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憎しみの矛先

「どうぞ」


 ユーリ、と呼ばれていた少年が、湯気の立つカップを2つ手にしてやってくる。そのうちの1つを受け取った。


「ありがとう。ユーリ君……でいいのかな」

「ユーリでいいよ」


 ユーリは再び木樽の上に座ると、茶を啜る。受け取ったお茶は、雑草で淹れたという割には良い香りのする、透き通ったお茶だった。


「ユーリ。君は、僕のこと……憎んでないの?」


 兄とは違って、ユーリがこれまで露骨に嫌悪感を見せることはなかった。だが、これは憎まれてもおかしくない状況だ。


 僕の問いに、ユーリはわざとらしく首を傾げた。『うーん』だなんて、わざわざ声に出して考えるフリまでした。



「そうだなぁ。憎んでるよ、多少はね(・・・・)



 考える素振りは見せていたものの、答えは初めから決まっていたように思える。微笑みながら答えたユーリの表情は、けれどどこか悲しげに見えた。


「多少は?」

「うん。だって、父さんと母さんが死んだのは、アレンさんじゃなくて魔王のせいでしょ。『アレンさんが魔王を倒せていれば』って思うこともあるけど……アレンさんが悪いわけじゃないんだ」

「それは……」


 仕方のないことだった。そう言っているようにも思える。


 その言葉に、正直言って、僕は少し救われた。僕が悪いのではないと、免罪符を貼られたようで。


 それと同時に……罪悪感も芽生えた。まだ両親のことが恋しいであろう小さな子供に、慰めてもらっている僕自身が情けなくて。


「兄さんも、頭では分かってるはずだよ。アレンさんが悪いわけじゃない、ってね。だから、兄さんのこと、許してあげてほしい」

「いや……誰だってそうなるよ。僕だって反対の立場なら……憎むと思う。勇者を」


 勇者が敗れたせいで魔物が溢れ、魔物に両親が喰い殺され、その勇者が五体満足で目の前に現れる——僕だって、彼と同じように胸ぐらを掴むだろう。『お前はこんなところで何をしているんだ』、って。


 暗く、重い空気が僕たちの間を漂う。彼が帰ってくるまでこのままなのかと思っていたが、耐え切れなくなったのか、ユーリが話を切り出した。


「それより……魔王って、そんなに強かったの? アレンさんたちは向かう所敵なしって、風の噂で聞いたけど」

「魔王、か……」


 記憶を取り戻した今は、毎日のように夢に見るし、鮮明に思い出せる。僕たちなら魔王だって倒せるはずだと信じて突き進み、地獄に足を踏み入れた日のことを。


「……強いとかいう次元じゃなかった。正直、今でもどうやって倒せばいいのか……分からない」

「……そんなに?」

「ああ。奴と遭遇して数分足らずで、仲間が2人殺されて、残った僕たち3人も瀕死の重傷を負った。規格外すぎるんだ、魔王は」


 魔王が吐いた黒い霧を吸った途端に痙攣して死んだランスと、魔王が放った光線に貫かれて死んだクレス。そして、その後の怒涛の攻撃で瀕死になった僕とレッドとリストレア。


 それが、魔王と相対してから僅か数分の間に起きた出来事だ。数時間に及ぶ激闘の末の結果ではない。僕たちが『それが魔王である』と認識してから、数分の間に起きたことだ。

 


「どんな奴だったの、魔王って」

「妙な見た目だったよ。沢山の管が繋がった、鉄の巨人みたいな奴だった。ほら、魔物は色んな生き物が混ぜられたような見た目をしてるだろ? 魔王は何というか……生き物、って感じじゃなかった」

「へえ……」


 今でも鮮明に思い出せる。奴の姿を。僕たちを殺すためだけに存在しているかのような、あの異形の存在を。


「もう一度戦ったら、勝てるの?」


 ユーリが、そう問うてきた。僕はその問いに、すぐに答えることが出来なかった。


 勝てるのだろうか、あんな化け物に。これまでの旅を一瞬で無に帰した、あの怪物に。



「……分からない。正直、前回は勝負にすらなっていなかった、と思う」



 考えた。どうやって魔王を倒そうか、と。だけど、答えが出なかった。どれだけ空想の魔王と戦っても、僕たちは手も足も出せずに死んでしまう。


 空になったカップを見つめ、考えた。やはり、何度やっても勝てない。どんな軍勢を揃えても、奴の前に転がる屍を増やすだけになった。


 だったら、諦めるのか。勝てないから、僕は魔王から逃げ続けるのか。



「でも……倒さなきゃならない。じゃなきゃ、僕だけが生き残った意味がない」



 否、そうではない。勝てる勝てない、という話ではないのだ。僕は魔王を、倒さなければならない。僕は勇者で、この命は皆に託されたものだ。ならば、生かされた僕が使命を全うしなければならない。


