第6話
8/14 内容を変更。
影響がある話は3.4.5.6.24話です。
ミリーの魔力矢を合図に、グレイウルフとの戦闘が始まった。
グレイウルフたちは即座に左右へ散り、サビたちを囲むように動く。
散開しようとした先頭の一頭へ、魔力矢が飛んだ。
避け切れなかったグレイウルフの前脚に突き刺さり、その動きが止まる。
そこへサビが踏み込んだ。
軽くした巨剣槍を右へ大きく引き、一気に間合いを潰す。
「ぉぉぉぉぉッラァ!」
腰を捻り、全身で振り抜いた。
巨大な刀身が、見た目からは考えられない速度で右から左へ走る。 長大な刃が空気を押し退け、低い唸りを響かせた。
命中の直前、サビは巨剣槍の軽量化を解く。
加速していた巨剣槍が、本来の凄まじい質量を取り戻した。
矢を受けたグレイウルフの全身を、淡い魔力の光が覆う。
だが、その防御は巨剣槍を受け止めた瞬間、大きく歪んだ。
次の瞬間、青白い魔力が霧散する。
「ギャ……!」
叩きつけられた巨剣槍は最初の一頭の胴体をひしゃげさせる。
そのまま隣の二頭までまとめて巻き込んだ。
肉と骨を押し潰す鈍い感触が、柄を通してサビの両腕へ返る。
三頭の体が地面から浮き上がった。 絡み合うように吹き飛び、近くの壁へ激突する。
重い衝突音が響き、石壁に亀裂が走った。
押し潰された体から、血が大きく飛び散る。
(ッチ……やっぱり体が崩れるな!)
だが、巨剣槍の勢いは簡単には止まらない。
振り抜いた武器に両腕を引かれ、サビの上体が大きく流れる。 踏ん張った足が地面を滑り、体勢が崩れた。
そこへ、残った群れの一頭が死角から飛び掛かる。
「伏せて!」
サビは咄嗟に巨剣槍を軽くし、柄を抱え込むようにして身を沈めた。
だが、先ほどの一撃で大きく捻られた腰と肩が、動きに遅れて鈍く軋む。
踏ん張り切れず、片膝が地面へ叩きつけられた。
その瞬間、さっきまでサビの上半身があった空間へグレイウルフが飛び込む。
直後、その胴体へミリーの魔力矢が深く突き刺さった。
矢を受けたグレイウルフは空中で体勢を崩し、サビの頭上を越えて地面へ転がる。
ミリーは倒れた一頭を確認するより早く、次の獲物へ矢を番えていた。
「今の、危なかったわ」
「ああ……助かった!」
サビは巨剣槍を杖代わりにしつつ素早く立ち上がった。
柄を握る両手には、まだ強い痺れが残っている。
指を開こうとしても、強く握り込みすぎたせいで上手く動かなかった。
それでも無理やり握り直し、ミリーの近くへと戻る。
その途中で、別のグレイウルフが正面から飛び掛かってきた。
「ッ!」
サビは軽くした巨剣槍を頭上へ振り上げる。
肩から背中にかけて痛みが走り、動きがわずかに鈍った。
それでも迫る頭部へ狙いを定め、巨剣槍を振り下ろす。
命中の直前、軽量化を解除した。
凄まじい質量を取り戻した刀身が、グレイウルフの頭上へ叩きつけられる。
鈍い音とともに頭蓋が潰れ、その体が地面へ沈み込んだ。
「ぐッ……!」
衝突の反動が柄を逆流する。
手首が跳ね上げられ、肘から肩へ鋭い衝撃が突き抜けた。
サビはすぐに巨剣槍を軽くしたが、両腕は一瞬、自分のものではないように痺れていた。
足元には、潰れた頭部から血だまりが広がっていく。
「もう半分以上は倒してる! 残りは少ないわ!」
「分かった。……ミリー、伏せろ!」
サビは痛む腕を押さえつけるように柄を握り込み、背後へ向かって巨剣槍を振るった。
すぐに身を屈めたミリーの背後には、飛び掛かってきたグレイウルフがいた。
巨剣槍がその胴体を横殴りに捉える。
手応えと同時に重量を戻すと、グレイウルフの体がくの字に折れた。
そのまま地面から弾き飛ばされ、空中に血の軌跡を描きながら茂みの向こうへ消えていく。
