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15.守ってあげる…

 既にデパートは開店しており、人で賑わっていた。

その賑わいは、ロリスの世界の市場通りとはとはまた違った賑わいだった。市場通りでは喧騒というか商人の声が飛び交い、また買い物客もそれに負けんとわいわい話すため、全体的にざわざわとなるのだが、デパート内では静かな音楽が鳴り響き、店員の静かな口調が耳に心地よかったのだ。

それはまるで王宮に楽団を招き、演奏されている部屋の外の廊下を歩いている感覚と似ていた。

しかし、何よりも今歩いているところは沢山の商品が並び、ガラスの向こうに着飾った人形がいることにロリスは感動を隠せなかった。


「ほぉ…すごいぞ。弓殿、お店がいっぱいだ…」


「そだな、多くの小型店舗が集まった集合体だからな」


目を輝かせながら周囲を頻繁にキョロキョロしている様子は、田舎から出て来て初めてデパートというものを知ったという田舎娘そのものだった。

なんとか服装は現代に設定を合わせたが、中身までは現代に適応させることはできなかったのだ。


「おぉぉ?か、階段が動いてるぞっ!?」


「これはエスカレーターって言ってな…」


ひとつひとつ丁寧に教える弓に感心しながら音丸はため息をついた。どうしてこんなことになっているのだろうか。…というか、自分の存在価値がよくわからない。全ては弓が一人でやり、説明なども一人でできている。猿や犬とか何かでなければ逃げるということもないだろうから彼女の暇つぶしに巻き込まれた気がしてならないのだ。


「―…で、頼んだぞ。音丸」


「は?」


音丸はポンと弓に肩を叩かれ、ふと我に返った。前方を歩いている二人にほぼ無意識的について行くといつの間にか婦人服売り場の中央に立っていたのだ。


「ちゃんと話聞いていたか?」


「あ、ごめん。聞いてなかった」


「おいおい…」


弓は呆れた表情を向け。大きなため息をついた。


「これからロリスの試着手伝うからさ、音丸は試着室の前立っていてくれ」


「はぁ?何で?」


「誰かに入ってこられると嫌だろ?というか、あたしは嫌なんだ」


成程、納得。自分の存在価値がよく分かった。要は見張り役。頭数合わせだ。自分じゃなくても置物でも代用できそうだし、大袈裟に言えば、使用中という看板と同等の存在であるわけだ。


