第1話
「腹が減った」
少年が周りには聞こえない小さな声でひとり呟いた。
うっすらと発光している表面が滑らかな石で出来た通路の傍らで、座り込み体を休めている。
少年は、赤錆色のくすんだ乱雑な単髪に瞳も同じ色をしており、同世代の中ではかなりの大柄だ。
「腹が減った」
再び少年がつぶやくと、腹の虫も一緒に鳴いた。
しかし、食料はなく持ち物は不格好な木の棒の先端に短剣を括り付けたような槍とナイフ、小さなリュックのみだ。このままでは状況は改善しないだろうとサビは体に活を入れて立ち上がり、周囲を用心深く確認しながら歩きだした。
しばらく移動したところで、少年は立ち止まり小さなリュックから大きな紙を出して通路の壁にある模様を書き写していた。
すると、何かを察知したのか音をたてないよう通路の側面にある死角に身を隠しつつ、薄暗い通路の奥をじっと凝視している。
視線の先には、少年より小さなウサギ型の魔物がこちらへ向かってきていた。
サビは相手を確認し自分でも対処可能だと判断したため、奇襲できるところまで来るのを待つ事にした。
少年の手には槍が握られており、音から魔物がどの位置まで来ているか集中して確認している。
そして、魔物がちょうど死角から少年を視認できる位置まで来たタイミングで槍を突き出した。
狙いは大きくそれることなく魔物の胴体に槍が刺さった。
魔物は暴れようとしたが、槍で串刺しにされていたため、やがてか細く鳴き声を上げた後動かなくなった。
少年は周囲を用心深く見ながら、腰に差していたナイフで魔物の心臓がある部分に突きを放った。
反応がなく、完全に息絶えたことを確認すると周囲を警戒しながら魔物を素早く解体し、この世界では魔物の体内には必ず存在している魔石を取り出し、残りは食用になる部分だけを大雑把に回収した。
その後はしばらく進むが目立った分岐もなく、通路が崩落によって先に進めなくなっていた。
天井を眺めると崩落によって外の景色が見え、ここからウサギ型の魔物が入り込んできたようだ。
「戻るか」
少年は嫌そうに小さくつぶやき、地図にまた何かを記入してから来た道を油断なく戻り始めた。
暫く来た道を戻ると開けた所に簡易的な拠点のようなものが作られており、そこへ続く入り口には見張りが立っている。
「6番 サビ戻りました」
「通れ」
少年の名前は、サビというようだ。
見張りとサビがお互い視認できる位置まで近づいてから声をかけると、見張りはサビに異変が無いか簡単な確認をしたのち、拠点に入るよう指示をする。
拠点に入ると奥のほうで巨大な斧を持った大男と剣を腰に差した線の細い男が、テーブルの上で様々な書類を見ながら遺跡の状況について会話をしている。
「6番ルートの確認が終わりました、目立ったトラップもなく通路が崩れて先に進めなくなっていました、途中で会った魔物は崩落の穴から入り込んできたと思われるウサギ型一匹だけです」
サビはそう発言しながら、書き込みを行った地図とウサギ型魔物の魔石を一緒に提出した。
「今のところ成果なしか、クソッタレ」
「まあまあ、我々が封印を開けるまで誰も侵入した形跡はないですしほかのルートからの報告も待たないと何とも言えませんねえ」
報告を聞いた大男はいら立ち交じりに吐き捨て、線の細い男はのんびりとした口調でつぶやいていた。
サビは、機嫌を損ねないように注意しつつ最低限の相槌を打っている。
この二人の機嫌を損ねた少年と同じ立場の人間がどういう末路をたどったかを考えると、遺跡の中とあまり変わらない緊張感で相対しなければならないと考えているからだ。
「とりあえずは他のルートの奴らが返ってくるまで待機してろ」
「わかりました」
サビは、大男から指示を受けたのちすぐに拠点内の隅にある自分の居場所へ向かった。
そこには、地面にぼろ切れがまばらに敷いてあるだけの粗末な場所で、少年はそのうちの一つに腰を下ろした。
サビの立場は、攫われてきた奴隷のようなもので、この世界では遺跡と言われる旧世界の構造物の斥候としてトラップや魔物の調査と地図の作成を強要されている。
いくらでもスラムから補充される替えの利く消耗品扱いであり、斥候に行ったきり帰ってこないなら、何かあると警戒できるし、トラップを1つは消費してくれるだろうという雑な扱いを受けている。