だが、サビの体も無事ではなかった。
巨剣槍に引かれて上半身が大きく捻られ、足裏が地面を滑る。
無理に勢いを止めようとした脇腹と背中へ、引き攣るような痛みが走った。
「ぐぅッ……!」
奥歯を噛み締め、流される足を踏み留める。
サビは周囲の魔力の気配を察知することに優れていた。
意識を向けていれば、死角からの奇襲や接近にも事前に気づくことができる。
しかし、敵に気づけたとしても、今のサビは巨剣槍を思いどおりに止められない。
一度振り切るたびに体勢が崩れ、次の攻撃に大きな隙が生まれていた。
そこを補うように、ミリーもしゃがみ込んだまま魔力の短剣を作り出す。
サビの背後へ飛び掛かろうとした別のグレイウルフへ、その短剣を投げつけた。
「ギャン!」
魔力の短剣が肩口へ突き刺さり、グレイウルフの動きが止まる。
サビは痛む腰を捻り、巨剣槍を引き戻した。
両腕は重く、握力も落ち始めている。
それでも軽くした巨剣槍をどうにか振り上げ、怯んだグレイウルフへ叩き込んだ。
命中と同時に、本来の重さを戻す。
刀身が魔力の防御を突き破り、その体を地面へ押し潰した。
再び激しい反動が両手を襲う。
裂けた掌が柄の表面と擦れ、焼けるような痛みが走った。
「今のは助かった」
荒い息を吐きながら、サビが言った。
「あなただけに後ろを見てもらうわけにはいかないから」
二人は互いを見ることなく、周囲へ視線を走らせた。
「ハァッ……ハァ……」
サビの呼吸は大きく乱れていた。
巨剣槍自体は能力で軽くできる。
だが、高速で振り回すために全身を動かし、命中の瞬間に返ってくる衝撃へ耐えるのは、サビ自身の肉体だった。
肩は熱を持ち、肘や手首には鈍い痛みが残っている。
腰と脇腹も、無理な姿勢で何度も振り回したせいで強く張っていた。
それでもサビは巨剣槍を構え直し、残ったグレイウルフたちへ向き直る。
刀身に付着した血を払おうと巨剣槍を振ったが、疲労した腕では先ほどまでのように鋭く動かせない。
鈍く揺れた刀身から、粘ついた血が地面へ滴り落ちた。
グレイウルフたちは低く唸りながらも、じりじりと後退していく。
サビの構えは崩れていた。
握る両手も微かに震えている。
それでも、すでに群れの多くが、その巨剣槍によって一撃で潰されていた。
やがて一頭が踵を返す。
残りもそれに続き、茂みの奥へ逃げ去っていった。
短時間で仲間の多くを屠られ、これ以上は勝てないと判断したのだろう。
サビはなおも巨剣槍を構えたまま、周囲の気配を探った。
逃げた群れが戻ってくる様子も、別の魔物が近づいている気配もない。
異常がないことを確かめると、張り詰めていた力が一気に抜けた。
「……ッ」
巨剣槍を肩へ担ごうとした瞬間、痛めた肩が震える。
一度では持ち上げ切れず、サビは軽量化を強めてから、ようやく肩へ載せた。
武器の重さはほとんど感じない。
それでも全身には、巨剣槍を振り回した反動がはっきりと残っていた。
ミリーも弓を下ろした。
だが、すぐにサビへ近づくことはせず、少し離れた場所から、荒い呼吸を繰り返すサビと巨剣槍を見比べている。
「……その武器、まだ全然扱えてないのね」
「悪かったな」
「責めてるわけじゃないわ」
ミリーは周囲への警戒を続けたまま、わずかに眉を寄せる。
「まともに扱えていないのに、あれだけの群れを正面から押し返したことに驚いてるの」
「そういうもんか?」
「そういうものよ。少なくとも、普通の駆け出しが相手にできる数じゃないわ」
ミリーはサビの持つ巨剣槍へ目を向けた。
巨大な刀身は、先端部分が大きく欠けている。
長い柄の先端も折れていた。
それでも刀身だけで大柄なサビに迫る長さがあり、大剣でもあり、大槍でもあるような異質な武器だった。
