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やがて死に至る病

掲載日:2024/12/05

夢を見た。

こんな夢だ。


私は地元の町を歩いていた。

見慣れた道で、実家に続く斜度の高くて長い坂道だ。

そこへ一機の小型な飛行機が私の斜め後ろに滑り落ちた。

イメージで言うと、野球の走者が塁にスライディングをする感じだ。

それでいて、その走者が100歳のご老人で今にも崩れそうなよろよろとした動き。

且つ、勢いは18歳の若者にも負けない。

直ぐに、何かあったのだと思った。

事故だ。

墜落事故があったのだ。

私はすぐさま不時着した機体へと駆け寄った。

機体はあれほどの勢いであったが、火の気もなければ所々へこみや傷があるだけだ。

しかも都合のいい事にコックピットの扉が開いている。

奥に人のような塊が見えた。

私は壊れた、もう二度と飛べないであろう機体の中に身を滑り込ませ、その塊をガッと掴んで引き寄せた。

男だった。

青年の30代ぐらいの男だ。そのくせ丸刈り頭はまるで寺の小僧のように青い。

まだ息があるように思えた。

奇跡だ、と思いながら私はその男を機体から引きずり出して、平らな所を探して寝かした。

私が平らな大地を探している間に、公的な救助機関が続々集まってあたりは一層騒がしくなった。

白い恰好をした人間が機体の中からもう一人を抱きかかえて出てくる。

この人は女だった。

私の中で「二人は恋人同士だったのだろう」という考えがぱっと浮かんでしゅんと消えた。

私はその女に駆け寄った。

正確には、その女を抱えている救助隊員に駆け寄った。

ところが、隊員は首を横に振ると言った。

「もう手遅れです」

見ればわかった。女の方はどう見ても死んでいる。

「もう一人いるんです!あっちはまだ息がある」

私は自分が助け出した男の方を指差した。

すぐさま別の白い恰好をした隊員がぽつんと寝かされた救難者のもとへ駆け寄る。

ところが、それは男を助けるためではなかった。

隊員は男に白い布を被せると一仕事終えた様に息を吐く。

私は隊員の白い捉えどころのない服に「何故、助けない。まだ生きているのに」と掴みかかった。

隊員は何かを私に見せてくれた。

茶色い古ぼけた紙切れで、隊員の指差した先に7つの数字が並んでいる。

隊員は「な?わかるだろ」というように頷いてみせた。

確かに分かった。

紙は男の身元を証明するもので、数字は年月日。

(※その年月日を聞けば、私の夢の中の住人達は皆、相手がある特定の病に罹患していると分かるらしかった。病、というよりは放射能のようなイメージを夢の中の私は持っていた)

それは相手が生物であれば接触でかならず汚染される。まるで生物から生物の体を渡り歩いている旅人のような奴だ。しかも奴の旅路となった体には確実に死が訪れる。

その悪魔のような生き物に、我々他生物はどのようにして勝利を勝ち取ったのか?そのウイルスは今では御伽噺か妖怪のように私にとっては程遠い存在になっていた。

それが突然、目の前に現実として現れたのだ。

「でも、私は彼に触れてしまった」

隊員は私の肩に手を置いた。それはまるで慰めてくれているようであった。

彼は白い布で覆われているので安全なのだ。



私の生活は一変した。

仕事はやめた。する意味もなかった。

新しい家に引っ越して自分で自分を監禁した。

罹患した瞬間、私の頭には様々な人生設計が浮かんだ。

「なら、もう金のことは気にしなくていいな」

「好きな事をやって、後残りなく死んでしまおう」

「これから一人で生きるしかない」

「さすがに寂しくなったら、余命いくばくかの老猫でも飼おうかな」

「いや、動物はだめだ。

いくら老いているとはいえ、ひょいと外に出て感染源にでもなったらどうする」

突然、嗚咽が込み上げた。

不思議な物だ、さっきまで至極冷静であったのに一度狂うと胸の内にある苦しみはまるで消えない。



両親が一緒に生きてくれると言った。

だが、私は断った。

自分一人なら自分が気を付ければいい。

しかし感染源が3つに増えてしまったら、リスクは3倍どころではない。

その不安を抱きなら生きていく方が苦痛だった。

かなり利己的な思考だ。二人はそれには気づかなかったようだったが。

二人は私を一人にしまいと頑張ってくれた。

ある日、家族写真を撮ろうと彼らは言った。

私は全身を覆う服を着たが、まるで罪人のように体をこごめて彼らの後ろについていった。

その写真館にはそこそこに客がいて、私に目を見張った。

若い女性が私に何かを言った。叱責するような口調だった。

私は慌てて、皮膚が露出していない事を確認する。

それでも不安で、もしも誰かに触れてしまったらこれまでの頑張りが全て無に帰す。そして別の誰かが私と同じ人生を歩むこととなる、と考えていた。


この人生を気楽に考えた事もある。

どうせ時間はあるのだからこの苦悩を文字にして、束ねて書物にしたら、もしかしたら素晴らしい作品が生まれるかもしれない。

そうしたら私が死んだ後、他の文豪たちと同じように「この小説は、病に侵された作者が生み出した名作です」なんて紹介されるかもしれない。

そんなことを思うと良い気にさえなった。

ところが、今はあの時の気持ちの欠片さえない。

終始、私の中には波があって今、つい先刻下降を始めた線が最下層に到達後、まるで這い上がる気力をうしなったようにただその最下層を進み続けている。

苦しみが体の底から心臓や肺や、顔面へと押し寄せてきた。

もはや何がつらいのか分からない程に、つらい。

どうせ、みなやがて死ぬというのは変わらないのに、自分の置かれた状況がつらい。

液体で顔や、それを覆っていた手がべたべたに濡れている。

写真館は消えていた。

客も、両親もいなくなっていた。

ただ、苦悩に死ぬ私だけがいた。


そうして目が覚めた。






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