「別に弓が嫌でも…」


「そんな冷たいこと言わないでさ」


弓はニッと笑い、音丸の肩をぱんぱん叩くとロリスの肩を抱いて試着室の中へと入っていった。弓は強引というか、横暴というか、何でもかんでも勝手に話を進めてしまう。

音丸はがっくりと肩を落とし、嫌々仕方なく、二人の入っている試着室の目の前に門番の如く立った。


「これなんかどうかな…。まずは服脱いでみ」


「ちょっと見た目が派手ではないか?」


「着たら意外と似合ってたりするんだよ…ほらほら」


試着室の中から外に立っている音丸の耳に二人の声が聞こえる。次の瞬間、意識をしていなくともロリスが服を脱ぐ、衣擦れの音が聞こえてくる。


「おー、ロリス肌白いな!」


「いやいや、弓殿も白いではないか」


「ロリスの方が白いだろって。しかも柔らかそうだな」


「ちょっ、やめ…弓殿触るな…」


これまた楽しそうな声が聞こえてくる。人によっては楽園であろうが、音丸にとっては早く着替えてくれと言わんばかりの退屈の時間でしかなかった。

三十分ほどしてからやっと弓が、「あとは一人でできるだろ?」と言って、試着を終えた服を抱えて出てきた。


「まだなの?」


音丸はたまりかねて弓に不満をぶつけた。


「女の子の試着は長いんだ」


「大体…婦人服売り場に男がいる自体がおかしいんだよ…。周りを見るとおばさんばっかりじゃないか」


音丸の声が聞こえたのか、向こうで服を手に取り、選んでいたおばさんがふと顔を上げ、こっちをじっと睨んできた。音丸は慌てて目を逸らし、口をつぐんだ。


「あのなー…、女の子と付き合うってこんなもんじゃないぞ?その内、音丸にも彼女ってのができると思うけどさ…」


弓はそう言うと、一度試着した服を元の位置に戻しに行き、帰ってくると再び音丸にデート論について語り始めた。


「こういうのに付き合ったり、アイスとか甘い物食べに行ったり、映画見に行ったり、色々なことしないと愛想つかされ誰も付き合ってくれないぞ?」


「なんかめんどくさそうだね…」


音丸は今のような時間が続くかと想像し、うんざりとなり、言った。


「何言ってんだか。好きな人とだったら楽しいだろうよ」


「そんなもんなのかね…」


「女の子はあんたたちと違って、好きな人と一緒にいれるだけで十分嬉しいんだよ。カタチってのを必要以上に欲求しないからな」


弓は人差し指で音丸の鼻先をつつきながら言った。まるでお前は野獣だと言わんばかりの態度だ。音丸はかるく肩をすくめ、横を向いた。

そして、目を見開いた。瞳に映り込むその人影はよく見知った者の姿だった。


「あいつ…」


無意識に小さく呟いていた。

サンゴ礁のようなゴツゴツした天然パーマの髪型に黒のジャケット。禍々しい灰色の骸骨の姿がプリントされた白いTシャツを着て、常時クルクル右手で黒いボールペンをペン回ししている男と、迷彩柄のバンダナを頭に巻き、カメラを構えた悪顔の男の二人が並んで、服の畑の遥か向こうを歩いているのが見えた。


「おい、音丸?」


先程まで不満そうな顔をしていた音丸が、今では人をも殺しそうな殺気立っていることに気付き、弓は音丸の肩をつかんだ。気付かないのか、二人を目で追い、睨みつけているだけだ。


「僕の生活を…自由を…奪った男…」


ギリリと音が聞こえるほど歯軋りをし、音丸は両手を握り締めた。

その二人組はジャーナリストで、主に音丸の家族の関わった海難事故についての記事を書いていた。被害者の話を聞きたいということで何度か音丸の目の前に現れたが、取材に応じると数週間後にいつもデタラメな内容、根も葉も無い話を雑誌に掲載したのだ。

責任を感じた船長を自殺に追い込んだのもその記事のせいである。

音丸の生活全てに支障をきたし、今でも自分のことをネタにしたがっている彼らを反吐が出るほど嫌うのだった。


「おい、音丸ってば!」


弓はおかしいと感じ、ガクガクと音丸を揺らした。そのことによってやっと正気に戻り、不思議そうな顔で弓を見た。


「一体どうしたんだよ?」


「え…あぁ。あそこに男二人いるだろ?」


「婦人服に場違いな?」


「あいつら…僕を追ってる記者たちなんだ」


「発信機でもついてるのか?」


弓は音丸の全身をなめ回すように眺めた後、男二人組を見る。


「いや、たまたまだろうね。別件だと思う」


既に目的は決まっているようで、人を捜しているような様子はない。


「こっち来るけど大丈夫なのか?」


「え?」


確かによく見るとこっちの方に少しずつ近付いているように見える。

そろそろお互いが認識できる距離に近付きつつある。今から違う方向に逃げようとしても後ろ姿でバレてしまうだろう。かと言ってしゃがみこんでもすぐにバレてしまうだろう。弓は音丸の肩を抱き寄せ、向きを変えるとロリスのいる試着室へ押し込んだ。


「わっ!?」


「ほぇっ!?」


まさか使用中の試着室に押し込まれるなどと思わず、音丸は短く悲鳴をあげ、一方、突然入ってきた音丸に驚いたロリスは身を縮め、目を丸くした。丁度上を着替えている最中だったようで、上半身は白い肌を露出していた。


