17.君と僕とは似た者同士だから・・・
「ベアロン殿…こーじ殿は何故それほどまで邪険にするのであろうな」
暗闇の中、ロリスはベッドに寝転がりながらベアロンに向かって話しかける。
「よそ者だからとか、単にロリスのことが嫌いだとか、女嫌いなのだとか…」
「最後の女嫌いではないと思うぞ。弓殿と普通に接しておるし」
「弓は女だと思っていないのかも」
もはや言いたい放題だ。ベアロンは好き勝手並べ立てている。もしこれらのことが弓の耳に入ればきっと廃棄処分されるのではなかろうか。
「ま、一人暮らしするんだろう。ならいいじゃねぇか」
「嫌われたままというのが釈然としないのだ」
ロリスはぷぅーっと頬を膨らませ、ベアロンをつかんだ。UFOキャッチャーのように持ち上げられ、ロリスの側へと連れて行かれる。
「もうあっちには戻らないのか?」
ベアロンの言葉にロリスはピクリと体を動かした。『あっち』というのはフェンリル王国のことである。ベアロンは何故か向こうでの生活を知っているようだった。
「あのような姫の下で仕える気はない…」
「まぁな、ロリスの気持ちも分からなくはない」
「敵国である、あやつなどに心を許すなど…」
ロリスは下唇を強く噛み、目にうっすらと涙を浮かべた。自然とベアロンを握る力も強くなる。
懐かしき過去を思い浮かべる度に湧き起こる感情は憎しみと悲しみ。
姫の下に帰れなかった自責の念。
悔恨の涙までとどまりを知らず、流れる。
「――ス・・・、ロリス。お風呂沸いたから入りなよー」
ドアの向こう側から音丸の声が聞こえてきた。ロリスはベッドから起き上がり、ドアの方を向いた。
音丸はそのまま立ち去ってしまったようだ。
そっとベアロンをベッドの上に座らせると、立ち上がり、そっと部屋を出て浴室へと向かう。
『もうあっちには戻らないのか?』
ベアロンの声が頭の中に響き、ぐるぐるとまわる。それと同時に姫の顔やナマク国王・・・城中の者の笑顔が甦る。
幸せだった。何も知らないまま、平和で穏やかな日々を過ごしていた頃が遠い遠い昔のお話で、懐かしく、とても寂しい。
綺麗だったお城が一気に灰色に染まっていく・・・。
ナロニカ戦役・・・一般的に呼ばれているあの忌まわしき戦争の呼称。
ロリスは前髪を鷲掴みにし、強く引っ張った。痛みと共に瞳が潤む。
心についた傷はこんなものじゃない、左手では乱暴に乳房をつかみ、握り潰すかのように力を加えていく。
爪が食い込み、血が滲む。
「く・・・・・・くそっ・・・どうして・・・・・・どうし・・・ぅぅ・・・」
下唇を噛み切らんばかりの勢いで噛みしめていく。
自分の無力さ、周りの環境の変化、何もかもうまくいかない。
いつしか人生の歯車が狂い始めた。どこで狂ってしまったのかもわかっている。何で狂ってしまったのかも分かっている。
だが、どうやって戻していいのか分からないまま。
歯車を片手にただただ呆然と立っているしかない・・・。そうした自分がもどかしく、また殺したいほど憎かった。
浴槽の湯煙が風呂場を包み込み、ロリスを優しく包み込むようだったが・・・あまりにも薄く、包み込むには心許なかった。
しばらく嗚咽を漏らし涙をこぼしていたが、お湯をかぶると、そこには先程のロリスはもういなかった。
「死ぬのなら、恩は返してから死なないとな・・・」
ロリスはふっと笑うと、再びお湯をかぶった。
「姫様に捨てられた兵士・・・か」
音丸はそう呟き、すっかり冷め切った紅茶をすすった。
目の前にはベアロンが座って・・・いや、テーブルにしがみついていた。
「大した精神力だとは思うぜ?いっぺんに色んなことが起きたわけだし」
「確かにね・・・。それは分かる・・・よ」
戦争で両親を失い、慕っていた人々を失い、故郷を失い、そして守っていた、頼りにしていた姫までも離れていった。
そして再び会うことだけを支えとしていた姫様に裏切られたかのような仕打ち。
