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落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話  作者: 青井リンボ
第1部

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第29話

 二人はそのまま、水路沿いの通りを進んでいく。

 商業区の店先には、普段よりも多くの商品が並べられていた。


 色鮮やかな布。

 細かな模様を刻んだ食器。

 遠方の集落で作られた籠や木彫りの人形。

 磨かれた魔石を嵌め込んだ首飾り。


 ミリーが、その中の1つへ目を留めた。


 細い鎖の先に、淡い青色の石が下がっている。

 宝石というほど上等な物ではないようだったが、朝の光を受けて、水面のように揺らめいていた。


「これ、綺麗じゃない?」


 ミリーが首飾りを指差した。

 サビも足を止め、店先へ目を向ける。


「ああ。良いんじゃないか」


「……それだけ?」


「他に何かあるのか?」


 サビが首を傾げると、ミリーは数秒ほど黙った。

 やがて堪えきれなくなったように、小さく笑う。


「別に。あなたに聞いた私が悪かったわ」


「気に入ったなら買えばいいだろ」


「今はいいわ。防具や道具にもお金がかかるし」


「そうか」


 サビはそれ以上気にした様子もなく、歩き出した。

 ミリーも首飾りをもう一度だけ眺めた後、その隣へ並ぶ。


「相変わらずだね」


「何がだ」


「何でもない」


 ミリーは笑いながら答えた。

 やがて、通りの様子が少しずつ変わり始める。


 石造りの店舗が並ぶ区画を抜けると、建物同士の間隔が広くなり、その隙間を埋めるように簡素な露店が増えていった。


 木材を組んだだけの屋台。

 地面へ直接敷かれた布。

 魔導車の荷台をそのまま店代わりにした商人。


 屋根や看板も作らず、木箱の上へ商品を並べただけの店まである。

 通路の幅や店の向きも統一されていない。

 人が集まった場所に後から道ができたように、露店の間を細い通りが曲がりくねっていた。


「ここからが露店区画よ」


「随分と雑だな」


「自分の店を持てない商人や、街に来たばかりの行商が多いからね。祭りが近づくと、空いてる場所はほとんど埋まるわ」


 サビは周囲へ目を向けた。


 専門の店と比べれば、並べられている商品の質も種類もばらつきがある。


 欠けた食器や使い古された工具。

 何に使うのか分からない金属部品。

 革袋に詰められた香辛料。

 地方で作られた衣服。

 古い武器や防具の一部。


 別の露店では、黒い円盤が木箱へ立てかけられていた。


「あれは何だ?」


「前に言ってたレコードよ。音楽が記録されてるの」


 サビは円盤の表面へ目を凝らした。

 細かな傷が、街灯の光を受けて何本も浮かんでいる。


「これだけじゃ音は出ないわ。再生する道具が必要なの。それに、傷が多い物はまともに聞けないこともある」


 その隣には、紙の束や薄い本が無造作に積まれていた。

 表紙に人物の絵が描かれたものもある。


 サビはその中から、自分の持つ本と似た形の一冊を見つけた。


「コミックもあるな」


「ええ。ただ、こういう露店に並ぶ物は、保存状態が悪かったり、途中の巻だけだったりすることが多いわ」


 サビは木箱の中を覗き込んだ。

 表紙の剥がれた本や、端が黒く焼けたものまで混じっている。


「中身も分からず売ってるのか」


「遺跡からまとめて持ち帰って、そのまま並べてることもあるから。専門店なら、ある程度は調べてから売るけどね」


 サビは傷んだ本を一冊持ち上げ、値札を確かめた。

 以前遺跡から持ち帰ったコミックを思えば、驚くほど安い。


「ギルドじゃ値がつかねえ物か」


「普通の娯楽作品なら、それほど高くは買わないわ。ギルドが重視するのは、今の研究や生活に使える資料だから」


 ミリーは指を折りながら続けた。


「技術書、医療書、地図。あとは有名な歴史書や、保存する価値があると判断された本ね」


