6業斬
戦場における魔王スメットの役割は大砲だった。
魔族と人族が入り混じり、乱戦となっている場所へ殲滅魔法をドカンと。
どれだけの魔族が犠牲になったとしても、少しでも人族サイドの戦力を削れればそれで御の字。とにかく殲滅魔法をぶっ放してればいい。
殲滅魔法をポンポンと使う魔王は人族にとって脅威だ。そんな脅威、人族サイドが見逃すはずがない。魔王は人族サイドの兵士からよく狙われた。
だが、魔王は人族の脅威であると同時に、魔族サイドの最高戦力でもある。魔王がひとたび倒されれば、魔族サイドの劣勢は必須。人族サイドが魔王を討伐しようとすればするほど、魔族らは魔王の護衛を手厚くした。
だからだろうか。
魔王スメットは暇だった。
(この体勢が一番楽なんだよな〜)
甲冑を着ているときに一番楽な姿勢、仁王立ちで腕組みといういかにも魔王らしい態度で戦場を見渡す。
本来ならばここで殲滅魔法を放つべきなのだが、魔王スメットは最初からこの戦の勝利を諦めている。積極的に戦う気はない。
それに、この戦場には剣聖もいるのだ。下手に目立って剣聖に目を付けられたら大変だ。
(いいものを持ったやつはいないし、やることはないし、ディアは別の場所に行っちゃったし………)
魔王スメットが真面目に戦闘していなくとも、誰も咎めない。大抵の魔族は『魔王様のことだ、きっと不可視の攻撃魔法を放っているに違いない』などと考えている。
魔王は普段から人前にでるときに、鎧と兜を装着しているため、スメット本来の体格や素顔を知る者は極少数。殆どの魔族は、魔王スメットは威風堂々とした堅物に違いないと思っている。
「ふむ………重いな」
魔王スメットの思わせぶりな発言も、魔族の魔王真面目説を後押ししていた。今の言葉も、
『みんな疲れていないのかな。俺なんて鎧来ているだけで疲れるのに。あー、この兜も重いんだよな』
という意味での発言だ。
だが、魔族は知らない。魔王スメットがヒョロヒョロ体格であることを。デユラ砦における魔族の勝利を諦めていることを。
魔王スメットは黒魔力を粘土のようにこねて遊びだした。スメットからすれば手遊びをするようなものだが、どうやら周りはそう捉えなかったらしい。
「なんだ、これは!」
「誰か偵察をっ………」
「いや、この圧倒的な魔力…………ッ」
「二つ名がある魔族なのか!」
魔王スメットにとって、それはただの黒魔力。だが、他者からすれば黒魔力とは負のオーラそのもの。
魔力は目に見えないが、肌で感じることができる。それは、第六感とも言うべき繊細なもの。
ありそうでない。たぶんここにある。大体こんなものだろう。そんな、あやふやな魔力。だが、黒魔力だけは例外だった。
種を問わずして、不快にさせる。
嫌らしげで、鬱陶しく、穢らわしい。
だから、剣聖に気づかれた。
「これは………魔王だッ…………!」
スメットは黒魔力で粘土遊びをしているため、剣聖がどこにいるか知らない。
「ふぅぅうううー」
剣聖が大きく息を吐き出す。スメットは粘土遊びに夢中になっていたため、気づかない。
「死ねっ!」
「長老の仇!」
「剣聖だ、討ち取れ!」
剣聖が魔王スメットを目指して駆けてくる。それを何人もの魔族が拒むが、何せ相手は剣聖だ。次々と魔族が倒れていく………
そして、魔王スメットはやはり粘土遊びに夢中だった。剣聖に気づく気配すら見せない。
剣聖が相棒とも言うべき愛剣を構え、大きく踏み込む。魔王スメット、まだ気づかず………
「業斬!」
そして、剣聖が技の名を口にしてやっと。魔王スメットは気づいた。黒魔力をこねこねしていたら、いつの間にか剣聖が来ていたことに。
「え!? 嘘でしょ! 剣聖来ちゃったよ!!!」
相手は曲がりなりにも剣聖。とっさに身構えた程度で、その刃からは逃れられない。
剣の刃渡りに獄炎が纏わりつく。これでは、どんな防御を意味をなさない。一刀両断の元、全て塵となる。
魔王スメットは回避行動を取ることができない。だから………
「はぁあああー!」
剣聖の掛け声のもと、あっさりと首元に刃の侵入を許した。
獄炎は一層とその威力を高め、かの魔王を焼き殺さんとする。剣聖の振る刃は確かに魔王スメットの首元へと滑り込んだ。
そう、滑り込んだ。
剣聖の剣は魔王スメットの首を斬らず、その剣に纏わりつく獄炎は魔王スメットを焼き焦がさなかった。