鉄巨人の傭兵達
ロドス銀河メムノン星系群の8番星系クシフォスにある第2惑星グラニコス。想像しにくければロドス大陸メムノン県クシフォス郡グラニコス村と例えれば感覚としては近しいモノだろうか。一銀河という範囲さえ飛び越えた人類からすれば小さな居住惑星一つなど余りに小さな支配地の一つだ。
その惑星グラニコスはメムノン星系群で数多ある傭兵業とそれに関連したサービスを提供を外貨獲得の手段とする星である。惑星を領地とする男爵位を持ったグラニコス卿が、巨大な人型兵器たる機械化装甲を持つ人材を集め、時には自身が彼等を率い督戦して戦う事で収入を得ている。そんな星故に傭兵団が拠点を置いており、彼等の兵器や物資に関連した事業が星の産業の根幹だった。
そんな星野機械化装甲の工房の一つで愛機の前に立つ傭兵が一人。ダルそうな顔にブカブカのシャツとボンタンの様なズボンをダルそうに着てダルダルに黒い髪を伸ばして溜息を漏らす。手元のホログラムから己の愛機の顔を見上げて。
「あぁ〜クソだる。性能据え置きで延長アンテナのツノ一本に代えるだけでボリ過ぎだろ……そうでもねぇか?」
彼の愛機の顔の位置は高い。探知機や通信装置である球状のパーツと機械化装甲に意識を移して操作する為のカメラを、上から見れば角の生えた雫状のヘルメットの様な装甲で覆っている。
弾丸の様な形状の胸部と大きな肩パーツにより肩幅は異様に広く、そこから伸びる太い腕は指一本まで強力なパワーを内包しており無骨で巨大だ。
腰の部分は胸部の形状故に括れた様にも見えるがそれでも太く、其れ等を支える足は長いはずだが自重を支えるため異常な太さだった。
そう、全体的に大きくて武骨で重厚で厳つい。ただ全然あってねぇ白色に青で縁取ったペイントで塗装されている。車で例えればゴツい軍用車とか重機に無理矢理スポーツカーみてーな塗装してる感じ。
もうちょいロボらしく言えばザ◯にガ◯ダムのカラーリングが合わないだろう。たぶん。
「……いや、やっぱ高ぇわ。ペイントも安くねぇし似合わねぇし、ちょっと高くても深緑にすれば良かった」
「アララ、これは似合わニャいねぇ鉄火。君の愛機にこの塗装は一番ペイントしちゃダメだニャー」
ダルダル傭兵こと鉄火が声に振り返れば直立した灰色の虎猫が佇む。首輪を付けコートを着ており腰にはベルトを巻いていて、何か重力下なのに空中で浮いてた。
サイキック能力を持つ猫型宇宙人で無理矢理ニャーとか言ってる傭兵団団長だ。人類が発音するとナァウア星人である。
「オメーが人の愛機の頭ゴキブリっつったからだけどな。ニャン団長テメェコノヤロー」
「ニャンでは無いよ、ニャンだ。君達は発音出来ないのだから通称のレオで呼びたまえよ。あ、ニャー」
態とらしい語尾に気障ったらしい笑みを浮かべて口に煮干しを加える猫に青筋浮かべ笑みを返す。
「……もう魚ペースト分けてやんねぇからな」
ギョッとする猫。煮干しは辛うじて落とさなかったが目を丸々と広げ。
「待って悪かった鉄火!!君達がゴキブリが苦手だなんて知らなかったんだ!!ていうか君、あの神のような食べ物はペット用食品なんだろう!?」
「ったくよ。まぁ良いか、んで団長自ら何の用だ?」
「いや頼むからチ◯ールを!!チュー◯無いと死ぬ!!」
グイグイ近付けてくる猫の顔を抑えて。
「うん、話進まねぇから。やるから用件言えっつの」
「稼ぎの良い戦場を見つけたから誘いに来たんだよ。降下してからの地上戦で相応に金額の高いヤツ。リスクはデカいけどウチの団経由で参加してくれれば鉄火になら共通貨で2000は出せる」
「マジかよ。中古品ならそこそこの機械化装甲だって買えるじゃねーか。雇い主と戦場は?」
「シーリークだ。場所はアレス星系群第一星系首都星リュコス。移送と惑星突入には向こうの旧式艦を出してくれるってさ」
