第8話
サビがエクスランドへたどり着いて数か月が経過した。
サビたちが今いる場所は植物が侵食した旧時代の町の路地で、サビの前方にはグレイウルフが10体ほど群れておりその中にはひときわ大きなハイグレイウルフが1体存在している。包囲しようとするグレイウルフに対して、サビが大槍でミリーは弓矢で牽制しつつ少しずつ後ろへ下がっていく。
サビが大槍を構え油断なく周囲を見渡しており、その数歩後ろではミリーが弓を構えている。
サビの装備は以前と変わらず使い古された皮と鉄板を組み合わせた簡素な防具と、身の丈を大きく超える巨槍を両手で握っている。ミリーはサビの防具より機動性を重視し鉄板の補強を最低限に減らしたフード付きの皮防具に、以前と違い魔力で出来た弓を構えている。
やがて動き回る群れの1体にミリーの放った矢が刺さり、断末魔の叫びを上げた。群れにできたその一瞬の硬直にサビが素早く踏み込み、一気に近づいたサビは大槍を大きく右へ薙ぎ払い4体のグレイウルフを叩き潰すようにまとめて吹き飛ばした。
吹き飛んだ4体は内臓や骨などを著しく損傷し、苔の生えた建物の壁に叩きつけられて血の花を咲かせた。
サビの目の前にはハイグレイウルフがおり、サビが見せた隙へすかさず首元に食いつかんと飛び掛かる。
サビは大槍を右へ薙ぎ払う途中で重量変化を使用し、慣性を無視した速度で左へ切り返した。飛び込んできたハイグレイウルフの頭へ大槍を叩きつけ横に振りぬくと、頭を砕かれながら激しく吹き飛び壁面にぶつかって他のノーマルウルフと同じ末路を迎えた。
群れの統率者が死んだ為、逃げようとした残りのグレイウルフへサビと出会った頃より鋭く速い矢が、グレイウルフの胴や頭に吸い込まれ全て討伐された。
戦闘を終えた二人は周囲の確認を行い、安全だと判断し腰に差したナイフを抜いて剥ぎ取り作業に取り掛かった。ミリーが戦果に満足げな表情をしてサビへ話しかけた。
「ハイグレイウルフ1匹にノーマルが9匹は良い感じだね、あとどれくらいで新しい防具は作れそうなの?」
「もう十分金も素材も集まったはずだ」
「私たちどんどん強くなるね」
「ああだがもっとやれるはずだ」
サビとミリーは、エクスランドで傭兵として活動を始めサビのランクもFに上がり、以前は危ないところもあったハイグレイウルフが混ざった群れも安定して狩れるようになった。
しかし、サビは慢心せず常に向上心を漲らせている。過酷な経験が常に最善を尽くしたいと考える気質の元になっているからだ。
傭兵ランクはFだが、二人でハイクラスが率いるグレイウルフの群れを討伐できるのは同世代の中では突出しており、周囲にも名を知られ始めている。サビ達と同世代の傭兵は6人位のパーティを組んで、グレイウルフ5頭程度の群れを何とか狩れるくらいだ。
最近はサビの防具を新調する為、グレイウルフ狩りに精を出していた。
剥ぎ取り作業を終わらせたサビが、血抜きをした魔物肉をつまみつつ町へ向かって歩き始めた。ミリーはそんな光景に慣れつつもあきれ気味に、後ろからついて行った。
「やっぱり魔物肉食べないとだめなの?」
「だめだな、魔力の回復が遅くなるし、体の調子も悪くなる」
サビもミリーに合わせて一時期は魔物肉を食べないようにしていたが、不調が出てきたため再び食べるようになってから調子が戻った。そのため今では魔物肉を再び食べるようになっているが、街中で生肉という一目見ればかなりの高級品にかじりついている異様さは悪目立ちする為こうして町の外で狩りをした時だけ食べている。
数か月前に奴隷だったころは魔物肉が無ければ栄養失調になっているほど食料が不足していたが、今では味気ないものの配給食も十分食べる事が出来るうえ、魔物肉がプラスされることにより体格と身体能力共にの大幅な伸びを見せている。
ミリーはサビの後姿を見つつ、改めてサビの特異性について考えていた。
(魔力は重量変化だけなのに、身体能力は魔力を使ったその辺の大人くらいはありそうで、持久力は底が知れないレベルで、さらに攻撃力だけで言ったら重量増加を使えば格上でも殺せる可能性があるなんてね)
