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クリスマスケーキの気持ち

作者: ウォーカー

 クリスマス直前の12月23日。

民家のクリスマスイルミネーションが静かに輝く住宅街を、

荷物を抱えて走る男子中学生。

その男子生徒が運んでいるのはクリスマスケーキ。

でもただのクリスマスケーキではない。

ラブレターをたずさえたクリスマスケーキだった。


 その男子生徒が書いたラブレターの相手は、

隣の家に住む、同じ学校、同じクラスの、幼馴染の女子生徒。

幼稚園からの腐れ縁になる。

もう嫌というほど一緒にいる二人だが、どうしても恋愛関係にはなれない。

手応えは感じている。向こうも自分と同じ想いでいてくれているはず。

しかし、その男子生徒は、万が一にも自分の一人相撲になるのが怖くて、

自分の想いを伝えられずに毎日を無為に過ごしていた。

このままでは、幼馴染のままでいずれ離れ離れになってしまう。

今年のクリスマス、その男子生徒は一念発起して、

幼馴染の女子生徒に想いを伝える決心をした。


 とは言うものの、その男子生徒には想いを直接告白する勇気は出なかった。

幼馴染とは言え男女同士、自然に二人っきりになる機会は無く、

二人っきりになるために相手を呼び出せば、

それ自体が一種の告白行為にもなりかねない。

だから、その男子生徒は、想いを手紙にして託すことにした。

恋心を手紙にしたためたラブレターをクリスマスケーキに添えて、

幼馴染の女子生徒の家に送ることにしたのだった。


 ラブレター入りのクリスマスケーキを、幼馴染の女子生徒に贈る。

しかしやはり直接渡す勇気は無いので、宅配で送ることにした。

届ける相手はすぐ隣の家に住んでいるのに、

その男子生徒は、クリスマスケーキを抱えて自宅の玄関から出ると、

幼馴染の女子生徒の家の玄関の前を通り過ぎて行った。

ラブレターそのままでは気恥ずかしいのでクリスマスケーキに添えて、

直接渡す勇気は無いので宅配で。

宅配に出すところを知り合いに見られたくないので、

その男子生徒はわざわざ自宅から遠い場所まで出かけていった。

時間は学校が終わったばかり、

今すぐに行けば、明日の12月24日には届く寸法だ。

そこまでの計算は完璧だったのだが、

しかし遠くに出しに行くというのが余計だった。


 その男子生徒は、ラブレター入りクリスマスケーキを無事に宅配に出し終えた。

遠くの店舗を選んだので、時間はもう夕方から夜に差し掛かろうとしている。

街灯が点くか点かないかのギリギリの薄闇、

しかもその男子生徒にとっては不慣れな土地。

運悪く、その男子生徒は、足元の歩道の縁石に足を取られてしまった。

すってんころりんと頭から地面に転んで、

人気ひとけのない住宅街に、ゴツンと鈍い音が響き渡る。

頭から生温かい液体が流れ出てきて、その男子生徒は意識を失った。



 暗闇の中、濁流に意識が流されていく。

濁流はより大きな流れに合流し、次々と大きな流れに加わっていく。

やがて流れは大きな湖に流れ着き、その男子生徒はいつの間にか岸にいた。

岸には温かな光が無数に浮かんでいて、

その中の一つがふわふわと近寄ってきたかと思うと、

その男子生徒に柔らかな声が聞こえてきた。

「あなたはここに来たばかりの人間ですね。

 私は、あの世の水先案内人。

 あなたの輪廻転生をご案内します。」

柔らかだが有無を言わせぬ声に、その男子生徒は答える。

「輪廻転生?ということは、僕は死んだのか。」

「あなたは、自分が死ぬところを覚えていないのですか?」

「僕が死ぬところ・・・いや、覚えている。覚えている気がする。」

それは、その男子生徒にとっては、つい先程のこと。

幼馴染の女子生徒にラブレターを添えたクリスマスケーキを送り、

その帰り道で派手に転んだのを思い出した。

確かにあの時、頭から地面に転んで強打していたのだった。

「そうか、僕は、あの時に死んだのか。

 通りでここは現実離れしているはずだ。」

自分は既に死んでしまった。

そのことはその男子生徒にとって少なからぬ衝撃だった。

折角、ラブレターを書いたのに、もう自分は死んでいるのだから。

「は、ははは・・。

 死んだんじゃ、ラブレターも全部無駄じゃないか。」

腰を抜かしているその男子生徒を差し置いて、

耳元では柔らかな声が何事かを話している。

ここはあの世だとか、あなたは魂になったとか、

そんなことを話していた気がする。

しかしその男子生徒にはちっとも頭に入らなかった。

その様子に気が付いたのか、柔らかな声がやや苛立ったように言った。

「聞いていますか?

