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戦国立志伝・織田信長  作者: 意匠瑞
第八章『天下』 
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【 二 】 一乗谷


「この間抜け共が! 儂の厳命を守らぬとは何事か!」


激昂した信長は、般若の形相で配下武将達を罵倒する。

「誠申し訳ございませぬ…… 何の言い訳も出来ませぬ……」

柴田勝家、羽柴秀吉、丹羽長秀ら諸将は頭を垂れ、額に汗を浮かべながらひたすらに詫びた。

彼等織田方の先手武将達は、昨夜から「朝倉追撃の準備を怠るな」との下知を受けていたにも関わらず、明朝の敵撤退の察知が遅れ、信長より遅れてしまい、激しい叱責を受けていた。

「大事の時に使い物にならぬのであれば、知行をすべて返上せぬか! 馬鹿者共め!」


怒り収まらぬ信長に対し、筆頭家老佐久間信盛は涙を浮かべながら訴えた。

「殿、それはあまりの申しよう。 一時の失敗はあれど、我らの様な優秀な家臣は中々に持てないと思いませんでしょうか……」

その言葉を聞いた信長は、それまでにも増した凄まじい鬼の形相を現す。

「何たる物言い! 許されざる失態を他所に、自らの武勇を誇ろうと言うのか! この痴れ者めが!」

信盛は口が過ぎたと思ったのか、驚いた様に素早く頭を地面に埋めた。

「許しておけぬぞ! この上は、お主の所領をすべて没収してやろうぞ!」

信盛は驚き顔を上げた。

そこへ羽柴秀吉が咄嗟に口を挟む。

「この度の失態は正に言い訳できませぬ! これより先は何としても、憎き朝倉義景めを討ち取って参り申します! その後は、いかなる処罰を受け申すなれば、今は追撃をお許しください!」

秀吉の助け舟に呼応する様に、顔面蒼白となった信盛は再び地面に頭を埋めた。

信長は憤怒の表情を浮かべたまま、吐き捨てる様に言い放つ。

「ならばとっとと敵を追い、義景の首を持って参らぬか!」

信長の罵声に反応した諸将は、弾ける様に各隊へと散って言った。


信長の家督相続から追従してきた佐久間信盛は、家中でも特別な存在である。信長に諫言できる数少ない重臣であるが、この時ばかりは様相が違った。

信長の激しい怒りを目の当たりにした信盛は、このまま手討ちにされるのではないかと恐怖する程であった。

(……口が過ぎたわ……)

信長を幼少から知り、苦楽を共にしてきた彼は、揺るがない信頼関係があると、油断していたのであった。


信長に喝を入れられた追討軍の勢いは凄まじかった。

ここで戦果を残さねば、戦後どの様な処罰を受けるか分からない。


義景は当初、疋田城への撤退を目標とし、経路である刀根坂に向かったが、ここでも織田軍の追討を受けた為、本国越前へと撤退を余儀なくされる。


「もはや逃げ帰ったところで生き残る術は無し! 最後の一当てをして見事に散ってくれよう!」


勇将・山崎吉家ら、義景を最後まで支持してきた家臣団は、主君を逃がそうと踏みとどまって戦った。

そして北庄城主朝倉景行や朝倉道景といった一門衆を含め、山崎吉家、河合吉統など大名・朝倉氏本家の軍事中核を成していた武将は数多戦死し、余呉から刀根坂、敦賀にかけての撤退中、三,〇〇〇人以上と言われる死者を出し壊滅した。


織田軍は翌十四日まで朝倉軍を徹底的に追撃し、これにより朝倉本家の直属軍勢と部将はほぼ全滅したものの、当主の義景は、彼らの働きもあり、命からがら一乗谷への帰還に成功したのであった。