「成る程、海賊シーリーク公か。そんならその条件も頷けるぜ。そりゃ小銀河の主でアイオン帝国の柱だもんな。乗ったぞ」
「鉄火ならそう言うと思ってたニャ!」
そう言って猫は煮干しをくわえた。
シーリーク家前世代主力戦艦。3㌔の長さを誇る砲を積み、その左右には宇宙戦艦と呼ばれる為の装置が並ぶ。前面に防御装置を置き機械化装甲の格納庫を挟んで最後部に兵員スペースになっていた。
座頭鯨などとあだ名されているが潰したラグビーボールを半分に割って大砲を挟み羽をつけた様な……。サ◯ダーバード2号を引き伸ばし、それを半分にして大砲真ん中に挟んで、ケツに箱を付随させた様な代物だ。
そんな戦艦達が防衛衛星達からのお迎えレーザーに、隠していた砲台を露出させレーザーで返礼しながら星に降りていく。
双方の砲台達が放つ一条の閃光はオレンジ色の輝きを持って進み、バリアを穿ち着弾して大きな光球となって消えた。塗りつぶす様な丸い光の塊が消えれば砲台衛星と宇宙戦艦は一部を丸く削られデブリを撒き散らし動きを止める。格納庫が無事だった宇宙戦艦からは機械化装甲がワラワラと出てきて他戦艦の後に続く。
更に高度が下がって地形が見れる様になればミサイルの弾頭が迫り、それを迎撃装置が撃ち落とす。時折、戦艦と機械化装甲が轟音と共に絶命して、その残骸が浮力を失って落ちていった。
外の状況を見ていた鉄火は眼前の同型艦が大地に沈んでいく光景を見て呟く。
「いや、エグくない?攻撃」
鉄火は全く似合わない白で塗装された愛機のコックピットの座席に身を沈めた。迎撃って歓迎が余りにも激しすぎである。過剰では無いが本当に苛烈だ。
『鉄火、楽しいパーティだな』
横に立っている機械化装甲から通信が入って、まるで人の様に肩を竦めてヤレヤレと首を振る。
鉄火は汗って。
「ちょ、モルガナイト。機械化装甲に入った状態で動くなっつーの。給油パイプ付いたままだからな」
『おっと、危ない危ない』
横の機械化装甲を操っているのは直径7㌢の水晶玉だ。知性水晶体と言って機械を身体を身として操り活動する。まさに知性あるロボットのコアの様な存在で、基本的には人っぽい機械の身体を操り活動する宇宙人で……人?
人ではねーか……。いや知的生命体だから良いのだろうか。まぁ良くわかんねぇけど無機物生命体だ。考えてみたら猫も宇宙人では無いのだろうか。閑話休題、要は機械の身体を己の体として扱える生命体コア・プシュケー。
そんな訳で機械化装甲にも意思を接続して己の体の様に扱えた。生身の肉体を持つ生命体が訓練して機械化装甲を身体の様に使うが彼等は機械の体を操る事が生活の上で当然だ。そんな訳でモルガナイトは猫の集めた傭兵の中でも指折りの猛者で鉄火の乗る艦艇の傭兵を纏める立場を任されているのである。
鉄火にとっては古くから付き合いのある気の知れた同期だった。
「で、何なのモルガナイト。なんか良い作戦でも考え付いたか」
『いや、お前の機械化装甲カラーリングくっそダセェなと思ってな。その身体にやっちゃダメなカラーリングだろ』
「黙れ玉ころテメー。自分でもそう思うし散々言われて気にしてんだよ。ガチ泣きするぞ」
『悪かったよ。水漏れするなって』
モノクルレンズを王冠の様なヘルメットから覗かせる黒と紫色の機械化装甲。戦場に立つ王を彷彿させる様な出で立ちで、背中からコード伸ばしたまま鉄火の機械化装甲を見上げ肩に手を置いた。
こう、慰める様に。
『ほら、雇い主から全体通信だぞ』
そこに通信が入りメインモニターに蓑の様な長髪の男が写る。目付きは鋭く獰猛な顔で荒々しい笑みを浮かべていた。
『よう幸運にも星に入れた傭兵供、シーリークだ。お前らの後に突っ込むから惑星掌握の囮役は頼んだぜ。まぁ約束通り金は弾むからしっかり生き残れよ』
雇い主からの激励が終わればモルガナイトの機械化装甲、いやモルガナイトは嬉しそうに顎に手を添えて。