 あなたはこれから、輪廻転生をする先を選ぶ必要があります。

 それが、人間に与えられた特別な力です。

 輪廻転生して天寿をまっとうできれば成仏、魂の終わりです。

 転生した先で天寿を全うできなければ、また転生することになります。」

「天寿って何?」

「天寿とは、そのものに与えられた使命です。

 あなたにも生前、何かしらの使命があったはずです。

 でもあなたは使命を果たす前に死んでしまった。

 だから、また生をやり直す必要があります。

 もっとも、大抵の人間は、転生先にまた人間を選んで、

 新しく別の人間に生まれ変わるものですが。

 あなたもそうしますか?」

死んだ人間が新しく別の人間として生まれ変わる。

そんな話は、その男子生徒も耳にしたことがある。

生まれ変わってやり直したい。

そんな話もよく聞くこと。

しかし、今のその男子生徒にはどうでも良いことだった。

その男子生徒はなげやりに答える。

「転生する先なんて、そんなのどうでもいいよ。

 何に生まれ変わろうと、もうあの子と一緒にはなれないんだから。

 だったら何も考えること無く、さっさと消えてしまいたい。」

もしも、新しく別の人間に生まれ変わっても、0からのスタート。

今この世に生を受けている人とは、歳も違うどころか、

再び巡り会えるかどうかも分からぬ博打。

その男子生徒には、これと決めた一人の相手がいるのだから、

それでは何の解決にもならない。

すると柔らかな声は一つの提案をした。

「では、物に転生してはどうでしょう。」

「物に転生?そんなことができるのか。」

「はい、できます。

 生き物と物の違いは人間が決めたもの。

 元々、生き物も物も違いは無いのです。」

「物に転生した場合はどうなるの?」

「物は天寿、つまりは使命が単純ですから、全うするのも比較的簡単です。

 自分の意志で動くことはできませんが、

 逆にじっとしているだけで天寿を全うできることが多い。

 もしも、物として死んでもなお天寿を全うできなくても、

 死んだ物の一番近くにある、魂の入っていない物に自動的に転生し直します。

 天寿を全うできてもできなくても、何もする必要はありません。

 あなたのように早く簡単に成仏したい人にはうってつけです。」

「ああ、そうかい。じゃあ物で良いよ。」

「わかりました。

 あなたが輪廻転生したい物の希望はありますか?」

「輪廻転生する物だって?

 そんなの何でも・・・いや、待てよ。」

問われてその男子生徒は考え込んだ。

黙っているだけで天寿を全うできる物。

その男子生徒にはその心当たりがある。

「僕を、あの子に贈ったクリスマスケーキにしてくれ。」


そうして、その男子生徒は、クリスマスケーキに転生した。



 全身を包み込む白いクリーム。

体内を満たす甘いフルーツの数々。

体の上を飾るクリームや砂糖菓子のデコレーション。

確かにその男子生徒は今、クリスマスケーキだった。

もっとも、暗い箱の中にいるので、目で見ることはできないのだが。

「そもそも、クリスマスケーキの目ってどこだ?」

暗闇に揺られながら、その男子生徒は独りちた。

やがて暗闇の外で、人が会話する声が聞こえてきた。

「お届け物でーす!」

「はいはい。

 あら、お隣の太一たいちくんからね。

 美咲みさきー!太一くんからお届け物よ。」

「はーい!

 太一くんからわたしにお届け物?何だろう。

 すぐ隣の家なんだから、直接渡してくれれば良いのに。

 どれどれ・・・」

ガサゴソと暗闇の外をまさぐる気配がして、

やがて暗闇に光が差して切り取られていった。

クリスマスケーキとなったその男子生徒が入った箱が開封されたのだ。

まず最初に見えたのは、何事かと覗き込む幼馴染の女子生徒の顔。

大映しになった顔に、思わずその男子生徒の胸がドキリと高鳴った。

が、しかし、クリスマスケーキなのでもちろん、ときめく胸は無い。

胸をときめかせたのはむしろ、幼馴染の女子生徒の方だった。

「わぁ!お母さん!

