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戦国立志伝・織田信長  作者: 意匠瑞
第七章 『 第二次 信長包囲網 』
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【 二 】 奇妙丸

九月


信長は御虎前の陣所から、北方の山頂に浮かび上がる小谷城を睨みつけていた。

「臆病者の義景めも参りおったか。 まとめて葬ってやろうぞ……」


七月に出陣した彼は、五〇,〇〇〇の兵を揃えると、小谷城下に乱入し諸所へ放火を行う。そして虎御前山・八相山・宮部の各砦を整備し始めた。

小谷に備える大規模な突貫工事は、類を見ぬ規模であり、大勢の人足の怒号が周囲にこだまする。

馬に乗った信長は、その様子を見下ろしながら、徐に話し出す。

「よいか、世知辛き戦国の世とあれば、裏切り者は必ず生かしておいてはならぬ。甘さを見せれば寝首を掛かれるのは我らじゃ」

厳しい表情で、横に控える若者にゆっくりと語り掛けた。

「父上の御言葉、しかと胸に刻み申し上げます……」

若者は相槌を打ち、ゆっくりと頷いた。


この出陣には、嫡男の信忠が付き添っていた。

吉乃との間に生まれた奇妙丸は、彼女の死後、正室の濃姫の下で生育され、逞しく成長していた。十六歳となり、ついに初陣を許され、父と共に陣頭に立ったのであった。父に似て色白だが精悍な顔つきで、周囲に放つ威厳を既に備えている。

「大将たるもの、配下に畏敬される存在であらねばならぬ。毅然と振る舞い、決して心を許すな。奴らは、我らが頼もしい存在であると、恐れているから従うのだ。情けなき振る舞いを見せれば、忽ち首を掻かれよう」

跡取りとして期待している信忠に、信長は厳しい姿勢で接する。信忠は父の言葉にいちいち頷き、反応する。

「敵の動向を探ろうぞ。付いて参れ!」

そう言い徐に馬を走らせると、信忠も慌てて後に続いた。

吉乃の面影を宿す息子への慈しみの想いを、内心にひた隠しにしていた。


攻城の大規模な陣地を作りつつ、北近江の一揆衆も各所で撃破した織田軍は、小谷城と周辺の支城を孤立化させ、周囲を砦で包囲し、一層の圧力を掛ける。


「……これほどの大軍勢で来るとは、信長も焦っているという事……」

浅井長政は、大軍の侵攻に単独で抗える術は無いが、内心、窮地を脱却する好機であると読んでいた。

彼の元には、信玄より以下の書状が届いている。


―― 西上にあたり、信長の同盟者・徳川家康の守る三河へ侵攻を開始する。ついては近江で信長を牽制して欲しい ——


長政は織田軍が怒涛の勢いで押し寄せて来たのは、この信玄の西上によるものだと理解している。

「信長は焦っている。各国へ兵を割いた状態で武田と戦えぬと……」

堅城の小谷で守れば、短期間で落とされる事はないと確信している長政は、武田の進撃に我が運命を委ね、何が何でも敵を足止めしなければならぬと心に誓った。

「これが最後の好機となるやも知れぬ。しかし、臆病者の義景は簡単には動きまい……」

何としても義景の援軍を得たい長政は、苦渋の決断ながら、以下の虚報を以て誘い出した。


―― 河内・長島で一向一揆が起き、尾張と美濃の間の道を塞ぎました。信長を討つ千載一遇の好機です。何卒、お早くご出馬して下さい ――


終始消極的な義景であったが、信玄から書状に加え、長政の報告を受けると、重い腰を上げる。

「長陣は避けたいところじゃが、仕方あるまい……」

義景は一五,〇〇〇の兵を繰り出すと、長政と共に信長を撃破しようと南下を開始した。

しかし、小谷に到着した義景は落胆する。

「どこが信長の窮地じゃ。追い詰められているのは浅井ではないか!」

書状とは異なる状況を知った義景は、織田の兵馬で囲まれた小谷には入らず、敵陣を見下ろす高台である、大獄の高所へと登ると、動きを顰めてしまった。

「誠頼りなきお味方だが、膠着は我らも望むところ」

どうにか義景を呼び出せた浅井長政は、ここに来ても終始消極的な対応を見せる義景に落胆する一方で、大獄に備えていれば戦況が長引く事となり、その内に武田軍が動くであろうと期待した。


