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16.家なき少女の居場所

 三人はデパートの地下にある、アイスクリーム店の座席に腰掛けていた。空いていた椅子二つには服の入った袋がでんっと居座り、人間様よろしゅうと言わんばかりの態度だ。

当然音丸たちはそんなことは気にせず、お互いアイスを食べることに夢中だった。


「うむ、やはりアイスは美味いな。レモン味はさっぱりするのだ」


「へぇ、ロリスの国にもアイスクリームってあんのか?」


「あぁ。カヌスフルーツアイスは美味いぞ」


「カヌスフルーツ?」


初めて聞く名前だ。ドラゴンフルーツやマンゴー、パッションフルーツなどの南国で育つフルーツの一種か何かとは考えられるが…。どんな外見なのか、どのような味がするのかすら想像がつかない。


「カヌスフルーツは美味しのだぞ?私の大好物だ。…ここでは採れぬのか?」


「どんなのかがわかんないと調べようないな」


弓は思い当たる節がないか考えながらアイスクリームにスプーンを突き刺し、茶色い山をえぐり取り、口の中へと消し去る。


「うむ。そだな…口にいれると、ぐにゅぐにゅしていて、甘酸っぱさがしゅわしゅわ口ん中いっぱいに広がって…それはもうほっぺたが落ちそうになるんだぞ」


「いや…わかんないから…」


「甘酸っぱいってことは、柑橘系か…」


「表面は堅くてな…あ、熟すと柔らかくなっていくぞ?刃物じゃないと皮は剥きにくいのだ。私はそのまま食して、皮を出していたがな」


ロリスは幸せそうな顔でカヌスフルーツについて語っている。感想について熱く語られてもますます分からなくなるだけである。

最初、みかんやオレンジなどのイメージを連想していたが、どうやら今の外見のつくりを聞くとリンゴのようなイメージを連想した。しかし、先程ロリスがぐにゃぐにゃしたという食感について言っていて考えたところ、リンゴの食感はシャキシャキのため、リンゴのような部類じゃないことが分かる。そう考えるともしかしたら桃のような物なのかもしれない。


「わかんないな。そんなに絶賛するなら食べてみたいもんだよなー」


弓は考えるのをやめ、腕を組み、後ろの椅子の背もたれに体を投げ出した。既にアイスの入っていたカップは空になっている。


「あ、こーじ殿。先程の服、ほんっとうによかったのか?」


ロリス最後の一口を惜しげに眺めた後、勢いよく口の中へとほうり込む。満面な笑みを浮かべる。音丸は突然自分に話題を振られ、スプーンを咥えたままロリスの目を見た。


「あ、うん。本当によかったよ」


「本当かよっ。生返事だし、曖昧だったし」


弓が呆れたように目を細め、馬鹿にして言った。


「何だか適当に聞こえたぞ、こーじ殿」


「ご、ごめん」


あんな姿を見せられちゃ、生返事になるのも当然で、音丸は心の中で大きな大きなため息をつくと、こんな感じだから同居しろと言われたら絶対無理であろうと思った。






 アイスクリーム店をあとにし、音丸たちは荷物を抱えながら先程立ち寄った不動産を訪れた。


「このような物件が見つかりましたが、如何でしょう?」


物件の位置を記した地図と物件の詳細を記載した紙を店員は出してくる。弓は紙を受け取るとざっと目を通し、音丸に紙を渡した。


「何で僕に回すんだよ…」


「できるだけ多くから意見を聞きたいんだ、いいだろ?」


「…学校から近いし、いいんじゃないか?」


「アバウトだな。また明日にでも現地で見に行くか」


弓は肩をすくめると紙を丁寧に折りたたみ、ポケットにしまい込んだ。


「明日って…今日も家泊まる気かよ」


音丸は帰りかけた足を止め、弓の方を振り向いた。ロリスの方はパチクリパチクリとかわいく瞬きしながら音丸を見ていた。

試着室での件もあり、妙に意識してしまい、気が進まなかったのだ。

ただ、気になることが一つだけ残った。元々謎だらけな女の子だったが、興味がなく、知りたいとは思わなかったが、「命の恩人」という言葉が気になったのだ。

命の恩人というほどであれば、一度会っているはずであるし、命を助けたのであれば記憶に残っていると思うのだが…。

一番考えられるのはロリスの勘違いであるということ。


「お邪魔虫は退散するからさ」


「お邪魔虫?」


「今日はパパ帰ってくるらしいから家には泊められないしさ。あたしは家には帰らないといけない」


「ちょ、ちょっと待って!ロリスとふたりっきり!?」


「まぁ、響き的にはそうなるかな?」


音丸がいつもより大きな声を出し、そのリアクションに動じず、淡々と弓は受け答えする。ロリスは完璧取り残されている。二人のやり取りをよそに空を眺めていたりした。


「今日限りって言ったじゃんか」


「迷える子羊を路頭に放置するって言うのか?ま、するとしても音丸の家に一回連れて行った後だな。その後どうするか音丸の自由って事で」


「何かがおかしい…」


「家の前に置いておいたら怪しいおじさんが車に乗せて行っちゃうかもなぁ?」


弓はロリスをちらっと見た後、ニヤニヤ笑いながら音丸に言った。今は物騒な世の中、家出少女が拉致監禁なんてよく聞く単語だ。

年頃の女の子がポツンと一人でいれば怪しいおじさんだけでなくとも茶パツピアスのお兄さんなどが時代遅れなナンパ言葉をかけながらつれ去ろうとするかもしれない。


「…弓ってほんと嫌な奴だよな」


「嫌味な奴って言って欲しいな」


「嫌な奴だよな」


「お褒めの言葉ありがとう」


音丸は皮肉たっぷりでわざと同じことを再び言ったのだが、弓は全く動じず、さらりと受け流してきた。こう返されてしまえば返す言葉がない。言い返してしまえば子供じみている気すらしてくるからだ。