 太一くんから、クリスマスケーキが届いたよ。」

「まあ、立派なホールケーキ。ありがたいわねぇ。」

などと幼馴染の女子生徒は母親と話している。

どうやら、自分が送ったクリスマスケーキは喜んで貰えたようだ。

果たして、ラブレターの方は喜んで貰えるだろうか。

ラブレターはクリスマスケーキの下に忍ばせてあって、

クリスマスケーキを食べ終えると現れる仕掛けになっている。

その男子生徒は、せめて成仏するならばクリスマスケーキに転生して、

想いを寄せる幼馴染の女子生徒に食べられて成仏したい、

そう思って転生先をクリスマスケーキに選んだのだった。

その目論見は上手くいっていた。

すくなくとも、ここまでは。

しかし、この後、予想外のことがその男子生徒の身を襲った。

「こんな立派なホールケーキ、一人じゃ食べ切れないよ。

 家族みんなで食べようっと。」

そんな幼馴染の女子生徒の声が聞こえたのだった。


 その男子生徒は、想いを寄せる幼馴染の女子生徒に、

ラブレターを添えたクリスマスケーキを送った。

しかし、その帰り道、不幸にもあの世に行くことになった。

もう幼馴染の女子生徒と一緒になることはできない。

悲観したその男子生徒は、輪廻転生する先に、

自分が贈ったクリスマスケーキを選んだのだった。

成仏するならせめて、好きな人に食べられたい。

そんな一心で。

しかし、ここで不測の事態が、

クリスマスケーキとなったその男子生徒を襲った。

その男子生徒が、幼馴染の女子生徒に贈ったケーキが立派すぎた。

奮発してホールケーキを贈ってしまったばっかりに、

幼馴染の女子生徒は一人で食べきれまいと、

家族で分け合うことを選んでしまった。

まさか、自分が転生することになるとは知らず、

その男子生徒がクリスマスケーキを奮発しすぎたゆえのことだった。

今、その男子生徒の体は幾片かに切り刻まれ、食卓に並べられている。

その前に座っているのは、幼馴染の女子生徒の家族たち。

娘の面影がある母親はまだしも、

髭面の父親、鼻水を垂らした幼い弟に食べられるのは、

ぞっとしない話だった。

しかし、今のその男子生徒はクリスマスケーキの身。

走って逃げ出すことも、身を避けることもできない。

なすがまま、その身を食べ尽くされるのを見ているしかできなかった。

「かぁー!このケーキ、美味いなぁ!

