしている音丸の肩を叩く。


「よっし…」


「行かないよ。悪いけど買い物あるから」


口を開いた弓の言葉を遮り、肩に手を掛ける弓の手を振り払いながらそう言い放った。


「買い物ならさ…」


「弓が来たって何にもならないから。それに行くメリットが無い…違う?」


満面な笑みを向けられ言葉に詰まる。

確かに音丸が欲しい理由としては重い家具などを運んでもらいたいことや片付けの人員が必要な訳であって、働くの大好き!だなんて人じゃなきゃ喜んできやしない。


「バイト代を…」


「また明日」


再び口を開いた時には既に音丸は教室を出て行っていた。音丸は基本人からお金をもらうことを嫌うので扱いは非常に難しい。スーパーや惣菜は値下げ品買うくせに。

ロリスたちも気がつけばいつの間にかいなくなっていて、弓は教室に取り残されていた。


「くっそ…わかりましたよ。なんとかするよっ」


荒々しく薄っぺらな鞄をひったくると。ロリスのマンションに向かって歩き出した。






再び学校でつぶやいた言葉を再びつぶやくことになるとは思いもよらなかった。


「それではお届致しました」


白い帽子を被った爽やかな青年は笑顔をばらまき、白い歯を見せつけながら言った。


「いやいや、玄関にくらい運んでくれてもいいだろ」


「スミマセン規則でお客様の玄関先に届けるようになっておりまして」


「玄関先ってそこのドア開けたらだろ。サービス悪いぞ」


怒っても青年は既に退却の準備を進めており、今にも帰りそうだ。


「か弱い女の子には運ばないからっ」


語気を強く言うと青年は苦笑しながら頭を下げて退却していった。ぎゃーすぎゃーす言っている女のどこがか弱いんだよと心なしか言っているように思えた。


「くっそ…わかりましたよ。なんとかするよっ」


眉間にしわを寄せ、ハムスターばりに頬を膨らませるとドア前に並べられた家具や段ボールの山々を睨み付けた。

作業員でさえ二人で運んでいたというのによりによって一人で運び込めとは無茶を言われたものだ。

持ち上げてみようとするものの、手前は持ち上がっても奥がまるで踏ん張られているかのように持ち上がらない。

奮闘してみたものの結論はロリスが帰って来るのを待つといったことで落ち着いた。

家具に囲まれ風に吹かれる。なんだか家具のフリーマーケットをしているような気分になってきた。


「はぁ…遅いな」


夕焼けに紅く染まった空をゆっくりと流れる雲を目で追いながらため息をつく。

自分一人でこんなに苦労して馬鹿みたいだとすら思えてくる。頬杖をつき、タンスに寄り掛かりながら再び大きくため息をつく。


「黄昏てるね」


ぼんやりと空を眺めている中、急に声を掛けられビクンと条件反射で飛び上がる。


「困ってるようだね」


「ざまぁってやつか?音丸が来ないからだぜ」


現れた音丸の胸を軽く小突き口を尖らせる。


「何で最初から頭数入れてるんだよ…」


解せぬ。とつぶやき、顔をしかめる音丸を完全に無視しながら質問を飛ばす。


「どうやってここが分かっ…昨日ロリスをストーカーしたか?」


「帰っていい?…どっかのお節介さんがメールに入れておいたんだよ」


「あれ?そんなことしたっけ…」


呆れる音丸をよそにすっかり元気になった弓は玄関先に転がった重い家財と音丸の顔を見比べてニッと笑う。

はなからそのつもりだったことが分かっていた音丸はため息をつきながらもテーブルの端を持ち上げ、運び始める。


「できる男は好きだぜ?」


「はいはい、お世辞はいいから手伝って」


「はいよ」






「…で、ロリスは?」


玄関先にあった段ボールを始めとする荷物を大方運び終え、段ボールの封を切りながら運び込まれた椅子にドカッと寛いでいる弓に尋ねた。


「やっぱロリス狙いか?ん、惚れた?」


「つまらん冗談はいらないから。なんだって当の本人がいないの」


ニヤけ顔から面白くなさそうな顔に変わり、口を尖らせて言う弓は実に感情が分かりやすい。


「音丸だって見ただろ?やれ学校案内だ、部活案内だーって拉致られた」


「そのまま帰って来てない…と」


「ウチらが目を離すと心配なんだよなー、ボロ出そうで」


田舎から上京して来たといったレベルの次元では無い。文明の次元という壁がロリスにはそびえ立っている。


「バレた時はバレた時…」


「だからその前に最低限の知識を教え込みたいのさ、赤ん坊みたいなもんだろ?」


楽観視とも客観視ともとれる音丸の発言に語気を荒げて弓は返す。


「赤ん坊は言い過ぎかもしれないけど。確かに一理あるね」


ぼんやりと宙を見る弓を横目で見ながら段ボールから食器を引っ張り出し、テーブルに並べていく。


「おいおい、骨董品陳列じゃないぞ。食器は棚の方にだな…」


「はい、ぼんやり考えごとしてないで片付ける」


弓の目の前に小皿を重ねていくとプッと吹き出した。


「それウチのセリフ」


よく教室で物思いに耽っている時、弓が頭を軽く小突きそう言う。考える前に動けと。

何事にも慎重派の音丸と当たって砕けろ、行動派の弓。弓にしてはらしくなかった。


「お腹空いてきた。そろそろ帰るよ、ご飯作んなきゃいけないし」


一つの段ボールを片付けると、立ち上がり食器棚に片付け始めた弓に向かって言った。


「何食いたい?」


「は?食いたいもなにも…今日はヒジキの煮物とホウレン草の…」


「だーまた大変そうなもん作ろうとしてる」


弓は鞄を掴むとガッと立ち上がる。


「今日のお礼。一緒に飯食おうぜ」


「いやお礼って…」


「一緒に飯食うのに遠慮すんなって。それともレディーのお誘いをお断りかい?ジェントルマン」


「ありがたくお供させて頂きます、ミス・ユミ」


ツンと胸を張り、差し出した手を見ると音丸はクスッと笑い恭しく頭を下げた。

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