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落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話  作者: 青井リンボ
第1部

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第35話

 ワイルドボアの群れとシージボアを討伐した一団は、その後もしばらく街道を進み、最初の休憩を取ることにした。

 三台の大型魔導車は、最も貴重な物資を積んだ車両を中央に置き、横並びに停車している。

 

 襲撃時と比べて車両同士の間隔は広く取られ、その隙間には天幕が張られていた。

 荷台から机や椅子、調理器具も運び出され、停車してから僅かな時間で簡易的な拠点が出来上がっている。


 魔導車から少し離れた場所では、サビが鉄板の上でシージボアの塊肉を焼いていた。

 回収された肉の一部を厚く切り、表面へ塩と乾燥させた香草を振りかけていく。

 脂が鉄板からこぼれ落ちるたび、小さな炎とともに香ばしい匂いが立ち上った。


 その横では、ミリーが野菜や豆、穀物の入ったスープを口へ運んでいる。

 以前のように、乾燥した携帯食を湯へ溶かしただけの物ではない。

 柔らかく煮込まれた野菜や豆にはそれぞれ異なる食感があり、香草などから溶け出した風味も加わっているらしい。

 ミリーは時折、具材を確かめるように匙を動かしながら、ゆっくりと食べていた。


 サビは野菜の多いスープをあまり好まなかった。

 味見として分けてもらった小さな器だけが、肉の横で湯気を上げている。

 

 兜だけを外して傍らへ置いたサビは、焼いている肉を眺めながつつ口を開いた。

 

「大体、聖都まであと3日位か。たしか星神教の都市だっけか?」


「……ええ。そうね」

 

 やや間をおいて返事をしたミリーは食事の手を止め、少し遠くへ視線を向けた。

 

「聖都は、この辺りではかなり珍しい場所なの。荒野の中にあるのに、大きな農園や果樹園を維持している」

 

「砂漠みたいな場所なのにか」


「地下水や、旧時代の設備が残っているらしいわ。それを星神教が長い間管理してきたの」

 

 ミリーは少し考えるように言葉を選ぶ。


「……それに水路や農地だけじゃなくて、星神教の建物とかも凄いのよ。古い建物なのに、まるで別の世界みたいに感じる場所があるの」

 

「詳しいんだな」


「……まあね」

 

 そう曖昧に答えるとミリーは、手の持ったスープの中を匙でゆっくりとかき回す。

 そんないつもと違う調子のミリーに、サビは話を変える為、気になっていた事を口にする。


「そういえば、今回の依頼って普段より報酬が良かったよな」

 

「……双星祭と大市の時期だからね」

 

 ミリーも少し気を取り直すように答える。

 

「この時期は聖都へ向かう商隊が増える。護衛依頼も多いし、街道を使う人間が増える分、集まってくる魔物の討伐も重要になるのよ」


「確かに、いきなりあんな群れが来るとは思わなかった」


 サビは焼けた肉を返しつつ、シージボアとワイルドボアの群れを思い出していた。

 ミリーが頷き返す。

 

「だから危険な道中の安全を確保できる傭兵は、それだけ価値があるってことね」

 

「この依頼を達成すれば三ツ星だってサラも言ってたな」

 

 そう言い兜だけを外して傍らへ置いたサビは、焼き上がった肉を大きく切り分け、そのまま一口で頬張る。


 歯応えは強かった。

 だが、噛めば噛むほど脂と肉の旨味が口の中へ広がっていく。

 サビは満足そうに、無言で肉を食べ進めていた。

 

「ええ、だから頑張りましょう」

 

 その姿を見たミリーも、食事へと戻っていった。


 

 

