婚約者と妹
リシェル・マルチネス公爵令嬢は品行方正。
優雅な立ち振舞に線の細い華奢な身体に銀色の髪に薄紫色の瞳。
公女として、厳しい礼儀作法を小さな頃から教えこまれていた。
その妹のマリア・マルチネス公爵令嬢は父親似で華やかな薄い桃色かかった金色の髪に桃色の瞳。
天真爛漫でみんなをひきつけてやまない子だった。
実際、両親も兄も妹をとても可愛がっていた。
一番下の子ということもあるんだろう。
年子の私は1歳しか違わないのにと思っていたこともあったけどマリアはそんな私にも屈託ない笑顔で話しかけてくる。
可愛い妹である。
私は1歳とはいえ、姉なので厳しい礼儀作法はもちろん私がするべきで妹には優しく接するべきなんだろうと考えて行動してきた。
兄のエリック・マルチネスは騎士団に入団していた。
騎士団長になるのを目標に日々鍛錬している。
兄の同級生であるフィリップ・スペンサー公爵令息は幼馴染であり、私の婚約者である。
父親同士も騎士団で一緒で今は王宮で二人とも国王の側使えとして力を発揮している。
兄とフィリップ様も同じように切磋琢磨して、父親達を超えるのだと日々鍛錬している。
そんなお二人のお話を聞くのが私は好きだった。
過去形なのは今はその場にいるのが苦痛でしかないからだ。
そんな風には周りは思ってないと思うけど…。
「フィリップ様お兄様本日もお疲れ様でした。」
そう言って私が冷たいタオルを差し出そうとすると
「フィリップ様冷たいタオルどうぞ。」
横からマリアがフィリップ様へ冷たいタオルを差し出す。
私はお兄様に顔色を変えずに渡すと
「リシェルありがとう。」
そう言うお兄様に笑顔を向ける私。
「マリア嬢ありがとう。」
フィリップ様はマリアにお礼を言い笑顔を向けるとマリアはその笑顔に頬を染める。
小さなため息が出そうになるのを必死にこらえて
「フィリップ様お兄様こちらへどうぞ。おくつろぎください。」
私の言葉にフィリップ様は
「リシェルいつもありがとう。」
そう言って私の頭を撫でてくれる。
蕩けるような笑顔で。
「フィリップ様…。」
見つめ合う私達。
そして私の隣座り色んな話をしてくれていた。
そんな時もあった。
今はフィリップ様の瞳に映るのはマリアだけ。
前は「マリア嬢」だったのが今は「マリア」となった。
隣には常にマリアがいるようになった。
兄も眉をひそめること多くなった。
兄が気を利かせてくれて、観劇の席を用意してくれた。
二人で行くようにと。
その日、急用ができていけなくなったと連絡がきた。
せっかくなのでと兄と一緒にいった観劇の帰りに私達は見てしまった。
フィリップ様とマリアが二人で出かけているのを。
フィリップ様はマリアの腰を抱き、今にもキスしそうな距離でマリアを見つめていた。
二人とも好きあってるのがわかった。
前からわかっていた。
天真爛漫で人懐っこい妹。
天性の人を引きつける才能が妹にはあった。
無言のお兄様が怖い…。
「お兄様…フィリップ様と私との婚約はなかったことにできませんでしょうか?マリアと好き合っているようですし。マリアと婚約ということにすれば家同士のお付き合いにも支障はないかと。」
「フィリップは公爵家を継ぐ身だ。公爵夫人となるものはそれなりの教養と礼儀作法が必要だ。マリアでは…。ただ、リシェルとの婚約はなかったことにはするよう父には伝える。可愛い妹を馬鹿にされてそのままではすませない。」
「マリアも妹ですよ。」
「マリアは父上の妹である方の子だ。従兄妹ではあるが妹ではない。」
「え…?」
兄の言葉にびっくりした。
「リシェルは知らなかったのだな。それもそうか。マリアの母親が父上にまだ生まれたばかりの赤ん坊だったマリアを託して亡くなったんだ。父親は伯爵家の息子だったが病気がちだったマリアの母親を離縁し、新しい妻を娶ったらしい。家出同然で駆け落ちしたらしいが…。駆け落ち後から体調を崩したらしく、離縁後に子供ができてることがわかったらしい。父親に捨てられ、母親が亡くなってしまったマリアを私も両親も甘やかしすぎたのかもしれない。」
そして兄は私に
「こんな目に大事な妹を合わせてしまった。」
そう言って私に頭を下げる。
「お兄様頭を上げてください。私がフィリップ様の気持ちを繋ぎ止めておけなかったのがいけないのです。」
私達はそのまま屋敷に帰るとお父様のいる執務室へと向かったのだった。