今はミリーがサビへ一般知識から町の外での立ち回りやサバイバル技術などを教える関係性だが、サビが一通り知識を吸収したらこの関係性も危ういのではないかとミリーは危惧している。
いまやミリーも両親がいなくなり天涯孤独の身となってしまった。もしサビと別れても一人では傭兵として同じ生活を続ける事は難しく、何処かのチームに入るにしてもなじめるだろうかという不安もある。
サビは生い立ちもあってか冗談や話題といったものをほとんど言わず寡黙で偶にミリーに見惚れる事はあるが、頼れる仲間といった形で接してくれるためミリーとしても居心地が良かった。サビは非常に強さに執着しており、ミリーはうかうかしてるとおいて行かれる不安を感じていた。
(やっぱり、私ももっと強くならないと、両親の仇も取りたいし)
ミリーはひそかに、これからさらに鍛錬へ力を入れることを誓った。
その後二人はエクスランドへ戻り、不要な魔石と素材を換金をする為傭兵ギルドへ立ち寄った。
傭兵ギルドの建物内に入ったサビたちは受付にまっすぐ向かった。ギルドの受付を行っているサラが二人に気づき声をかけてきた。
「あら、いらっしゃい今日も換金かしら?」
「そうだ」
サビが魔石と魔物の素材がそれぞれ入った袋を手渡した。サラは受け取りつつサビたちへの最近の評価について話す。
「あらこんなに討伐してきたのね、最近の新人の中じゃあ頭一つ抜けてるわね」
ミリーが照れくさそうに頬を掻きつつ、サビをちらりと見た。
「サビが前衛でバッタバッタとなぎ倒してくれるからいいけど、私はそれほどじゃないです」
「いや、俺一人だったら何処かで死んでたのは間違いないだろう。ミリーの弓と知識には大いに助けられてる」
サビは奴隷時代と違い戦う力が手に入った為無茶をしそうになることも多かったが、ここまで無事にこれたのは冷静に指示を出してくれるミリーのおかげだと思っている。
実際魔力を使った遠距離攻撃を出来るのはかなり希少な技能であり、一般的な矢では魔物の魔力で強化された毛皮等を貫くことは至難の業だ。旧時代の火薬兵器でもかなり大型の物を使わなければ、ノーマルのグレイウルフですら仕留めることが難しい。
そんな二人のやり取りを微笑ましく見つつ、換金を終わらせたサラは二人へ硬貨を渡した。
「換金は終わったわこれが今回の報酬よ、このまま討伐実績を順調に上げていけばDランクもすぐでしょうね」
「ありがとうございます!」
ミリーがはにかみつつ硬貨を受け取り袋へ入れた。換金作業を終えたサラが表情をまじめなものに変え、周囲に聞こえないようにミリーの両親の件の調査進捗を伝えた。
「それと例の件だけどこの辺であなたの両親を殺せるようなレベルの存在はほとんどいないと思うから、最近活発になってる犯罪組織が怪しいと睨んでるけれども、まだまだ調査は難航してるわ」
ミリーの両親は傭兵ランクBであり、エクスランドでは貴重な高ランクの傭兵だった。エクスランドは人口は多いものの周辺に危険な生物が少ないため、D~Ⅽランクまで上がった傭兵達はさらなる稼ぎを求めて危険度の高い地域へ出ていく事も多い。
ミリーの両親も駆け出しのころはエクスランドにいたそうだが、ランクが上がるにつれ活動範囲を広げていき、危険度の高い地域へ拠点を移していった。しかし10年ほど前にミリーを連れエクスランドへ戻ってきた。
「その組織ってどういうのですか?」
「まだ遺跡荒らしを行ったりして何か探してる集団がいるって事くらいしか掴めてないの、でもあなたの両親は遺跡の調査も一流だったから何かしらの情報を奪うためだった可能性がありそうなのよ」
「それって…」
ミリーはサビの方へ顔を向けた。サビ自身も自分が捕まっていた組織がサラの話に出てくる組織と同一の可能性が高いだろうと考えた。
「俺が昔奴隷としていた所と似ているな」
「そうなのね。詳しい話を聞いてもいいかしら?」
