4鎧
「えぇぇ、本当にこれ着なきゃだめ?」
「駄目ですね。ビコー様に怒られますよ」
魔王スメットは嫌々ながらデユラ砦の武器庫にて甲冑を着ていた。それをメイドのディアが手伝っている。
本来なら、魔王スメットが甲冑を着込む必要などないのだが、スメットの体格は細身と呼ばれるもの。
言い換えれば、スメットはひょろひょろなのだ。ひとたび戦場に参れば新規兵と間違われるほどのひょろ度なのだ。
『そんな魔王がいてたまるか!』
と、とある神経質が叫んだ結果、魔王スメットは戦闘時に甲冑を着込むこととなった。
そしたらこれが大成功。取り敢えず見た目はマシになった。
「これ着ると動きにくくなるんだよね……」
「どうぞ」
魔王スメットの愚痴を華麗にスルーしたディアは、兜をスメットに差し出す。
「これを付けると視界が狭くなるんだよね……」
「それでは前線に参りましょう」
魔王スメットが今日一番に嫌な顔をする。ディアは相変わらずポーカーフェイスだ。
「どうか剣聖と遭遇しませんように………」
魔王スメットが兜を装着しながら切ない願いを口にする。ディアは自分の獲物を準備していた。
【魔血晶】
名の通り、魔力の籠もった血の塊。吸血鬼族が代々受け継いできたこの魔道具は変化自在の刃となり弾となる。使用条件は血流操作ができること。
そしてディアは吸血鬼だ。血の薄い混血であるため、牙のような鋭い犬歯を持ち合わせていない。それでも、吸血鬼が得意とする血流操作は上手かった。
「そうだ、ディアが剣聖の相手をすればいいんだ!」
「何を言っているんですか」
どれだけ剣聖とやり合いたくないのか…………ディアは素直に気になった。神から魔王という天職に選ばれておきながら、なぜ剣聖を恐れているのかと。
ディアはそのことを訊ねようと思い………
「魔王様! そろそろ攻防転換が始まりますっ」
ディアは完全に質問する機会を逃してしまう。武器庫に伝令がやってきたからだ。
「スメット様、行きますよ」
「くっ、剣聖さえいなければ……」
伝令は賢狼族の青年だった。腰には刀を帯びている。
「戦況はどうなのですか?」
「………あまり芳しくないですね。剣聖の野郎が邪魔です。内の長老もあいつに殺られました。大丈夫、次の攻防転換では必ず討ち取りますよ」
ディアの質問に、伝令の青年が答える。
魔族とは基本的に野蛮だ。この賢狼族の青年もその例にもれない。魔王がいるということで一応敬語を使っているが、殺気は隠せていなかった。
「………この人は速く死にますね」
魔族としては穏健すぎるディアがボソリと呟く。
戦場で生き残るやつは強くて賢い奴。
伝令ごときが剣聖を相手取れるほど、世の中は甘くない。