―――


一乗谷城に逃げ帰った義景は、直ぐに残った軍兵達を招集しようとした。

「誰か味方はおらぬのか!」

義景は、景鏡ら国元に残っていた部隊が集結するものと思っていたが、一向に味方は現れなかった。

共に小谷から退却してきた残兵達の集まる様子も無い。


「兵がいなければ戦えぬぞ……!」


一乗谷城に籠れば何とかなるとと思っていた義景は、為すすべなく途方に暮れる。


改善策が無いまま、いたずらに時間を費やしていると、織田軍はその間も続々と越前に乱入し、逃げ遅れた兵士を捕らえ、支城を次々に落としていく。

絶え間なく現れる物見の報告を、言葉なく呆然と聞く義景の元に、親族衆筆頭の景鏡から使者が訪れた。

「景鏡様が、自領の大野郡へ退却される様進言されております」

「左様か!」

義景は救われる思いであった。

「ここに及んでは致し方なし。景鏡と共に再起を図らねば……」

追い詰まられた彼は蜘蛛の糸を掴む思いで、景鏡の居城のある越前北部大野郡へと退却する事とした。


義景に従う従者は僅か数十人にまで減り、越前の太守としての威厳は、もはや泡沫に帰している。

着の身着のまま逃亡してきた義景一行は、途中景鏡に用意されていた仮宿舎である六坊賢松寺に身を寄せる。


「翌朝には景鏡様がお迎えに参ります故、今宵はここでお休みください」


義景は用意された屋敷で腰を下ろし、大きく嘆息した。

「……朝倉がこのまま崩壊する訳が無い」

名門朝倉家は、信長に一矢報いる事無く瓦解し、もはや抵抗の余地も無いまでに追い詰められていたが、それでも義景は絶望していなかった。

心のどこかで、いつか助けが入り死ぬことは無いという、根拠のない自信が身を纏って離れないのである。

「暫しの辛抱じゃ……」


暗がりの一室でウトウトと首をもたげていると、突如「おおぉぉーーー!」という大勢の喚声が辺りに響き渡った。


「一体何事じゃ!」


義景は飛び上がる様に立ち上がった。同時に駆け込んで来た従者は、狼狽え声を震わせながら告げた。

「屋敷は軍勢に取り囲まれております!」

義景は言葉を失い、ごくりと生唾を飲み込む。

「……一体何者が……」

「……あの旗印は景鏡様のものかと……」

義景は顔面を蒼白させ、立ちすくんだ。

「もはや逃げ切る事は適いませぬ。 我らが食い止めますなれば、敵に乱入される前にお早く腹をお切りください……」

従者は神妙に告げると、刀を抜き屋敷を飛び出して行った。


「……是非もなし……」

味方の裏切りを知り、ようやく自分の運命を悟った義景は、従者が身を挺して敵を食い止める最中、覚悟を決め自刃した。


四十一歳であった。


―――


信長の元へ朝倉の将、景鏡が現れた。

景鏡は義景の首級と、捕縛した母親(高徳院)・妻子・近習を信長に差し出し、降伏を求めて来たのである。


信長は景鏡を迎えると、冷たい表情で言う。

「お主は朝倉の一門であり、重役にも関わらず、主君を討ち取るとはな」

一見、平静な表情で淡々と話す信長であるが、景鏡は顔を強張らせ、額に汗を浮かべながら恐々と伝える。

「我が主君は将としての器なく、民政を省みず、民衆や兵士達をいたずらに殺す、痴れ者でございました。私も苦渋の決断でありましたが、このままでは、名家朝倉家の血脈は絶えてしまうと思い、信長様へ投降した次第でございます……」

信長は景鏡の言い分を無表情で聞いている。

景鏡は目を泳がせ、止めどなく流れ出てくる汗を拭いながら言い訳を言い並べる。

暫しの口頭を聞いた信長は重い口取りで言う。

「いう事はそれだけか。 まぁ良い、お主の投降は認めよう……」

そう一言言うと座を立った。

景鏡は素早く畳に頭を打ち付け叩頭する。

「ありがたき幸せにございます!」


その後、捕らえられた義景の係累たちは、信長の命により、護送中に悉く処刑された。

そして、各所に逃れた朝倉の党類たちも、織田軍の執拗な捜索により、徹底的に捜し出される。

連日、一〇〇人、二〇〇人もの人数が、数珠繋ぎとなって、陣所に引き出されると、信長の命を受けた小姓衆の手により、際限なく討ち果たされていった。

その目を覆うばかりの哀れな惨劇を前に、見る者は皆涙したという。


信長の苛烈な仕置きは、戦国の世では特段珍しい事では無かったが、傍に控える近習達は、主君の内外から沸き上がる激しい憤怒に、恐怖した。

長年屈辱を味わい、辛酸を舐めてきた信長は、抑える事の出来ない感情に支配されていた。



そして、遂に宿敵朝倉義景を討ち取った信長は、戦後処理もそこそこに、踵を返した。


「遂にこの時が参った! 長政め、首を洗って待っておれ!」


信長の瞳は、激しい怒りの炎に燃えていた。



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『勇将の誤算:~浅井長政~』

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