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襲来

 狩りで得た小動物と、手近にあった果物。それから食べられるキノコをいくつか背負い、帰路に着く。滅んでしまったこの村も、見慣れてしまった。今はもう、どこか心に安らぎを覚えてしまうほどだ。



「あ。おかえり、レオン」



 ガタ付きのある扉を開くと、リリーが笑顔で出迎えてくれる。背負っていたカゴを下ろすと、リリーは嬉しそうに食材の選定を始めた。



 ここが、僕の家なのだと。帰る場所なのだと……そう思うようになった。






「レオン、弓使うのも上手くなったね」


 夕食を摂りながら、リリーがそんなことを言う。ここ数日は、弓で獲物を仕留めることも増えてきたからだろう。


「まあね。記憶を無くす前は弓の名手だったのかも」


 村の廃墟で拝借してきた弓を見つめながら言う。記憶は無いが、何故だか弓を握ると懐かしい気持ちになる。


 何かを。いや、誰かを思い出しそうな。そんな気分だ。


「あは、前は『剣士だったかも』って言ってたけど?」

「じゃあ……剣士で弓士だったのかもね」


 『なにそれ』だなんてリリーは笑いながら、キノコを口に放り込む。


 ここに来た時と比べて、リリーはよく笑うようになった。元からよく笑う明るい性格ではあったけれど……それに加えて、最近は楽しそうだ。


 もしかすると、人肌が恋しかったのかもしれない。いや、きっとそうだろう。何せ、誰もいないこの村で3年も過ごしてきたんだから。





「あ」

「うん? どうしたの、レオン?」


 食後のデザート代わりに果物を齧りながら、ふと、リリーに伝えなければならないことを思い出す。


「帰りに、魔物の群れを見たよ。この村には向かってなかったけど」

「……また?」


 それは、今食べているこの果物を集めている時だった。森から少し外れたところに、数体の魔物の群れを見つけたのだ。


 幸い、こちらに気が付かれることもなく、隠れてやり過ごすことはできたが……ここのところ、このような事例が増えている。


「最近多いね。この辺りは比較的平和だったのに」

「魔王の支配が進んでるのかもね。この村も、いずれは安全じゃなくなるかもしれない」


 今はまだ、この村にまで捜索は及んでいない。だがいずれ、ここに人がいることが知られてしまうだろう。


 数体ならばまだいい。だが、数十体、数百体……もしくは、前にも見かけたあの巨大なムカデのような魔物が襲来すれば、この村は安全地帯ではなくなる。


 僕たちの間に、しばし暗い空気が流れる。が、それをリリーが振り払った。




「そうなったら……2人で、どこかに逃げよっか、レオン?」

「……え?」



 リリーの目はまっすぐとこちらを見つめていて、とても、冗談を言っているようには見えない。


 『村を離れたくない』と言っていたリリーが告げた思わぬ言葉に、僕はすぐに返事をできなかった。彼女はそんな僕の様子を見て、呆れたように笑う。



「まあ……先のことは、まだ考えないようにしようよ。どのみち、どこへ行ったって危険なんだから」



 そう言って、リリーは食器を持って立ち上がった。



——そして、真夜中。普段ならとうに寝ているような時間に、不思議と、目が冴えていた。


 どれだけ目を瞑っても、心を無にしても、眠ることができない。気分転換に外の空気でも吸おうと玄関に向かうと、肩に毛布を羽織ったリリーが立っていた。


「リリー、まだ起きてたの?」


 後ろから声を掛けると、彼女はぴくりと肩を震わせ、振り返った。


「うん。ちょっとね……眠れなくて」

「そうなんだ。僕も眠れなくてさ……外の空気でも吸おうかなって」

「……なら、私も」


 珍しくしおらしい彼女の手を取り、外に出る。もうすぐ冬が来るのか、少し肌寒い。


 玄関のすぐ隣にある長椅子に2人して座って、空を眺めた。星が綺麗な夜だ。月だって、いつもより大きく見える。


 隣に座るリリーは、ただじっと空を見つめていた。星を眺めている……ようには見えない。どこか上の空だ。


