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再起

 僕たちは走った。とにかく走って、魔物から逃げようとした。あの大型の魔物以外に敵はいない。奴さえ振り払うことができれば、僕たちは生き残ることができる。


 だけど、奴はそれを許さなかった。障害物を躱しながら逃げる僕たちに対して、奴は障害物を破壊しながら進んでくる。



(まずい……追い付かれる……!)



 直線の移動では振り払えない。どこかで一度、奴の視線を切らなければ。だが、そうなると戦闘は不可避。リリーは戦えないから、僕が戦うしかない。


 剣を握る手に、力が籠る。やれるのか、僕に。あんな巨大な敵と戦うことができるのか。


 負ければ死。僕だけならまだしも、僕が死ねば必然的にリリーも死ぬことになるだろう。生きたまま奴に喰われる未来だって存在してるんだ。


「レオン……ちょっ、と、待って……」


 そんなことを考えながら走っていたからか、自分の体力のことしか頭になくて、手を取ったまま走っていたリリーの体力が、底を尽きかけていたことに全く気が付かなかった。


 思わずその場で立ち止まる。リリーは肩を揺らし、荒い呼吸を繰り返していた。


「ご、ごめん、リリー……」

「ううん……私、が、足を引っ張ってるだけだから……」


 平気なフリをしているが、流す汗の量が尋常ではない。奴はもうすぐそこまで来ている。休んでいる暇はない。だけど、リリーはもう走れない。


 リリーを担いで逃げる……いや、無理だ。ただでさえ距離を詰められているというのに、人1人を担いで逃げては追い付かれる。


「レオン……」


 息を切らしながら、リリーが僕の名前を呼ぶ。


「レオン、お願い……逃げて……?」

「リリー……?」


 一瞬、リリーの言葉の真意が理解できずに、戸惑った。彼女が、『自分を置いて逃げろ』と言っているのだと気付いたのは、瞬きを二度ほどした時だった。


 リリーはその場にへたり込んで、息を整えている。再び走り出すには、まだ時間がかかりそうだ。


「私が、ここに残れば、少しは時間を稼げると思う……だから、その間にレオンは……」

「ダメだッ……そんなことできるわけないだろ!?」


 リリーの言葉は、半分、正しい。


 僕にはまだ体力が残っている。奴から逃げ切ることも可能だろう。そして、魔物は人を捕食する。リリーがこの場に残れば、一時的に奴の動きを止めることも可能だろう。


 しかし……それも確実ではない。民家よりも大きな魔物だ。リリーを捕食してもその場で止まらない可能性もあるし、逃げた先で別の魔物に襲われる可能性もある。


 いや、そうでなくても、リリーをここに置いて1人逃げるなんてことができるはずもない。また(・・)自分だけ生き残るために、恥を晒しながら逃げるなんてことが。



……また? またって、なんだ。僕は、前にもこんなことが……。



 リリーは、戸惑う僕の手に触れ、握る。こんな時だというのに、その温もりは心地良い。


「レオンは、逃げなくちゃダメだよ……だって、レオンは……」


 彼女は一度目を瞑り、そしてもう一度開いて、言った。





「……気付いてるんでしょ、レオン——自分が、勇者(・・)だって、こと……」





 ずっと、僕が目を背け続けていた現実。リリーは、その現実をナイフのように突きつけた。


「ッ、それは……!」


 何も言い返せずに、僕は口を噤んだ。



……気付いていた。僕には記憶が無いが、どうやら、記憶を無くす前の僕はそこまで馬鹿な人間ではなかったらしい。


 勇者がいなくなった時期と、僕がこの村に来た時期。


 争って出来たような不自然な傷と、一般人らしからぬ装い。


 そして……魔王や魔物の話を聞くたびに起こる頭痛。確定ではないが、状況証拠が揃い過ぎている。




 僕は、勇者だったんだろう。魔王に敗れた勇者だ。




 そして、それに気付いていたのはリリーも同じだった。リリーは気付いていて尚、僕のために口には出さなかったんだ。


「勇者は、魔王を倒す使命があるから……だから、こんなところで死んじゃ、ダメだよ……」

「使命とか、そんな……リリーを置いていく理由にはならないだろ……!?」


 リリーは、静かに首を横に振る。



「ううん……魔王は、勇者にしか倒すことが、できないから。だから、レオンさえ生きていれば、人はまた、立ち上がれるの」



 その言葉を聞いた途端に、激しい頭痛が起きた。


 また、そうやって言うのか。僕が……勇者さえ生きていれば、それでいいと。


 リリーも……そして、あいつ(・・・)も。



「もう、時間がないよ、レオン……お願い、逃げて……」



 魔物はすぐそこまで来ている。リリーは、まだ立ち上がれない。息を切らして、もう、逃げる気力すら見せていない。


 どくん、どくんと、心臓が強く鼓動している。僕の中の勇者が、僕を奮い立たせている。


 ああ、そうだ。そうだった。僕はあの時、後悔した(・・・・)んだ。奴らから逃げて、嵐に呑まれながら、後悔していた。皆を置いて逃げたことを。責め立てたんだ。逃げた自分を。


 記憶を失ったのだって、嵐に呑まれたからじゃないのかもしれない。きっと、何もかもを忘れて、自分が何者であるかも忘れて、のうのうと過ごしたいと思っていたからなんだ。



……でも、それじゃダメなんだ。全てを忘れたって、全てを失ったって、どれだけ後悔したって、僕は戦わなくちゃいけない。皆が僕を生かすために、戦ってくれたから。



「……リリー、僕は、レオンの代わり(・・・・・・・)にはなれない」



 だから、もう逃げちゃダメだ。どんな絶望的な状況だったとしても、僕は逃げちゃダメなんだ。


 リリーの手を離し、立ち上がる。迷いはもう、消えた。頭痛だって、消え去った。


「でも、たとえレオンじゃなかったとしても……僕は、君の家族だ」


 魔物が来る。その鋭い脚が、僕たちを貫こうと振り下ろされる。


 それを、剣で弾き返した。奴の巨体がよろめき、後ろに転ぶ。大丈夫。剣の腕は、衰えてはいない。



 左手でリリーの頭を撫でた。強気なフリをしたって、こうして震えている。きっと、レッド(・・・)も、リストレア(・・・・・)も、震えていたはずなんだ。怖くて堪らなかったはずなんだ。


 だから、戦おう。皆の意思を、無駄にしないためにも。大切な人を、守るためにも。






「——僕はもう、誰かを置いて逃げたりしない。僕は……僕はアレン・フランツ。勇者だ」

 

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