ミリーは巨剣槍から、サビの全身へ視線を移した。
体格に合っていない皮鎧。
左右で形の違う手甲。
腰に下げた袋やナイフも、どれも同じ持ち主が揃えた物には見えない。
「ところで、サビは傭兵のランクはいくつなの?」
「ランク?」
問い返され、ミリーが眉を寄せた。
「傭兵ギルドのランクよ。あれだけ戦えるなら、登録してるんでしょう?」
「いや。傭兵ってのが何なのかも、よく知らない」
「……登録してないの?」
「ああ」
ミリーは意外そうにサビを見つめた。
それからもう一度、ちぐはぐな装備へ視線を走らせる。
「じゃあ、その防具は?」
「遺跡にいた連中の死体から剥いだ。巨剣槍は、俺たちを襲ったゴーレムが持ってたやつだ」
「俺たちって……」
ミリーの表情がわずかに硬くなった。
「あの赤い鎧の男たち?」
「ああ」
「あなた、あいつらと一緒にいたの?」
声に警戒が戻る。
サビはその変化に気づいたが、特に取り繕うことなく答えた。
「奴隷として使われてた」
「……奴隷?」
「遺跡の罠や魔物を調べるために、俺たちみたいなのを先へ行かせてた。荷物を運ばされたり、食い物を探しに行かされたりもした」
ミリーは何も言わず、サビの顔を見つめた。
「少し前に、遺跡のゴーレムが動き出した。あいつらの多くはそこで死んだ。俺は使えそうな物を持って逃げた」
「それで、その装備なのね」
「ああ」
サビの答えは短かった。
ミリーの視線が、サビの顔から全身へ移る。
体格に合っていない防具。
材質も形も揃っておらず、傷や汚れの残った装備ばかりだった。
さらに、防具の隙間から覗く腕や首元には、いつ負ったのかも分からない古傷がいくつも残っている。
ミリーはしばらくそれを見た後、わずかに視線を伏せた。
「……ごめんなさい。あいつらの仲間なのかと思った」
「気にするな。同じ場所にはいたからな」
「でも、同じじゃないでしょう」
ミリーは小さく息を吐いた。
その表情には、まだ硬さは残っている。
それでも、先ほどまでのようにサビの手元や巨剣槍を警戒する様子は薄れていた。
「なるほどね。傭兵が使っている装備にしては、妙にちぐはぐだと思ったの」
「拾った物ばかりだからな」
「……そのでっかい武器まで拾い物だとは思わなかったけど」
ミリーは肩に担がれた巨剣槍を見上げた。
それから、改めてサビへ向き直る。
「話を戻すけど、エクスランドで活動するなら、まず傭兵ギルドに登録ね」
「……傭兵は何をするんだ?」
「ギルドから魔物の討伐や護衛、遺跡探索なんかの依頼を受けられるわ。持ち帰った魔石や素材も買い取ってもらえるし、実績を積めば、もっと報酬の高い仕事も受けられる」
「金になるのか」
「ええ。それに、人や魔物についての情報も集まってくる」
その言葉に、サビはわずかに顔を上げた。
「……人を探すのにも使えるか?」
「……正式に捜索を依頼するにはお金が必要だけど、自分で情報を集める足掛かりにはなると思う」
「なら、登録した方がよさそうだな」
「そうね。さっきの戦いを見る限り、実力が足りないことはないと思う」
ミリーは再び、サビの肩に担がれた巨剣槍を見上げた。
「ただ、その武器はかなり目立つでしょうけど」
「……だろうな」
サビも巨剣槍へ目を向けた。
街でどう見られるのかまでは考えたことがなかった。
「エクスランドに着いたら、私も一緒にギルドへ行くわ。登録の手順くらいなら教えられるから」
サビはミリーへ顔を戻した。
「……本当か。助かる」
「その代わり、変なことはしないでよ」
「ああ」
ミリーの声には、まだ硬さが残っていた。
それでも、運転席の扉を隔てて話していた時よりは、言葉が増えている。
サビはそれ以上何も尋ねず、再び周囲へ目を向けた。