弓の方が一枚上手だったのだ。


「部屋の隅を貸して頂けるだけでいい。完全に無視して頂いて構わない」


ロリスは気を遣ったのか、音丸に進言した。一緒にいて無視することが本当に可能なのか甚だ疑問だった。嫌でも視界に入ってくるわけだし、少なくとも膝まである青髪の長髪はかなり目立つ。


「ロリスは謙虚で健気だなぁー」


弓はわざとらしく抑揚をつけながら音丸に向けて言葉を投げ付ける。そのわざとらしさがまた腹立たしく感じる。


「…わかったよ。部屋を貸せばいいんでしょ、貸せば」


音丸は弓の連続厭味攻撃とロリスの純粋無垢な瞳攻撃に堪えかねて投げやりな口調で言った。このまま話していても時間の無駄だ。弓の方は引く気が全くない。頑固なのか、我儘なのかは分からないが、一度言ったことは大抵貫き通す。

途中で諦めたり、取り消したりしたということが音丸は見たことがなかった。


「話分かる奴でよかったわー」


「半ば強引だった気がするけど…」


ということで、ロリスは音丸の家へ預けられることとなった。

帰り道の途中で弓は携帯電話片手に手を振りながら去っていった。そこから必然的にロリスと二人っきりで向かうということになるわけだが…。






「………。」


「……。」


散々嫌がって渋々引き受けることにしたのでなんとなく気まずさがあるため、微妙な沈黙の空気が漂っている。

どちらも喋ることなく、黙々と家路を急ぐ感じだ。


「……あのさ」


質問の山を抱えた音丸は堪えられなくなり、ついに口を開いた。ロリスの顔が音丸に向けられる。

音丸は一瞬躊躇ったが、拳をかるく握ると質問を言った。


「一人暮らしは嫌?」


わかりきった質問だった。当然だ、誰だって全く知らない土地に来て一人で暮らせなんて言われても戸惑うのは当たり前だ。


「嫌というより恐い…なのだろうか」


「恐い?」


「恐いというのが正しいかはわからない。何も知らぬ土地に放り込まれて暮らせるのかがわからない」


ロリスは真っ直ぐ宙を見たまま言った。現実をしっかりと見つめていそうだ。

いくら強そうに見えるからと言って、そんな少女を一人にしておいていいのだろうか。音丸の心を小さく刺激する。

「そっか…」


だからといって家においでよや、僕がなんとかしてあげるなんて無責任なことは言えなかった。

それは誰だってそうだろうし、当たり前のことだとすら思えた。


「こーじ殿、こーじ殿」


ふと気が付くとロリスは立ち止まり、音丸のことを手招きをしていた。何事かと思い、音丸が不思議そうな顔をしていると


「こーじ殿の家はここではないのか?」


言われてみると確かにそうだ。気が付けばいつの間にか通り過ぎていたようだ。慣れ親しんだ自分の家を無意識だったにしろ通り過ぎてしまうというのもおかしなことだ。

よほど考え込んでいたのだろう。


「あ、うん」


音丸は曖昧に頷くと家のドアのカギを開けた。






「…で、音丸は結局のところどうしたいんだい?」


「ベアロンがロリスを連れて来たんだから責任を持ってロリスを守るべきじゃないか?」


「結構無茶言うねー」


「ある程度のことを教えてもらえればなんとかなると思うよ通貨とか、社会マナーとか」


元々ぬいぐるみにできることなんてたかがしれているわけだし、それほど期待はしていない。しかし、どうしてなのか、音丸の世界にもロリスの世界にも精通していて知識を持っているという点は強みであるし、利用しないわけにはいかなかった。

昼間のようにいちいち音丸たちが教えるより、ある程度のことをベアロンに教えていてもらえるとかなり手間が省ける。


「現に一人暮らしをしている高校生なんていくらでもいる」


「一人暮らしねぇ」


「料理を作れなければ市販のものを買えばいいわけだし、経済面は弓がなんとかしてくれるだろうしね」


他人任せの無責任極まりなかったが、今の自分にはこうするほかないと考えているのだ。


「僕はベアロンと一緒に暮らせばなんとかなると思う」


「…その言葉はあの日の君にそっくりそのまま言いたいね」


ベアロンはそう言うと椅子から飛び降り、リビングを出て行った。

音丸は宙をしばらく睨んでいたが、瞼を一度おろし、再び開くと椅子から立ち上がり、カーテンを勢いよくしめた。


「ロリス、ごはんだよ」


リビングから顔を出し、二階に向けて声かける。

手早く箸やご飯を並べていく。ロリスが下りてくるまでに小皿には色とりどりの漬物、大鉢には肉ジャガが盛られ、お椀には豆腐と赤と緑の海草のみそ汁が温かな湯気を立てていた。


「こーじ殿、呼んだか?」


ロリスがリビングのドアを開け、ひょいと顔を覗かせる。どうやら声は聞こえたものの、何を言ったかまでは聞き取れなかったようだ。


「夕ごはんだよ」


「こーじ殿のか?」


「ロリスもだよ。食べないの?」


「私の分もあるのか?すっかり放置されるのかと思っていたが…」


そこまでひどい人間ではないよと言い返したかったが、散々家に来ることすら拒んだ対応のことを考えるとそう思われても仕方がないのかもしれない。


「ま、食べて」


「うむ、では、頂きます」


ロリスは手をあわせると美味しそうにご飯を頬ばり始めた。その様子を見ていると本当に突き放していいのかと思ってしまう。

そんな音丸の悩みはよそにロリスは幸せそうに肉ジャガやご飯を美味しそうに頬ばり続けていた。

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