 サビは手にしたコミックを木箱へ戻した。


「なら、こういう物は役に立たねえから安いのか」


「必ずしもそうじゃないわ」


 ミリーは積まれた本の中から一冊を抜き、傷んだ表紙を確かめた。


「内壁の金持ちや収集家が探している作品なら、ギルドより民間で売った方が高くなることもある。欠けている巻や、保存状態のいいものを個別に集めてる人もいるから」


 サビは並んだ本と、それぞれにつけられた値札を見比べた。


「役に立つかじゃなく、欲しい奴がいるかで値段が変わるのか」


「そういうこと」


 サビは積まれた本へ、もう一度目を向けた。


 使い道のない紙の束にしか見えない物でも、探している人間がいれば高値になる。

 物の価値は、強さや役立つかどうかだけで決まるわけではないらしい。


 さらに奥には、古びた魔道具や遺物らしき品も置かれていた。


 片方だけの金属製の腕。

 割れた透明な板。

 錆びた小箱。

 何本もの管が伸びた用途不明の器具。


 中には、ただの鉄屑にしか見えない物もある。


「使えるのか?」


「使えない物の方が多いでしょうね」


「それでも店に並べるんだな」


「直せる技師、部品を探してる職人、珍しい物を集めてる人。あとは、本当に使える遺物が混ざってるかもしれないって賭ける人ね」


 客の多くは、何かを買うというより、珍しい商品を眺めながら歩いていた。

 露店の商人もそれを分かっているらしく、声を張り上げながら商品の由来を大げさに語っている。


「開闢王が使った杯だ!」


「魔境を越えた遺跡から持ち帰った魔導具だよ!」


「前時代の人気歌手、その本物のレコードだ!」


 どれも本当かどうかは怪しい。

 それでも人々は足を止め、商品を手に取り、商人と言葉を交わしていた。


 雑多な品物が並ぶ露店区画は、市場であると同時に、各地から集まった珍品を見て回る場所にもなっているようだった。

 サビは店先へ並ぶ品々を眺めながら、ミリーとともに人混みの奥へ進んでいった。




 しばらく歩くうちに、露店の様子が少しずつ変わり始める。

 通りの入口付近に並んでいた店は、屋根や棚を備え、それなりに商品も整理されていた。

 だが奥へ進むほど、店構えは簡素になっていく。


 木箱へ布を掛けただけの台。

 壁へ商品を立てかけただけの店。

 地面へ直接品物を並べ、客が来るまで横で眠っている商人。


 祭りの飾りも減り、頭上へ渡された色布の代わりに、建物同士を繋ぐ洗濯物や古びた縄が増えていた。


 石畳も途中で途切れている。

 踏み固められた土の道には水溜まりやごみが残り、店と店の隙間には、薄暗い路地が何本も伸びていた。


 その奥には、継ぎ足しを繰り返した小屋や、壁の一部を布と木板で塞いだ住居が見える。


 客の姿も変わっていた。

 祭り見物に来た家族連れや、着飾った商人は少ない。

 代わりに、汚れた作業着の男や、痩せた子供、顔を隠した者たちが増えている。

 商品の値段を尋ねるのではなく、店主へ小声で何かを伝え、そのまま路地裏へ案内される者もいた。


 ミリーは周囲を見回しながら、僅かに歩調を落とした。


「この辺りから先は、あまり奥へ入らない方がいいわね」


「何でだ」


「露店区画と貧民街の境目よ。少し裏へ入れば、表で売れない物を扱ってる店もある」


 ミリーの視線が、路地の入口に立つ二人組の男へ向く。

 二人とも商品を売っているようには見えない。

 通りを歩く人間の顔を確かめ、時折、近づいてきた者と短く言葉を交わしていた。


「地元のマフィアも、この辺りには多いわ。財布や荷物にも気をつけて」


「ああ」


 サビは短く答え、駆動軸を持つ手の位置を少し変えた。

 だが、警戒を強めるミリーとは違い、サビは周囲の景色に奇妙な懐かしさを覚えていた。


 狭い路地。

 崩れた壁。

 建物の隙間へ張られた布。

 道端へ座り込み、通行人の持ち物を眺めている子供たち。


 鼻につく生ごみと煙の臭い。

 どこかで煮込まれている、薄いスープの匂い。


 バーグ達にさらわれる前に過ごしていた場所に似ている。


(この辺りで今夜寝るなら、どこにするか)