『良い雇い主だな』
「全くだ」
首に巻いてあるチョーカー型の機器と機械化装甲を繋ぎ伝達による操作補助を発動させる。コックピットの壁全てがモニターとなり格納庫の中身を写す。各機械化装甲の前にある扉が開き、遠い地平線と空を下地に光線が交差していた。
鉄火達の乗艦から通信が入る。
『此方シーリーク家キングケートス2006番艦管制。此方の準備は完了した。手柄を上げたまえよ傭兵諸君』
その言葉に待っていたと言わんばかりに機械化装甲達が装備を掴んで進んでいく。特に大きな鉄火の愛機が最大で30㍍で、モルガナイトの機械化装甲が時点で25㍍も有り、他の機体とて小さくても20㍍はあり威圧的な光景だ。
鉄火は分厚い盾を握り。
「先陣は任せとけ」
そう言っていの一番、光り輝く死地に飛び込んだ。モルガナイトは多分な呆れを含みつつ頼もしげに言う。
『アイツの生存回路、誰か修理してやるべきだな』
命知らずの傭兵達が頷いていた。
「ヒィィィィィィィィィヤッッッハアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
盾を構えて落ちていく。
愛機さえ覆い隠す40㍍の巨大な盾。戦艦の防御装甲をそのまま機械化装甲が持てる大きさに削った様な代物だ。物理的厚みは勿論、表面には光線を防ぐバリアが展開されており、裏側にはエネルギーポッドとバズーカが設置されていた。
ズンズン落ちていく機体、敵の対空レーザーが迫る。両肩四つと背の三つ、臀部四つと両脚部二つ、合わせて十三に推進機が短く吹き上がった。それでやっと小さく浮いた愛機の足元を閃光が突き進んで過ぎていく。
「良い砲手だ」
メインモニターに移る的砲台に鉄火が視線を向ければ丸にバツのマークが付く。
「ミサイル発射ァッ!!」
白い愛機に背負わせた棺桶が開いてミサイルが波打つ様に打ち出された。斜線を作り並んで進んだ彼等は高く上がり其々の獲物目掛けて白線を引いて降りて炸裂する。
「迎撃上手過ぎね?」
半数のミサイルが一人寂しく消えたことで敵に賞賛を送る。踊る心を抑える様に大きく息を吸って。
空になったポッドを放り捨て小型機関砲を握り推進機を一吹く。フワリと浮いてから推進機を全力全開にして直下。爆発で穴ボコまみれになり光線に焼かれ煌々と輝く大地を鳴動させて降り立つ。
だが直ぐさまゴウと推進機を噴かして敵砲台に落ちた戦艦の骸に素早く身を隠す。
「さて、敵が出る出る開戦時っと」
無思慮に一言、通信機をモルガナイトへ。
「此方鉄火、一足先に降下地点の制圧を開始する」
『あぁ獲物は砂の様にいる。直ぐに掃除を手伝うよ』
「あいよ、待ってるぜ!」
キングケートスの残骸から顔を出せば敵の機械化装甲が二小隊、合わせ10機が進んでいた。降下地点へ向かっているとふんで即座に後続三機へ機関銃の銃口を向け発砲して背負う武器を推進機諸共破壊する。武器とエネルギーパックが大爆発を起こして鉄の巨人が膝から崩れ落ちた。
奇襲に振り返って武器を握る。カーキ色のペイントを施された敵は同型のコピペしたかの様な敵だ。傭兵達が乗る独自性を出した機械化装甲と比べれば、武装した人のシルエットその物にしてモブの様な見た目だが故にこその強さがある。
その最たるものが同型故の連携、近接武器を持って五機が迫り二機が残った。機械化装甲の近接武器は主に剣や斧で有るが、刃に当たる部分はコの字で浸透粒子を固定しており凡その物が切れる。そんな必殺の武器を持つ前衛の合間から的確に光線と弾丸が迫り、鉄火の愛機の弾丸の様な胸部が弾丸を弾くが光線が着弾して光球が拡散。
「精兵だなぁ」
しかし光の中から無傷の愛機が一歩踏み出す。収縮した熱波が消え強いてダメージを言えば胸部の白い塗装が少し削れていた。