 次の塊肉を鉄板の上で裏返していると、傭兵の一人が近づいてきた。

 《鉄環》に所属する若い槍使い、レオルだった。

 一度ミリーへ目を向けたものの、すぐに鉄板の上で焼ける肉へ視線を奪われる。


「それ、シージボアの肉だよな」


「ああ」


「除染なしで本当に食えるのか?」


 サビは返事の代わりに、切り分けた肉をもう1つ口へ放り込んだ。

 レオルはしばらくその様子を眺めていたが、やがて納得したように頷く。


「ああ、そうか。お前、魔力変質者だったな」


「そうだ」


「俺の知り合いにも一人いる。手から少し水を出したり、桶の中身を動かしたりできる奴だ」


「便利そうだな」


「出せるのは、一日に水筒一本分くらいだけどな。酒場じゃ、酔った奴の杯をひっくり返して遊んでる」


 レオルはそう言って笑うと、焼けていく肉へもう一度目を向けた。


「そういや、あんたらはどうしてこの護衛を受けたんだ?」


 レオルが肉から目を離し、サビへ顔を向ける。


「ランクを上げるためだ」


「それで長距離護衛か」


「ああ。手っ取り早いと聞いた」


 大型魔導車を使った護衛依頼は、通常の討伐依頼よりも拘束される期間が長い。

 そのうえ、大量に積まれた魔石の反応へ魔物が引き寄せられるため、道中で襲撃を受けることも少なくなかった。

 無事に目的地まで送り届ければ、その分だけギルドからの評価も高くなる。


「確かにな。往復まで終われば、細かい依頼を何件も受けるより評価は稼げる」


 レオルは頷いてから、シージボアの肉へ視線を戻した。


「ただ、初日からあんなのが来るとは思わなかったけどな」


「ランクは上がりそうだ」


「そこは前向きなんだな……」


 サビは再び焼けた肉を口いっぱいに頬張った。

 レオルは、その姿をじっと見つめる。


「それで、うまいのか?」


「硬い。でも、うまい」


 レオルは唾を飲み込み、香ばしい匂いを放つ肉を見つめた。


「……そう聞くと食いたくなるな」


「やめとけ。腹を壊すぞ」


「だよな……除染肉は高いんだよなあ」


 名残惜しそうに肉を眺めていたレオルが、不意に顔を上げた。


「って、そんなことを言いに来たんじゃなかった」


 そう呟いてから、レオルはすぐ隣でスープを食べていたミリーへ目を向けた。


「さっきは助かった」


 ミリーが匙を止める。


「え?何のこと?」


「俺の横からワイルドボアが来ただろ。お前の矢がなかったら、まともに牙を食らってた」


「ああ、あれね」


 ミリーは思い出したように頷いた。


「見えたから撃っただけよ」


「それでも、助かったことに変わりはない。ありがとな」


「どういたしまして」


 レオルは礼を言い終えると、少し離れた場所に置かれたミリーの弓へ視線を向けた。


「それにしても、凄い腕だな。あの距離から、動いてる魔物の目まで射抜くなんて」


「目に当たったのは、少し運もあったわ」


「運だけで、あんなに何本も当てられないだろ」


 ミリーは僅かに肩をすくめ、再びスープへ匙を入れた。

 レオルはその横顔を見ていたが、やがてサビとミリーを交互に見比べる。


「ところでさ」


「何?」


「あんたらって、どういう関係なんだ?」


 ミリーの匙が止まった。

 サビも肉を噛みながら、一瞬だけレオルへ目を向ける。


「どういうって?」


「いや、一緒に旅してるみたいだし……付き合ってるとか」


「違うわよ」


 ミリーはあっさりと答えた。


「仲間よ。一緒に行動してるだけ」


「そうか!」


 レオルの表情が目に見えて明るくなる。


「だったら、俺にもチャンスがあるな!」


「何の?」


「そこから説明しないと駄目なのか?」


 ミリーが不思議そうに首を傾げる。

 レオルは一瞬言葉に詰まったが、すぐに気を取り直した。


「聖都に着いたら、飯でもどうだ?」


「うーん……やるべきことが無事に終わったら、考えるわ」


 サビの噛む動きが、僅かに止まった。

 だが、レオルは気づかない。


「よし。可能性はあるな」


「随分と前向きね。いつになるか分からないわよ」


「傭兵は前向きじゃないと続かないからな」


 レオルはそう言って笑った。

 それから、黙々と肉を食べているサビへ視線を向ける。


「お前は、何とも思わないのか?」


「何がだ」


「……いや、何でもない」


 サビは興味を失ったように、再び肉へ齧りついた。


「……もったいねえ」

 