サビが物心ついたころは、スラム街でゴミを漁って生活しており、運よく生き残ってしまっていたが拉致されて今のような生活を数年続けている。名前も元々無かったため赤い錆鉄のような特徴的な髪の色から名付けられた。
サビたちを働かせているのは犯罪組織のようなものらしく遺跡の外の移動の際は外の見えない馬車のようなものに入れられ、遺跡と何処かの拠点を行き来する日々である。
サビは一息ついたところで、リュックから魔物の肉を取り出すと生のままかぶり付いた。
サビの食事姿を遠巻きに見ていた大人たちが口を開いた。
「また、あのガキ魔物の肉なんか食ってるぜ、よく死なねえよな」
「ガキ共には支給される食糧が少ないからなあ、良く魔物の肉に手を出して死ぬやつがいるが、平気な奴もたまにはいるんだな」
この世界では、野生の魔物肉は大抵の人には食用に適さず特殊な加工でもしない限りは食べることはない。
サビは、あまりの空腹に耐えかねて一度口にしたが食べることができる体質だったようでそれから手ごろな魔物の肉を食べるようになっている。
魔物を食べることができるおかげで同世代と比べると栄養が取れ大柄な体に成長できている。
支給される食糧はかなり少なく奴隷同士でもめることもあるが、定期的にもめた連中は見せしめに処理されるため、基本的に新入りがもめて早々にいなくなることがほとんどだ。
やがてサビは魔物肉を食べ終わり、少し時間がたつと次は手にナイフを持って何かを始めていた。
(この力をもっとうまく使えるようにならなければ)
この世界には、魔力と言われるものが存在しており、サビにも同世代と比べるとわずかではあるが存在しているらしい。
魔力の用途は武器にまとわせ威力や強度を強化したり、身体能力の上昇や防御などに使用される。
サビには、一般的な魔力運用が殆どできないため、スラムで食料の争いになると不利だったが身体能力で何とか食らいついていた。
そんな日々の生存闘争の中、ふとした拍子に様々な物体に魔力を通すと重量を変化させる事が分かってきて、魔力の強弱による変化や持続時間などを調べ有効に活用する方法を考えている。
サビが確認した自分の魔力特性で分かっていることは、
・大抵のものは軽くできる上魔力の消費量自体がかなり少なく慣れさえすれば無意識でも一日中発動できる、逆に重くすることは魔力の消費量が多く短時間しかできない。
・重量の変化量は込める魔力量で調整できる。
・自分の体の重量を変化させるのは今の段階ではかなり難しい。
以上であり、他にはサビは魔力がほとんど漏れていないようで人間や魔物に察知されにくいという長所もあるが、相手とお互いが認識しあっている状態での戦闘ではあまり役に立たない上に魔力をまともに扱えないことは致命的な弱点である。
(俺ぐらいまで生きている同類は1人もいなくなったし、何時までこのまま運よく生き残れるかわからない)
サビは運良く生き延びることができ、作業の速度も速くなりルールにも適応できているが、あくまでいつ死んでもいい奴隷という立場と、以前幹部の機嫌を損ねてしまい殺された年上の奴隷を見たため、今の状況が非常に危ういものであるだろうと感じている。
サビが、周囲に気を配りつつ魔力操作を行っていると、拠点から延びる通路のうちの一つから突然叫び声と共に大きな破壊音が聞こえてきた。
一瞬で静まり返る拠点内部の中でサビを呼ぶ声が聞こえた為、立ち上がると呼ばれた方へ向かっていった。
通路の前では、組織の人間たちが陣形を組んでおり警戒の体制を取っている。先ほどの大男と線の細い男もいるようだ。このような事態はよくあることなのでこれからの対応も決まっている。
大男が口を開いた。
「だめだ、土ぼこりが舞い上がって通路の先が見えねえ、通路の崩落に巻き込まれたのか、魔物なのか判断つかねえな」
「というわけで、サビ君ちょっと確認してきてもらってもいいかな?」
線の細い男にそう言われたサビには拒否権などなかった。
サビは口をぼろきれで覆い、周囲へ細心の注意を払いながらゆっくりと通路に入っていった。
やがて奥の曲がり角付近まで進むと足元に大量の大小さまざまながれきが散乱しており、サビも崩落が起きたのではないかと考え始めるが直接見るまではわからないと思い、慎重に曲がり角の奥を覗き込んだ。
「ッ!」