ズンと踏み出して推進機を唸らせ即座に敵の一機へと迫れば正面の敵は下がり、残りの四機が覆い包む様に動いて即座に囲う。
「さっさと行こうか」
機械化装甲の遠距離攻撃で破壊される機体ではない。だが近距離武装の攻撃は装甲厚があろうとも危険だ。だからこそ穴を開ける。
振り上げた太い腕が大盾を持ち上げ、狙い定めた眼前の敵に振り落とした。斧を振って迎え討った敵機は一瞬受け止めるもパワーままに押し潰す。へしゃげた装甲と弾け飛んだ部品、亡骸から盾が離れて巨大な愛機が立ち上がる。
即座、仇討に飛びかかってきた敵機。右からの敵は超至近距離射撃で砕き、背と左から迫った敵は纏めて盾で殴り砕いた。
「優秀で果敢だなコイツら。最高だ」
そう言って弾丸と閃光を盾で弾く。お返しに小さく盾をずらして撃ち返せば、敵の腕部装甲を剥いでバーツを砕き引き千切って捥ぐ。生き残っていた最後の近接武器を持つ敵へ大盾を向け、推進機に唸り声を上げさせて轢き潰した。
接敵から5分と少々。戦場と言う空間で瞬く間の出来事。10人の英雄を死に至らしめて鉄の巨人が吐息の様に排熱音を。
「良い敵だったぜ」
一言、祈り代わりに賞賛を捧げて敵の武装を剥ぎ取りエネルギーパックを奪う。同時に敵増援が砲台の残骸裏から現れた。しかし鉄火は迎撃体制を取らない。
何故かと言えば傭兵団の面々が降下してきたからだ。
『待たせたな鉄火!!』
黒と紫の機械化装甲が敵を踏み潰し墓標の様な巨大な大剣で周囲の敵を薙ぎ払う。モルガナイトに続いて傭兵達の機械化装甲が数の多さを生かして一対一から三対一で敵を倒す。
「遅かったなモルガナイト」
『ハッハお前が早過ぎるんだ』
軽口を交わし敵を掃討してモルガナイトが大剣を肩に担いで周りを確認する。
『全員傾注、友軍の降下ポイントの安全確保が最優先だ。敵の大型砲台を潰すから付いて来い』
応と答えて傭兵達が進む。スラスターでホバー移動するモノ、木々をヘシ折って進むモノ、鋼の巨人達が進軍を始める。彼等は武器を振るい敵の機械化装甲を屠り進んで光線と弾丸を飛ばし砲台を潰していく。時にはネームドと呼ばれる様な優れた戦闘技術と、非常に優れた性能ではあっても配備数の少ない兵器を合わせた非常に強敵も出てきた。
「まったく敵も必死だな」
敵の殲滅を確認して弾切れ間近の機関銃を背負い敵の残骸から斧を取った鉄火が呟いた。モルガナイトが周辺を索敵しながら答える。
『そりゃこの星以外の居住可能惑星全部落とされてるしな。シーリーク家なら仲裁も望めないだろうしアレス伯爵様もさぞや必死だろうさ』
そりゃそうだと鉄火が笑うと敵機が一機。
くの字の大角一本が生えたヘルム。肩は巨大で四肢の長い青い機械化装甲だ。見るからに素早そうだが重機関銃を始め大型兵器を装備している。何より青い機体の背には棺桶の様な盾8枚が機械化装甲の頭部を中心にゆっくりと円環を描いていた。
「噂をすれば大物だ。何だあの浮いてる円盤はよ」
『フェルディナントワーゲンと三星重工の共同開発機じゃないか?猫団長みたいなサイキック種族を参考にしたって言う』
「マジかよ。失敗作の払い下げか?」
『じゃないと困るね』
モルガナイトと見たことのない敵機について話していると敵側から通信が入った。名持ちなんかの顔が知れた強者が威圧として行う行為である。接続するかは本人の意志によるが大抵の場合は情報の為に通信許可を出す。
通信を許可すればウィンドウが出る。延命技術に合わせ発達した老化遅滞技術をもってして外見は壮年。凡そ700才は過ぎており立派な髭と鷹の様な目と交差する二本の傷、500年以上を戦場で過ごし荒鷲と称される騎士の顔だ。
『アレス伯爵家に仕えし第三大陸騎士団長マーシャルが敵兵に告ぐ。我等はシーリークを相手にせねばならない。忙しいのでね、出来れば退いてくれ。失せるのなら追いはしない』
