婚約破棄された公爵令嬢エミリア・シルフィードは持ち前のポーカーフェイスでこの難局を乗り切ります
「エミリア・シルフィード!
お前との婚約を破棄する!」
そう声高らかに宣言したのは、愛すべき推しであり私の婚約者であるウェルバード王太子。
傍らには憎き恋敵であるサーシャ・リビル。
どうしてですか、殿下。
私のなにがお気に召さなかったのですか?
「それで……何故でしょうか?
理由をお聞かせ願いますか?」
混沌とした心の内を明かすまいと、ポーカーフェイスで答える。
無様にわめき散らしたりしてはいけない。
私は動揺した素振りを見せず、つかつかとウェルバードに歩み寄る。
「え? ちょ、まって?
なんでそんなあっさりなの?」
なぜか動揺するサーシャ。
「なにか?」
「いや……だってさ!
婚約破棄だよ?! 婚約破棄!
ふつう取り乱したりするでしょ⁉」
「はて、一体どうしたのですか?」
あまりにおかしい彼女の態度に違和感を覚える。
「もっ……もしかしてだけど!
あんたってヤバいヤツ⁉」
「失礼な、何をおっしゃいますか?
わたくしには何一つおかしなことなどありません。
ええ、何一つ」
「嘘……絶対うそよ!
じゃぁ、なんで平然としてるのよ!」
サーシャは発狂しだした。
彼女の隣でほうけた顔をするウェルバード。
表情に力がない。
魂が抜けたかのよう。
まさか――
「いやぁ! こっちに来ないで」
サーシャは悲鳴を上げて後ずさり、スカートの裾を踏んで無様に転倒。
彼女のことなどお構いなしに、私はウェルバードの顔面に拳を叩きこんだ。
「がはっ……はっ⁉ 俺はいったい……」
どうやら怪しい術をかけられていたようだ。
ふぅと肩から力が抜ける。
「ウェル、アナタは今しがた私に婚約破棄を宣言したのです」
「なっ……なんだと⁉」
「一応、お尋ねしますが、宣言を撤回しますか?」
「無論だとも!」
サーシャの術によって操られたウェルバードは正気を取り戻し、宣言を撤回。
こうして茶番にも思える婚約破棄騒動は幕を閉じたのでした。
「ばっ……ばかああああああああ!」
「すまん! すまなかった!」
二人っきりになった私は、ウェルの胸をぽかぽかと殴る。
「油断して! 操られて!
私がどんな思いをしたかぁ!」
「悪かった! 許してくれ! この通りだ!」
へこへこと頭を下げるウェルだが、簡単に許しはしない。
私がどれだけ不安で心細かったか……!
「もう君を悲しませないと誓うよ、エミリア」
「お願いしますね、ぐすん」
遮二無二抱き着く私をウェルは優しく包み込む。
私を不安にさせるのは、これっきりにして欲しい。