とっさに顔を引っ込めたサビは息を殺し慎重に後退を始めた。
サビが覗き込んだ先にあったのは、崩落などではなくこちらに背を向けた巨大な人型ゴーレムだった。サイズは人間3人分以上の大きさで通路のほとんどをその巨体で埋め尽くしている。
ゴーレムの手には巨大な剣と槍が混ざった得物が握られており、それを振り回したのか通路の壁がえぐれて吹き飛んでおり土ぼこりが舞い上がっている。恐らく最初に聞こえた声の人間はもう死んでいるだろう。
今まで、サビが出会ったどんな魔物より危険度が高いであろうゴーレムの足音がこちらへ近づいてきている。
(気づかれたのか!?走って戻るべきか近くで隠れるべきか、どうすれば!)
サビは、恐怖の中でも考えた。
このまま強大そうな魔物を引き連れて戻れば後で見せしめに殺される確率が高い為、サビはすぐさま近くの瓦礫に身を潜めた。サビ自身の魔物に見つかりにくいという特性がゴーレムにも適用される可能性に賭けたのだ。
(ここは隠れてやり過ごす、その後はまた考えるしかない!)
すぐに曲がり角からゴーレムが、自身の重量からくる移動による振動を伴いながら姿を現した。
そして自分が隠れている瓦礫の傍までやってくると、突然立ち止まったようで静かになった。
サビは、物音ひとつ立てないよう全身全霊で、呼吸と身じろぎを止めている。
ゴーレムが再び動き出すまでの、永遠にも思えるような数秒が過ぎた。
やがてゴーレムは拠点のほうへ先ほどとは比べ物にならない速度で駆け出して行った。
茫然としているサビの視線の先でゴーレムが拠点に乗り込んでいったのが見えた。
すぐさま拠点からは怒号と戦闘音が聞こえ始めた。
「どうなってんだ!なんでこのクラスのゴーレムが乗り込んできやがるんだ!」
「全力で攻撃してください!」
「戦闘不能者半数を超えました!もう持ちこたえられません」
「別方向の通路からも小型ゴーレム侵入してきています!もう無理です!」
「だからってもう逃げ切れるわけねえだろ!」
「・・・・・・・!」
「・・・・・!」
やがてサビは拠点が静かになった後、かなりの時間身を隠しじっとしていたが物音がほとんど聞こえなくなったため慎重に行動を開始した。
戦闘が起きた拠点から逆の通路の奥へ向かったが崩落で行き止まりになっていた。恐らくゴーレムの戦闘に老朽化した建材が耐えられなかったのだろう。
仕方なく拠点のほうへ向かうとそこでは激しい戦闘が行われていたようで、死体やゴーレムの残骸、テントなどの物資が散乱しており、動いているものはいないようだった。
中央には、サビが目撃したゴーレムが胸に大穴を開けた状態で倒れており、その近くには頭がなくなった線の細い男と血まみれの大男の死体があった。
サビにとっては、共倒れになっているということは幸運であり、どちらかに危害を加えられる状況ではないようだ。
やがて一通り状況の確認を終えると、いつ死ぬかわからないこの状況から脱出する絶好のチャンスだと思い、サビは死体から使えそうなものを物色し始めた。
あまり物色に時間をかけると誰かがやってくる可能性もあるため、てきぱきと装備をはぎ取っていった。
やがてサビは一通り食料、貨幣、武具などを回収し終わったようだ。
はたから見れば、この世界では駆け出しの傭兵と言われるような見た目にはなっており、サビも少し上機嫌だ。
サビはこれからの行動方針として、幼いころにいたスラムのほうが少なくとも、今よりはましだと思い町を目指してみることに決め、遺跡の外へ続いている通路へ足を踏み出した。
やがて遺跡の外へ続く通路を歩いていたサビは、前方から気配を感じると外から何かが通路へ侵入してきたのが見えた。
「なんだ?」
それは、4足歩行のイノシシのような魔物でサイズはサビより一回り以上大きい。すぐにサビは身を隠そうとしたものの魔物はサビを認識してしまっている。
「まずい!」
サビは直ちに先ほどの戦闘があった広場へ、魔力を使い持ち物を軽くして最大の速度で駆けていく。
後ろでは、魔物が鳴き声を発しながらこちらへむかって突き進んできているようだ。
広場へなんとか追いつかれずに戻ることができたサビはがれきなどの障害物を使い、魔物の攻撃が届かない距離を維持しながら逃げ回りつつ打開策を探している。
(広場から出れば次は追いつかれてしまうしここで何とかしないと!)