「ど、どうされたっこーじ殿ッ」


「ご、ごめんっ、り、理由があって…」


理由を言おうとしたところで外からさらに押され、音丸はつんのめった。


「もっと奥行けっ、違和感あり過ぎなんだよっ」


小声で弓の怒声がカーテン越しに聞こえた。ロリスは首を傾げながらその声を聞いていたが、大きく頷くと音丸の背中を軽くたたき、近寄るように指示を出した。


「ろ、ロリス。服、着てくれないかな…あの、その…目のやり場に困る」


音丸は顔を真っ赤にし、必死に見ないようにと努力していた。しかし、そんな音丸の様子に全く動じずに、ロリスは「狭くて着替えられぬ」と答えた。


「足見えてるっ」


奴らが近付いているためか、弓の言葉に苛立ちと焦りの混じっていた。しかし、それはこれ以上は狭くて無理だと思い、行動を移せない音丸の苛立ちを助長させ、顔をしかめる。その瞬間、ロリスに腰に手をまわされ、ギュッと抱き寄せられた。


「わっ」


思わず声をあげてしまった音丸の口に人差し指を押し付ける。


「しーっ」


蒼い澄んだ瞳に自分の顔が映りこんでいる。見つめれば見つめるだけ不思議な感覚に捕らわれ、その瞳の中に吸い込まれそうになる。


「声を出してしまえばバレてしまうぞ」


音丸の顔にロリスの言葉とともに息がかかる。数センチ先にはロリスの顔がある。そして押し付けられる身体の柔らかさに音丸はとぎまぎするしかなかった。ロリスはふっと目を細め、かるく優しく笑うと音丸の瞳から視線をずらさず、口を開いた。


「こーじ殿のことは私が守る」


すごく重要な言葉にも感じたが、音丸の頭には今の現状である、密着という文字しか頭になかった。耳まで真っ赤に染めている。


「こーじ殿は命の恩人だからな…」


「え…」


身体のことを意識しながらも、その台詞によって音丸の注意はそちらに傾いた。


「それはどういうい…」


「よしっ!行ったぜ」


シャアッと勢いよく開いて弓の顔が現れた。二人は当然目を丸くし、弓の方を見る。そんなに勢いよく開けられるとまだ着替え中だというのに周辺の人に見られるだろうと思った。

弓は二人の様子をまじまじと見て、言った。


「お前ら、隠れろとは言ったが、いちゃつけなんて言ってないぞ」


弓に見られた、言葉を言われ、音丸の我慢の限界を突破し、音丸はわっと試着室を飛び出した。






「こーじ殿、これはどうだ?」


「ん、いいと思うよ」


「私としてはこのフリフリがあまり似合っていないと思うのだが…」


「ん、いいと思うよ」


「本当か?んむ…他のに着替えてみる」


ロリスはころころ服装を変えて試着室から現れた。弓の選んでくる服を片っ端から試着しては音丸に見せて評価をもらっているのだ。しかし、当の音丸は長い時間付き合っている疲労感というのと、先程のロリスの姿がインパクトが強過ぎて、いくらロリスが違う服を着ても音丸の目には先程の姿にしか映らず、まともに目を合わせることできなかった。

まともに思考回路がはたらいていなかったのだ。


「こーじ殿、これ動き易いのだが、似合っているのだろうか?」


再び現れたロリスの姿は、下が短パンのように短くなったジーパンに、黒い英文字の入ったTシャツというボーイッシュな雰囲気を与える服装だった。

弓がよく好んでする格好であり、見慣れた姿がであったが、ロリスだと妙になまめかしく感じてしまい、また違って見えた。


「いいと思う」


「ぷー」


音丸がなんら変わりないセリフを放つと急にロリスは頬に空気を溜め込み、頬を膨らませ、不満そうな表情を向けた。


「本当にそう思っているのか?」


「え…あぁ、うん」


「きしし、こいつは違うことしか考えてるからまともな回答しないぜ?」


ニヤニヤしながら弓は音丸の顔を覗き込み、言った。そのセリフを聞くとロリスはかるく眉間にしわを寄せ、顔をしかめるとくるりと踵を返し、試着室のカーテンをシャッと勢いよく閉めた。


「ばーか。もっと感情込めて褒めないと喜べるわけないだろっ」


「ん…うん」


「ただのふぬけか」


弓は大きくため息をつき、肩をすくめた。


「さっさと終わらせて甘い物食おうぜ」


ポンポンと弓は音丸の背中を叩くと、ロリスの選んだ服を抱えてレジへと向かった―――

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