 その様子に呆れたレオルが、ミリーへ再び視線を向けたところで、別の声が会話へ割り込んだ。

 

「少しいいかしら」


 振り向くと、《鉄環》の魔導銃手であるリナが立っていた。


「突然で悪いんだけど、さっき使ってた魔力矢について聞いてもいい?」


「魔力矢?」


「ええ。私も魔導弾を使うから、どうしても気になって。もちろん、個人の技術を全部教えろとは言わないわ。ただ、あれは普通の魔導弾とは少し違って見えたから」


 ミリーは少し考えた後、スープの器を置いた。


「説明できる範囲ならね」


 そう言うと、指先へ青白い魔力が集まる。

 魔力は細長く圧縮され、やがて一本の矢へ形を変えた。

 輪郭が整うと、表面が一度だけ強く光る。


 ミリーは完成した矢を地面へ置いた。

 手を離しても、青白い矢は崩れなかった。


「……もう触れてないわよね?」


「ええ」


 リナがしゃがみ込み、地面に残った矢を覗き込む。


「それなのに、ここまで形が残るの?」


「しばらくはね。ずっとじゃないけど」


 リナは腰の魔導銃へ一度目を向けた。


「私たちは銃身の中で魔力を圧縮して、撃ち出す直前まで形を安定させる。でも銃口を離れた後は、どうしたって少しずつ崩れていくわ」


 再び、地面の矢を見る。


「それを銃も使わず、ここまで安定させてるのね」


「そうみたい」


「そうみたいって……」


 リナは呆れたように息を吐いた。

 その前で、矢の表面から青白い光の粒が少しずつ剥がれ始める。


「でも、永久に残るわけじゃない」


「当たるまで残れば十分よ」


 リナは即座に答えた。


「しかも、作った矢を手放した時点でもう次を作れる。だからあれだけ連射できたのね」


 ミリーが小さく頷く。


「私なんて、ニードルを安定させるだけでも何年も掛かったのに」


「そんなに難しいの?」


「細く圧縮しすぎれば途中で崩れるし、密度が足りなければ硬い外皮を抜けない。照準まで合わせて、ようやく一発よ」


 リナは肩をすくめた。


「内壁出身の術士に散々叩き込まれたわ。銃身へ送る魔力が少し乱れただけでも最初からやり直し」


「ずいぶん厳しかったのね」


「杖でも叩かれたわよ。あの婆さん、口より先に手が出るの」


 ミリーが僅かに笑った。


「でも、そのおかげでさっきシージボアの外皮を抜けたんでしょう?」


「……そう思わないと割に合わないわね」


 リナも苦笑した。


「ただ、その後がね」


 そう言って、今度はサビへ視線を向ける。


「あれだけ皆で削って、それでも止まらなかったシージボアを、一発で街道ごと叩き潰すとは思わなかったわ」


 サビは焼いた肉を飲み込んだ。


「頭が下がったところを殴っただけだ」


「その殴った結果、街道に穴が開いたんでしょうが」


 リナは呆れたように返す。


「シージボアの頭って、私のニードルでも外皮を砕くのが精一杯なのよ」


 少し間を置き、サビの傍らに置かれた巨剣槍を見る。


「変質者だって聞いてたけど、重量を変えるだけであんなことになるのね」


「重くした」


「それは見れば分かるわよ」


 リナは小さく息を吐いた。


「問題は、どれだけ重くしたらああなるのかって話」


 サビは少し考えた。


「分からん」


「……分からないままやったの?」


「ああ」


「よく生きてるわね、あなた」


 ミリーが横で小さく吹き出した。


 サビはふと、リナの装備へ目を向けた。

 身体へ沿う濃紺の上衣と薄い革の防具。その上から胸元と前腕だけを、軽量な金属板が覆っている。


「そういや、お前は随分と薄いな」


「防具のことよね?」


「他に何がある」


「……そう、そうよね」


 リナは小さく息を吐き、自分の胸元を指で叩いた。