自分に置き換えてみれば、あの事故で両親を失い、住むところも失い、助けてくれた親族は厄介者扱いを始めて・・・といった状況か。
とてもではないが、一人で生きていける気がしない。
「少しぐらい優しくしてやってもいいとは思うぜ?ロリスはあんたを頼ってきたんだからな、こっちの世界に」
そうだった。フェンリル王国で暮らすという選択をしなかったのだ。元々あちらの住人だというのに。
向こうの世界を捨てて、こちらの世界にやってきた。未知なる世界に。
「勝手すぎるさ・・・勝手に来て、勝手にいさせろっ、慣れろって」
「まぁね。でも、悪くないんじゃないか?」
「そんなわけないでしょ。全く知らない人といきなり暮らせって言われても無理に決まってる」
「弓となら暮らせるだろ?」
「なっ・・・」
音丸は言葉を詰まらせる。つい昨日、弓と共に確かに過ごしているのだから。そして、その時少しでも幸福というものを感じてしまっていたのだから。
人がいる温かさ、孤独といった闇を取り払ってくれるものが確かにあった。
では何をそんなに嫌っているのか・・・。ロリスの何がダメなのか。
「じゃあ、訊く。ロリスの何がそんなに嫌い?」
何・・・、何がダメなのか。どうしてこんなに嫌がっていたのか。答えが見付からない・・・。
ただなんとなく?いや、違う。何か理由はある、理由はあるけど口から出てこない。
「獣は傷ついたもの同士慰め、傷を舐め合って癒す。人間だってそうだろ?」
傷を舐め合う?癒す、慰める?・・・そう、それだ。
ロリスの境遇が自分と似ているから、似ているからこそ、鏡で自分を見ているようで嫌なのだ。
鏡ならば見なければ自分は映らない。だが、目の前に同じ境遇の者がいたら?
嫌でも見せ付けられる。自分と同じ者が・・・自分がどう思われているのかを感じ取ってしまうから。分かってしまうから。
そんなの苦しいだけ・・・。
「ロリスが僕に近ければ近いだけ、僕は惨めになる」
「だが、遠ければ遠いだけ惨めになるんじゃないか?音丸ぅ」
ベアロンは覗き込むように体を傾ける。
「それでも・・・僕の目の前にいちゃいけないんだっ」
「ロリスが友だち沢山で、人気者でも?君は一人ぼっち」
ロリスが学校にいた時のことを思い出させられる。あの時はロリスと関係があった。
ロリス繋がりの話で弓も盛り上がっていた。ロリスが現れてから弓はロリスのことを気にするようになった。
自分からどんどん人が離れていくのはもはや時間の問題・・・。そうと思えてきた。
「でも・・・」
「・・・試して見ればいい」
「え?」
「ただ、世の中には試したことによって取り返しのつかないこともあるってこと・・・知ってた方がいいよ」
ベアロンはリビングのドアをちらりと見て、音丸の顔を覗き込んだ。
リビングのドアが少しだけ軋んだことに音丸は気付かなかった・・・。
「こーじ殿と私が・・・似ている・・・?」
ロリスは音を立てないよう階段を上りながら呟いた。先程二人(?)の会話から聞き取れた内容を反芻する。
よく分からない状態でただ一方的に嫌われているかのような態度の本当の理由というのは・・・音丸とロリスが似ているから。
同じ境遇だから。そういった理由だそうだ・・・。
分かったような分からないような理由。
「幼い頃に両親を失い、一人で過ごしてきた・・・そういったところが似ているのか」
自分の方が辛かったなど比べたりもしない。音丸の過去を知らないから。
この世界は平和だ。平和だからこそ、悲劇は辛い。考えられない不幸が降り注ぎ、幸せを奪っていくのだから。
しかし、そこもリンクしていたのではないか。
フェンリル王国という平和の確立した国がナロニカ帝国という災いに襲われ、幸せを平和を奪われていった。
規模が違うだけ、次元が違うだけで同じではないか。
「では・・・こーじ殿は傷ついた傷はどう癒すというのだ・・・」
ロリスは先程、風呂場で胸にできた傷をそっと覆うように手で包み込んだ。




