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戦国立志伝・織田信長  作者: 意匠瑞
第九章 長篠の戦い
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【 三 】 鳥居強右衛門

分厚い雲に覆われ、遠く方々の空からはドォン、ドォン、と雷鳴が不気味な音を響かせている。暗雲の中、小山の頂に佇む長篠城には、生暖かい梅雨の強風が激しく叩き付けられ、旗指物はバサバサと無機質な音を立てている。

「あれを見よ!」

物見の城兵は、徐に声を上げた。

城の西岸には見通しの良い丘が広がっており、城内からも良く見渡す事が出来る。

武田軍は夜の間にそこへ磔台を取り付け、大勢の軍兵がそこに集まっていたのである。

「一体何を始める気か……」

兵糧を失い、疲労と空腹で壁面にもたれ掛かる城兵たちは、薄らと日が昇り始めると同時に突如現れた磔台を確認し、怪訝な様子でそれを伺っている。

すると、磔台の周囲を覆う数百と言う武田軍の前に、一人の捕虜が脇を抱えられ、引きずられるようにして姿を現した。褌一丁の裸体にされた捕虜は、泥に塗れ、全身に傷を負い項垂れている。武田の兵士は、彼を磔台に連れていくと、徐に手足を縛り付けた。

物見は、城内へと異変を知らせる。

「敵が西岸に集まり、何か企んでおる様です!」

注進を聞いた城兵達は、挙って城の西側へ集まった。

すると一人の城兵が叫ぶ。

「あれは強右衛門ではないか!」

城内はどよめいた。

「捕まってしもうたのか……」

「援軍はどうなったのじゃ」

「武田は強右衛門を見せしめに殺すつもりか!」

城兵たちは、その捕虜が岡崎の徳川家康に援軍を依頼しに向かった、鳥居強右衛門だとわかり、肩を落とした。

ざわざわと私語を交わす城兵達は、動揺の色を隠せない。

城主奥平貞昌は、動揺する城兵に向け叫んだ。

「何やら思惑があっての事であろう! まずは経緯を見守ろうではないか!」

彼らは貞昌の声を聞くと静まり、固唾をのんで磔台を見守った。


暫くすると、軍馬に乗った体躯優れる武将が現れた。その武者は磔台に縛り付けられた強右衛門前に何事か話しかけると、静かに馬を降り前方の床几へと腰を下ろし、彼を見守る。

それは武田軍の大将勝頼であった。

屈強な兵士が強右衛門の四方を取り囲み、一人が徐に槍の柄で強右衛門の脇腹を突いた。

すると、強右衛門は城へ向け、大音声で話しだすのである。

「城の皆! 儂は使者として岡崎へ参った鳥居強右衛門じゃ! 城の皆に伝えたき事がある故、よく聞くがよい!」

強右衛門の声を聞くと、城兵達は再び肩を落とし落胆した。

(やはり強右衛門であったか……)

強右衛門は一瞬の間を置き、大きく息を吸い込むと、気合を込めて続ける。

「あと二、三日の内に織田・徳川の大軍が援軍に参る! それまであきらめずに持ちこたえるのじゃ!」

強右衛門の言葉を聞くと、両軍とも色めき立った。

城兵達は「それはまことか!」と歓喜し、対して武田軍からは怒号が上がる。

すると強右衛門の脇に控えていた武田の兵士は、激高するような様子を見せ、構えていた槍を勢いよく強右衛門の脇腹に突き刺した。

「皆! あともう少しの辛抱じゃ……!」

強右衛門は槍に貫かれ、口から血を吐き出しながらも続けた。

「まだ言うか!」

殺気だった兵士達は、数人が群がり次々に槍を突き刺す。

強右衛門は、数多の槍に貫かれながら、口から血糊を噴出させつつ暫く叫び続けたが、次第にその声は消えていった。


城兵は激高した。

「おのれ! 強右衛門の勇士を無駄にするな!」

味方の援軍を聞き勇み立った彼らは、一斉に矢玉を勝頼に向け発射する。

射程距離にいた武田軍は、予想外の事態に慌て、後方へと退いて行った。


強右衛門は、援軍は来ないと城兵に伝えれば、武田家の武将として迎え入れると勝頼から約束されていた。しかし、いざ注進を始めると、逆に城兵を鼓舞するような事を言い、たちまち処刑されたのであった。

勝頼は強右衛門の覚悟と忠義に感心し、助けようと思ったが、激高した配下は忽ち彼を殺してしまったのである。

これに城兵は大いに憤り、そして援軍の望みが叶ったと、勢いづいた。



本陣に戻った勝頼は、吐き出すように配下に伝える。

「これ以上猶予はないぞ! 総力を以て城を一挙に落とせ!」

決戦を前に腹背に敵を残しておくことは避けたい彼は、刻々と迫る織田徳川軍に憂慮しながら、長篠城への強攻を指示したのであった。

(……おのれ、全く以て上手くいかぬな)

そう焦燥する彼の元に、危急の使者が訪れ告げる。


「織田徳川連合軍が西方の設楽原に着陣し、決戦を申しつけて御座います」


勝頼はギリリと歯を食いしばる。

「何を生意気な! いよいよ決戦の時が参ったるなれば、皆を集めよ!」

そう声高に叫び、諸将を集めるのであった。


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