言うや否や円を描いて浮遊する盾が機械化装甲の前に。回転が早くなり円の真ん中の丸い空間に水が現れ、見覚えのある光が溜まっていく。
『避けろ!!』
モルガナイトの通信よりやや早く鉄火は推進機を全力で唸らせる。元いた場所を見れば光線が一直線に伸びて自分の後ろにいた傭兵達の凡そ半数を貫き爆散させて最後に戦艦の残骸に当たって塗りつぶす様な光球を産みだしていた。
「はぁ!?高速艦艇の副砲レベルの威力じゃねぇか!!」
幸い如何にも撃ちますと言う動作が必要の様だが威力は洒落にならない。砲台破壊に使うバズーカを盾からとって射出する。しかし回る盾がバリアを展開して防いでしまった。
「クッソあの装備絶対買う。借金してでも買うぞクソが」
言っている合間にモルガナイトが爆炎を目隠しに推進器の高速機動で敵の頭上を進み行き頭から大剣を落とす。しかし此方は振り返った敵機のブレードに防がれパワー負けして飛ばされた。
また副砲ばりの光線が射出される。それを推進機を用いて避けるとモルガナイトは通信に考察を乗せた。
『円盤は攻撃と防御を同時に行えないようだ。そしてシールドの展開とビームの射出には回転の前動作が必要みたいだな』
モルガナイトの真横を光線が過ぎて行くと同時に背を狙おうとした鉄火だが重機関銃ガトリングが回転するとともに巨大な弾丸が射出されて距離を詰められない。
一対他の戦いに余りにも精通していた。何せ二人を難敵と見るや推進機を用いて距離を取り、未だ戦場に立つ他の傭兵に標的を変えたのだから。盾の円環が一際に早く回り中心が煌々と輝いて。
光の扇が大地を覆う。たった一発のビームで傭兵達は壊滅状態に陥った。そんな地獄絵図を見て鉄火とモルガナイトは溜息と排気音を漏らす。
「うわ残留型のビームまで撃てんの?一機で出張って来た時点でバケモンだとは思ってたけどヤバいってアレ」
『まったくだ。さて、面倒だぞ。あの装置が強いだけならまだしも本体もコアも強いからな』
二人が軽口を交わす合間に撃ち漏らした傭兵達に何もさせず斬り伏せる。扇状の光線が薄まる前に機動して余りにも慮外の一撃に目を取られて停止していた者達から騎士の刃に放られていく。
「増援は?」
『なかなか来ないと思う。俺達以外は運がなかったからな。隠蔽砲台がこれだけあったんだから降下ポイントも変わってるだろうし』
「ニャンコ団長が居ればなぁ。本隊に割り振られてるから無理だろうけど」
『無い物強請りだが同感だ』
気の抜けた様な声色だが両者共に推進機に轟々と悲鳴を上げさせ騎士の殺戮を止めようと進んでいた。しかし如何せん敵の機体性能が高すぎる。
二人が騎士の前に到着した頃には傭兵隊は全滅。傭兵団所属ではなく個人で活動するような連中、烏合の衆とは言え百機近くを一個人が屠る。乗機の性能、本人の才能、そのどちらも異常と評すべき隔絶した戦士が佇んでいた。
「モルガナイト。アレに勝てたら何か好きなモン奢るぜ。ついこの前、身体の感覚パーツを買い換えたんだろ?」
『ああ、舌パーツも最新型にして味覚感知も良くなったから高めのメシ屋にでも連れて行ってくれ。せっかく買い換えたんだから偶には知覚性能をフルに使ってエネルギーを補給したいとこ——っと』
二機が左右に移動した。重機関銃の弾列が二人を割いたのだ。ガトリングを回転させたまま弾幕でモルガナイトを牽制し鉄火に迫る。
斬り込んで来た騎士の一太刀を盾で防ぐも巨大な鉄火の愛機が押し負けていた。そこにモルガナイトが大剣を盾に強引に押し進んで振り下ろす。敵機は咄嗟に推進機を使って避けたが重機関銃の筒がバラバラに切り飛ばされた。
得物の一つを破壊。だがそれがどうしたと言わんばかりに背負っていた対船ビームスナイパーを握って即座にモルガナイト目掛けて射出。後退を続けながら左腕を撃ち抜く。
『クソッ、修理費が!!』
紫の装甲が熱をもって曲がり、コードと部品が熱によって穿たれ、隙間から保護伝達液が漏れて傷を冷やす。
