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戦国立志伝・織田信長  作者: 意匠瑞
第二章 『家中分裂』
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【一】叛意

弘治二年(一五五六年)八月


新秋の候に入るも、太陽の勢いは衰える事を知らず、山々は未だ濃い緑色で包まれ蝉の声が忙しく鳴り響いている。

信長は五弟の信時を引き連れ、足早に那古野城内にある林秀貞の屋敷に向かっていた。


「秀貞はおるか!」


大声と共に屋敷に入り込もうとする信長に対し、林の小姓は慌てて静止した。

「信長様、秀貞様は現在所用にて出払っております故……」

しかし信長は小姓の言葉を意に介せず、そのまま屋敷内に入り込む。

「留守ならば戻るまで屋敷で待たせて貰おう」

そういい強引に主殿に入り込むと座り込んだ。

信長の鋭い眼光に見据えられた小姓は、飛び去るように、隣接している美作守の屋敷へと走った。



「秀貞様、信長様が突如屋敷に参られてございます!」


息を切らせた小姓が広間に駆け付け、早口に伝えた。

美作守の屋敷でなにやら密談を交わしていた秀貞は驚き、目を見開きながら一瞬沈黙する。

しかしすぐに平静を取り戻して答える。

「直ぐに参る故、暫しお待ち頂かれる様お伝えせよ」

兄弟はお互いに目を合わせ、小姓が遠く去るのを待った。



「兄者、これは千載一遇の好機ですぞ!」

狼狽える秀貞を横目に、弟の美作守はここぞとばかりにと鋭い口調で訴えた。


「今信長がここに来たという事は、我らの企ては既に耳に入っているという事でしょう。正に言い訳出来ない状況に陥ったる上は、ここで信長を討ってしまい今後の憂いを絶ちましょう!」


焦ったように慌てた顔つきで周囲を見渡す秀貞。


「その様な大事を大声で話すのではない!」


しかし美作守は構わず続けた。

「何を躊躇しておられるのです! ここで決断すれば要らざる内乱を起こすことも無く、信勝様が弾正忠家を後継できるのですぞ!」


小心な秀貞は苦渋の表情を浮かべながら不安そうに言った。


「しかし、我ら林家三代に渡る主君を謀殺してしまえば、謀反の汚名を後家に残してしまう事になり兼ねぬ……」


「その様な事を言ってこの機を喪失する方が後世に恥を晒すのではないですか! もはや信長との戦は避けられませぬ。ここで兄者が後顧の憂いを絶つことで林家も繁栄に繋がるのです!」


美作守は秀貞の手を握り必死の形相で訴えた。

「手を汚すのは私がやりましょう。林家、そして弾正忠家の未来の為、この時の決断を誤らぬことです!」


林兄弟は、家老の柴田勝家と共謀し、信長を討ち、次男の信勝を擁立しようと画策していたのであった。

二人は信長が突如屋敷を訪れたという事は、この企みが発覚し詰問に来たのだと察した。



太陽は天高く上り、下界をじりじりと容赦なく照らしつけ、蝉の嘶きは一層力強さを増し騒音と言えるほどである。

まだか、まだかと膝を揺らしながら苛立ちを隠さず待つ信長の元に、ようやく秀貞は重い足取りで現れた。


後ろには美作守が真っ直ぐと信長を見据えながら付き添っている。


「これは信長様、突然の訪問いかがなされたのでしょう」


秀貞は内心を伺われないよう、涼しい面持ちで聞いた。

「恍けるのではない! お主共の謀反の噂をしきりに耳にする故、真意を確かめに参ったのだ!」

信長は隠すことなく恫喝する様に言い放った。


秀貞はあまりの直球に怯みながらも、あたかも予期しなかった様に驚き狼狽えながら答えた。

「なんと! 信長様、その様な流言にお惑わされですか! 我ら林家は三代に渡り織田弾正忠家を支えし譜代の重臣でございますぞ! そんな我らをお疑いなのですか!」


「それを見極めに参ったのだ!」


信長は秀貞の白々しい態度を一蹴した。恫喝されるた秀貞は瞬時に首をすくめる。

信長の鋭い眼光は、すべてを見透かしているかのように重く冷たく、小心者の林などには目を見て冷静に対処出来るものではなかった。


冷や汗をかきつつも動揺を隠そうと努めながら、秀貞は大袈裟に嘆いた。

「殿、平手殿も亡くなりし今、敵の流言に惑わされ混乱する事もございましょう。しかし我らが一心となりその見えない大敵に対し団結する事が肝要なのですぞ! 敵の思うつぼに陥ってはなりませぬ!」


一瞬、信長の表情が炎の様に気色ばんだかに見えたが、秀貞は背筋の凍る思いをひた隠しにしながら役者の如く喚き続けた。

「殿からいかに疑われようと、我ら兄弟は信長様の為に命を捨て忠義を尽くす所存にございます。何卒、その事をお忘れなられぬよう、胸にお刻み下さい!」


信長の表情はいつの間にか元に戻っていたが、その眼の奥には底知れぬ怒気が含んでいる。

大きく息を吸った信長は、ドスの利いた声色で再び恫喝する様に言う。


「裏切り者がどうなるか、お主共も肝に銘じておくが良い」


無造作に立ち上がると、二人を一瞥し、大股に屋敷を後にした。



(誠、血の気に逸った若殿よ……。 命拾いしたわ……)

大きく嘆息し、胸を撫で下ろす秀貞の横で、美作守は身動きせず去りゆく信長の背を見据えていた。



秀貞には、美作守の訴えを実行に移す程の度胸が無かった。



しかしその数日後、最早後戻りできぬと悟った林兄弟は、柴田勝家と共に信勝を擁し挙兵、信長に対し叛意を露わにするのである。


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