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戦国立志伝・織田信長  作者: 意匠瑞
第八章『天下』 
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【 八 】 長島殲滅

一五七四年(天正二年)九月二十九日


薄汚れ、骨と皮だけにやせ細った大勢の老若男女が、ヨロヨロとふらつき隊列を作り長島城から姿を現した。

対岸から城を包囲する織田の大軍は、不気味に静まり返ってその様子を伺っている。

続々と姿を現す群衆は手を取り合い、お互いを支え合う様に歩きながら、河川敷に用意された船へと乗り込んでいく。

遠方にせり上がった小高い丘に陣を張った信長は、餓鬼の様にやせ細り、汚く黒ずんだ彼らを、冷たい眼差しで睨みつけていた。

「忌々しき奴らめが……!」


遡る七月十三日

信長は嫡男信忠を連れ、遂に長島一向衆殲滅作戦へと動いた。

織田領全域から大動員令を敷き、実に七万から八万ともいわれる大軍団を編成し、陸からは東の市江口から織田信忠の部隊、西の賀鳥口からは柴田勝家の部隊、中央の早尾口からは信長本隊の三隊が、そして海からは九鬼嘉隆などが大船団を従え、進撃を開始する。


「長年噛みしめてきた屈辱を、ようやく晴らす時が来たぞ!」


長島への攻撃は、実に三度目となる。

繰り返し失敗に終わった侵攻により、信長は一向宗門徒たちの手強さを痛感した。

彼らは法主本願寺顕如の元、「死ねば極楽、逃げれば地獄」と信じ、白刃の前に自ら飛び込んでくる。貧しい彼らは、現世に希望を見いだせず、死後の安楽を求める事で、心の平静を保っていた。

「民衆をそそのかし、目に見えぬ神仏にすがらせ、自ら死を望ませて我らに挑んでくる。非道な売僧共を決して許してはおけぬ……」

法主の言葉は神のお告げと信じ、仏敵信長に挑んでくる彼らは、何度許そうとも生きている限り、信長に抵抗を続けるであろう。

信長は日本国に侍による秩序を保つためには、宗教勢力の政治的排除は絶対条件であると確信していた。


―――



怒涛の勢いで三方から攻め込んだ織田軍は、香取口や小木江村の防衛線を次々に蹴散らし、続々と進行する。

対する敵は、こだみ崎の河口に兵を集め、対岸から進んでくる織田勢を堤上で迎え撃とうとした。

先陣を請け負った丹羽長秀は、大音声で兵を叱咤する。

「我らがどれだけ、あやつらに苦しめられてきたか思い出してみよ! 恨みを晴らすのは今ぞ!」

自ら河川へ突入すると、対岸の敵目掛け一直線に突進する。

『米の五郎左』と言われ、織田軍では無くてはならない存在であり、人情味のある武将として信頼を集める長秀であったが、この戦では門徒たちへの憤りを隠さず、強攻を以て敵をせん滅する命令を下した。別名『鬼五郎左』の異名も持つ猛将である。

大将の突撃に奮い立った丹羽隊は、膝まである河川をものともせず、凄まじい勢いで渡河すると、そのまま門徒勢目掛け突撃した。

渡河する織田軍を、弓鉄砲で狙撃するつもりであったが、木盾を押し出し、矢玉を物ともせず突進してきた寄せ手に臆した門徒勢は、瞬く間に蹴散らされ蹂躙される。前ヶ洲・海老江島・加路戸・いくいら島の各拠点は、織田軍の猛攻に為す術なく、ことごとく焼き払われ、防衛線は一日も持たず崩壊した。


翌十五日には、海上より九鬼嘉隆の安宅船と、滝川一益・伊藤三丞・水野監物らの安宅船、および島田秀満・林秀貞の囲船を中心とした大船団が到着する。さらに北畠信雄も垂水・鳥屋尾・大東・坂奈井らの兵を大船に満載して参陣した。

先の攻撃では、大湊の会合衆らが協力を縛ったため、攻撃が頓挫したという失態があった。信長はその際、一向宗に協力した福島という親子を処刑し、「長島に与すことは死罪に値する重罪である」と伊勢の船主達に知らしめることで、長島への人員・物資補充の動きを、強く牽制していたのであった。