「……魔導銃は、自分の魔力を細かく銃身へ送りながら使うの。重い防具で身体を覆いすぎると、魔力の流れを邪魔することがあるわ」


「だからか」


「ええ。急所は守るけど、銃使いは軽装の方が多いわね。防御を固めすぎて、肝心の魔導弾が乱れたら意味がないもの」


 そう答えてから、リナは改めてサビの装備へ目を向けた。


 赤黒い毛皮に、暗銀の金属板。

 身体を覆うぶ厚い防具と、その横に置かれた巨大な巨剣槍。


「それにしても、私からすればその装備も意味が分からないわ」


「何がだ」


「それだけ着込んで、あの武器まで持って、どうしてあんな速度で動けるの?」


「全部軽くしてる」


「……全部?」


「身体も、武器も、防具も」


 リナは数秒黙った。


「それで、当たる直前だけ武器を戻す?」


「ああ」


「外したら?」


「腕を持っていかれる」


「でしょうね」


 即答だった。


「シージボアの時は、それよりさらに重くしたわけね」


「ああ」


 リナは巨剣槍と、サビの腕を交互に見る。


「能力そのものは単純なのに、使い方が無茶苦茶なのね」


「失敗すると死ぬからな」


「それで覚えたの?」


「ああ」


「覚え方だけなら、うちの婆さんより酷いわね」


 今度はミリーが声を立てて笑った。



 

 その後も、サビたちは食事を続けながら、しばらく他愛のない話を交わした。

 やがて、天幕の向こうからガレスとバズが姿を現す。

 二人の後ろには、上等な外套を着た中年の商人もついてきていた。


「随分と盛り上がってるな」


 ガレスが声を掛けると、リナが地面に残った魔力の光へ目を向ける。


「少し珍しい物を見せてもらってたのよ」


「珍しい物なら、さっき嫌というほど見たがな」


 ガレスはそう答えてから、サビたちを順に見た。


「そろそろ見張りを交代する。次はサビとミリー、それからレオルだ。食い終わったら準備してくれ」


「分かった」


 サビが答えると、後ろにいた商人が一歩前へ出た。


「その前に、私からも礼を言わせてください」


 商人はサビ達へ軽く頭を下げる。


「シージボアを止めてくれて助かりました。魔石槽まで破られていたら、積荷どころか車両そのものを失うところでした」


「仕事をしただけだ」


「仕事で命を救われたからといって、礼を言わなくていい理由にはなりません」


 商人はそう言って笑った。


「聖都へ無事に着いたら、改めて何か振る舞わせてください」


「ああ」


 サビが短く答える横で、商人の視線がミリーの持つスープの器へ移った。

 中に入った豆や野菜を確認すると、僅かに目を細める。


「お嬢さんは、そちらの方が好みですか?」


「ええ」


「それなら、エクスランドに戻ったら私の店へ来てください。遺物や家具以外にも、乾燥野菜に豆、香草も、ここで使っている物より上等な品を揃えていますので!」


 ミリーが匙を止め、商人を見る。


「今、お礼を言いに来たんじゃなかったの?」


「礼と商売は両立しますからね!」


 商人は悪びれることなく答えた。


「護衛の礼に、多少は安くさせていただきますよ」


「多少なのね」


「無料にしていたら商人は続きません」


 ミリーが呆れたように笑う。


「覚えておくわ」


「ええ、よろしくお願いいたします」


 商人は満足そうに頷いた。


「相変わらずだな」


 ガレスが小さく息を吐く。


「命を救われた直後ほど、店の名前を覚えてもらいやすい機会はないですから」


「まだ店の名前を言ってないぞ」


 バズが低い声で指摘した。

 商人は一瞬黙り、それから慌てて懐へ手を伸ばした。

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