サビは先ほど手に入れた剣を持ちつつ、障害物を魔物がよけるために速度を落としたタイミングで首に切りかかった。
しかし、魔物に効果的なダメージは与えられず剣がはじかれてしまう結果となった。
(だめだ硬い!)
サビは剣術など知らない上、この世界では戦ううえで必須となる魔力を使った武器や身体能力の強化ができないため、ただの剣では魔物の魔力をまとった体に全く歯が立たない。
反撃された魔物は怒りをにじませ、体勢を崩したサビに再度突進を仕掛けた。
(クソッ!)
サビは、咄嗟に剣の腹で突進を受けると半ば無意識に魔力によって体を軽くし大きく吹き飛ばされるが、その分衝撃を受け流す事が出来何とか立ち上がることができるようだ。
しかし、次同じように攻撃を受ければ抑えきれないダメージにより動きが鈍り、詰みとなるだろう。
(この武器ではアイツを殺すことは難しい)
弱点となる目を動いてる中で正確に突くのは現実的ではないと判断し、サビは再度瓦礫を使い時間稼ぎを行うことにした。
(俺が今できることでダメージを負わせるにはどうすれば)
手元には、剣しか武器となるものがないため周囲に目を向けると1つ視界に入ったものがあった。
それは、巨大な人型ゴーレムが持っていた武器であり先ほどの戦闘で柄の部分が途中で折れているが刃先は少し先端が欠けている程度で、全体の長さはサビより1.5倍程あり、刃の部分だけでも幅広で全長の4割近くを占めている巨大な武器であった。
(これを使えば何とかなるかも知れない!)
サビは、あそこまで大きな物を自分の能力で軽くした事は無く、軽くしたところで持てるかどうかはわからなかったがこのままでは確実な死が待っている状況の為、賭けに出ることにしたようだ。
痛む体に鞭打ち、隙を見て巨槍の元へ駆けていく。
突進してきた魔物を間一髪でかわし、巨槍の元へたどり着いたサビは祈るように柄を握りしめ魔力を武器に込めた。
(頼む!うまくいってくれ)
すると嘘のように重量を感じなくなり大槍を持ち上げる事が出来たたサビは、まるで旗を掲げる旗手のようである。そこへ再度魔物が突進してきた。
突然巨大な物体を振りかざした獲物に突進していた魔物が驚いたようだが、サビはそのまま力の限り大槍振り下ろした。
魔物に当たる直前に、重量を元に戻すことで大質量が高速で魔物に襲い掛かり筋肉や骨などの抵抗など無いように叩き潰した。
舞い上がった土ぼこりが晴れると、魔物は原型がないほどつぶれており死んでいるようだ。
サビはそれを確認すると周囲を警戒し、新手がいなさそうであることを確認するとその場にへたり込んだ。
疲労困憊ではあるが、サビの顔には活力がみなぎっていた。
これから生きていく上での、攻撃手段の一つが今つかめたからだ。
今回は初めてこのような使い方をしたため、手にしびれがあるがこれから使い方を掴んでいけばもっと自分は強くなれる予感がしている。
(これなら外の世界でも前みたいなことにはならないはずだ!)
すこし体を休めたサビは、魔物から肉をはぎ取った後、大槍を肩に担ぎ遺跡の外へ向かって歩き出した。