海路からの兵力も増強した織田勢は、長島へ通ずる諸口から攻め上がり、雲霞の大群に四方より取り詰められた一揆勢は、妻子を引き連れて長島へ逃げ入っていったのであった。


劣勢に立たされた敵勢は、篠橋・大鳥居・屋長島・中江・長島などの拠点に立て籠り、抵抗の姿勢を示すが、勢いを得た織田勢は続々と長島へと乗り込んでいく。

「敵は烏合の衆じゃ! 各々落としていけ!」

篠橋口に安藤守就・水野信元隊、大鳥居に柴田勝家・稲葉一鉄・蜂屋頼隆隊らが、川手から大船を寄せて攻め入り、今島に陣を取る。

また坂手の郷には、押えの人数として佐久間信盛父子が江州衆とともに陣を張り、さらに長島の東推付の郷には不破勝光・丹羽長秀らが布陣し、加路戸島口には織田信包・林秀貞ら尾張衆の船団百艘が海上を埋めて攻め寄せた。

また南の大島口からも北畠信雄・神戸三七信孝と桑名衆が、伊勢の大船団を率いて攻め上がった。

雲霞の大群は瞬く間に敵を圧倒し、一揆勢は砦に籠るばかりである。

柴田勝家は先陣から大音声で雄たけびを上げる。

「ハリボテの砦など、大筒で吹き飛ばしてしまえ!」


織田軍はこの戦で大鉄砲を多数用いた。

通常の火縄銃は一匁(八・五ミリメートル)~一〇匁(十八・五ミリメートル)ほどであったのに対し、大鉄砲は三十匁(二十七ミリメートル)を超える、所謂大砲である。重く機動性に欠ける反面、射程距離は凡そ十町(約一キロメートル)を超える為、攻城戦で威力を発揮する最新兵器であった。

数十丁の大鉄砲が放たれると、凄まじい爆音とともに、砦の塀や櫓を打ち崩していく。猛烈な鉄砲矢玉の応酬は止むことなく続き、一揆勢は見た事のない兵器に、恐れおののいた。

「これはとても敵わぬ! 皆殺しにされる前に投降しようぞ……」

仏僧と農民で構成された門徒宗は、織田軍の恐ろしい兵器の前に戦意喪失し、すぐに降伏赦免を申し出てきた。

しかし、信長は顔面を紅潮させ、敵の投降を一蹴する。

「何を戯けたことを申すか! 今まで我らに対し、どれほどの抵抗をしてきたか分かっておるのか!」

交渉の使者は項垂れて砦に帰っていくと、再び固く門を閉ざす。

織田軍はそれを大軍勢で取り囲んだ。

畿内、近江の敵勢を抑え、後方の憂いを取り除いた信長は、以前までの戦略から方針転換し、長期戦も召さない覚悟で臨んでいる。

「鼠一匹逃がすなよ……」

信長は、籠城した彼らを長期間包囲することで、餓え殺しにするつもりでいた。


八月二日

包囲開始から一ケ月が過ぎた。

激しい風雨が長島一帯の視界を塞いでいる。

「このまま待っていても飢え殺しにされるばかりじゃ……。 夜雨に紛れ逃げ延びようぞ……」

大鳥居に籠城していた男女一,〇〇〇人程が、包囲軍の目を盗み脱出を試みた。

しかし、砦の周囲は多数の罠が張ってあり、昼夜篝火を煌々と焚いていた織田軍はそれを見逃さなかった。

「出会え! 敵が逃げ出しておるぞ!」

包囲軍は騒然となり、瞬く間に逃げ出す門徒たちを取り囲んだ。

彼らはずぶ濡れになりながら、地面に頭を付け助命を懇願するが、悉くその場で討ち捨てられる。

信長は捉えた者は、すべて撫で斬りにせよと厳命していた。


それを見ていた篠橋の敵勢は、最早逃げ出すことも敵わぬと観念し、信長に懇願する。

「我らは信長様に内通致します。然らば、これより長島に退去致します故、内部から門を開け、お味方を誘導致します」

門徒の意向を聞いた信長は、これを許した。

「よかろう。長島潜入の後は、首尾よく我らに城を明け渡せ」

信長の許しを得た門徒たちは、さっそく砦を捨て長島城へと退去していった。


諸将は懸念する。

「これは敵の策略では。裏切ったと見せかけ、長島に籠城するつもりではないかと……」

信長は冷淡な表情のまま言う。

「分かっておるわ。あやつらが易々と抵抗を止める訳がなかろう。長島に籠城する兵が増えれば、兵糧の消耗も早まるというもの」

信長の予想通り、彼らが長島に退去した後も動きはなく、そのまま籠城が続いた。篠橋の門徒たちは兵糧が尽きた為、虚偽を申し立てたのであった。


こうして数多の門徒たちは長島・屋長島・中江の三つの拠点で抵抗を続けることになったが、大軍に囲まれたまま身動きが取れず、制海権も奪われている為、物資の供給もできないまま、厳しい兵糧攻めが続くこととなったのである。



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『勇将の誤算:~浅井長政~』

『武士の理: 戦国忠義列伝』(短編小説集)

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