「一旦下がれ!!」
鉄火がズイと前に出てビームスナイパーの連続攻撃を盾で防ぎながら推進機を使って前進する。一撃一撃が高威力で盾のバリア耐久が冗談の様に減っていく。エネルギー充填での供給が間に合わないのだ。
ビーム攻撃は極端な距離減衰という物がある。近付けばそれだけ威力も上がるのは道理というものだが、鉄火の持つ重厚な盾は距離があったとは言え、戦艦の副砲を防いだ代物。
「威力おかしいだろ!」
盾の裏についているエネルギーポッドが空になりそうだった。加えて愛機のエネルギーも心許ない。
重厚で重鈍な愛機は推進機を使わねば動きが遅く、推進機を使わねば騎士には近付けないのだ。加えて騎士は荒鷲と称されて然るべき高機動をもってして戦う。大きく重い愛機は推進器のエネルギー消費が激しく相対していれば相応の消費を強いられた。
だが、その甲斐あって騎士を捉え斧を振り下ろす。ビームスナイパーを離し両手に剣を持って迎え打つ騎士。並んだ二本のブレードの横振りで斧が吹ッ飛ばされた。
「コッチ攻撃力と防御力の特化型だぞ!!機動力と攻撃力に優れたタイプにパワー負とか辛過ぎるわ!!」
シールドバッシュで続けてざまの一撃諸共に何とか体制を崩す。機体性能を鑑みれば隙をついた幸運だ。鉄火は愛機の腕に閉まってあったビームブレードを射出し握り振るう。
だが円環が崩れ騎士を中心に鉄火の愛機を目掛け弧を描いて迫る。騎士の胸部を狙っていた光の刃がを辛うじて軌道を変えて受け止めた。
「ここにきてかよ!!モルガナイト!!」
『任せろ!!!』
斧が落ちる。
『クソッ!!』
左腕の仕返しにと紫の機体と共に大剣が頭上から振り降ろされたが、騎士は辛うじて避けた。とはいえ推進機と脚部に深刻なダメージを受け騎士の大きな利点たる機動力が奪い取られてしまったのは大きい。
「ナイスだモルガナイト!!荒鷲の羽をへし折ったな!!」
鉄火の機体でも容易に追い付ける程度の機動力。モルガナイトは悔しがったが状況の好転ぶりは凄まじい。
「お飾りくらいは壊さねぇとなァッ!!」
これ幸いと鉄火は盾のエネルギーポッドを空にして、ただの重い板と化したソレとビームブレードを捨てた。
「さぁ!!」
空いた両の腕を握り込む、鋼のソレが生身の様に力強く。その前腕装甲の上部が開いて拳を覆うように弧を描いて出てきたのは三つのドリルだった。
「鉄拳制裁だ!!」
鋼の拳に三つのドリル。光景としては棘の付いたナックルダスター。
所謂メリケンサックを構え。
「オラァ!!!」
盾に拳を叩きつける。ドリルがシールドを飽和させて装甲をヒン曲げた。ガシャンと落ちた円環の一つ。それを皮切りに逃げる間も無くインファイトに持ち込んで拳の蓮撃を叩き込む。
機械化装甲の動きだけで敵の混乱が手に取るように分かった。だが鉄火は満面の笑みで愛機の拳を振り続ける。
『鉄火。個人的には小型レーザーとかのが効果高いと思うんだが』
盾が悉く砕けヘシ折れ落ちていく。
「ウッセ近接バーカ!銃使って援護しろバーカ!!正論言うな!!!」
騎士の薄い肩装甲は凹み剥がれて部品が散る。
『うん。お前が言うな』
流石に距離を取ろうと騎士は動くが左のナックルダスターを収納して腕を掴む。騎士がブレードを振るおうとするが、それよりも速く右拳を高らかに掲げ顔面を殴り飛ばし、その勢いで騎士自体も地面へと叩きつけた。
勢いで騎士の腕が千切れる。それを放り捨てて鉄火は歩み寄った。騎士のブレードは握られたままだ。
そのブレードの柄を拳ごと踏み潰し通信を送る。許諾されメインスクリーンに極度の集中に息を切らした騎士が写った。
表情は笑顔である。
「おう騎士様、楽しかったぜ。お礼に頼み事なんかはあるかい?聞いてやるよ」
『ふふ、最後の敵は随分と気の良い傭兵だったようだな。さて、家族とは避難させた時に別れを済ましているしな』