 お隣の太一くんがくれたんだって?今度お礼をしないとな。」

父親のビールまみれの口で、

その男子生徒の体がクチャクチャと噛み締められる。

「お姉ちゃん!ケーキもっとちょうだい!」

鼻水を垂らした、歳の離れた幼い弟に、

その男子生徒の体に盛られた生クリームを舐め回される。

その度に、クリスマスケーキとなったその男子生徒は、

獣たちに体を蹂躙されるおぞましさに身を震わせていた。

幼馴染の女子生徒のピンク色の唇へ運ばれた体の記憶など、

おぞましさですぐに上書きされてしまった。

クリスマスケーキとなったその男子生徒は、

体の上に飾られたサンタクロース人形の菓子を弟に齧られたところで、

悲鳴を上げてぷっつりと意識を失ってしまった。



 暗闇の中、意識が濁流に流されている。

その男子生徒には、この感覚に覚えがあった。

「これは、魂があの世に送られる時の感覚だ。

 ということは、僕は成仏できなかったのか?」

するとまたもや柔らかな声が、その疑問に答えた。

「そのようですね。

 あなたは望む通りにクリスマスケーキに転生し死んだ。

 しかし、天寿は全うできなかったようです。」

「そりゃ・・そうだろうな。」

その男子生徒の望みは、クリスマスケーキとなって、

好きな幼馴染の女子生徒に食べられて成仏すること。

しかし、実際には、体の殆どは父親と弟に食べられてしまった。

思い出すのも嫌な記憶、成仏などできるはずもなかった。

「僕は、これからどうなるんだ?」

「物に転生したあなたは、次の転生先を選ぶことはできません。

 あなたが死んだ地点から一番近くにあって、

 他の魂が宿っていない物に自動的に転生するはずです。」

「クリスマスケーキの近くにある物?それって・・・」

そうしている間にも、意識は濁流に流され、次の転生先へ向かう。

「おや、もう転生するみたいですね。

 では、次の生ではお幸せに。」

そうしてその男子生徒は、再び意識を失った。



 ぼんやりと意識が形成されていく。

何者かがその男子生徒の体を掴んで、階段を上っている。

視線を上にやると、体を掴んでいるのは、

その男子生徒が想いを寄せる幼馴染の女子生徒らしい。

どうやら、食卓から離れて、自分の部屋へ向かっているようだ。

時間は先程からそう経っていないように感じる。

体中から微かに甘い匂いがする。

これは・・・。

その男子生徒がそう考えている間に、

幼馴染の女子生徒は自分の部屋にたどり着いたようだ。

明かりが点けられて、いくらか見覚えがある部屋の内装が見えた。

やはり、その男子生徒の体を掴んでいたのは、幼馴染の女子生徒。

ここは幼馴染の女子生徒の部屋で間違いない。

そして、今。

その男子生徒は、ラブレターだった。

クリスマスケーキとして死んで、その男子生徒が次に転生したのは、

自分が幼馴染の女子生徒に宛てて書いたラブレターだった。

クリスマスケーキとして死んだので、

同じ箱の中に入れられていたラブレターが、

次の転生先に選ばれたらしい。

その男子生徒はラブレターになった自分の境遇に身をよじった

「ああああ!僕は今、ラブレターなのか?自分が書いた?

 止めてくれよ!」

神に仏に懇願するが、しかし転生先を変えることはできない。

その男子生徒は、好きな幼馴染の女子生徒に、

自分が書いたラブレターを目の前で読まれるのを、

自分の体に起きたこととして受け入れるしかできなかった。

「えーっと、なになに。

 僕、太一は、美咲さんのことを好いています。

 好きです。大好きです。

 誰にも渡したくない。僕だけのものになって欲しい。

 って、何よこれ~!ラブレターじゃないの。

 危うく、家族の前で読むとこだったよ。

 太一くん、そういうことは直接言ってよ~。」

その男子生徒の魂が宿っているとも知らず、

幼馴染の女子生徒はラブレターを読んで顔を赤くしていた。

受け取ったラブレターは最後まで読むのが礼儀。

幼馴染の女子生徒は、ラブレターの続きを読み始める。

癖なのか、小声で音読までしていた。

「美咲さん、あなたのことを僕はずっと見ていました。

 幼稚園のお昼寝で、僕と美咲さん、

 二人揃っておねしょをした時のことを覚えていますか?

 僕はよく覚えています。

 堂々としたあなたに、僕は心打たれたものです。」

「止めてくれええええ!」

「小学校の時、男子がスカートめくりをしていたのを覚えていますか?

 あの時、美咲さんは、

 僕だけは美咲さんのスカートをめくらなかったと褒めてくれました。

 本当は、怒った美咲さんが怖くて、

 僕は美咲さんのスカートだけは手を出せなかっただけです。」

「もう読まないでくれ!」

「中学校の時、水泳の授業、

 僕は美咲さんの水着姿から目を離せませんでした。

 思えばあれが、美咲さんを意識するようになった切っ掛けです。」

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

自分が書いたラブレターを目の前で好きな人に音読されて、

その男子生徒は骨が折れんほどに身を捩って謝り倒した。

しかし今はラブレターになった身。

いくら体を捩っても折れる骨はなく、謝罪の声は誰の耳にも届かない。

こわごわと視線を正面に戻すと、

そこには顔を赤らめた幼馴染の女子生徒の姿があった。

怒っているのだろうか?

真っ赤な顔には薄っすらと涙すら浮かべているように見えた。

するとそこに、階下から母親の慌てた声が聞こえてきた。

「大変!

 今、お隣にケーキのお礼に行ったんだけど、

 太一くん、昨日からどこかに出かけたきり、まだ戻ってないんだって!」

すると、幼馴染の女子生徒の赤かった顔が、サッと色を失った。

「ほ、本当?

 大変、どこかで事故に遭ったのかも。

 わたし、探してくる!」

幼馴染の女子生徒は、目尻を指先で軽く拭うと、

読んでいたラブレターを掴んだままで部屋から出ていった。

手の中で激しく揺さぶられながら、その男子生徒はおぼろげに考える。

「そうか、僕が死んだのを、父さんも母さんもまだ知らないんだ。

 美咲、僕が死んだって知ったら、悲しんでくれるかな。

 それとも、死人からラブレターなんて貰って、迷惑かな。」

考えとともに意識もおぼろげになっていく。

そうしてその男子生徒は、三度みたび意識を失った。



 意識が濁流を流されているのを感じる。

その男子生徒には慣れた状況、すぐに確認を取った。

「僕の魂がここにあるってことは、成仏していないんだな。

 どうしてだ?

 僕はラブレターに転生して、美咲にちゃんと読んで貰えた。

 ラブレターの天寿、つまり使命は全うしたじゃないか。

 それなのに、何故成仏できない?」

するとやはり柔らかな声の答えが聞こえてきた。

「あなたの魂がここにあるということは、成仏していないのは事実。

 でも当然でしょう?