 崩れた屋根の下。

 雨を防げる壁際。

 人通りが少なく、それでいて完全な袋小路ではない場所。


 サビは無意識のうちに、夜を越せそうな場所を選びながら歩いていた。


「……サビ?」


 ミリーの声に、サビは顔を向けた。


「何だ」


「いや。随分と慣れた様子で見てるから」


「昔いた場所と似てる」


 サビが答えると、ミリーは周囲を改めて見回した。


「ここに住んでたの?」


 サビは路地の奥へ目を向けた。


「ここだったかは分からない。ただ、似てる」

 

「そう……」


 ミリーはそれ以上聞かなかった。

 代わりに、サビとの距離を少しだけ縮める。

 警戒するように路地の奥へ視線を送りながら、再び並んで歩き始めた。



 

 しばらく歩いたその先には、古びた布屋根を張った小さな露店があった。


 木箱や棚の上には、本が隙間なく並べられている。

 色褪せた表紙。

 紐で束ねられた冊子。

 途中の頁が抜け落ち、背表紙だけが残っている物もあった。


 その店の前に、数人の子供が座り込んでいた。

 服は薄汚れ、どの子供も痩せている。

 商品を買いに来たようには見えない。


 露店の奥では、白髪を無造作に伸ばした老人が、一冊のコミックを開いていた。


「そこで騎士は言った。ここから先は、俺一人で行く――とな」


 老人が台詞を読み上げると、子供たちが一斉に身を乗り出した。


「何で一人なんだよ」


「仲間はどうするの?」


「こいつ、さっきまで逃げようとしてたじゃん」


「黙っとれ。今から分かるところじゃ」


 老人は面倒そうに答えながら、次の頁を捲った。

 子供たちは口々に文句を言いつつも、視線だけは本から離していない。

 サビは足を止めた。


 読み上げられている言葉の意味を、すべて理解できたわけではない。

 それでも、老人の手元にある本が、自分の持っている物と同じコミックだということは分かった。


 サビが露店へ目を向けた、その時だった。

 子供の一人がこちらに気づいた。

 長大な駆動軸を持ったサビを見上げ、顔を強張らせる。


「……行こう」


 誰かが小声で言った。


 次の瞬間、子供たちは一斉に立ち上がった。

 老人が止める間もなく、細い路地の奥へ散っていく。


「おい、待たんか。もうすぐ一番良いところだったんじゃぞ!」


 老人が本を掲げて呼び止める。

 だが子供たちは振り返らなかった。


「明日も同じ頃にやるから、続きを聞きたければ来いよ!」


 老人は路地へ向かってそう叫んだ後、ゆっくりとサビたちへ顔を向けた。

 皺の深い顔が、不満そうに歪んでいる。


「まったく。良いところじゃったのに」


「俺のせいか?」


「他に誰がおる。そんな物騒な鉄棒を持った大男が立っておれば、あの辺の子供は逃げるに決まっとるじゃろ」


 サビは手にした駆動軸へ目を落とした。


「襲うつもりはねえ」


「それを見ただけで分かるほど、人間は親切にできとらん」


 老人はそう吐き捨てると、読みかけのコミックへ栞代わりの紙を挟んだ。


「それで、何の用じゃ。まさか続きを聞きに来たわけでもあるまい」


 サビは老人ではなく、その手元の本へ目を向けた。


「……売り物なのか?」


「ここに並べてある物はな」


 老人はサビの視線を追い、僅かに眉を上げた。


「読めるのか?」


「少しだけだ」


「なら、買う前にもう少し覚えてこい。読めん本を増やしても、荷物になるだけじゃ」


「売る気があるのか?」


「金を払うなら売る。じゃが、読まずに腐らせる奴には高く売る」


「何でだ」


「気に入らんからじゃ」


 老人は当然のように答えた。

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