騎士は折角の提案を無下にはしたくないと他に無いか少し考えてから。
『そうだな、お前達の名を最後に聞かせてくれ』
「俺は空知鉄火だ。クシフォス星系グラニコスの傭兵だよ。聞こえてんだろモルガナイト」
『今、鉄火が名前言っちゃったけど、同じくクシフォス星系グラニコスで傭兵をやってるモルガナイトだ。強過ぎる騎士のオジさん』
その言葉に得心がいったと騎士は頷く。
『名の知れた傭兵だった訳か。たしか薄明の騎士王と黒拳だったな。なぜか機体が白くなっているが』
モルガナイトの機械化装甲が顔を掌で覆って似合わないペイントの機械化装甲の中で鉄火が遠い目を。
『異名知られてた。絶妙にダサ厨二病クサい異名知られてた』
「お前の異名、絶妙にダサいもんな。せめて分けて呼んで貰えりゃあな」
『やめろ白拳め。機体に全く似合わない白い様なペイントする様なお前なんてゲンコツ妖怪の方を知られれば良いんだ』
「ゲンコツ妖怪はともかく白拳って呼ぶんじゃねーよテメェこの野郎。意地でも色変えるたるわ腕捥がれボケコラ」
『うっさいウンコ色の塗装のがマシなカラーリングにしやがってバカ』
「ウンコとか言うんじゃありません、このおバカ」
『うっさいバーカ、お前がバーーーカ』
「いや、お前こそバーカ。俺の倍バーカ」
『バッカ、バッカ、バァァァカ』
「バカバーカ、バーバカ」
馬鹿馬鹿しい馬鹿供の馬鹿みたいな応酬を止めたのは若干空気になりつつあった騎士の咳払いだった。
『さて、介錯を頼もうか。先先代様への恩は十二分に返しただろうからな』
鉄火は気まずそうに頭をかく。
「いや騎士さん。その、覚悟決めてるトコ悪いんだけどそれはちょっと……」
『む?』
「この作戦の前に俺ら傭兵に配られたリストがあってな。アンタを生きたまま捕らえりゃ追加報酬が出るんだ。共通貨で1200だぜ」
先程までの歴戦の騎士たる凛々しくも重厚な顔がモニュっと赤くなった。例えれば不貞腐れた子供みたいな顔だ。
何となしカッコいいって言ってもらいたかった五歳前後の人男の子に可愛いって言っちゃった様な空気まで流れ出す。
少なくとも戦場の、それも傭兵と騎士の間に流れて良い空気ではない。鉄火は気持は分かるが反応に困って。
「ド、ドンマイ」
『私でも朧げな死語で慰めるな。まぁ敗者として捕虜となる事は受入れよう』
この後、伯爵の大陸屋敷が占領され戦争は終結した。
「明細見てくれ、億いった!!堪らんニャ奮発して生魚買ってやろうかニャ!!二人には感謝も感謝で笑いが止まらニャハッハッハッハッハッハ!!」
稼ぎ過ぎて頭おかしくなった猫の団長から報酬を受け取った鉄火とモルガナイトは、約束通り鉄火の奢りで飯を食いに行く為に街へ出た。
「バグってたなレオ団長。まぁそんな事よりどうだ?お前好みの外見フレームだぞ」
紫の瞳と長髪のガイノイドが挑発する様な顔で鉄火に問う。非常に鉄火好みの外見をしているがモルガナイトの普段使いしている機体だった。
鉄火は慣れたものだが呆れた様に。
「えー、まぁド好みだけどさ。つか前々から思ってたんだけど何でお前らって女の外見が多いんだ?」
「そりゃ俺たちは性別なんざないが有機生命体は庇護欲を唆られる外見になれば交渉しやすい。お前ら人類が多い以上はこう言う見た目のが色々と得するのさ」
「成る程ね。さてメシ行こうぜ」
「よーし有機物エネルギー変換機も好調だしタンク容量はほぼ空だ。しっかりと頂こうか」
「おま、ちょ止めろよお前ソレ下手すると㌧単位で食うじゃねーかお前!!」
「ゲヘッヘッヘッヘいっぱい補給してやるぞぉ〜」
「いや、その見た目でゲヘッヘッヘってお前……」
この後、模造食品ではなく原物食品を取り扱う店で食事をした結果、鉄火の報酬の凡そ5%が飛んだのだった。中古の小型艦用の副砲が買える金額である。