 ラブレターの使命は、読まれることじゃない。

 想いを届けて恋を成就させることが使命なんだもの。

 ラブレターはただの手紙とは違う。

 読まれただけじゃ天寿を全うできない。

 でも、手紙としては読まれた時点で役目を終えたから、死んだに等しい。

 ラブレターが天寿を全うしたかどうかは、生前にはわからない。

 後にならないと分からないものなの。

 だからあなたは、ラブレターとして死んだ時点でまた輪廻転生する。」

「僕は、次は何に転生するんだ?

 美咲に、美咲に逢わせてくれ!」

「それはできない。

 物に転生したら、次の転生先は選べない。

 次の転生先は、最も近くにある、魂の入っていない器。

 さあ、もう次の転生の時間ですよ。

 次の生では、幸あらんことを。」

無情にも、その男子生徒の意識は、問答の途中に途絶えてしまった。



 意識が薄く形作られていく。感覚も戻っていく。

今にも死んでしまいそうな程に痛い、寒い。

ここはどこだろう?僕は何に転生したのか?

しかしその男子生徒は体を動かすことができなかった。

目の前には夜空、微かに雪がちらつき始めている。

何も考えられない程に痛く寒く、それを包み込むような強烈な睡魔が襲う。

このまま眠ってしまえば、きっと楽になれることだろう。

これが成仏ということか。

すると、そんなことを考えている男子生徒の体を、何者かが掴んで揺すった。

「太一くん!?太一くんだよね!

 こんなところでどうしたの?しっかりして!」

どんなに意識が薄くなっても、その男子生徒はこの声を聞き間違えたりしない。

幼馴染の女子生徒の声だった。

物に転生したはずなのに、幼馴染の女子生徒は、自分を名前で呼んでくれている。

これは一体どうしたことか。

疑問に答える声はなく、覆いかぶさった幼馴染の女子生徒の顔からは、

温かな涙がポタポタと顔に落ちてきた。

その涙の温かさを感じながら、その男子生徒は何度目かの意識を失った。


 暗闇の中、意識が感覚とともに取り戻されていく。

薄っすらとまぶたを開くと、そこは一目ひとめで病室と分かる部屋だった。

その男子生徒は今、どこかの病院のベッドに寝かされていた。

「ここは病院?僕は、何に転生したんだ。」

思ったように声を出せない。

それでも、ベッドの傍らには声が届いたようだ。

そこにはあの幼馴染の女子生徒がいた。

幼馴染の女子生徒は、その男子生徒が目を覚ましたのに気が付くと、

泣き腫らした目を拭って声を上げた。

「太一くん?太一くん、意識が戻ったの!?良かった!」

感極まった幼馴染の女子生徒が、その男子生徒にすがりつく。

その柔らかな感触に包まれながら、その男子生徒は実感する。

「そうか、僕は、僕自身の体に転生したのか。

 あの時、僕の体は魂が抜けて、物になっていた。

 生き物と物に違いは無いんだものな。

 きっと、ラブレターの一番近くにあった空の器が、

 魂が抜けたばっかりの僕の体だったんだ。」

あるいは、輪廻転生だの魂だのが、全て夢だったのかもしれない。

臨死体験で見た、ただの夢だったのかもしれない。

とても信じられない、現実味のある話だとは思えないから。

でも。でも、その男子生徒には確信がある。

あれらは全て本当の出来事だったのだろう。

なぜなら、今、この体にすがりついて泣いている、幼馴染の女子生徒。

今、一番近くにいてくれている幼馴染の女子生徒の、その手には、

自分の前世である、あのラブレターが握られているのだから。



終わり。


 クリスマスなのでクリスマスケーキが食べたいなと思い、

クリスマスケーキに転生する話を書きました。


クリスマスケーキは食べると美味しい、

でも自分がクリスマスケーキになって食べられるのは、愉快とは限らない。

特に、相手を選べない場合はなおさらだと思います。


男子生徒こと太一くんは、クリスマスケーキに転生し、

その後にラブレターに、最後には自分自身の体に転生しました。

結果として蘇生できたことになるわけですが、

それもこれも、幼馴染の女子生徒こと美咲ちゃんのおかげです。

太一くんが行方不明と聞いた美咲ちゃんが、

慌ててラブレターを持ったまま出かけていって、

倒れている太一くんを一番最初に見つけたので、

その時にラブレターと太一くんの体が接近して転生先に選ばれたのでした。


手紙は読まれた時点でその生を終えますが、

ラブレターは読まれた時点では天寿を全うしたかまだ判断できない、

そのことにも太一くんは救われました。


では、太一くんが書いたラブレターは天寿を全うしたのか?

それはもう明らかでしょう。


お読み頂きありがとうございました。


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