敵の様子を伺う信長は、苛立ちながら指示を出す。

「誠小賢しき凡将よ。何としても炙り出して、打ちのめしてやるぞ」

長陣を望まない彼は、足軽を使ってゲリラ戦を命じる。

「それぞれ小勢で敵の陣所へ向かって首を取って参れ! 首に応じて褒美をやろう!」

血気盛んな若武者たちは、それを聞いて勇躍し、旗指物を外して山に分け入り、日ごとに二つ三つと首を取ってくる。

信長は首を持ち帰る若武者達に存外な褒賞を与えると、彼らはますます発奮して首取りに励んだ。


昼夜奇襲を仕掛けてくる織田軍に朝倉の諸将は辟易し、士気も上がらない。

そんな中、信長にとっても想定外な事が起こった。

「敵方の将、前波吉継殿親子が、我らに投降したい旨を伝えて参りましたが」

信長は使者の言葉に歓喜する。

「それは願っても無い申し出じゃ! 直ぐに呼んでまいれ」

恐々と現れた吉継親子を前に、信長は喜んで彼らに言う。

「お主達は時勢が読める様じゃな。 義景など愚将の下におっても破滅を待つのみよ。儂の下で存分に働くがよい!」

そう言い、小袖・馬および馬具一式を与えた。

前波家は、朝倉家に代々仕える譜代の臣であり、奉公衆に名を連ねる重臣である。

彼等の離反は、敵陣営に大きな衝撃を与えた。

翌日になると、富田長繁・戸田与次・毛屋猪介らの朝倉重臣らも、続々と投稿して来たのである。


虎御前山の要害はほどなくして無事完成した。

仮にこの戦で浅井朝倉を討伐出来ず、武田が領国侵攻した時には、この要害を以て守らせるつもりである。

「……とはいえ、奴らを生かしておくのは危険と言うもの……」

強敵信玄とぶつかるには、後背の憂いはどうしても取り除いておきたかった。


信長は北方に臨む敵の陣営を見据え、眉間に皺を寄せる。

戦況は織田軍優位に立っているものの、高所で構える一五,〇〇〇の軍勢に攻撃を仕掛ける事は出来ない。小谷には五,〇〇〇ばかりの軍勢も立て籠もっている。

「これ以上時間は掛けられぬぞ……」

彼の元には、武田軍が戦準備を着々と進めている状況が、逐一報告されていた。


新設された城郭の天守に立った信長は、腕を組み周囲を見渡す。

御虎前山の山頂からは、四方をはるか遠くまで見渡すことができた。

北を望めば大嶽の山上に犇めく朝倉の軍勢を望み、西を見ればおだやかな湖面の向こうに比叡の山並みを見渡すことができた。

過日、焼き討ちを行った比叡山は、諸所に黒々とした木々と寺社の焦げ跡を残している。

南には志賀・唐崎・石山本願寺の社寺が薄らと浮かび上がり、この砦を遮るものは無く、畿内各所まで見渡す事が出来た。


信長は嘆息しながら、傍に控える信忠に言う。

「良いか、いずれ儂はここから見渡せるすべての国々を臣下に収め、新しき国を作って見せるぞ」

父の言葉に対し、信忠は神妙に頷いた。


急場で作られた要害とは思えぬ壮大な作りに、周囲の庶民たちは驚きの声を上げ、敵の士気を一層削ぐ事は容易であった。

しかし、信長の窮地は刻一刻と迫っている。

三河の徳川家康が、信長の援助なしに武田の猛攻を持ちこたえる事は出来ないであろう。

信玄がこの好機を易々と見過ごすわけがない。


焦燥した信長は、ここで側近の堀秀政を呼び出した。

「これ以上この戦を長引かせる事は出来ぬ。臆病者の義景めに決戦を促して参れ」

信長は、先般比叡山に立て籠もった義景に行った時と同様、決戦を希望する旨の使者を送る事としたのである。

「朝倉殿には折角の御出馬にも関わらず、長期の退陣は不毛と言えましょう。ついては日時を定め、一戦を致さんと信長公より言伝にございます」

秀政は十九歳の若武者であったが、越前の大大名朝倉義景の前でも動じず、彼の目を真っすぐと見据え、淡々と伝えた。

義景はその態度が気に食わない様で、吐き捨てる様に言う。

「それは誠、大層な申し付けじゃ。決戦に臨まんとする意気は我らも同様じゃが、浅井との相談も必要になのでな。今暫し考える故、待つよう信長殿に申し伝えよ」

秀政は鋭い眼光を光らせたまま、静かに答える。

「快いご返答をお待ち申し上げております」

そう言うと、使者の作法を丁寧に行い、毅然と退出して行った。


(忌々しき若造め……)


それから数日待ったが、義景からの返答は無かった。


「腰抜け様は変わらぬか……」

信長は仕方なく、虎御前山の砦に木下秀吉を残し、嫡男信忠と共に横山城へと引き返した。


武田の軍勢が、いよいよ三河へ侵攻するとの情報が届いていた為である。



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本作をご評価下さいましたら、是非kindleにも足を運んで下されば嬉しいです。

『叛逆の刻~ 明智光秀と本能寺の変~』

『勇将の誤算:~浅井長政~』

『武士の理: 戦国忠義列伝』(短編小説集)

『背信の忠義 ~吉川広家~』  など


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