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悪魔と契約した俺は天職を全うする  作者: アイス奢って下さい
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1さようなら、またどこかで




 ヒムラ王国王都バイヘルン、その中央。


 潔白の城壁が螺旋を描くように護る、一つの巨大な建物。


 白銀の輝きに包まれれ、天を貫かんとする円錐形。ヒムラ王国の象徴、ヒムラ城。通称、清濁の陰謀城。


 王城でもある王国の最重要施設には、王族を含めた様々な重鎮がいる。宰相、戦武大臣、憲兵長、外交大臣、農林大臣、王国騎士団長、諜報機関取締役………


 そして、天職の一つである【聖女】の老婆も……


 善とされる天職は全部で五つ。勇者、聖女、剣聖、賢者、精霊王。


 どれも代わりの効かない人柄と実力の持ち主がその職に就いている。


 そのため、病床に伏せているとはいえ未だに聖女で有り続けられるほどの老婆には、それなりの護衛がついていた。


…………眠りながらの護衛という斬新さだが。


「エル………」


 青年の頃と姿の変わらない男、魔王スメットによって、聖女エルの護衛は全員熟睡していた。


 魔王と聖女。兄妹でありながらも、決して相容れない存在同士。だが、仲は悪くない。むしろ仲は良い。こうして魔王であるはずのスメットが敵の本拠地、ヒムラ城に見舞いに来る分には………。


「エル………」


 スメットはもう一度、聖女の名を……いや、妹の名を呟く。


 エルは現在九十三歳。美しい金髪と愛らしい碧眼は今も健在だ。が、いくら聖女とはいえ寿命には勝てない。


 今は静かに寝息を立てているが、いつかその眠りが永遠の眠りとなるのは火を見るより明らか。


「持ってあと三日か……」


 スメットはエルの余命を予想する。


 スメットは悪魔と契約している。その副作用か、老いることが無かった。つまり不老。殺されない限り死ぬことは無い。


 対してエルは普通の人間だ。普通の人間の中でも回復魔法や治癒魔法に関する最強、聖女でもあるのだが…………どんなに優れた魔法でも、寿命ばがりはどうしようもない。


「お前が先に逝くとは思わなかったよ」


 スメットは一方的に妹に話しかけた。時間はあまり残されていない。エルが目覚めるのを待っていては、何も伝えられない。


「悪魔と契約した時はお前を守るために死を覚悟したんだが………」


 スメットは脳内でエルとの記憶を捻り出す。捻り出さなくとも、思い出は数えれない程あるのだが…………全ての思い出を確認したかった。一つ一つが大切なものだから。


「こんな時になっても手を握れないというのは、嫌なもんなんだな」


 眠っているエルの手を握ろうとして………スメットは手を引っ込めた。スメットは悪魔と契約している。そのため、どうしても周囲に不の影響を与えてしまう。


 病弱なエルに触れれば………高齢なエルは直ぐに他界するだろう。


「ここに来るのも、今日で最後になるだろう。たぶん、お前に会えるのも……」


 スメットがいる魔領とヒムラ王国王都は、魔王であるスメットでしても往復四日は掛かる。それに比べてエルの余命は良くて三日。


「本当は、最後ぐらい直に伝えたかったけど……」


 外から、けたたましい足音が聞こえてくる。


 スメットは一瞬、言い淀んだ。


 これを言えば、最後の別れであることを認めている気がして。エルがこれから死ぬことを確信しているような口調になりそうで。そんな事実を許せなくて。


 が、しっかりと伝えた。


 これで最後だから。伝えなかったら、自分は一生後悔するから。たとえエルにその声が聞こえていなくても、この気持ちだけは伝えたいから。伝わって欲しいから。


「今まで、ありがとう」


 そして最後に髪を撫でようとして、でも撫でれなくて。


 スメットは未練を断ち切るように、窓辺に近寄る。外の喧騒は既にエルの部屋の扉の前まで来ていた。


「シャキール、帰るぞ」


 窓を開け放ちながら、スメットは悪魔シャキールに声をかける。シャキールはスメットが五番目に契約した悪魔だ。


 スメットの声に応じて壁の一部が歪み、そこから全身黒装束の悪魔シャキールが現れる。顔どころが肌の露出すらない悪魔シャキールは、主人であるスメットの斜め後ろに付き添う。


「聖女様をお守りしろ!」


 一人の叫び声と同時に、エルの部屋の扉が開け放たれた。そして甲冑を身に纏った騎士が雪崩れ込む。エルの護衛達が眠らされていることに気付いた者達だろう。


 彼らは聖女エルの無事を確認するためにエルが眠っているベットへと駆け寄る。


「貴様ら! 動くな!」


 当然、不法侵入者である魔王スメットと悪魔シャキールにも声がかけられる。


 魔王スメットと悪魔シャキールは窓から飛び立った。これから魔領に戻るのだろう。


 騎士の何人かがスメットとシャキールを追いかけるが、魔王と悪魔に普通の人間が追いつけるはずがない。距離はみるみる離されていく。


「さようなら、またどこかで」


 魔王スメットの囁くような祈りの言葉は、王都の賑やかな喧騒に紛れた。




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