「ねえ……レオン。さっきの話なんだけど、ね」

「うん?」


 話は、彼女の方から切り出した。


「この村に、もしまた魔物が攻めてきたら、その時は……私を連れてって、レオン」


 上目遣いで、こちらを見つめるリリー。声がほんの少し震えていたように感じたのは、僕の気のせいだろうか。


「そりゃあ……勿論。リリーを置いてどこかへ行ったりしないさ」

「……本当? 本当の本当……?」


 何度も確認するように、リリーは同じ言葉を続けた。


「本当だよ。リリーはもう、僕の家族みたいなものなんだから」


 そもそも、こんなお願いをされなくたって、ここが危なくなればリリーを連れて逃げるつもりだった。リリーは死にかけていた僕を助けてくれた命の恩人で、家族みたいなものだから。


 家族を置いて1人で逃げることはしない。仮に、2人で逃げられない状況だったとしたら……僕は、この命を賭してでもリリーを逃してみせる。それが、彼女に救われたこの命の使い道だ。


 僕の言葉を聞いて、リリーは目尻に雫を浮かべた。安心し切ったような表情で、頬を緩ませている。


「……嬉しい」

「リリー、まさか……僕が君を置いて1人で逃げると思ってたの?」

「ううん……でも、ちょっとだけ不安だった」


 目に浮かぶ涙を、指で掬い取ってあげる。残念ながら、手拭いの持ち合わせはない。


「ひどいなぁ……流石にそこまで薄情な人間じゃないよ。……記憶を無くす前は知らないけど」


 『あはは』と笑うリリー。いつもの彼女だ。


 リリーは空を仰ぐと、再び僕を見つめて微笑みかけた。


「……ありがとう、レオン。おかげで、村を離れる勇気が出た」

「リリー……」


 そうか、と1人で納得した。リリーは僕に置いていかれるのを不安がっていたのではなくて……僕がいなくなって、また独りになってしまうことを恐れていたんだ。


 僕が目覚めた頃、リリーはこの村が好きだからまだ離れたくないと言っていた。だが、今は違う。いずれはこの村を離れなければならないという現実を受け止めたんだ。




「ねえ、レオン……もしよかったら、あなたのこと、お——」





——ドォォォン……





 リリーが、何かを言おうとした。けれども、その言葉は巨大な爆発音で掻き消された。



「な、なんだッ……!?」


 爆発音は、森の方から聞こえた。急いで立ち上がり、腰に差した剣の柄を握る。一体、何の音だ。


 自然現象か、もしくは何者かの手によるものか。何者かの手によるものならば、それは人なのか、魔物なのか。


 人……という可能性は低い。魔物が闊歩している世界で、あれだけ派手な音を立てようものならば、一瞬で魔物たちの餌になってしまう。


 ならば、可能性は2つ。


「リリー、僕の後ろに」

「う、うん……!」


 剣を抜く。剣を使っての戦闘は、目覚めてからは初めてだ。上手くやれるかは分からないが……上手くやらなければ、リリーを守れない。


 やがて、音の正体が明らかになる。森の木々を薙ぎ倒しながら、大きな頭が姿を現したからだ。


 小さな民家と同じくらい大きな蟻の頭部。胴体部分は蜘蛛と蠍を掛け合わせたような見た目をしていて、尻尾代わりといった風に蛇の頭が生えている。


 明らかなる偉業。この世のものとは思えない姿の生命体。



——魔物だ。目覚めてからここまで見た中では、最も巨大な魔物だ。



 魔物は森を破壊しながら、こちらへ向かっている。気のせいではない。標的は、僕たちだ。



「なに、あの魔物ッ……! あんなの見たことない……!」

「まずい……手当たり次第壊してる……リリー、早く逃げよう!」


 あの大きさの魔物は、まずい。一目見てわかる。アレは人の手に負えるものではない。少なくとも、記憶を失っている僕の手には負えない。


 ならば、すべきことはただ一つ。逃げることだけだ。幸い、逃げ道はいくらでもある。何としてでも、奴の手からリリーを守らなければ。

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