「悪いが俺も移動の時は目隠しをされたりして、ほとんど知らない。特徴のないやつらが多かったがただ赤い鎧の男がいたはずだ」
「それでも貴重な情報よ、感謝するわ」
サラが簡単なメモを取り、一段落着いたため所でもう一つ懸念事項があることをミリーたちへ伝えた。
「それとも最後にもう一点なんだけど、最近この周辺でハイクラスからグレートクラスのワイルドボアが目撃されているそうなのよ。十分注意して頂戴ね」
「注意しますね、ありがとうございました」
サビは頷き、ミリーが一礼してから二人は傭兵ギルドから出ることにした。
ミリー自身も両親の残した日記やメモなどを確認するものの、量が多く調査に時間がかかっている。
サビへの読み書きから始まる一般知識の教育などを優先してくれているので調査が滞っている事に申し訳なく思っているが、ミリーも気にしないでいいと言っている為、せめてと真面目に取り組むようにしている。
現在サビはある程度の読み書きと計算が出来るようになり、今は本が読めるようになるために文章の勉強に取り組んでいる。計算が出来るようになった際は、以前ビルヒリーで購入した肉串の釣銭を誤魔化されたことに気づいて苦虫をかみつぶしたような顔になっていた。
サビたちが傭兵ギルドの出入り口付近に差し掛かった時だった。
「おーいなんでフードなんかしてんだあ?」
赤ら顔の中年の傭兵らしき装備の男がよろめきつつミリーの前に現れフードを覗き込むように近づいてきた。
「ッ!?」
驚いたように硬直するミリーと、すかさずミリーと入れ替わるようにサビが前に出た。
「おいバカ!何してんだ!」
そこへ赤ら顔の男に似た装備をした青年くらいの男が現れサビが行動する前に、赤ら顔の男を引き離しつつ謝罪を口にした。
「いやー申し訳ない!こいつこんな昼間から酔っぱらいやがってね。ちゃんと言っとくんで勘弁してください」
あまりに展開が早かった為、サビは困惑しミリーにどうするか確認する事にした。
「ミリーは大丈夫か?」
「う、うん。少しびっくりしたけど大丈夫」
「じゃあいいか」
「恩に着るよ!後できつく言っとくから!」
ミリーが問題ないと言ってるなら、特に問題は無いかとサビは判断しギルドを出ることにした。後ろで先ほどの男が穏便に対応してくれた事に対する感謝を述べていた。
二人は次の目的地である商業区にある工房へ向かいつつ先ほどの件について話をしていた。
おずおずといった様子で上目使いにミリーがサビへ礼を言った。
「ありがとうね、前に出てくれて」
「ああ?まあ敵が出たと思ったからいつもの陣形を取っただけだ」
「あはは、それでもうれしかったんだよ」
サビのどこかズレた返事に、吹き出すようにミリーは笑った。
そういえば、とサビは先ほどの男の様子について気になったことを聞くことにした。
「さっきのは何だったんだ?時々似たような顔の赤いやつを見るが」
「あれは、お酒を飲んでいたんだと思うよ」
「酒?」
聞いたことはあるものの実態の分からない単語にサビは首を傾げた。その仕草を横目で見つつミリーは酒についての説明をした。
「お酒はね、人によるらしいけど楽しい気分になる飲み物なんだって。この辺で栽培してる作物から作ってるらしくて、結構安いよ」
「飲むとあんな感じに上機嫌になるのか」
「うん、でも判断力とか落ちるし気分転換にはいいけど外に行く前には飲まないほうが良いのは間違いないね」
「そうか、今度暇な夜にでも一回くらい飲んでみるか」
サビは興味をひかれつつも判断力が落ちると聞き、時間があればいつでも様々な訓練を行っている自分にはあまり良いものではないとも思った。
酒はこの世界における娯楽品としてかなり普及しており、畑で栽培されている芋や穀物類から大量に生産されている。傭兵達の多くは日々の酒代の為に魔物を狩ったりしている為、スラム街へ食料として出回るより酒として加工され経済的に優先して消費される事も多い。
話ながら歩く内に二人は商業区へ足を踏み入れていった。