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戦国立志伝・織田信長  作者: 意匠瑞
第八章『天下』 
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【 十 】 粛清

「殿、お気持ちは分かりますが、ここはご慈悲を示しても良いのでは……」


佐久間信盛は激高する信長を何とか宥めようと、言葉を選びながら諌止する。

しかし、この言葉を聞いた信長は、さらなる憤怒を爆発させた。

「忌々しき讒言などいらぬぞ信盛! あやつ等にどれだけの損害を被ったか分らぬのか!」

「わ、分かっております。私めもお気持ちは同じでございます。しかしながら、罪なき民衆までも巻き込み皆殺しにするには、あまりに残虐では……」

「罪なきと申したか! あやつらは売僧共にそそのかされ、自ら望んで我らの血を求めたのだ! ここまで泥沼の抗争が続いておるのも、ひとえにあやつ等が死ぬまで抵抗を止めぬからではないのか!」

「……もっともでございますが、仕方なく籠城している者もおりましょう……」

「分らぬ奴であるな! あやつらは生きおる限り我らに挑んでくぞ! もうよい! お主と無駄な論争を続ける気はない故、早々に持ち場に戻るがよい!」

今にも刀を抜きかねぬ程の剣幕で恫喝された信盛は、脂汗を浮かべ引き下がった。

「……畏まってございます……」



長島が落ち、残るは中江・屋長島の砦のみとなった。

ここには、同じく飢えに苦しむ2万人程の門徒が立て籠もっている。

信長は先の失態を重く受け止め、砦の周囲を幾重もの柵で取り囲むよう指示を送った。

数万人規模の突貫工事が即座に始まると、瞬く間に砦の周囲全体を鹿砦が覆いつくした。

「もはや一人として生かしてはおけぬ。 柵が出来上がったら火を放て」

信長は冷淡に諸将に命じた。

柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉らは顔を強張らせ、不安な表情を浮かべるが反論はしない。

一人佐久間信盛は陣所を訪れ、信長の表情を伺いながら諫言をしたのであった。

しかし、長年付き添う重臣の諌止でも、信長の憎悪は収まることは無かった。

二度に及ぶ敗戦と、この度の失態。親族衆の多くを失った信長の脳裏には、これまで辛酸を舐め続けさせられた、様々な困難が思い出される。制圧しては再び繰り返される一向宗勢力の凄まじい抵抗は、もはや徹底殲滅する事でしか解決できないとの判断に至ったのである。


(二万人を焼き殺すのか……)

配下諸将の中にも、これほどの大虐殺を憚る者も多いが、これまで手痛い目にあってきた過去を振り返ると、複雑な気分となる。

(あやつらはここで見逃しても、再び騒動を起こすに違いない……)

諸将らは、裸一貫で白刃に飛び込んでくる、餓鬼の様な門徒宗に恐怖を抱いていた。

進めば極楽、退けば地獄と信じ、自ら命を捨てて挑んでくる。矢が刺さろうが、刀が突き刺さろうが、モノともせず、複数人で飛び掛かり手足を押さえつけると、屈強な侍であっても忽ち首を掻かれる。


信長の個人的感情ではなく、親兄弟・知人・戦友など数多の味方を殺された織田軍諸将らの憎悪もひとしおであり、殲滅仕方なしと、誰もが内心では感じていた。



柵と鹿砦がすべて組まれると、合図が送られ、四方から火が放たれた。

中江・屋長島の砦は、瞬く間に炎に包まれる。

踊るように上りあがる火の手は、割れてはまとまり、まるで生き物のように建物を焼き尽くしていく。中からは、地獄のような阿鼻叫喚の断末魔が響き渡り、炎は天と地を赤く染めた。

あまりの光景に、目を背ける兵士も多数いる中、永遠に続くかと思われた、耳を覆いたくなる数多の悲鳴は次第に消えていき、業火による無機質な火風の音と共に、砦は崩れていった。



(……これでよい。慈悲をかければ、寝首を掻かれるのは、この儂じゃ……)



信長は、燃え盛る炎を見つめながら拳を握りしめると、逆らう者への徹底した粛清を、改めて心に決めるのであった。


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本作をご評価下さいましたら、是非kindleにも足を運んで下されば嬉しいです。

『叛逆の刻~ 明智光秀と本能寺の変~』

『勇将の誤算:~浅井長政~』

『武士の理: 戦国忠義列伝』(短編小説集)

『背信の忠義 ~吉川広家~』  など

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