 ユーリは静かに、僕の言葉に耳を傾けていた。その時だ。嫌悪感を剥き出しにした言葉が投げかけられたのは。


「弟に変な話を吹き込むなよ、クソ勇者」


 彼が帰ってきた。その手には、丸められた紙が握られている。


「お帰り、兄さん」

「ああ」


 彼はどかっと椅子に腰を下ろすと、その紙を卓上に広げる。言葉通り、地図を借りてくれたらしい。


「勇者、お前、地理には詳しいか?」

「そこそこ……だと思います」


 そう答えると、彼は僕にも聞こえるような音で舌打ちをした。


「さっきからそうだけどよ、敬語なんて使うな、気持ち悪い。お前の方が歳上だろうが」


 吐き捨てるように言った彼は、広げた地図の一点を指差す。


「この村はここだ。お前が言ってたペルロス村跡地はここ」


 彼が指差した地点……正確には、その大陸には見覚えがあった。以前にも何度か、この近くの町を訪れている。


 魔王の根城からは随分と離れた位置にあるが……嵐で流れ着いたのだろう。船旅とも言えるような距離を流れ着いて生きていたのは、奇跡としか言いようがない。



「エウラ大陸……そうか。なら、このまま北に進めば……」

「ああ。ウィローがある」


 ウィロー。かなり規模が大きく、巨大な外壁や対魔物用の兵器で武装された、まるで要塞のような都市である。


「ウィローの状況は?」

「あそこは要塞みてぇな都市だからな。まだ魔物の被害も少ないって聞くが」


 元々、魔物を撃退することを目的に建造された都市だ。時間の問題とはいえ、この混乱の中でもまだ都市としての機能を維持しているらしい。


 ウィローならば、手練の兵も大勢いるだろう。魔王討伐の仲間集めも出来るかもしれない。弓の名手、ランスと出会ったのもこの町だ。


 ウィローに向かおうという僕の意思を汲んだのだろう。彼はため息をこぼし、不満げな表情で言う。


「……行くなら早くした方がいい。勇者が来たって噂が、もう広まってる」

「もう?」

「田舎の噂ってのは広まるのが早いんだ。お前の顔を見た奴だっていたしな」


 彼の言いたいことは、大体分かった。噂が広まれば、僕を尋ねてくる村人も増えるだろう。そうなれば……。


「村の殆どの連中は受け入れてるが……お前のことを憎んでる奴もいる。俺みたいにな。そいつらが下手な行動を起こす前に村を出た方がいい」

「……分かった。すぐに離れるよ」


 不満げな表情をしつつも、こうして忠告をしてくれるあたり、ユーリの言葉通り彼も理解はしているのだろう。真の悪は魔王なのだと。


 でも、人は手近な存在に責任をなすりつけてしまうものだ。魔王を倒せなかった僕が悪いのだと。その気持ちは、よく分かる。


「家を出て真っ直ぐ右に進めば村の端だ。そこから街道辿りゃ北に行ける。後は分かるな?」


 顎で指示を出しながら言った彼の言葉に頷く。ウィローはここからただひたすら北に進み続けた場所にある。難しい道のりではない。


「うん。……ありがとう。えっと、名前は……」

「リード」


 青年——リードは食い気味に答えた。


「リード。わざわざ地図まで借りてもらって……」

「言ったろ。俺だってお前のことを憎んでる。だから、用が済んだならさっさと消えろ」

「……分かった。本当に感謝してる。それから……すまない」



 これ以上、彼と話しても彼の憎しみを買うばかりだろう。ここは、他の村人も合流する前に、村を離れる方が得策だ。時間も、そう多く残されているわけではない。


 ユーリにも別れを告げ、僕はリードたちの家を離れた。道中出会った村人には、心の中で精一杯の懺悔を繰り返しながら、足早に、村を出た。

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